小泉首相が靖国神社への参拝を続けていることで、テレビのコメンテーターの中には、首相がまるで右翼であるかのように決め付ける人がいます。実際、中国や韓国のメディアでは、首相は戦前回帰を目指す右翼政治家の代表として扱われることも多いようです。 


 しかし、まがりなりにも首相の5年あまりの言動をウオッチしてきた立場からいうと、首相は絶対に右翼ではないし、保守系にすら分類できません。むしろ、保守思想や伝統、文化には全く関心を示さないタイプです。

 

 本気になって取り組んだ政策も郵政や道路などと金銭的な問題ばかりで、外交・安保や教育は基本的に人任せのことが多かったと思います。ハト派・リベラルとして知られる加藤紘一氏や河野洋平氏らとほぼ同世代であり、典型的な「戦後民主主義」世代の人なんだろうな、と感じています。 

 

 昨年夏の郵政政局以前の話ですが、ある政府高官は次のような趣旨のことを言いました。 

 

 「リベラルな小泉さんを靖国で攻撃する中韓は勘違いしている。小泉さんは右翼ではないが、ポスト小泉候補は小泉さんより強硬派ばかりだ」 

 

 この発言当時は、保守政治家を自任する平沼赳夫氏も有力なポスト小泉の一員でしたから、現在と状況は必ずしも同じではありませんが、今でも安倍官房長官や麻生太郎外相は小泉首相よりはるかに保守的信念を持っているのは間違いありません。

 

 中韓は、靖国を外交カードなどに使わず、首相と仲良くすることで次の首相の政策を牽制し、縛ることだってできたのです。靖国問題に固執し、外交問題化したのは、これは明らかに日本社会の空気の変化を読み誤った中韓の失敗でしょう。 

 

 最近、60代の複数の自民党政治家が、党内の若手政治家の保守化を懸念する発言をしています。また、複数の高級官僚からは、日本社会の保守化と歴史教育の不十分さを関連づける言葉を聞きました。

 しかし、ものには限度というものがあり、人間の忍耐力なんてたかが知れているのも常識です。過ぎたるは及ばざるが如し、ということに気づかないのでしょうか。 

 

 私自身もそうですが、日教組の「平和教育」とやらもあいまって、物心ついてからずっと中韓に頭を押さえつけられてきたことへの鬱屈がたまっている人は多いようです。そして、自分で勉強し、今までの「日本だけが悪かった」史観のおかしさに気づいた人は、今はインターネットという意見発表の場を得ています。

 

  中韓は歴史カードが永遠に通用すると思い込み、あることないこといい続けてきましたが、贖罪意識から日本人が「ご無理ごもっとも」と無条件にひれ伏す時代は終わりつつあるのだろうと実感しています。