今からもう20年近く前のこと。都内某所の焼き鳥居酒屋でバイトしていた私に、李永強さんという新しいバイト仲間ができました。上海出身で、年齢は20代後半、確か留学生だったと思います。

 

 バイト先の店長の奥さんに「よろしくね」と言われ、就業時間後の賄い飯でチューハイを酌み交わしました。李さんは「中国の女性は自己主張が強い。おとなしい日本の女性を嫁にもらいたいと思って日本に来ました。日本の男性はみんな高倉健みたいな軍人風かと思っていたら、そうでもないですね」と素直に希望を語っていました。

 

 ですが、ときはバブル前夜。世間ではメッシー君だのアッシー君だのという言葉が飛び交う中で、特に見栄えがいいわけでもない外国人留学生が、そう簡単にいい相手を見つけられはしないだろうな、と少し気の毒になったのを覚えています。日本女性がおとなしいとも限りませんし。

 

 その後はバイトの勤務ダイヤが違ったので、たまに同じ日が重なる程度で、そう顔を合わすことはありませんでした。でも、たまたま一緒になると、李さんは私に、いろいろと店長や奥さんに対する不満をぶつけてきました。

 

 李さん 「契約では夜10時までなのに、『あとちょっと頼む』などと言われる。これは契約違反であり、許せない」
 私 「それは分かるけど、お店が混雑しているときには助けてあげたほうがいい。そうすることによって、場合によっては昇給したり、賄いが豪華になったりすることだってあると思いますよ」
 李さん 「不合理で、理解できない」
 私 「郷に入れば郷に従えということわざがあります。そのうちいいことありますって」

 

 李さんの示した不信感に、ああ、中国人は個人主義だというけれど、本当だなあと感じました。価値観が違うから、日本人同士の「あ、うん」の呼吸、無言で互いを思いやる関係なんて、なかなか納得されないのだなと。黙っていわれた通りにしていたら、ちゃんとむくわれるのに、李さんは一方的に資本家に搾取されたとでも感じたようでした。

 

 一方で、やはり二回目に賄い飯でチューハイを酌み交わした際には、突然、こんなことをいわれました。

 

 「阿比留さん。あなたはこれで本当の友達だ。だから、今度から何でも私に言ってきてください。私の部屋にも遊びにきてください。電話番号も教えてください」

 

 って、急に胸襟を開かれても困るんですよね。こっちは自分が食べるのに(それと飲むのに)精いっぱいの貧乏学生ですから。中国人はいったん親しくなると、どこまでも信用するとも本で読んだことがありましたが、こっちは心の準備ができていないし‥。ただ、「日本でも友人がほしい」という気持ちは痛切に伝わってきました。

 

 こんなやりとりもしました。話の脈絡は覚えていませんが、さきの戦争による中国の被害に話題が及ぶと、李さんはさえぎるようにして「上海では、悪いことをしたのは、日本人の威を借りた朝鮮人ばかりですよ。私は日本人に悪い感情はないよ」と言いました。いきなり「朝鮮人」という言葉が出てきたときには、本当にどきっとしました。李さんが適当なことを言ったのか、何か具体的な事実に基づくのかは聞けませんでした。古い話で言い回しは正確ではないでしょうが、実話です。 

 

 まあ、日本人である私にリップサービスをしたのもあるでしょうが、江沢民国家主席が愛国(反日)教育を強化する以前のことだったということも、あるのかもしれません。

 

 そんな李さんは、その後しばらくして職場を急に辞めました。事情は分かりませんが、バイト先の奥さんが「何を考えているのだか」と怒っていたのを覚えています。私との間には結局、本当の友人関係なんて成立しませんでした‥。

 

 現在、李さんが日本にいるとも中国に帰ったとも分かりませんし、たとえ道ですれ違ってもお互い気づかないと思います。その後、取材では中国人や在外華僑の人と会う機会は何度もありました。しかし、同じバイトという立場で李さんと語らった短い時間は、私の中国に対する「原体験」(少し大げさですね)としてはっきりと記憶に残っているのも事実です。

 

 女子大生誘拐事件の主犯格の男が、元中国人留学生だったというニュースを見て、つらつら思い出してみました。体制も価値観も文化、風土も異なる国民同士が交わり、さらに友情をはぐくむなんて、よほどいい条件がなければ難しいのでしょうね。ちょっと出会っただけでは、それだけで終わってしまう。私が冷たいだけかもしれませんが。