自民党の安倍新総裁は、首相就任後に教育改革に取り組む考えを表明しています。それには、教育基本法改正をはじめ教員の質の向上、日教組対策、保護者側の意識改革、教育プログラムの改正…といろいろな施策が考えられますが、私はぜひ、教育行政を管轄する文部科学省自体の改革も進めてほしいと思います。

 

 この役所は、自社さ連立政権の誕生とそれによる左派の教育行政への影響力増大によって、かなりリベラル化が進行しています。それと平行してあった「日教組との歴史的和解」は、文部省の日教組化にほかならなかったという指摘すらあります。

 

 まあ、教科書問題などが国際問題化するたびに、外務省あたりに頭越しに仕切られ、ろくに発言さえ認められなかった文科省の立場の弱さに、同情しないでもないのですが…。

 

 文部省の意見も聞かずに外務省、あるいはときの首相官邸が勝手に教科書記述や学習指導要領の「改善」(?)を約束したりしてきましたからね。また、山梨県教組などがいくら政治活動を繰り返しても、文科省は強制力のある指導を行う権限を持っていませんし。

 

 そこで、ちょっと古証文ではありますが、きょう家で資料整理をしていて、たまたま手元に残っていた平成15年7月24日の「歴史教科書問題を考える超党派議員の会」(中川昭一会長、現在は休眠中)の会合記録を紹介したいと思います。文科省の姿勢が表れていると思うからです。

 

 この会合には、文部科学省から初等中等教育局審議官と教科書課長が出席していました(公式の記録ではありませんのて、一言一句その通りというわけではありません。差し引いてお読み下さい)。

 

 中川会長 「本日は今春検定をパスした高校教科書の実態について、藤岡信勝先生から説明を受け、検定と採択の実情について議論したい」

 

 ・藤岡氏の説明

  

  『南京事件の犠牲者数』

 

 実教出版の高校日本史Bは、中国側の発表として「30万人以上の人々が日本軍によって虐殺された」と記している。南京大虐殺説は東中野修道先生などの研究によって否定されているし、当時20万人しかいなかった南京で30万人が殺されたという記述は国民常識を無視している。

 

 また、三省堂の日本史Aは「歴史学者の洞富雄は20万人を下らない数、中国側は30万人、という見解を持っている」と書いている。しかし、犠牲者数については限りなくゼロに近いという学説もある。南京事件については、こうした新しい研究成果を採り入れない、極めて一面的な記述が多い。

 

 さらに、山川の詳説日本史(平成14年)は、結果的に訂正したが、原文段階では「40万人に及ぶ説がある」と記していた。

 

 『いわゆる従軍慰安婦』

 

 「従軍慰安婦」という言葉は歴史的な用語ではないことが判明し、現行の中学の歴史教科書からは一斉に消えた。にもかかわらず、実教出版の高校日本史B、三省堂の日本史A、第一の高等学校日本史A、桐原の新世界史Aなどは依然、「従軍慰安婦」という用語を用いている。

 

 『扶桑社の歴史教科書への言及』

 

 実教出版の日本史Bは「復古的ナショナリズム」という言葉を本文で使い、さらに脚注で、「現職首相の靖国参拝や国旗・国家法の制定などは、復古的ナショナリズムのあらわれといえよう」「2001年には、文部科学省が新しい歴史教科書をつくる会の中学校用歴史教科書を検定合格としたことや小泉首相の靖国神社参拝に対し、韓国、中国などから強い批判と抗議がなされた」と記している。

 

 しかし、「復古的ナショナリズム」という言葉は特定グループの思想用語であって、歴史教科書の記述としては不適切である。こんなレッテル用語を使って、検定合格した他社の教科書を批判することが許されてよいのか。

 

 この記述をもとに、「復古的ナショナリズムの具体例を答えよ」などという試験を子供に出すこともできる。その正解は、小泉首相の靖国参拝とつくる会の歴史教科書ということになる。これは、教科書記述に名を借りて、特定の政治的立場を子供たちに刷り込むことにほかならない。

 

 また、実教の高校日本史Bは扶桑社の歴史教科書を取り上げ、「文部科学省は多くの意見を付して修正させ、2001年、この教科書は検定に合格した。いっぽう、その採択の是非をめぐって大きな市民運動が各地におこった。その教科書は、ほとんどの中学校で採択されなかった」と記している。

 

 扶桑社の歴史教科書には137の検定意見が付いたのは事実だが、これは果たして「多くの意見」と言えるのか。家永氏の高校歴史教科書にはもっと多くの意見が付けられた。

 

 東京書籍の政治経済には、「ときに一部の政治家が侵略戦争を正当化し、日本軍による残虐行為はなかったなどとする発言をした。また、歴史教科書の中にはこうした主張を反映しているものもあるとして、アジア諸国から批判を受けるなど、対日不信感を強めた事例もある」という記述がある。

 

 しかし、「日本軍による残虐行為はなかった」という発言をした政治家を私は知らない。また、扶桑社の教科書は「これまでの歴史で、戦争をして、非武装の人々に対する殺害や虐待をいっさいおかさなかった国はなく、日本も例外ではない」と記しており、「日本軍による残虐行為はなかった」などという主張を反映していないことは明らかだ。この記述は事実無根の中傷であり、他社に対する批判である。

 

 文科省審議官 「教科書の検定は、著しくバランスを欠いている記述、学説状況から判断して明らかに間違っている記述などについて、(教科書執筆者らと)大変なやりとりをしつつ、是正するよう努力している」 

 

 教科書課長 「南京事件の犠牲者数については、断定的な表現を避けていれば認めている。慰安婦については、『従軍慰安婦』という言葉も学説上や歴史用語辞典で使われており、検定意見を付けることはできない。『復古的ナショナリズム』という言葉については、高校生であれば言葉の意味は理解できるものと思われるので、特に説明を求める必要はないと考えている。また、そうした言葉は当時の新聞報道でも使われているし、この教科書の記述は厳密な意味で断定しているわけでもない」 

 

 中川氏 「なぜ首相の靖国参拝が『復古的ナショナリズム』と言えるのか。自分には理解できない。理解できる根拠を示してほしい」 

 

 教科書課長 「当時、過去の歴史認識の議論も含めて、そういう新聞報道があったことは事実だ。また、再びそういう時代に戻るのではないか、という議論もなされた」 

 

 高市早苗氏 「『あらわれといえよう』という記述は断定に当たるのではないか」 

 

 教科書課長 「…(沈黙)」 

 

 中川氏 「われわれに理解できないことが、高校生に理解できるというりはおかしいのではないか。『復古的ナショナリズム』とはイデオロギー用語だと思うが」 

 

 教科書課長 「あくまでも、『復古的ナショナリズム』という意見もあるということだ」 

 

 某議員(だれか不明) 「意見であれば、どんな一部の意見でも教科書に載せるということなのか」 

 

 某議員(同じく不明) 「教科書の記述は明確で、わかりやすい言葉を使うべきであり、あいまいな言葉は避けるべきだ」 

 

 中川氏 「『採択の是非をめぐって大きな市民活動が各地におこった』などという記述がどうして認められるのか理解できない」 

 

 教科書課長 「事実関係を書いており、他社の中傷批判を書いているわけではない。検定意見を付けた結果、(少しは改善されて)こうした記述になった。また、『歴史教科書の中にはこうした主張を反映して…』の記述についていえば、扶桑社の教科書をアジア諸国が批判したのは事実である。また、この記述は扶桑社の教科書だけをさしているのではなく、昭和61年の高校教科書なども含まれる」 

 

 坂本剛二氏 「今はGHQはいないのだから、自虐的な記述を容認する必要はない。結局、システムに問題がある。システムを変えるべきだ」 

 

 森岡正宏氏 「近隣諸国条項も問題だ。これを利用して左翼が好き勝手なことを教科書に書いてきた経緯がある。この条項がある限り、検定は正常に機能しない。近隣諸国条項の廃止運動を起こすべきだ」 

 

 中川氏 「検定のあり方と両方を再検討すべきだ」 

 

 高市氏 「それとともに、政府のこれまでの歴史認識に関する見解も問題とすべきだ。さきほどの教科書課長の答弁に関してだが、『従軍慰安婦』という用語は正しい用語と言えるのか」 

 

 教科書課長 「歴史学事典における用語だし、今の歴史学会において学説上の用語としても使われており、否定することはできない」 

 

 鳩山邦夫氏 「学説や学会には信用できないものもある。三省堂の日本史Aには、南京事件の犠牲者数について洞富雄の『20万人を下らない数』という記述がある。一人だけ歴史学者が出ているのだが、彼は歴史学会を代表する人物なのか。それとも、誰の説でも載せることを文科省は認めているのか」 

 

 教科書課長 「今日の学説状況において許容されていれば認めている」 

 

 中川氏 「国民的議論の対象として侃々諤々やっているのに、事実上、一方の学説の肩を持っているということであり、全く不公平だ」 

 

 鳩山氏 「南京事件の犠牲者数が限りなくゼロに近いという説も検定りの許容範囲か」 

 

 教科書課長 「いわゆる『南京虐殺まぼろし説』には意見を付けているが、犠牲者数については、たとえば数千人という説も許容している」 

 

 高市氏 「学説の基準が不明確である。たとえば辞典に書かれていれば、どんな種類の辞典の記述でも許容するのか」 

 

 古屋圭司氏 「検定には内規があるのか。もし内規なしに検定をやっているなら、とんでもないことだ。内規があるなら是非見せてほしい」 

 

 教科書課長 「内規はない。歴史の辞典や解説書などをトータルに勘案して検定している。家永訴訟の最高裁判決でも学説状況をふまえて判断を下している」 

 

 下村博文氏 「課長はわれわれのような問題意識を持っていないのではないか。教科書の記述内容を課長本人が認めているフシがある。私は高校生の教科書に『復古的ナショナリズム』という言葉があること自体が問題だと思うが、課長は問題だとは思っていないのではないか。これは文科省そのものの問題である」 

 

 泉信也氏 「検定は国会の議論をふまえて行っているのか。『従軍慰安婦』という言葉については、防衛庁などが資料はないと答弁している。国会の議論を無視して検定を行うことは許されない」

 教科書課長 「国会の議論は無視していない。その当時の資料で『従軍慰安婦』という言葉が使われていないことは承知しているが、歴史用語という観点からは教科書で使うことは許容される」 

 

 某議員(不明) 「根拠となる資料がないのに、どうして学説上使用が許されるのか理解できない」 

 

 中川氏 「さきの藤岡先生が述べた3点について答えたほしい」 

 

 教科書課長 「まず『多くの検定意見』という点については、家永教科書は高校用教科書であり、中学教科書とは比較することはできない。中学教科書の中では、扶桑社は検定意見が比較的多かったのは事実だ。また、『一部の政治家が…残虐行為はなかったなどとする発言をした』との記述については、『南京虐殺はでっちあげ』などという政治家の発言があった。そのように報道されている。しかし、具体的に教科書記述のような政治家の発言があったかどうかは確認していない」 

 

 坂本氏 「この教科書の記述が、政治家の国会での公的な発言ならいざ知らず、仮に記者のぶらさがり取材に対する発言などをさしているとすれば、それは大問題だ」 

 

 平沢勝栄氏 「そもそも、こうした記述を載せること自体が間違っている」 

 

 中川氏 「教科書課長は野田英二郎氏(元教科用図書検定審議会委員、元駐インド大使。扶桑社教科書を検定前に不合格にしようと工作した人)と同じ考えではないのか」 

 

 平沢氏 「全く納得できない答弁だ」 

 

 古屋氏 「実教の高校日本史Bの『その教科書は、ほとんどの中学校で採択されなかった』という記述は他社の批判に当たるのではないか」 

 

 教科書課長 「事実関係を記している。他のマスコミでもそうした報道がなされている」 

 

 某議員(不明) 「採択の是非をめぐって大きな市民運動が各地におこった、というのは事実ではない」

 

 平沢氏 「一部の極左の妨害があったというのが実態だ」

 

 教科書課長 「大きな市民運動という記述には、賛成派の運動も含まれている」

 

 平沢氏 「全く納得できない。文科省は中立どころか、おかしな連中に加担している。中立を欠いており、この連中の共犯であり確信犯だ。もう一度、別個に担当者に話して、文科省の回答をもらう必要がある」

 

 …こうしてみると、文部科学省の役人が一方的に政治家に責め立てられているように感じられるかもしれませんが、実態は必ずしもそうではありません。彼らは、いろいろと文句を言われても、ただちに改善に向けて動こうなんてしませんし、しばらくやりすごせば、自分が異動するかもしれませんし、相手の政治家が落選するかもしれません。

 

 私の印象では、文科省はこうした保守系からの抗議や批判よりも、日教組をはじめとしたサヨク・リベラル勢力の攻撃を恐れているように感じます。私は、義務教育国庫負担金の問題で、文科省幹部が日教組の親玉である民主党の輿石東参院議員会長に送った協力要請のコピーも持っています。彼らは裏で通じていると思わざるをえません。

 

 安倍氏の教育改革では、こういう部分にもメスを入れてほしいのですが、多くを望みすぎでしょうか。