安倍首相は昨夜の就任記者会見で、皇室典範改正問題について「重要なものであるからこそ、国民に納得されるものでなければならない。慎重に議論を重ねていくことが必要だ」と述べました。これは、政府が「皇室典範に関する有識者会議」の最終報告ほ受けてまとめた女系天皇を認める皇室典範改正案について、白紙に戻すという宣言でした。

 

 当事者である皇族方の意見も聴かず、わずか17回、たった10か月の議論で、神話の時代から続く皇室の大伝統を覆そうとした有識者会議については、以前からいろいろと批判がありました。皇室関係の専門家がほとんどいない人選については、元宮内庁長官の1人も「あれは無識者会議」と憤っていました。

 

 委員の1人にいたっては、出欠が明らかにされている15回のうち3分の1以上の6回も欠席するなど、出席状況もよくありませんでした。別の委員は、安易な女系容認に憂慮を示された皇族に対し、「どうということはない」と言い放ち、また別の委員は海外向け雑誌で「アナクロニズム」と批判しました。

 

 いろんな意味で問題の多い会議でしたが、虎の威を借るなんとやらで、小泉前首相が典範改正にやる気を見せているときは意気軒昂でした。安倍氏は女系天皇には慎重だったのですが、小泉氏と委員たちの夕食会に出席した際には、「アレ(有識者会議)はだめだね。みんな慎重論に耳を貸さない」と言っていました。

 

 まあ、秋篠宮妃紀子さまのご懐妊でさすがに小泉氏も動揺し、安倍氏の「生まれてくるお子さまが男子だった場合、正統な皇位継承者から、(実質的に)皇位を奪うことになるんですよ」との説得を受け入れて改正案提出を取り下げました。危ないところでした。

 

 このへんが真正の保守である安倍氏と、あまり伝統・文化に関心のない小泉氏の違う点で、小泉氏は拉致事件での対応をはじめ、安倍氏を近くにおいたことで随分助けられたと思います。

 

 その安倍氏は総裁選のさなか、今月15日のフジテレビの報道2001に出た際、この問題について次のように主張していました。

 

 「女性天皇は今までもこの長い歴史の中で存在してきました。しかし、女系天皇は存在していなかった。価値判断は別にしておいて、ずっと男系できたというこの流れ、この伝統をすぐ変えるかどうかという点については、慎重になるのは当然ではないか」

 

 「男系を維持するためには、もっと方法があるのではないか。たとえば旧宮家の方が復活をしたり、あるいは今の宮家を継がれるという形、そういう方向での皇室典範の改正ができるのではないか。(皇籍を)60年離れているから、なかなかちょっと国民から見てどうだろうか、という人もいます。しかし、たとえば、それぞれお妃となられた方はずっと民間人でやってこられたけど、お妃になられたら皇族の一員であると、皇室の一員であるとの認識を(みんな)持っていますね」

 

 私は安倍氏と同じ意見なのですが、この男系・女系の問題は、なかなか理屈で割り切れるものではないので、意見が割れるところでしょう。実際、世論調査の結果も割れています。昨年春ごろの産経の「社論会議」の場でも、「いろいろ説明を受けても女系がダメな理由が分からない」という意見も出ました。

 

 そこで、私が参考になるなあ、と思うのが数学者の藤原正彦氏の見方です。著書「国家の品格」が大ベストセラーになった方です。手元のメモから日付が抜けているので、今年のいつごろだったか分からないのですが、藤原氏が国会議員会館で講演した内容を紹介します。

 

 「私は政治、外交上の失敗には腹は立てても青ざめることはない。しかし、今回の女系容認には青ざめた。私は数学者だから、男系でなければならない理由、また女系でいいという理由を考えろといわれたら、5分で何十通りだって思いつく。しかし、そういう論理の問題ではない」

 

 「私は米国で3年、英国で1年間教えていたが、ケンブリッジ大のディナーは350年前、ニュートンの時代と全く同じようにする。あるとき、白鳥料理が出た。ノーベル賞を取ったやつが、『この白鳥はだれのものか知っているか』と聞く。知っているわけがないので尋ねると、『英国中の白鳥は、12世紀からみんな女王のものだ』と自慢する。それだけ伝統を大事にしている」

 

 「今回の有識者会議の報告は、世にも恐ろしい答申だった。すなわち、日本の伝統の中の伝統に手を加えるというものだ。しかも、それはほとんど驚愕すべき軽薄な理屈だった。報告は、憲法と世論の二つを原点にしている。一言でいうと、男女平等と男女共同参画社会のことだ」

 

 「これを原点にするなら議論をする必要がない。憲法はまず、占領軍のつくったものだ。屈辱の憲法を原点にしてどうする。また、皇室の問題で憲法を適用したが、皇族はもともと憲法の外にいる人たちだ。この人たちに男女同権を適用する愚かさよ。さらに、憲法は流行にすぎない。そもそも伝統を考えるときに憲法とか法律を持ち出すのはそぐわない」

 

 「次に、世論をもとにしているが、世論は1日にして変わる。有識者会議の重大な誤りだ。数学でも、出発点が間違っていたら、その後にどんなに精密に論理を組み立てようと正解にはいきつかない」

 

 「報告書は、出生率1.29を皇室にもあてはめて算数しているが、よほど算数ができない人たちだ。出生率など何も関係のない話。それから、明治、大正年間と昭和の出生率の平均値を比べているが、全くナンセンスな統計だ。算術的詐欺だ」

 

 「報告書はまた、旧皇族の復帰を一蹴している。理由は、国民感情が許さない。その理由として、今上陛下から(共通の祖先は)600年近くさかのぼって、そのときから分かれた。縁が遠すぎるという大嘘を書いている。そうではなくて、旧皇族は国民にとって非常に受け入れやすい人々だ」

 

 「万世一系の定義は、神武天皇以来、男系のみで継承してきたということだ。男系は、父の父の父…とたどると神武天皇にたどりつく。男系をつなぐのは非常に綱渡り的ではある。昔の人もそれを知っていた。男系を貫いてきたことは論理を超えている」

 

 「(男系継承は)天皇陛下ご自身が変えたいといっても、絶対に阻止しなければならない。平成の世にこのようなことがあれば、われわれは未来永劫最も恥ずべき人々として汚名をとどめることになる」

 

 …テープにとっていなかったので、多少、断片的になりました。実際はもっと面白く、話を聞いていた稲田朋美衆院議員など、ほとんど感動していました。藤原氏の論には、賛否あることと思いますが、私が惹かれたのは、論理展開を何より大事にするはずの数学者が、「伝統は論理を超えている」と断言したところです。

 

 また、出発点や前提が間違っていたら、その上にどんな巧緻な論理を組み立てようと正解にはいきつかないという趣旨の部分も納得しました。昨夜、同僚記者と朝日新聞の社説について話題にした際、たまたま同僚が「出発点が間違っていたら、どう理屈をつけてもどうにもならないよな」と言ったのを聞き、藤原氏の講演を思い出したのでした。

 

 安倍氏は皇室典範改正について、テレビ番組で「私の政権の中で、何が何でもやるということではなくて、自然と、だいたいこういうことだなということが培われ、国民的コンセンサスが広く得られるような中で議論を進めていくことが大切だ」とも述べていました。何かとても話しにくそうですね。

 

 来月には、男系維持の立場をとる超党派の議員連盟が結成されます。これをきっかけに、この問題はまた動き出すのか、それともしばらくは沈静化したままなのか。いずれにしても注目していきたいと思います。