安倍首相が目指す「美しい国」がどいうものなのか、分かりにくいという指摘があちこちでなされています。安倍氏自身は就任記者会見時にいろいろと説明していましたが、「美しい」という概念自体がそもそも大きく、抽象的なこともあって、ピンとこないという人が多いようです。

 

 そこで、私自身の「美しい国」のイメージは何かなあ、と考えてみました。すると、以前読んだ「逝きし世の面影」(渡辺京二著)が思い浮かび、頭から離れなくなってしまいました。この本は、江戸自体から明治初期まで確かに存在した「江戸文明」について、来日した外国人の手記を通して描き、その文明がすでに滅んでしまったことを克明に書きつづったものです。

 

 数年前、弊紙が連載していた日本について考える座談会(私は膨大な分量のテープおこしを、紙面に掲載できるように削る仕事をしていました)で、ジャーナリストの桜井よしこさんが強く推薦していたのがこの本でした。ここに描かれた日本は、風景も町並みもそこに生きる庶民も含めて、まさに「美しい国」だといえました。

 

 安倍氏がこの本を読んでいるかどうかは知りませんし、実際は何の関係もないでしょうが、本から少し引用したいと思います。幕末から明治初期にかけて来日した欧米人が見た日本は、テレビの時代劇に描かれたような悪代官が支配するごみごみした世界ではなく、貧しくてもだれもが微笑み、楽しげで、子供をとても慈しむ完成された社会だったようです。

 

 『プロシャの輸送艦エルベの艦長としてこの港(長崎)に入ったとき、ヴェルナーは「すでに港の美しさについて多くのことを聞いていた」。しかし「期待は現実によってまったく凌駕された」。リオ・デ・ジャネイロ、リスボン、コンスタンチンノープルは世界の三大美港とされているが、「長崎の港口はこれら三港のすべてにまさっている」というのが彼の実感だった』

 

 『フォーチュンは江戸西南郊へ遠乗りに出かけた時のことをこう書いている。(中略)どこでも農家はきちんとしており清潔に見受けられた。こんな様子はほかの東洋諸国では見たことがない。…風景はたえず変化し、しかもつねに美しい--丘や谷、広い道路や木蔭道、家と花園、そこには勤勉で、労苦におしひしがれておらず、明らかに幸せで満ち足りた人々が住んでいる』

 

 『フィッセルは(中略)参府旅行の折に見た『都の近くにある湖水』は、イタリアのマジョレ湖よりもっと美しいと言っている。「夏の日には、そのような湖水の上には何百もの帆がただよい、数えきれぬほどの遊覧船が、さながらまき散らしたかのように浮かんでおり、夕べには照明のあかりが美しく、また音楽が聞えて散策する者を水辺に誘い、人々は気晴らしに興じるのである」。スエンソンによれば「日本のジャンク船は本当に絵のように美しい」。』

 

 『オランダ人ハラタマは、1866年初めて江戸を訪れたが、彼の目にも江戸は田園に見えた。「…町中ところどころに公園と云ってよい大きな庭園があるので、まるで田園の村の中にいるような気分になります」。』

 

 『1858年に江戸を訪れたオズボーンが早くもこう書いている。「江戸において公共の娯しみのために設けられた場所の数から判断すれば、日本人は非常に休日が好きな連中だと記述してしかるべきだ。町全体が庭園や茶屋や寺院でとり巻かれていて、老幼男女を問わず保養のためにしじょうそこを訪れる」。ベルクによれば「日本の市民の最大の楽しみは、天気の良い祭日に妻子や親友といっしょに自然の中でのびのびと過ごすことである。(中略)老人たちは愉快に談笑し、若い者は仲間同士で遊んだり、釣をしたり、小さな弓で的を射たりする。釣や弓は若い女性にも好まれている遊びである」。』

 

 『モースは言う。「私は日本が子供の天国であることをくりかえさざるを得ない。世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない。ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい」。』

 

 『バードは言う。「ヨーロッパの国の多くや、ところによってはたしかにわが国でも、女性が外国の衣裳でひとり旅をすれば現実の危険はないとしても、無礼や侮辱にあったり、金をぼられたりするものだが、私は一度たりとも無礼な目に逢わなかったし、法外な料金をふっかけられたこともない」。』

 

 『ハリスは1857年(安政4)年11月、オランダ以外の欧米外交代表として初めて江戸入りを果たすべく、下田の領事館を発った。東海道の神奈川宿をすぎると、見物人が増えてきた。その日の日記に彼は次のように記した。「彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。--これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも多く日本において見出す」。』

 

 きりがないのでもうやめますが、江戸時代の人々は、地域差や飢饉の年などはあるでしょうが、階級史観で貫かれた現在の多くの歴史教科書が描くような社会ではなかったようです。それは悲惨も不平等も厳然と存在していたでしょうが、少なくとも外国人の目には、世界中どの国よりも庶民が幸せそうに見えたようです。

 

 いまさら、鎖国時代に戻るわけにもいきませんし、日本の人口も当時の4倍になっていますから、昔の生活をやろうったってできるものではありません。ただ、この本を読んでいると、近代化の過程で日本が失ったものの大きさに改めて驚かされるのです。

 

 安倍氏は、著書「美しい国へ」の中で、貧しくともみなが希望を持ち、子供たちの目が輝いていた昭和30年代を舞台にした映画「ALWAYS 三丁目の夕日」に感銘を受けたことを書いています(ちなみに、私は原作の漫画「三丁目の夕日 夕焼けの詩」を全52巻すべて持っています。これは珍しいはず)。

 

 安倍氏の言う「美しい国」のイメージは想像するしかありませんが、小渕恵三元首相のスローガン「富国有徳」を使わせてもらえば、「富国」よりも「有徳」を優先する社会だろうと思います。戦後、国民が必死になって働いて経済発展はもう成し遂げた。その陰で失った何かを取り戻そう、というものではいかと…。

 

 ともあれ、「逝きし世の面影」はお薦めです。まあ500ページ近くあるし、ハードカバー版は4200円もするので、ちょっと手をだしにくい感もありますが、それだけの価値はあると思います。