昨日に引き続き、本日も名目上は休みなのですが、家でいろいろと仕事をしています。昨日も自宅から原稿2本を出稿し、本日も後輩記者の原稿3本を自宅でチェックするはめになりました。

 このほか、明日締め切りの「SANKEI EXPRESS」の「安倍政権考」の下書きをし、買い物に行ったり夕飯をつくったり(趣味)もしています。ぼーっとする暇なんて全くありません。

 というわけで、今日もまた、このブログは手抜きで後輩記者の仕事(テープ起こし)におんぶに抱っこといこうと決めました。復党問題をめぐり、いま話題の中川秀直・自民党幹事長のあいさつが興味深かったからでもあります。

 あいさつは、ちょっと古いですが、沖縄県知事選の投開票があった11月19日夕のものです。場所は広島市内のホテルで、中川氏自身のパーティーでのものです。それがなぜ興味深いかというと、拙ブログでも何度か取り上げてきた中川氏のスタンスがうかがえる内容だったからです。
  
  私は15日のエントリ「自民党・中川秀直幹事長がが何を言い出すか心配です」と、17日のエントリ「安倍首相と中川幹事長の『左右』すれ違い」で、やたらと左にウイングを広げがちな中川氏への危惧を表明しました。

 また、18日付の弊紙は3面に「首相、幹事長と溝広がる」という記事を載せています(私が書いたものではありません)。記事は「『保守』にこだわる首相と、リベラル色の濃い中川幹事長の政治手法の違いが目立ち始めた」と書いています。

 また、「首相は『かつての自民党は軸足がしっかりしていたので左を取り込む意義もあったが、今それをやったら根無し草になる』と周囲に漏らしたとされる」とも報じています。

 

 さて、話はようやく元に戻って19日の中川氏のあいさつに戻りますが、氏はあいかわらず「左に懐を深く」というフレーズは使ったものの、25分間に「保守」という言葉を「保守中道」を含めて12回も使用しています。

 中川氏が産経の報道と、首相の反応を気にしたのは間違いないと思います。以下、全文を紹介します(「保守」の部分には赤色をつけてあります)。

 

 《思い起こすと途中、初当選までに約3年半、そして当選してから2年半経ったら今度は落選して、しばらくこれも勉強だと思ったら7カ月で解散総選挙になって、頬をつねったが、大した運動もしないのに、3万票も余計にご支援をいただいて、最高点で返り咲きさせて頂いた。無所属で返り咲きさせて頂いた。

 それから5期目の挑戦のときに、「頭一つリード」と書かれて落選した。本当に9回の選挙いずれもが大変な選挙だった。わずか1000票差で負けたこともあるし、勝ったこともあるし、先輩たちのご指導のおかげだが、本当に多くの方々に心からのご支援、ご声援をいただいた選挙だった。

 一番厳しいときは安芸郡が大票田であるということで、そこに集中して朝から晩まで土下座しながら声をからしながら戦わなければならないことが随分あったような気がする。そういう上で今日がある。ひとえに、本当にひとえに皆様のご理解のたまものである。中川、衷心から感謝申し上げております。ありがとうございました。ありがとうございます。

 幹事長就任の報告といことをさせて頂こうと思うが、昭和51年初当選以来、ちょうど30年になる。いま、幹事長という活躍の場をいただいたのは、ひとえいにみなさんのおかげだが、振り返ると、私の先代は生粋の党人派だった。

 おれは大臣なんていうのは魅力を感じない。大臣という、総理大臣からもらう辞令よりも、多くの庶民、有権者、選挙民からもらう当選証書のほうがはるかに貴重なんだということを口癖のように言っていた。

 そして、与党議員にもかかわらず、反官僚というか、常に官僚制に反発して、私は、親分であった福田先生が随分苦労していたようなことも新聞記者時代に聞かされたこともあります。

 ときの吉田総理に、あんた総理を辞めろって言って辞職勧告を突きつけたり、飛ぶ鳥を落とす勢いだった田中元総理にも敢然と厳しいことを言ったり、遺族年金扶助令と言って、なかなか財政当局がうんと言わないことに腹を立てて、佐藤総務会長に茶碗をぶつけたり、まあいろんなことをしたと、記者になったころ先輩たちから教えられました。天下りなんてけしからんと言い続けていた。

 しかし、私も本当にこの国が民主主義であるかぎり主人公は国民である。日本が廃墟の中から立ち上がっていかなければならないときに、国民のみんなの願いが富の創造・拡大であった。豊かになりたいということであった。

 したがって、どうしても廃墟の中からでありますから、官僚中心に、官僚内閣制でも上からの近代化、改革をしなければならなかったんだろうと思います。しかし経済第二位になった。そして少子高齢社会も迎えた。経済の豊かさだけではない心の豊かさが大事だ。地方ばかりでない、地方もそれぞれ相当の力をつけたぞ。そういう今でございます。本当に時代は大きく変わった。

 今まさに、新たな成長国家、新たな分権国家、そして民意の政治、国民の心こそがすべてのものを決していく一番の判断なんだ。判断基準なんだという政治の時代がきたような気がする。

 そういうときに、私自身も官僚内閣制の政治ではもうだめだと。当然のことながら議会を中心に、みなさんが選ぶ、そうしたいい政治、政治活動を衷心とした、国民、県民が主人公の政治にしていかなければならないと思う。

 あの最初、新自由クラブで出たときは小さな政府なんて言ったが、全然拍手がならないような時代だった。絶望した思いもあった。しかし、今、自民党が結党50年にあたりまして、小さな政府という綱領を定め、それを旗印に掲げて、昨年9月11日の選挙をやった。

 いま、もう一度、あの原点に帰って、党人政治家として、大臣になる、そんなことよりも、みなさんの代表として、次の子供たちの時代の代表として、正しい政策をやっていくという決意をもう一度、しっかりと持たなければならないと思っているところだ。

 そういう折りに幹事長という重責を与えていただいたのは、まさに党人政治家として本懐だ。そして、先代が言ったことも含めて、天下りの問題も含め、本当に根本から変えていかなければならないと思う。また、相手がどなたであれ、常に正論を貫いていくという気迫を持っていかなければならないと自らに言い聞かせているところだ。

 私は保守政治というものは、今申し上げたとおり、本に書いてある理想論をやるものではない、上からやるものではない。保守政治こそが下から、大衆から、庶民の常識をもってやっていくことである。それが保守政治の神髄である。

 その意味での民意の政治こそが保守政治の本当の形であると思っている。そして、民意とは、やはりマニフェスト時代に言われているが、明確に選挙にあたって、それぞれの政党や候補者が私はこれをやりますと言って、公約をして、その公約で判断してもらって、それを必ず実行していく。どこまでできたかによって、次にまた、ご審判をいただいく、こういう政治であろうと思う。

 そういう政治をやることこそが保守政治の大前提。民意の政治の大前提だと思う。したがって、昨年の政権公約2005は郵政民営化を入り口とした、小さな政府を作り、そして公務員天国、重い税金の国家、重税国家、そういうものになることを阻止するという民意をこの前の秋の選挙はいただいたと思っている。

 私はそういう観点から政調会長として1年間、予算の中に含まれている無駄や非効率、これを最大限カットするという歳出改革、歳入改革のいわゆる経済財政一体改革案、骨太の方針という案を党主導でまとめた。そのときのつらい経験、つらい作業のことを、『上げ潮の時代』という本の中に詳細に書かせて頂きました。もしお目にとまれば、ぜひお目通しを賜りたいと思います。

 そしていま幹事長として、まさに重い税金の国家を阻止する。次世代のためにも国民負担を最少にする。そのための公務員天国を変えていく。そういうものを前面に押し出していきたいいろいろなことを申し上げている。

 公務員の皆さんの労働組合である自治労あるいは日教組を支持基盤とする民主党にこういうことはできない。必ず真の意味での常識を、民意の政治をしっかりやっていく、私どもが国民の代表としてそういうものをやっていかなければならないんだということを我々の使命とするということを申し上げている。

 これからの統一地方選挙、来年の天下分け目の参院選挙においては、こういう観点から社会保険庁の解体、あるいは公務員の民間並みの合理化、さらには教壇に立てないような、1000人ぐらい、一説には3000人以上いると言われているが、そういう研修という名で給料が払われている先生には、もう一定の免許更新時期に去っていただくような、そういう教員免許更新制。こういうものを軸にした教育改革。こういうことをしっかりと三本の矢としてお訴えして、立ち向かっていきたい。

 先代からの遺訓である、あのような仕事をもって行政から民間会社に行く、民間会社も今、株主代理訴訟の話ですから、役に立たないような人を受け入れれば、耐えられない時代だ。

 そうではなくて、優秀な人は優秀な人、それ自身の能力をもって第二の人生、第三の人生がある。そういう形にしていかなければいけない。そういう意味での天下りといわれるものはなくし、そして本当に、公務員であっても60歳、65歳まで働けるような時代を作っていく。そういうふうにしなければならないと思う。

 過激な、本当に社会保険庁の45分働いて、15分休むなんていう契約書、確認書を交わすような、そういうことは二度とこの世の中のものでないものにしなければいけない。国民の大事な年金は、その年金制度を守るために改革するのであって、よりよくするのであって、組織を守るためのものではないと申し上げながら、かなり厳しい改革案を常日頃申し上げております。

 それに対して、誰が私の首に鈴をつけるのかと、この前新聞に書いてあった。誰も私の首に鈴をつけることはできないと思っている。また、私が本当に国民の代理人として、改革をしっかりしていく進軍ラッパがほしいというのが今の時代の幹事長の役割ではないかと思っている。

 自民党の幹事長として、安倍総理の美しい国づくり、誇りの持てる国作り。この路線を推進していくことが大事な使命だが、その立ち位置というものは保守中道路線であろうと思っている。実は二大政党の時代は保守中道という立ち位置が必ず勝利するのであります。

 アメリカの今回の中間選挙においても、アメリカの民主党はそういう路線をとった。そして勝利した。そしてアメリカでは共和党も民主党も超党派協力ということで、いま歩み寄ってよりよい政策をやろうとしているのであります。

 私も幹事長としていつも野党、民主党のみなさんいは、門戸はいつでも開けておきます。教育基本法にしても、国民投票法にしても、重要法案あらゆるものについて、いつでも修正協議をする門戸は開けておきます。年金法案もそのようなことで、三党合意ということで国会で議論しましょうという合意までしたではありませんか。

 日本とアメリカの、あるいは欧米の主要政党はすべてこういうことで超党派協力ということをやっている。サッチャーさんが始めたことを労働党のブレアが教育改革をしているのであります。しかし、それに対して日本では残念ながら、この超党派協力を無視して、どちらかというと左派、抵抗路線に傾倒しているのが唯一日本の民主党だけではないかと、そんな感じさえ持っている。

 上げ潮の時代という本は、これまた保守中道路線の気質を示しているものであると、我ながらそう思っている。

 経済政策の理論的な支柱は実は、ノーベル経済学賞をとったローレス・クライン教授という、この前わざわざアメリカから訪ねてきてくださいましたが、この教授を中心とするグループに私は政調会長時代に研究をお願いしまして、日本の経済も実質で3%、名目4%成長する力が十二分にあるんだ。政策をしっかりやればそうなるんだという答えをいただいて、そういうような政策を進めさせていただいたのでございます。

 このクライン教授が11年前、アメリカにおいて米国版上げ潮政策とも言うべき、ライジングタイドという本を29人の学者さんたちとともに出した中心人物だ。その政策で民主党、共和党の超党派の学者委員、29人でそういう政策を呼びかけた。90年代の結果的にはアメリカ経済の繁栄に大変大きな影響を与えた。

 その保守中道路線の経済学をもって、日本の経済を名目4%で今の500兆円から、18年で1000兆円にする。ちょうど二倍にする。それによって地域の格差も個人の格差もすべて乗り越えていく。次世代に膨大な借金を残さず、本当に平和な国家、成長の国家、分権の国家として、正しい民意の政治を実現する。そういうふうに書き込ませていただいたのが上げ潮の時代という本だ。

 安倍自民党もこの保守中道路線をとっていることは間違いございません。これを私は左に懐を深くと言っている。これは実は安倍さんのおじいさんの岸元総理が最初に言われた言葉だった。岸さんは国民年金法、最低賃金法という、安保の時代、左に懐の深い政策をとった総理大臣だった。

 まさに上げ潮の政策は、この保守中道路線の経済政策の中軸をなすものであると思っている。安倍自民党は上げ潮の旗を掲げて、保守中道の軸を置かせて頂いたと言っても言い過ぎではないと思う。

 先日クライン教授がわざわざ訪ねていただきまして、4%成長の恩恵を低所得者の所得にも少しでもあげる方法で、政策を展開するということで意気投合した。それが結果的に日本経済の六十数%をしめる個人消費を大きなものにしていく道だ。そうした上げ潮政策を推進して、誰1人置いてけぼりにしない、国民みんなで上げ潮に乗るようにしていく。それがこれからの政治のだいじなことで、みんなで18年後、日本の所得を二倍にしていく。そういう時代を作っていかなければいけないと思う。

 前の前の選挙で私は自立、成長、共感というスローガンを選挙事務所に掲げた。このネーミングがまさに上げ潮という原点だったと思いますし、上げ潮という言葉は今年1月スイスのダボス会議で最初に申し述べたことなので、去年の今頃はこんな言葉はなかった。ある人は流行語大賞になるんじゃないかと、たった1人ではあるが言ってくれた人がいる。まだそんな声がかかってもいないので、1人でも多くの皆様に家庭でも職場でも上げ潮という言葉を使っていただければありがたいと思っている。

 きょうは本当に、育ての親、育ての兄弟、そして家族のようなみなさんに来ていただいた。そのご厚意に甘えて、幹事長というのは大変な仕事だ。おめでとうございますと言っていただいて、ありがとうございますと言っているが、実は毎日四時間ぐらいしか寝られませんで、もう沖縄知事選で胃が痛い思いばっかりだ。補欠2連勝して、よーっしと思ったら福島で負けた。きょうの沖縄はハラハラドキドキ胃が痛い、今、まさにその中にございます。

 その意味では本当に、なるのは簡単だが、するのは大変なことばかりだ。あらゆることがある。民意の政治を実現していくのはそれぐらい、我が身をろうそくのようにして、燃え尽きていくぐらいの仕事だと思っている。私には私利私欲はまったくない。

 次世代のために、次の時代の命のために、より輝ける広島や日本を作るために、本当にろうそくのように、もうギリギリ、最後は消えてなくなるぐらい、そんな思いでご期待に応えなければならんと思っている。

しかし、悩みもいっぱいある。若干の悩みを披露すれば、復党問題なんて悩みの大変な事柄でもある。週明けからオープンに今問題に対応していかなければならない時期になってきたと思っている。

 来年の統一選も参院選も、私は信念の安倍自民党、さらには勝てる候補者をしっかり擁立する、そして、復党問題でも筋論をしっかり通して、党の筋論を堅持して三位一体で臨んでいかなければならないと思っております。その上で筋論が立っているかどうかそれはやはり、国民の理解を得られるかということがポイントだ。

 場合によっては、本当に国民の代表である自民党議員の意見というものも党機関を通して、何らかの形で国民の理解がえられるかということについてご意見を聞き、最終的にはもちろん総理総裁、安倍総裁にご判断いただきながら、適切な判断をしていかなければならないんだろうと思います。

長い話をしてしまったが、本当にこうした話ができて、そしてみなさまにいろいろなことを考えていただき、お力添えいただくのも、きょうの皆様方がいらっしゃる方だ。その思いを常にこの身いっぱい、蓄積をしながら、必ず答えを出す、先送りなどはしない、そういう幹事長として精一杯、真正面からぶつかりながら、次世代にすばらしい、日本を残せるよう、広島を残せるよう頑張っていきたい。

 それをお誓いしまして、きょうのご報告とお礼の言葉に代えさせて頂きます。本当にみなさん、ありがとうございました。
(了)》

 政治家の地方講演の類は、ネットでも全文公開されることは珍しいと思うので、何かの参考になれば幸いです。中川氏の自治労・日教組に対する視点は私も同意するのですが、安倍政権が保守中道だと勝手に決めつけるのはどうでしょうか。

 地位のある政治家はみな忙しいので、こういう発言は一般の人が思うであろうこととは違って、全くすり合わせをしていないことが多いのです。私は少なくとも、安倍首相が「中道」などという言葉を使うのを見聞きしたことがありません。

 中川氏は、わざわざ岸元首相の名前を出して、「左に懐を広く」という言葉を使ったことについて弁明していましたが、安倍首相は時代が違うと考えているようですし。やはり、首相と中川氏の目指す日本は微妙に違うと思います。

 まあ、安倍首相と中川氏は、互いがどんな思想信条の持ち主かを知りつつ発言しているのでしょうけど。政治家同士の関係は、なかなか難しいものです。

 政治部記者をやっていてつくづく感じるのは、政治家は本当に一人ひとりが一国一城の主であるということです。その意味で、戦国大名に似て、職階上の親分はいても、心底服従はしていません。

 政治家同士の関係も、しょっちゅう、宴席でもともにしない限り、なかなか意思疎通はできないのが普通です。極端な話、首相と女房役の官房長官ですら、そんなに話す機会は多くないものなのです。

 同じ派閥に属していても、驚くほど互いのことを知らない政治家をよく見ます。ましてや、党単位でみればもっとそうです。だからこそ、私は安倍首相の気心が知れた同志の復党を望んでいるのですが…。

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