今朝の東京新聞2面の「政暦」というコラムの見出しを見ると、「小沢一郎氏が緊急入院」とありました。驚いてよく読むと、1991年のきょう6月29日に、「自宅で胸の痛みを訴えて、都内の病院に入院した」というお話でした。コラムには、「軽い狭心症」と診断された小沢氏の入院が約6週間にも及んだことが書かれていました。もう16年も前のことなのですね。なんだか最近は、歳月が足早に過ぎ去っていくことに気付かされるような話題がやたらと目につきます。

 このコラムは、小沢氏について「今、民主党代表として参院選の陣頭指揮を執っている。与野党立場は変わったが、息の長い政治家ではある」「今も何日か国会に顔を出さないと、『水面下で政治工作している』という観測とともに、重病説もささやかれる」と記しています。そうですねぇ、世の中はどんどん移り変わっていますが、小沢氏はずっと政治の表舞台に立ち、そのときどきで重要な役回りを演じ続けてきたように感じます。

 その小沢氏は昨年9月、民主党の代表に再任された際、「自分も変わる」と宣言していました。その言葉を聞いて、私の周囲には「人間はそうそう変われるものではない。まして小沢氏が変わるわけがない」との反応が多かったのですが、メディアでは「ニューオザワ」などのフレーズが飛び交っていましたね。「ニューオザワ」って一体何なのか、意味不明の言葉ではありましたが、最近はこの言葉も忘れられましたね。

 手元に、9年前に出版された「日本の選挙はなぜ死んだのか~政治屋たちが締め出した国民代表」(田中良太著、小学館文庫)という本があります。著者は、元毎日新聞の政治部記者のようです。私はたまたま昨夜、帰宅後にこの本を久しぶりに読み返していて、以前は特に心に残らなかった小沢氏の選挙手法についての記述に「なるほど、そうだなあ」と感心したばかりだったので、今朝の東京新聞のコラムが余計に気になった次第です。

 結論から言うと、小沢氏の内面が変わったかどうかはともかく、選挙手法は昔から全然変わっていないのだなあ、と改めて感じました。今国会でも、小沢氏は自ら制度導入を押し進めた、国民に党首の主張を訴える党首討論よりも、地方の支援者回りを優先させ、地方行脚のために民主党の役員会などもたびたび欠席しています。こういうやり方は、小沢氏のある意味、一貫した考え方に基づくものなのだろうなと。

 この本の第一章はずばり「小沢氏の『選挙』」というタイトルです。その中で著書の田中氏は、田中角栄元首相から受け継いだ小沢氏の選挙手法について、次のように書いています。今から12年前、小沢氏が新進党の幹事長として戦った1995年の参院選の分析からです。

 《投票率アップに結びつく(「風を吹かせる」)ような発言はしない。自民党支持者が投票所へ足を運ぶのを阻止するだけに限定する--という大方針の下で、小沢氏らの発言内容が決まっていたと勘ぐられても、否定できないものであった》

 …現在、年金記録未統合問題の逆風を受け、与党は従来の支持者をまとめきれずにいます。もともとの自民、公明両党の支持者らが、年金問題への対応をめぐり、政府・与党にお灸をすえないといけないと考え、「今回は与党に投票しない」「今回は野党に入れる」と言い出しているようです。これがもし民主党の作戦の結果だとすれば、実にうまく成果を上げているといえるでしょう。また、この本にはこんな指摘もありました。

 《小沢氏にとって選挙とは、組織票の奪い合いでしかない。浮動票、無党派層に語りかけるのは無意味だということなのか、それとも効率が悪いと考えているのか。いずれにせよ、この認識は驚くほど徹底している》《おそらく小沢氏にとって選挙とは、既成組織が握っている票を集めるというだけのものなのである。浮動票、無党派層といわれる人たちに呼びかけようという発想そのものがないとしか思えない》《小沢氏は一貫して「改革派」を自称していた。それなのに、選挙のやり方は、まったく古めかしい業界組織依存なのである》

 …このときと現在では、無党派層の広がりや、選挙における重要性はだいぶ変わってきたと思うのですが、確かに、小沢氏の選挙手法は、広く国民一般に呼びかけるものとは違うように思います。自民党幹事長時代には財界や建設業界に協力を呼びかけ、今は連合など労組にそれを求めている点は異なりますが、小沢氏はやはり組織を重視しているように見えます。また、少人数集会に自ら顔を出し、頭を下げ、手を握ってお願いする地方行脚は繰り返しても、党首討論やメディアへの露出を積極的に利用し、有権者一般に呼びかけるという戦術は、必要最低限にとどめているようにも感じます。

 《小沢氏を数々の神話を生んだ「選挙のプロ」だと見る人がいるのはやむを得ない。人それぞれ認識は自由であるから。しかし全く奇妙な「選挙のプロ」であることは誰も否定できないであろう。「小沢人気」があるとされる地元・岩手県以外では、ほとんど有権者の前に姿を見せないのである》《小沢氏にとって有権者とは、投票を呼びかけ、政治路線に賛同するよう語りかける対象ではない。所属する組織を通じて締め付け、動員する対象なのである》

 …このように分析する著者の田中氏は、《「数の力」を誇った田中-竹下派の論理の行き着く先がこうなるのは当然なのだろうか》とも書いています。この見方が正しいのかどうかは私には断言できませんが、非常に興味深く読みました。

 一方の自民党はどうでしょうか。時代の変遷の中で、もともと自民党という政党自体の賞味期限が切れかかっていたところに、小泉前首相という「変人」が登場し、自民党自体は一時的に延命しましたが、同時に小泉時代に支援組織は一層ガタガタになっています。小泉氏自身は政治を劇場化し、無党派層を取り込むことに成功したと言われていますが、安倍首相には派手なパフォーマンスは似合わず、現在は年金問題その他で無党派層をつかみ損なっていますね。今朝の読売新聞の世論調査では、内閣支持率は34.4%と一定レベルあるものの、不支持率は51.8%とそれを大きく上回っており、依然、苦しい状態は続いています。

 この世論調査では、民主党自体の支持率は19.9%と2割に届いていません。今のところ民主党は、小沢氏自身が無党派層にアピールしなくても(できなくても)、もともとの労組票を固めさえすれば、自然と無党派票が上乗せされるような有利な状況にあるようにも見えます。あとは、世論調査で「自民けしからん」と答えている無党派の人たちが、実際に投票行動でそれを示すかどうかです。

 12年に1度、7月の参院選と4月の統一地方選が重なる亥年は、統一地方選の選挙疲れから、投票率が下がるといいます。ただ、それは統一地方選で選挙運動をした地方議員とその支持団体の動きが鈍くなるためでしょうから、無党派層には影響があるのかどうか。民主党は、本当に無党派層の受け皿となれるのか、それとも棄権者が増えたり、共産党が躍進したりという結果になるのか。以外に自民党が大健闘するのか。

 参院選までちょうど1カ月となりましたが、はっきり言ってさっぱり分かりません。選挙の当事者や、その道のプロといわれる人たちからもいろいろ話を聞いて取材しても、「自民は厳しい」という以外のことは、何も断言できません。投開票の1週間ぐらい前には、大体の雰囲気はつかめるのではないかと思いますが、私も7月12日の公示後は、このブログで選挙がらみのことはあまりあれこれ書けなくなります。

 いずれにしろ、本当に日本の将来を方向付ける重要な選挙だと思っています。今からはらはら緊張しています。