昨日行われた麻生太郎、福田康夫両氏の公開討論会の模様は、NHKでも中継放送されていましたから、たくさんの人がごらんになったと思います。また、今朝の朝刊各紙でも当然、大きく取り上げられていますが、この際、全文を掲載してじっくり読んでもらおうかと思いました。文字に起こすとあまりに長いので、いくつかに分けて紹介したいと思います(後輩が苦労してテープ起こししたメモを利用して)。①のテーマは、「冒頭発言」「年金」「拉致問題へのスタンス」などです。私自身の感想は付記しないことにしました。
 

 0921 自民党総裁選公開討論会/日本記者クラブ

【冒頭スピーチ】

福田) 今回、私はこの自由民主党の総裁公選に立候補いたしました。私が当初、立候補すると、しなければいけないというように固く心に決めていたわけではございません。しかし以来、いろいろな方々からおすすめをいただき、またこの危機的な状況にあります我が党の再生ということを果たさなければいけないという、そういう強い思いに駆られまして、そしてまた同時に今非常に問題が多くなってきているとうわが国の情勢、これをいかにして解決していくかということについての責任、政治家としての責任を感じまして立候補を決意いたしました。おかげさまで多くの方々にご支援をいただき、今一生懸命私の考え方を訴えてきておるところでございます。

その中で、私はまず申しあげますことは、わが自由民主党、そして政権与党として、この総裁選挙をしなければいけなくなったその背景、事情、そのことについてですね、深く思いをいたさなければいけないと思っております。それは、参議院選挙に敗れたということでございます。そしてこの参議院選挙で敗れた現状というは、これは極めて深刻な状況だと考えております。その参議院選挙敗北の原因が何にあったのか、そのこともよく考えておかなければいけないと思っております。もちろんいろいろな問題がございました。不祥事の問題があった。そして年金の問題もございました。そして、地方における格差問題、というそういうテーマもございました。さまざまなことについて国民の不信を買ってしまったと。要するに日本の政治、我が国与党のですね、政治に対する信頼感の欠如、これが現状だと考えております。その結果が、この総裁選挙となったということであります。そしてこの総裁選挙を行うことによって、国会の審議を止めていなければいけない。こういう事態も起こしておる。いろいろな意味において、非常に大きな問題、そして深い傷をおったこの問題に対処しなければいけない。そしてこういう事態にいたったことについて私はまずは、国民の皆様、またご支援下さる自民党の支持者の方々に深くお詫びを申しあげなければいけないと思っております。そのような反省に立って、これからの政治を進める、ということになります。

けれども、私は、今の若い人たちがとかく、閉塞感を持ちがちであるということ、これはすなわち将来に対するビジョンを提示すること。将来日本が、どのような国になるべきなのか、ならざるを得ないのか。そしてそういう方々の将来が、明るい期待を持てるものかどうか。このことについてですね、まずは希望を持てる国づくり、とこういう申しあげ方をさしていただいております。若い人が希望が持てる国、そういう社会くにづくりを進めていきたいと思っております。そして働く人、そしてお年寄りの方々が安心して生活ができる、そういう国づくり、社会づくりをしてまいりたい。希望と安心。こういうキャッチフレーズでですね、私の政治を進めていきたいと思います。安心の問題や何も老後のこと高齢者だけの問題ではないということですね。それは今の高齢者は安心のできない、生活に満足できないような日々を送っていて、今の若い人たちがそれをみてどう思うか。自分たちもそういう時代にいつかはなるんだな、ということをもって、本当に希望をもって活力をもって仕事ができるかどうかということも考えますと、やはり若い人にとっても安心は大事であると。しかし今の安心が勝ち得ることができるかどうか、これは現実の問題として極めて大事であり、そして今働いている人が近い将来、安心できるかどうか、そういうことをわれわれとしては政策課題として、また政治課題として考えていかなければいけない、そのように思っております。そしてまた、今の時代は地方の問題もございましたけども、やはり自立と共生という考え方がないとやっていけない。これはいろいろな時代でこの意味合いが違ってくると思います。しかし、今こそ自立と共生という言葉がぴったりくる、そういう時代はないんだろうと。今と、そして将来見通してですね、この精神なくして、私は社会も国もそして国際社会も安定した関係、状況というのはつくっていけない。そのように思っておりまして、希望と安心の国づくりを進める。その基本的な考え方は自立共生の概念だとこのように思っております。やはり、自立心なくししてですね、また自立の努力なくして社会は、また国はうまくいかないと思います。しかし、同時に自立だけではだめなんであって、共生できる社会でないといけない、国がなければいけない。また同時に国際社会もですね、共生の概念が必要だと。国際社会で共生といえばですね、資源の問題、環境の問題、これはまさに共生でしょう。これをお互いに協力してやっていかなければですね、環境問題の解決というのはあり得ないと、私は思っております。個人の家庭においては自立は大事です、個々人の自立は大事です。しかし、何かのときには、共生は家庭の中でいつでもあるわけであります。そして若い人は自立、お年寄りは共生社会で、家庭の中でお互いに支え合うという関係。しかし、もし家庭の中で支えられないようなお年寄りがいたときにはですね、これは社会が、国がそれを支える仕組みをつくっていかなればいけない。それがうまくできあがってはじめてですね、共生社会、自立をもとにした共生社会というのは存在するだろう、いうように思っております。私は、今、身近な政策の話はしておりません。しかし、そういう政策は一つ一つがですね、今、私が申しあげたような概念の上に立ってできておかなければいけない。そうのように考えておりまして、私はそういうことにですね、これから全力を挙げて取りくんでまいりたいというように思っております。この考えは私は別に、総裁候補になるとか、そういうことではなくて、日頃考えていたことです。一政治家として考えなければいけないこと。それをですね、ぜひ実現してみたい、と、こういう強い希望、欲求をですね、今、持っております。ぜひ、これは国民の皆様と協力して、なし得ることだと思っておりますので、ご協力をよろしくお願いしたいと思っております。以上で私の考え方を申しあげました。

 

Q まだ若干時間が残っておりますが、よろしいですか

 

福田) 何分?(あと1分ぐらい)あ、いいです。

 

麻生) 麻生太郎です。まさか、同じお招きをこういう短期間に2回も受けるという予定は私の想像を超えておりました、予定外でしたけれども、本日もどうぞよろしくお願いを申しあげます。まず、最初にはなはだ突然のこととはいえ、内閣総理大臣の突然の辞意表明によってこういった形での、政治、国会開会中ということでもありますんで、その空白期間を招いたということに関しましては、はなはだ短期間でとは思いましたけれども、約11日間の時間をいただくことになったことに関して心からお詫びを申しあげたいと存じます。私の所信を申しあげたいと存じます。

私は、小さくても温かい政府、小さくても強い政府をつくりたいと申しあげております。経済は名目成長率にして少なくとも2%以上、フローののびを追及するということを申しあげております。高齢化に伴い、活力ある高齢化社会いうものも申しあげております。また、中国との付き合い方を聞かれたときには、日中共益、つまり、中国とは共益だと、李ちょう星外交部長にも申しあげましたけれども、その通りと思っております。地方分権、また、それには地方に経営感覚をと、いうことも申しあげております。今日は今申しあげた公約について、全然違った角度から説明をさせていただければと存じます。まず最初に私が政治信条としておるところは、日本人に対する信頼であります。日本人への信頼。有史はじまって以来、このかた、日本ぐらいではないかと存じます。切れ目のない伝統を保持しております。一つの国家として、自主独立の道を営々として歩んできた国家だと存じます。危機に臨んで外国勢力に学ぶことはあっても引き入れということはしておりません。幕末における危機に際してさえ、そうでありました。天皇家にあっては、その間、男系の皇統をずっと維持しておられる。我が国の歴史には、おかげさまで一本、太い大黒柱が通っているわけでもあります

これほどまでに今様の言葉でいうとsustainabilityという持続可能性というものの体現してみせた国が他にあるだろうか。歴史を通じて、国柄というものを維持してまいったのが、私どもの国日本であります。人間、じいっと同じ一つの姿勢で立つと言うことはよほど鍛えた筋肉を持った人でもそうそうできるものではありません。日本という国家は、例えていえばほぼ2000年、それをやってきた国であります。足がよっぽど強い国だと思っております。保守すべきは保守し、そして危機に臨んで改革すべきは改革してきた。そのことにわれわれの先輩たちは、文字通り、命をかけてまいりました。私はそう思っております。よく中国の台頭で日本は負けるといった類の議論も出て参ります。私はこの種の話が、あまり信用できません。中国の台頭という現象を見まして、大歓迎と本心申しあげました。たぶん日本の外務大臣として公に、中国の台頭、発展、成長を歓迎という言葉を使った最初だと思います。

なぜなら日本という国は、強い相手が周りに現れてくると、先方のいいところを吸収し、必ず自分の力で脱皮してきた国だから。中国とは共生というより、共益、つまりお互いに益するという関係にならねばならないし、また、できると信じております。なにせ持続性においてはすいぐれたくにでありますから、国家経営の模範というものを、はっとするようなものが、実は過去の歴史にもあります。

例えば江戸の街。人口100万の都市を統治する今で言えば行政、司法の仕事を皆担当しておりましたのが、ご存じ、大岡越前之守などでおなじみの江戸南北町奉行所であります。その奉行所で働いていたお役人は、何人くらいだったと思われるでしょうか。わずか300人弱という資料がございますが、100万都市に300人だった。それでいて、幕末日本にきた外国人は、江戸の清潔ぶりとか、また老いも若きもにこにこして、機嫌よく暮らしていたところに驚いております。たった300人というまあ、小さな政府としては究極の小さな政府。その小さな政府が、同時に温かい政府でもあったということです。それはほとんど今なら、区役所でしているような仕事というのは、全部民間人がやっていたからです。その多くはご隠居さんだったといわれております。江戸時代というのは究極の民間活力、ボランティア全盛期でもあります。活力ある高齢化社会でもあったと存じます。

この間、総務省が出した資料によりますと、65歳以上の高齢者の方は2744万人。しかし、そのうち要介護、いわゆる支援が必要な人は別の統計によれば、16・6%と出ております。したがって、残りの83%強という方々は、基本的には元気な高齢者。ここにも大勢きておられます。昨日、67回目の誕生日を迎えた私に取りまして、年に二回もしんどい総裁選を戦える体力があるということでもあろうかと存じます。私はこういう高齢者という方々を税金を使う人、タックスイーターではなくて、税金を払いわゆるタックスペイヤーにしたい、できるはずだというのが、私のいう活力ある高齢化社会であります。そして、そのモデルというのは、私どもは今一度、200年以上にわたってやったことがあったということだと存じます。今、高齢者の約6割が働く会社というものは、従業員数30人未満、いわゆる零細企業であります。したがって私は名目成長率でみて、2%以上の必要があると申しあげている次第です。高齢者を吸収してくれる零細企業にしっかりしてもらわねばならぬ。その点だけをとりましても、成長というのは大事だと思っております。また、地方の会社に頑張ってもらわねばなりませんが、その頑張ってもらう環境づくりとか方向付けとか。これは地方の首長さんにやってもらうべきだと存じております。権限と財政面と、そして人材を工面して差し上げる必要があろうと存じます。それについては地域を経営、それによって地域を経営していただく。もう一度、江戸の話をさせていただきますが、江戸の世の中というのは子供を遊ばせていた。子供あつかいしておりました。当たり前じゃないかとお思いでしょうが、同時代の世界にそんな国は二つとありません。桃太郎、一寸法師、また浦島太郎等々、子供向けの物語があんなに早くからあったという国は、他の国にはありません。ちなみに、大人向けの童話ではありますけども、グリム童話集、あれは1812年が初版であります。19世紀に入ってから。私はこれが文化の土台としてあったからこそ、昭和に入って、大恐慌になったとき、わたしはある偉大な失業対策事業が全国に広まったんだと存じます。なにかといえば紙芝居です。失業者が手軽にできる仕事でもありました。紙芝居はシネマ、映画の技法です、ありゃあ。映画のやり方を取り入れている、そして全体がストーリーと、物語になっている。これをわくわくしてみた世代が、どういう世代だったか。戦後、漫画のパイオニアになった偉大な作家たちです。名前を挙げる必要もないと思います。したがってストーリー漫画、物語のある漫画というそれまで世界のどこにもなかった、独特のジャンルが生まれました。映画の技法を駆使した文法が生まれたんだと存じます。それが今、ドラゴンボールだ、キャプテン翼だ、となって、世界中の青少年を熱狂させております。どうでしょう日本にある物語は長い長い歴史の成長を経ております。もういい加減、日本人の持つ、日本独特の自発的な創造力、新しいものをつくる力というものに信をおいていい時代だと、私はそう考えております。

改めて申しあげます。我が国は脈々として続いた伝統に誇りを持ち、そして勇気を持って改革、新たしきを創造していくことができる国家なんだと。私は幕末の志士の如く同様に国家のために頑張りたいと思っております。長時間のご静聴ありがとうございました。

【年
年金問題】(※ここから両候補が相互質問)

 

麻生Q) それでは年金問題というのが最大の関心事だと思いますが、私は今年35歳になられた方はいずれも年金の将来性についてすべて葉書を受け取っておられると思います。したがって35歳の人には年金に関する不安はない。自分の将来、短期的にはこれだけもらえるんだということが示されている。私はこういった年金というのは不安を与えているのが一番の問題。150兆円からのカネがそこにあるわけだから、それは心配ではないんだという安心をきちんと示すというために葉書を出すことを提案しているが、福田先生は年金問題について具体的にどういうような考えを持っているのか。

 

福田A) 年金はこれはいまの政治不信の具体的な原因として非常に大きなものだ。特に国家が運営している、この機構がどうもおかしいではないかと。そしてまた今でも横取りするような、そういうようなことを担当する人たちがやっていたということになると、本当に信用ならない仕組みだということになる。年金というのはいま払って将来もらうということだ。だから、その期間ずっと信頼し続けてなければ、またそういうことができなければこの制度は存続しえないということになりますから、いまの状態というのは本当に最低の状態だと思う。政府の仕組みの大事なところは、国民から信頼を受けていないということになると、これは極めて大きな問題だと。単に年金不信ということではなくて、国家に対する不信というように考えても良いと思う。そういうことをきちんとやってくれるという信頼のもとにこの制度は存立しているということを考えると、いま起きいているのは極めて罪深いことだと思う。だから、それを解決するために1つ1つ積み上げていく。私は信頼というのは一気に回復するというものではないと思う。時間をかけてこつこつとやることにおいて信頼を回復できればいいなあというように願っている。

 

麻生Q) 社保庁は解体ですか

 

福田A) 社保庁は、これはやっている人の問題もあるわけですね。なにも社保庁に限らず、いろんなところで不祥事が起きているということだ。これはやはりその仕組みが悪いということもある、また人の問題もあるということで、またそういうことが許されるようなそういう風潮があるのかどうか知らないが、いずれにしてもやっている人がきちんとしていれば、組織の問題では私はないと思う。ただ、具体的にはどういうように回復するかについてはいま現在、具体的に考えておりません。近い将来、結論を出さないとならない問題だと思っている。

 

【拉致問題】

 

麻生Q) 社保庁というところがもっとも信頼されるべき、頼りにされるべき組織と私は思っているが、それが一番信頼がおけない組織ということなれば、その組織は根本的に解体してきちんとやり直すということにならない限りは信というものはなかなか立たない。したがって社保庁というものをどうされるかということについては具体的な話を伺わせてもらえればと思っていた。次は拉致について聞く。私は基本的に北朝鮮は圧力と対話、この国とのこれまでの交渉を約2年やったが、いずれも拉致というのは私共にとって、自主というものの、日本の自主権というものの大いなる侵害であることははっきりしている。したがって、この日本という国から日本人というものをさらってもっていったという事実というものは、これはものすごく大きな事実であり、国家にとって大問題だと思う。したがって、このような問題は安易に米をやって帰してもらうという種類ではない。基本的にはきちんとした対話を成り立たせるためには、これまでも圧力が必要であったと思っている。今日、6者協議がスタートできたが、最大の理由は少なくとも7月における国連安保理における日本のリードによる少なくとも全会一致の圧力というものが6者協議を生み、日朝作業部会というものがまがりなりにも動き始めた大きな背景があるんだと思っているが、まず伺いたいのは圧力はいるのか、そしてもう1点は拉致被害者という方々は確かすべてなくなっておられるという前提だと、福田官房長官の時にしていたが、私はこういう方々は生きているという前提でこの交渉をすべきだと思ってこれまでもやってきたが、それについての見解を聞きたい。

 

福田A) 拉致は、やはり人道的な問題として考えるということが第一番に必要なんだろうと思います。ということは、いま現在、北朝鮮におられるんですよね、まだ残っておられると考えると、そういう方々を一刻も早く日本に帰ってもらうということを最優先にすべき問題ではないかと思っている。だから、そのことを中心に考えた時にどういうことなのか。ただ、だからといって過大な要求をつきつけられるということはあってはならないのであり、これはハイジャック問題とかいろんな時に自問自答させられるということがあるが、そういうことも含めてこれは北朝鮮と日本に帰ってきてもらうということについての交渉をできればしたいと思う。もちろん、その交渉の過程において対話一本槍ということはない。やはり、「対話と圧力」という交渉上のことは外交交渉、その他の交渉において常にあることなので、そういう手法を駆使しながらこの交渉を進めていくということだ。ただ、最初から話し合い拒否というような感じでもって向こうに受け止められるようなことであれば、向こうからは対話をする意欲はないだろうと。しかし、現状は先方はこちらも対話をするような雰囲気がまったくないということで対話が双方途絶えてしまっているなら、これはやはり圧力ということは必要なのかなと思う。いずれにしても外交交渉上の問題なので、その時々の状況に応じて、そういう手段を発揮するということになる。両方をうまく利用、活用しながら交渉していくということになる。


麻生Q) 対話と圧力という話だったが、確か5人の拉致被害者が日本に帰ってきたときにこの人たちに北朝鮮に戻すか戻さないかという話は官房長官の時に結構話題になった。帰すべきではないという意見に対し、官房長官は約束通り帰すべきと主張したと思うが、あの時の主張といまの主張を聞くと、この間に少し変わったのかと思うが、あの時は確か拉致被害者は死んでいるという前提で議論をして、拉致被害者の方々がいろいろと記者会見をしてきた記憶があるが、そういったところをもう一回話してもらいたい

 

福田A) ええ、正しく話をしましょう。外相をやっていられたのだから、その辺はよく過去の資料をよく、くってもらいたかった。まず私が9月17日、5年前に北朝鮮から報告をうけた。こういう状況ですと。私はその通り報告しました。それ以上報告すべきものは何もなかったから、その通り先方から、現地にいる外務省ということだが、その通りに話をした。だから、外務省の連絡によるとこういうことですということを明確に拉致されたご家族にいったということだ。私が断定的にそういうことを言ったと言うことはない。当時知り得たすべてであり、それ以上のことをいう必要性はないし、またそういうことをいうことはできなかった。
 そして5人が帰ってきた。その時に帰すか帰さないかという話は確かにあった。しかし、もともといったん帰ってきたということにおいて、それは帰るんだということは前提に話は進んでいたと風に思う。だから、当初は私はそういう報告を聞いて、ああ帰るものかなと思っていた。しかし、帰すべきではないという話が起こって、そのことについて議論はした。その時に私は帰すべきではないという風には申していない。ただ、そういう約束があるのだから、それを破って大丈夫なのかと外務省によくたずねた。そして帰すべきではないという判断があったときに、最終結論を出す前に家族の方に、というかご本人にですね、そういう本人に意向を聞いて下さいと。まあ、それぞれどういう事情があるか分からないから、ご遺族・・・ごめんなさい。帰国本人ですか、拉致されて帰国された本人に意向を確認して下さいと、こういうことをお願いし、その確認がとれた。それではそうしようという結論を出した。そういうプロセスを経ているので、私は十分な配慮しながら、この道筋を歩んだと思います。(※②に続く)