福田首相は初訪米の慌ただしい日程を終え、昨夜遅く帰国しました。もともと「つまらない日米首脳会談になるだろう。いい材料がないから」(自民党幹部)と言われていましたが、今朝の紙面を見る限り、本当に初顔合わせ以上の意味はなく、それどころか日本が米国による北朝鮮のテロ支援指定国家解除を黙認したかのような印象すら受けますね。外交交渉の実際については、なかなかリアルタイムでは真相が伝わらないため、現時点で断言はできませんが…。

 今朝の産経は今回の福田外交について「注目されていた北朝鮮へのテロ支援国家指定解除については、会談での具体的なやりとりが公表されず、指定解除は受け入れがたい日本の立場を強く主張したのかどうか、判然としない結果となった」と書いています。また、拉致被害者家族は早速、「非常に残念だ。福田康夫首相に指定解除に反対してほしかった」と強い不満を表明しています。

 福田首相が本当に指定解除にまったく言及しなかったのか、したことはしたがあまり芳しい回答が得られなかったのであいまいにしているのかは今、私には分かりません。ただ、政府高官は訪米出発前から「初の日米会談ではもっと大所高所に立った大きな話をするべきだ」と、指定解除について話し合いがなくても仕方がないとの考えを示し、予防線を張っていましたから、推して知るべしという気もします。

 米国は政権末期にさしかかり、ブッシュ大統領はどんどん立場が弱くなっています。また、もともと米国の北朝鮮への関心は、中東に対するそれの「十分の一」(外交筋)ともされますから、ブッシュがともすれば対北融和派のライス国務長官やヒル国務次官補にこの問題で引きずられがちになるのは仕方ありません。でも、だからこそ、首脳会談で日本の強烈な意思を表明し、ブッシュ氏に強い印象を与えなければいけないと思うのですが…。もともと、「ヒルはすでに北に指定解除を約束しているのだと思う」(官房長官経験者)との見方もある中で、このままいくと残念ながら来年早々にも指定解除は実現しそうですね。

 ここでどうしても思い出されるのが、わずか7カ月前の4月の安倍前首相の訪米時のことです。このときはインド洋での給油も滞りなく続いていたし、現在とは状況が違うのも確かですが、それにしても安倍氏は堂々と指定解除反対を伝え、またブッシュからその約束を取り付けることにも成功していました。私が複数の取材源から得た情報では、ブッシュ氏は安倍氏の強い要請に対し、次のように確約しました。

 「日本の懸念(拉致問題)は、6カ国協議の拡大会合でもはっきり言ってもらっていい。指定解除の件は、自分に任せてもらいたい。ライスがいろいろ言っても、安倍とオレが決めればいいことだ。安倍を困らせることはしない」

 拉致問題と指定解除についてはその後、8月の日米会談時に、安倍氏はブッシュ氏からもっと厳しいことを言われたのではないかとの観測もありますが、少なくとも私が関係者から聞いた範囲では、必ずしもそんなことはありません。確かに、4月の時点では「協議したふり」で済ませていた牛肉輸入再開問題については、8月の会談ではけっこう言及があったようですが。

 今回の福田首相の訪米でも、ブッシュ氏の姿勢が安倍氏に対するようなものであれば、それが報道に反映されているでしょうが、きっとそうではなかったのでしょうね。もともと官僚タイプを好む福田氏が、ブッシュ氏とケミストリーが合うわけがなく、個人的信頼関係の構築は望むべくもないというのは、衆目の一致するところでしたし。インド洋での給油活動の位置づけに関しては、このイザ内でも必要論と無用論が拮抗しているようですが、「トヨタの関税の件も、牛肉の件も、日本が給油をしているから米国は要求してこなかった。ブッシュ氏だって、給油の件があるから拉致問題で(ライスたちが融和に走っても)最後まで踏ん張ってきたのだろう」(安倍前首相周辺)という見方があるのも事実です。また、「拉致はテロだ」と国際社会に訴えつづけてきた日本が、テロ対策から身を退いたのだから、拉致問題への協力を呼びかけるのもやりにくくなるというのも本当でしょう。

 まあ、その給油も中断し、在日米軍への思いやり予算もカットに向かう中で、福田氏にあまり大きな成果を求めるのも酷なのでしょうが、それにしても…。福田氏は、自分が媚中派とみられていることを気にしていて、それゆえに早くから最初の訪問国は米国にしたいと言っていたそうです。その通りになったのですから、もう少し何か華々しく打ち上げてほしかった気がしますね。

 しかし、この福田氏が媚中派とみられるのを嫌がっていること自体は、悪いことではないと思います。官房長官時代には、「武大偉にいつでも電話できる」と周囲に自慢し、チャイナスクールとくっついていた歴とした親中派ではありますが。こういう人の目を気にするところを、有権者が利用できると思うからです。

 例えば、中国との東シナ海の石油ガス田交渉などでもそうです。これについては、今年4月に温家宝首相が来日した際に、安倍前首相との間での日中共同声明で、「今年秋までの共同開発の具体的方策の報告」が確認されています。現在、これに何とか間に合わせようと日中間で交渉を続けているのですが、日中間の隔たりはとても大きいようです。昨日の産経紙面でお伝えしたように、交渉過程では、試掘開始を示唆した日本側に対し、中国側は「軍艦を出す」という恫喝まで行ったことがあるそうですから。

 ここで大事なのは、福田氏が今年中の決着なんて無理に目指して大幅な譲歩など行わないことだと思います。中国側にとってみれば、わざわざ温氏が訪日してまで結び、発表したことが実現できないのは、温氏のメンツをつぶすことになるので、担当者も自らのクビと安全をかけて必死なのかもしれません。そうした事情もあり、外務省内には、けっこう「困るのは中国側。こっちは別に秋や年内に妥結しなくてもいい」という突き放した見方もあるのです。ここで福田氏がトップダウンで「妥協でも何でもして決着させろ」と指示してきたらどうしようもありませんが、福田氏とて、変な妥協をしたら「やっぱり媚中だ」と言われるのは承知しているでしょうから。国民の不断の監視と声(官邸へのメール、投書その他)を上げ続けることが有効です。

 ただ、福田氏は試掘までは踏み切れないでしょうね。軍艦を出すというのは、あくまで脅かしであり、「日中関係を決定的に悪化させて困るのは中国側」(自民党幹部)であるのは、中国も重々承知しているでしょう。東シナ海のガス田交渉でも、「大陸棚論」で譲らない中国側に対し、日本側が強気に「そんなに言うなら、現在の中間線論ではなく200海里論を主張するぞ」と反論したら、中国側は白樺(春暁)の操業を停止したといいます。対中外交では、ブラフも含めて一度高めにふっかけないと交渉が進まないと考えます。福田氏が試掘を強力に進めるぐらいのことをすれば、私も少しは見直すのですが。まあ、期待薄ですね。