もう2週間前の9日付朝刊の話ですが、私は産経の1面と3面に小泉元首相の初の北朝鮮訪問をめぐる日朝交渉に関して、次のような記事を書きました。新聞用語で言うと、1面が本記記事で、3面がその記事を受けたサイド記事です。もうすでに紙面やネットビューなどで読んでくださった方は飛ばしてください。

 ・1面記事 見出し「日朝交渉の記録欠落 小泉元首相初訪朝直前」「『2回分』廃棄?未作成? 拉致協議障害も

 《平成14年9月の小泉純一郎首相(当時)による初の北朝鮮訪問直前に、当時の外務省の田中均アジア大洋州局長(現・日本国際交流センターシニア・フェロー)らが北朝鮮側と行った2回分の日朝交渉の記録文書が欠落し、省内に保管されていないことが8日、複数の政府高官の証言で明らかになった。両国がこの交渉でやりとりしたはずの拉致被害者の生存情報や国交正常化後の経済協力の規模など、協議内容の核心が後任者らに伝わらず、その後の交渉の障害になったという。
 田中氏は13年10月ごろから、北京、平壌などで北朝鮮側と「30回近い」(政府筋)非公式の折衝を続け、「ミスターと呼ばれた北朝鮮側の交渉担当者らと信頼関係を築き、小泉首相訪朝の道筋をつくったとされる。
 外務省は通例では、外交上の重要な会談・交渉はすべて記録に残して一定期間保存し、幹部や担当者で情報を共有、外交の継続性を担保する。そうしないと担当者交代の際に、これまで積み上げた成果を捨てて、一から出直すことになってしまうからだ。
 ところが、証言によると14年8月30日に政府が小泉首相訪朝を発表し、9月17日に金正日総書記との間で日朝首脳会談が開催されるまでの間の2回分の日朝交渉の記録が省内に一切残っていない。記録文書が廃棄されたのか、もともと作成されなかったかは不明だが、政府高官は「首相初訪朝直前の最も大事な時期に、日朝間で拉致問題や経済協力問題についてどう話し合われたのかが分からない」と、困惑を隠さない。
 また、現存する二十数回分の交渉記録についても、国交正常化後に日本が実施する「1兆円とも80億ドルともいわれる北朝鮮への経済協力の金額に関する協議場面が出てこない」(同)など不自然な部分があるという。
 田中氏は産経新聞の取材に対し、「私は今は外務省にいる人間ではないし、ちょっと知らない。(2回分だけ交渉記録がないなど)そんなことはないと思う。日朝交渉は私だけがやっていたことではないし、私も職としてやっていたことで、個人的にやっていたわけではない。当時は局長だったから、私が(自分で)記録を書くわけじゃない。記録があるかないかは、外務省に聞いてほしい」と述べた。外務省は「コメントは差し控える」としている。》

 ・3面記事 見出し「不透明さ増す秘密外交」「真相『田中氏と通訳しか…』

  《小泉純一郎元首相の北朝鮮訪問は、拉致被害者5人とその家族の帰国をもたらすとともに、北朝鮮という異様な国家の実像を白日の下にさらし、大きな成果をあげた。だが、首相訪朝に至るまでの日朝交渉は水面下で行われ、徹底的に秘匿された。このため、交渉過程で北朝鮮との「密約」が存在するという噂(うわさ)が半ば公然とささやかれた。今回発覚した訪朝直前の交渉記録文書の欠落で、この“秘密外交”の不透明さがより増したといえる。
 日朝間の極秘交渉は当時、首相官邸でも小泉首相と福田康夫官房長官(現首相)、古川貞二郎官房副長官ら数人が知るのみ。安倍晋三官房副長官(前首相)ですら、平成14年8月30日に首相訪朝が記者発表される前夜まで知らされなかった。
 外務省内でも、交渉当事者の田中均アジア大洋州局長は秘密主義を貫いた。同月22日の幹部会議まで、本来は日朝平壌宣言作成に関与すべき立場の条約局(現国際法局)長や総合外交政策局長らも、全く蚊帳の外に置かれた。
 この水面下の交渉では、拉致問題の解決よりも国交正常化実現に重点が置かれていた。その姿勢は、「拉致問題で何人が帰ってくる、こないということではない。それよりまず国交正常化に対する扉を開くことに大きな意義がある」(9月12日の古川氏の記者会見)といった言葉にも表れている。
 しかし、金正日総書記が拉致を認めたことで世論は沸騰し、小泉首相もこれを無視して国交正常化を急ぐことはできなくなった。拉致問題に詳しく被害者家族の信頼も厚い安倍氏をラインから外すなど、衆知を集めてことに対処しようとしなかったツケだった。
 田中氏は9月17日の日朝首脳会談時に、北朝鮮側が伝えてきた不自然な点の多い拉致被害者8人の死亡年月日情報について、マスコミが報じるまで被害者家族に伝えなかった。また、同日午前中に情報を得ていたのに、小泉首相にも平壌宣言署名式直前の午後5時ごろまで報告しなかった。こうした手法も、疑念を招いた一つの理由だろう。
 政府高官は日朝交渉の記録文書の欠落について、「『8人死亡』などの拉致被害者の生存情報について、ある程度事前に話があったのではないか。そういう話もせずに、首相に北朝鮮を訪問させることなどありえない。記録を残すとだれかにとって都合が悪かったということではないか」と指摘する。
 北朝鮮との間に最終段階でどのような協議が行われたかは、外務省幹部も「田中氏と通訳しか本当のところは分からない」と話している。(阿比留瑠比)》

 …最後までお目を通していただいた方に感謝します。なんで今頃、以前書いた記事を再掲するのかというと、政府がきょうの閣議で、この記事に関する答弁書を決定したからです。鈴木宗男氏の質問主意書に答えたもので、「この報道は事実か」という問いに、政府は今後の日朝間の協議に支障を来すおそれがあることを理由に「外務省としてお答えすることは差し控えたい」と否定も肯定もしないという姿勢です。

 また、田中均元外務審議官からこの報道に関して話を聞いたかという問いには「話を聞いていない」、「外務省で作成される外交交渉、会談に関する記録はどのくらいの期間保存されるのか」との質問には「その性質、内容等に応じ設定され、一概にお答えすることは困難である」という回答でした。正面から答える気ははなからない、ということなのでしょうね。また、田中氏から事情を聴く必要もないと。

 この記事に関しては、12日の高村外相の記者会見(私は別の取材があって出席していませんでした)でも質問が出ていました。以下のやりとりです。

 記者 土曜日の産経で、日本と北朝鮮との交渉で、小泉訪朝前の記録に欠落が出ているとある。記録をもともと作っていないのか、あるいは作ったがなくなったのか?

 高村氏 外交交渉の直接のやりとり、その準備段階でどういうことをしたかについて私から申し上げるつもりはありません。

 記者 やり取りがどういうものだったのかということとは別に文書管理について。

 高村氏 いや準備段階についても、申し上げるつもりはありません。ただ申し上げられることはその時のことについても外務省の中で引き継ぎはきっちりできていますので、これからの外交を進める上で支障はないことだけ申し上げる。

 記者 それとは別に…

 高村氏 これ以上やりとりしても押し問答ですから。

 記者 正面からきちんと答えていただきたいが、文書管理は問題になっており、私だけの関心ではない。外交文書が欠落しているという報道があって、実際欠落しているのか欠落していないのか、調査するのかしないのか。

 高村氏 今調査する必要はないと私は思っているし、その時の事情については引き継ぎがきっちりなされているのでそのことを申し上げたい。

 …このときも高村氏は記事内容については否定せず、ただ「調査する必要はない」と強調しています。この日行われた外務省幹部と記者団との懇談会では、幹部は「(高村氏の)公式見解は聞いたでしょ。文書のことは言えません。誰と交渉したかも言えないわけですから。引き継ぎはしっかりされていて、支障はないということです」と語りました。高村氏と幹部の物言いから、省内で記者に聞かれたらどう答えるかの打合せができているのかなあ、と感じました。二人とも「支障はない」「引き継ぎはなされている」と繰り返していますが、私は信頼できる筋から「大きなマイナスとなっている。記録の欠落分は初めからつくられなかったのだろう」と聞いています。高村氏だって引き継ぎ当時に外務省にいたわけではないですしね。

 まあ、政府は立場上、これ以上踏み込んで何かを明らかにするとは考えにくいのも本当ですが、小泉初訪朝に至る日朝交渉、また再訪朝の再の朝鮮総連ルートと言われる交渉にはもまだによく分からないことがたくさんありすぎて困ります。記事にも書いたように、北朝鮮への経済協力の具体的な金額が交渉記録には出てこないのに、その交渉の結果まとめられた日朝平壌宣言は、当時の福田官房長官も「「(経済協力ばかり)具体的に懇切丁寧に書かれているといえば若干、そういう感じもする」と認めた内容となっているなど、記録に残されていないところに重要な秘密が隠されているように思えてなりません。また、この欠落部分の内容について、果たして小泉氏や福田氏が知っていたのかどうかも分かりません。
 
 外交交渉に「秘密」が必要なのは当然なのでしょうが、あまり秘密裏にばかり進めていると、結局は各方面に不信感を持たれるばかりで理解されず、うまくいかないのではないかと思っています。「世論の後押しのない外交は弱い」と言いますから。

 きょうから外務省の藪中三十二次官が二日間の日程で訪中し、中国の王毅次官と東シナ海のガス田問題などを協議してきます。以前のエントリでも書いたように、福田首相が問題解決を急ぐあまりに国民のあずかり知らぬところで妥協を命じれば、今回、日本側が中国側の主張を大幅に受け入れる形で問題決着が図られるかもしれません。もし、この国家主権、領土にかかわる問題で安易に譲歩したら、招来に禍根を残すことは間違いないでしょうし、国民の理解・支持も得られないだろうと思います。