えー、私は前エントリで新聞記事のあり方と限界について書いたので、本日は記事がどのように成立し、紙面に掲載されるかについて少し具体的にあれこれ記したいと思います。本当にどうということはない内輪話なのですが、われわれ現場の記者がどのように考えて記事を書いているか、また書いた記事がどのように処理されているのか、興味のある方はおつきあいください。

 さて、イザニュースの「政治も」には、近く来日する中国の胡錦濤国家主席と大阪府の橋下知事が会談するという私が書いたごく短い記事がアップされています。それは以下の通りです。

 《来月6日に来日する中国の胡錦濤国家主席が、大阪府を訪れ、橋下徹知事と会談することが23日、分かった。9日に大阪市で開かれる予定の橋下知事主催の歓迎レセプションにも出席し、在日中国人の多い関西と中国との交流強化を図る狙いとみられる。胡主席は来日時、創価学会の池田大作名誉会長との会談も固まっている。》

 これは、産経本紙の早版(印刷工場から遠い地方で配達される版)にも同じ内容で掲載されているはずです。12字組でわずか12行程度の本当に短いミニニュースです。ただ、私が最初からここまで短く書いたわけではなく、デスクに出稿した段階では次のようなものでした。

 《来月6日に来日する中国の胡錦濤国家主席が、大阪府を訪れ、橋下徹知事と会談することが23日、分かった。9日に大阪市で開かれる予定の橋下知事主催の歓迎レセプションにも出席し、在日中国人の多い関西と中国との交流強化を図る狙いとみられる。橋下知事は今月19日には、中国の楊潔●外相とも会談し、胡主席の関西訪問を要請。楊外相は「必ず胡主席を連れていきたい」と答えていた。
 楊外相は来日時に関西の政財界関係者らと会談を重ねたが、「外交問題は政府の問題」(橋下知事)として、チベット問題や中国製ギョーザ中毒事件などは一切提起されなかったとされる。こうした「大歓迎ぶりは当然、胡主席に報告されている」(外務省幹部)とみられ、胡主席の関西行きにつながった。
 胡主席は来日時、創価学会の池田大作名誉会長との会談も固まっている。》

 この段階では、記事は30行ありました。胡主席と橋下氏の会談は、他紙はまだ報じていないはずなので一応、「独自」記事ではありましたが、橋下氏が胡主席と会うことはこれまでの流れから言ってそれほど高い意外性やニュース性はないと判断し、私としては「30行以上書いても載らないな。30行でも削られるかもしれないが、それはまあ仕方がない」と考えてデスクに出稿したのでした。

 ここで、この記事の文章の拙さと説明不足を「行数制限」の観点から言い訳してみます。例えば、「在日中国人の多い関西」と私は書いているわけですが、在日中国人は当然のことながら東京や関東にも多いわけです。ただ、胡主席が来日時に東京にくるのは当たり前であることが一つの前提としてありました。また、胡主席は横浜中華街にも行くようですが、それを書いているとまた行数がふくらんでしまうので、こうした表現をした次第です。さらに、最後の池田名誉会長と会談するくだりの文章も日本語としてこなれていませんが、普通の日本語にすると、12字組では1行増えてしまいそうだったので、あえて悪文のまま送稿したのです。まあ、私の文章力がないのが本当の理由であることも認めますが。

 さて、原稿を出稿してしばらくすると、デスクがそれを手直しして見出しとレイアウトを担当する整理部に渡す「1次モニター」というゲラ刷りになる前の原稿のコピーが、記者のもとにファクスされてきます。それを記事を書いた記者自身が再チェックするわけですが、このとき私の原稿は12行になっていました。それで今回はそういうものだと思っていたら、どういう理由か首都圏などに配達される「遅版」の紙面を見ると、書いた原稿の一部が復活していました。具体的こは、私が書いたものから、楊外相のコメントと池田名誉会長のくだりを除いた24行程度の原稿に戻っていました。池田名誉会長との会談に関しては、私はすでに3月20日の紙面で一度書いているので、繰り返す必要はないとデスクは考えたのでしょう。

 イザやMSN産経ニュースにアップされているのは最初の短い原稿のままですが、この「復活」は私にとっては有り難くうれしいものでした。というのは、この記事のニュース部分は胡主席と橋下知事が会うというところにあり、そこが優先されるのは仕方がないのですが、私が本当に伝えたかった部分は別のところにあったからです。私は何も言いませんでしたが、あるいは、デスクもそれを理解してくれたのかもしれません。

 遅版の紙面には、楊外相が先に関西を訪問した際に、会談した政財界関係者からまったくチベット問題やギョーザ問題が提起されず、それに気をよくしていたという部分が掲載されました。私は複数の外務官僚からこの話を聞き、それでいいのかと思っていたのです。もし、中国にモノを申すのはあくまで中央政府の役割であり、地方は経済交流を深めて利益を得ればいいのだという考えが地方にあるとしたら、中国べったりの親中派の政治家ばかりを批判していても仕方がないとも考えました。また、中国が日本全体が怒っているわけでも何でもないと誤解しても無理はないとも。一方で、熱烈歓迎しておいて、外交当局にだけ毅然たる態度を求めるというのも、なんだかなあ。

 この傾向は以前からで、今よりもっとギョーザ問題が連日大きく報道されていた2月に来日した唐国務委員に対しても、地方では大歓迎ばかりで苦言を呈する人はいなかったと聞いています。それは日本人の遠慮深さや礼儀正しさからくるのか、それともややこしい話は他人任せで自分だけは波風を回避しようとする姿勢からくるのか。楊外相は高村外相との会談時に、「チベット問題で文句を言ってくるのはアジアでは日本だけだ」と述べたと言いますが、巨大な(に見える)中国市場の前では、人権も食の安全もかすんでしまうのか、単に恐いのか。

 まあ、12行が24行になってもミニニュースであることには変わりませんし、ネットでも配信されていないので、どれだけの人が読んでくれたか、書き手の意図を汲んでくれたかは心許ない限りですが、このようにして記事は紙面化されているというわけです。今回の話は記者とデスクの判断についてしか触れていませんが、これが1面記事や大きな記事になると、部長や当日の編集長もかかわってきます。たくさんの人の目とチェックが加わり、ああ記事がよくなったと感じることもあれば、上の人と現場記者の意見が異なることも当然あります。

 たとえ署名記事であっても、紙面は社の商品なので、あまり我を通すことはできません。ときには、二重、三重の手直しの過程で書き手自身の意見・見方とは違う見解となった記事に、署名がそのまま残ることもあります。また、文章のクセや好みも人によって違うので、自分ではこんな表現はしないと思いつつ、受け入れざるを得ないことも珍しくありません。そういうときは、あまりうれしくないものですが、社としての記事だからやむを得ないと思うようにしています。もっとも、産経EXのコラムは、基本的に書いたままが掲載されますので、好き勝手に書いていますが。

 また、昨日は上の記事のほかに、書いた記事が一本ボツになりました。これは出稿した時点では「紙面調整用」とされ、紙面の混み具合で載るかもしれないし、載らないかもしれないという扱いでした。以下の記事です。

 《外務省幹部は23日、今月18日に社民党の福島瑞穂党首と中国の楊潔●外相が会談した際に、楊外相が近く米国が北朝鮮のテロ支援国家指定を解除するとの見通しを示したとされる問題について、「中国側に問い合わせたところ、『(楊外相は)そんなことは一切話していない』と言っている」と明らかにした。
 社民党が会談後に行った記者ブリーフでは、楊氏が「最近の米朝接触で積極的な進展があった。近い将来、米国は北朝鮮のテロ支援国家指定を解除するのではないか」と述べたとされていた。外務省はこの会談について「通訳も含めて一切かかわっていない」(同幹部)としている。》

 楊外相が実際にどう語ったのか、社民党がそれをどこまで正確に記者たちに伝えたかは不明ですが、とりあえず中国側が日本政府の問い合わせに社民党ブリーフにあった内容を否定したということは、書いておくべきかと考えました。ただ、やはり掲載スペースがなかったようです。これも一部削られ、15行となった1次モニターは送られてきたのですが。今はブログがあるので、こうしてボツ原稿の一部でも日の目を見せてあげられますが、これまでボツになった膨大な原稿を思うと、情報と思いを伝える難しさを改めて感じます。

 私はこれまで、紙面に入りきらなかった原稿や、インタビューの詳報などをネットで掲載することで、新聞紙面とネットが補完関係になればいいと書いてきたのですが、これもそう簡単ではないようです。というのは、現場から送られてくる記事を、次から次へとネット上にアップしていくと、重要な記事、アクセスを集める記事がどんどん画面上は過去記事の中に埋没していってしまうからです。ピックアップニュースに載せられる記事は数に限りがありますから。そういうわけで、同僚記者の話では、紙面からあふれた記事をネットで配信してくれるよう頼んでも、担当者に断られることがあるということでした。うまくいかないものです。

 とうわけで、本日は楽屋話のようなささいで小さなお話でした。こんな話でもまた読みたいという方がいれば、また別の角度で新聞の作り方、あり方、あるいは取材の仕方とどう記事にするかなどについてもいつか書いてみようかと思います。私はできるだけ多くの人に、良いも悪いも含めて報道の実態を知ってもらいたいと考えています。