毎度毎度、お気楽エントリばかりでは政治記者のブログとしてはやはりナンなので、本日は23日にシンガポールで行われた日米外相会談で、拉致問題に関して気になったことを書こうと思います。この会談について、私は24日付政治面に掲載された「同床異夢の6カ国協議」という記事の中で、次のような会話があったことを紹介しました。

 《6カ国外相会合に先立つ日米外相会談。高村氏が、6月の日朝実務者協議で約束した拉致問題の再調査を北朝鮮が実行していないと指摘すると、ライス国務長官はこう再確認してきた。

 ライス氏「日朝で全く何も起こっていないのか?」

 高村氏「何も起こってはいない」

 ライス氏「分かった。米国からも、北朝鮮にしっかりとメッセージを送る」

 日本が米国の協力を取り付けた形だが、拉致問題の現状を米側が必ずしも把握していないことを示すエピソードでもある。》

 6月11、12両日の日朝実務者協議で、北朝鮮が拉致問題の再調査を約束してから、6週間が経過していますが、北朝鮮は何の動きも見せていませんね。これは、日本ではだれもが知っていることですが、ライス氏にはそれがちょっと意外だったようです。8月11日の北朝鮮のテロ支援国家指定解除がもう既定事実化している米国としては、日本はまだそんな状態なの?と言いたいところだったのかもしれません。

 日本政府側は、「このタイミングで事実をライス氏に認識させたのは良かった」と喜んでいましたが、私はそれとは異なる二つの感想を抱きました。一つは、「ああ、結局、拉致問題に関する米国の関心はその程度だな」というもので、もう一つは、「ヒル国務次官補はやはり、こういう重要な点も上司であるライス氏やブッシュ大統領にはきちんと伝えていないのだな」というものです。日常的に斎木アジア大洋州局長と電話でやりとりしているヒル氏が、日朝の現状を熟知しているのは疑いようがありませんから。

 この点について日本政府側は「ライス氏は忙しい立場だから、何でも報告されたらたまらないだろう」とヒル氏をかばうような反応を示していましたが、これもどうでしょうか。ライス氏はテロ指定解除に対する日本の世論の反発を気にしており、6月の京都外相会合でも、また別の機会でも、日本世論の慰撫を狙うような発言を繰り返しています。そのライス氏にとって、日朝が実は何も動いていないという日本世論を方向付けるかもしれない問題が、そんなに意味のない情報でしょうか。そんなの、ヒル氏が一言伝えれば2、3分で話は済むことでしょうにね。北朝鮮の核問題を早く決着したことにしたいヒル氏は、そのマイナス要因となる点については報告を手控えていたというのが実態ではないか、というのが私の推測です。

 それはともかく、この会談を受けて、ライス氏はその後の6カ国協議非公式外相会合の場で、次のように発言しました。これについても、日本政府側は「ライスがかなり強く言ってくれた」と喜んでいましたが、私は遅きに失したように感じました。

 「日朝の進展は重要だ。拉致は悲惨であり、北朝鮮が調査を通じて真相を究明し、問題解決に向けた行動をとる必要がある。この問題で米国は日本を強く支持している」

 だって、今になって北朝鮮に多少のプレッシャーを与えたところで、北朝鮮が最もほしがっていた果実であるテロ指定解除の流れは変わりませんしね。この外相会合では、北朝鮮の朴宜春外相も出席していたのですが、高村氏が何を言っても(たいしたことは述べていないようですが)、特に反論はせず、目立った発言もしなかったと言います。とにかく、8月11日まではじっとしていればそれでいいと、本国の指示が出ていたのかもしれません。

 逆に、朴外相はASEAN地域フォーラム閣僚会合の場では、「日朝では話し合いが行われている。6月半ばに約束ができたことについて重視する」と述べました。この点について高村外相は記者団に「約束はできているし、話し合いは進んでいるという印象を(参加各国に)与えたいのかなあ」と語りましたが、実際そうなのだろうと思います。これは今回に限らず以前からですが、北朝鮮とヒル氏の思惑は一致しているように思えて仕方がありません。以前のエントリでも、書いてきたことですが…。

 6カ国協議非公式外相会合に関しては、ライス氏自身が「単なる非公式の機会だった」と記者団に語った通り、事前準備もなく、決定事項もない顔見せのような集まりでしたが、これが開催されたこと自体には別の意味もありました。それは、6カ国協議のプロセスは着実に進展していて、外相会合まで開く段階に来ているのだと、世界に発信するという目的です。

 これは、拉致問題が全く動いていない日本としては歓迎できる話ではなく、実際、外務省幹部は割と直前まで「外相会合を開いて何を話すの?開くにしても、話し合うテーマを決める(実務者の)首席代表会合が先だろう」と見通しを語っていました。それが、議長国である中国の強い意向もあり、急遽ASEAN地域フォーラム開催中にシンガポールで開催されることになり、もともと出張する予定のなかった私も慌てて現地に行くことになったのでした。日本はただ、他国が仕掛けた展開に流されているだけだという感があります。

 ライスが日朝の現状について知らなかった件もそうですが、他国を批判するよりもまず、日本自身に問題があるように思います。それは、日本が知ってほしいこと、訴えたいことについて変に遠慮し、はっきり言ってこなかった現政権のあり方そのものに主因があるように思うのです。

 福田首相は昨年の初訪米でのブッシュ大統領との会談でも、ブッシュ氏が切り出すまで拉致問題について触れず、テロ指定解除に反対する考えも伝えませんでした。北海道洞爺湖サミットでの日米首脳会談でも、指定解除の再考を促すことはせず、ただ米国の対北朝鮮政策に追随しているように見えます。福田氏や政府側はよく「言わなくても、米国は日本の事情はよく分かっている」と説明するのですが、果たしてそれは本当でしょうか。

 今回の日米外相会談まで、ライス氏が現状を把握していなかったように、情報はトップまでなかなか伝わらないことが多いのもまた事実だと思います。だからこそ、トップ同士の首脳会談に大きな意味があるわけですし、相手から直接聞いて初めて頭に入ることだってあるでしょう。今までいろんな省庁で見聞きしてきましたが、事務方は必ずしもすべての情報をトップに上げるものではありませんし、またそれは不可能ですね。あまり都合のよくない話はわざと省くことだって珍しくありませんし。

 ただ、そうであるのは自明なことなのに、日本はこれまでのトップ外交の機会をうまく生かしてこなかったのだろうと、無意味に相手の気持ちばかりに配慮する「お友達外交」の弊害を改めて考えさせられた今回の出張でした。

 

 24日夜には、シンガポールの某ホテルの中庭に面した中華料理店で、藤本特派員にごちそうになりました。この場を借りて改めてお礼を述べたいと思います。ごちそうさまでした。