昨日の産経は政治面で、9月21日投開票の民主党代表選に野田佳彦広報委員長が立候補する方向で最終調整に入ったと報じました。今朝の新聞各紙も野田氏の動向を大きく書いていますね。小沢一郎代表の無投票当選というシラケた代表戦になりかねないところでしたし、小沢氏側近は「代表選に立とういう奴は、選挙後に徹底的に干してやる」と恫喝していましたから、まずは野田氏の勇気と心意気を評価したいと思います(推薦人が20人必要な関係で、まだ出られるかどうか微妙だとの情報もありますが)。

 

 さて、小沢氏と野田氏の一騎打ちになりそうなこの代表戦で、実際の論争の争点にはならないでしょうが、私が一つ注目していることがあります。それは、二人の歴史観の相違についてです。野田氏はとかくリベラル派が幅をきかす民主党の中にあって、東京裁判を否定し、いわゆるA級戦犯の分祀論にも異を唱えている人物であり、そこに旧社会党左派の全面的な支持の上に乗っかっている小沢氏との違いが見えるからです。

 

最近は、河野洋平衆院議長や自民党の古賀誠選対委員長が相次いで「分祀論」を蒸し返すなど、古くさい亡霊のような議論が横行していますが、小沢氏もまた分祀論を唱えていますね。ですから、まあ、そんなことにはならないでしょうが、代表戦でこうした歴史認識をめぐる論戦があれば面白いだろうなと、ちょっと夢想した次第です。そこで、まずは野田氏が提出した質問主意書に関する過去記事を紹介します。2年ちょっと前のものです。

 

A級戦犯分祀論を牽制 民主・野田氏[ 20060608  東京朝刊  総合・内政面 ]

民主党の野田佳彦前国対委員長が7日までに提出した質問主意書で「『A級戦犯』を含む全国戦没者の追悼に問題がないのなら、天皇皇后両陛下や首相の靖国神社への公式参拝は『A級戦犯』を追悼することにつながるとの理由から制約されるべきなのか」と指摘し、「A級戦犯」分祀(ぶんし)論を牽制(けんせい)した。

野田氏は、平成14年2月に開かれた福田康夫官房長官(当時)の私的懇談会「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」の議事録に着目。委員からの「(全国戦没者追悼式の)『戦没者之霊』の中にはA級、B級、C級も含まれるのか」との質問に、厚生労働省が「そういう方々を包括的に全部引っくるめて全国戦没者という全体的な概念でとらえている」と答えている点を改めて問うた。

「政府はこれまで『A級戦犯』が追悼対象に含まれる追悼式・施設等で天皇皇后両陛下や首相が公式に追悼することは国内的にも、また国と国との関係においても何ら問題ないと判断してきたものと考えられる」と指摘している。

 

 …短い記事なので分かりにくいかと思いますが、要は、8月15日に日本武道館で開催されている全国戦没者追悼式の対象にはいわゆるA級戦犯も含まれているのに、そこに天皇陛下や首相が出席しても何も問題になっていないではないか、A級戦犯が祀られているから靖国神社に参拝できないという理屈はおかしいではないか、ということですね。念のため、質問主意書の関連部分も貼り付けておきます。

 

200666日提出

 「サンフランシスコ平和条約第十一条の解釈ならびに「A級戦犯」への追悼行為に関する質問主意書」及びそれに対する616日答弁書

平成十七年十月十七日提出質問第二一号「『戦犯』に対する認識と内閣総理大臣の靖国神社参拝に関する質問主意書」(以下、先の質問主意書)において、いわゆる「A級戦犯」ならびに東京裁判に対する政府の認識について質問した。

 それに対する平成十七年十月二十五日付答弁書内閣衆質一六三第二一号(以下、先の答弁書)は「平和条約第十一条による極東国際軍事裁判所及びその他の連合国戦争犯罪法廷が刑を科した者について、その刑の執行が巣鴨刑務所において行われるとともに、当該刑を科せられた者に対する赦免、刑の軽減及び仮出所が行われていた事実はあるが、その刑は、我が国の国内法に基づいて言い渡された刑ではない」と回答した。

 国内法に基づいて刑を言い渡されていないものは、国内において犯罪者ではないのは明らかである。政府が、「A級戦犯」は国内において戦争犯罪人ではないことを明確にした意義は大きい。

 しかしながら、政府見解には未だあいまいな部分が残されている。もし政府が、一方で、「A級戦犯」は国内の法律で裁かれたものでないとして「国内的には戦争犯罪人ではない」としながら、もう一方では、日本はサンフランシスコ平和条約で「諸判決・裁判の効果」でなく「裁判」を受諾したのであり、国と国との関係において、同裁判の「内容」について異議を述べる立場にはないとするのならば、これによって他国からの非難に合理性を与えていることとなる。

 さらに、先の質問主意書に示したとおり、サンフランシスコ講和条約第十一条の手続きに基づき、関係十一カ国の同意のもと、「A級戦犯」は昭和三十一年に赦免され釈放されている。刑罰が終了した時点で受刑者の罪は消滅するというのが近代法の理念である。したがって、極東国際軍事裁判所が「A級戦犯」を戦争犯罪人として裁いたとしても、その関係諸国は、昭和三十一年以前に処刑された、あるいは獄中死したものも含めた「A級戦犯」の罪はすでに償われていると認めているのであって、「A級戦犯」を現在においても、あたかも犯罪人のごとくに扱うことは、国際的合意に反すると同時に「A級戦犯」として刑に服した人々の人権侵害となる。

 政府は、内閣総理大臣の靖国参拝が国際的に非難される根拠がないことを示すために、また、「A級戦犯」として刑に服した人々の人権を擁護するためにも、日本が受諾したのが、極東国際軍事裁判所の「諸判決」・「裁判の効果」なのか、あるいは「裁判」なのかを、あらためて明確にするとともに、「A級戦犯」の現在の法的地位を再確認し、国民ならびに国際社会に対して顕示する責任を有している。また、同じ趣旨から、「全国戦没者追悼式」をはじめとする追悼行為の位置づけも明確にする責任がある。

 

 …一方、小沢氏の考え方はどうなのでしょうか。19日の記者会見ではこんなやりとりがありました。明確な言い方はしていませんが、「非合理な形で靖国に合祀されているということについては、ケリをつけなければいけない」と述べていますね。これは、小沢氏のこれまでの発言からして、A級戦犯の分祀について言っているのは明らかでしょう。

 

記者:戦没者追悼施設について。河野が建設を求めたが。代表はA級戦犯合祀をやめるべきだといってきたがどういう考えか。民主党は03年に必要なら新施設の法案化を検討するとしているが、国会でどう対応するか。

小沢氏:この問題に関しても私が以前からずっと申し上げてきた考えは何も変わっていない。いちいち誰が発言したからと私の考えが変わるわけじゃないから。靖国と新施設の問題については、こういう英霊を祀るという問題なので、大多数の国民が新しい施設でやった方がいいということであれば、それでもいいと思う。ただ、靖国でもって、やはりせっかくあるのだから、靖国でいいじゃないかというのが多数意見であれば靖国で一向に構わない。それでいいんじゃないかと思う。もちろん、非合理な形で靖国に合祀されているということについては、ケリをつけなければいけないということは当然のことです。》

 

 また、小沢氏は一昨年の8月には、夕刊フジのコラムで小泉純一郎首相(当時)の8月15日の靖国参拝を批判し、「首相はあの戦争を『間違った戦争』と認め、いわゆるA級戦犯について戦争指導の責任がある『戦争犯罪人』と言及していたではないか」と指摘し、「靖国神社にA級戦犯が祭られている。国内的にも国外的にも『日本国を代表する首相が、戦争責任にケジメをつけない行動をした』ということになる」と述べています。また、民主党代表就任後には、「(祀られている人の氏名が記されている)靖国神社の霊璽簿(れいじぼ)からA級戦犯を削除すべきだ」「当時の国家指導者たちは、日本国民に対し戦争を指導した重大な責任を負っている。本来は祀られるべきではなく、英霊に値しない」とも語ってきましたね。

 

 まあ、この小沢氏が自民党に所属し、自治相だった昭和61年4月2日、参院地方行政委員会で佐藤三吾氏=当時社会党=に靖国に公式参拝するかどうかを問われ、次のように淡々と答弁しているのは、今と立ち位置や発言内容が大きく変わっていることがわかり、興味深いものがあります。何がブレない、だか。

 

 「お国のために一生懸命戦って亡くなった戦没者に参拝することによって、誠の気持ちを表すということだ」「A級(戦犯)であろうがB級であろうがC級であろうがそういう問題ではない」「責任論と私どもの素直な気持ちは、別個に分けて考えていいのではないか」。

 

 参考までに付け加えれば、安倍晋三前首相は首相時代の一昨年10月6日の衆院予算委員会で、やはり民主党の岡田克也氏の質問に対し、「(いわゆる戦犯は日本国内の)法律によって裁かれていないにもかかわらず、首相として、政府として、この人が犯罪者だというべきではないのは当然のことだ」と強調し、「戦犯は戦争犯罪人であるとの認識がある」と述べていた小泉氏の政府答弁をひっくり返し、戦犯は国内法では戦争犯罪人ではないとの立場を表明しています。

 

 これに対し、岡田氏は、小泉答弁を引用してA級戦犯を戦争犯罪人だと認めるように執拗に迫ったのですが、安倍氏は「A級戦犯とされた重光葵元外相はその後、勲一等を授けられている。犯罪人ならばそういったことは起こりえない」と反論し、さらに「(法なくして罪なしとする)罪刑法定主義上、そういう人たちに対して犯罪人であるということ自体、おかしい」と付け加えました。確かに、A級戦犯として有罪判決を受けた人物では、重光氏(禁固刑7年)のほか賀屋興宣氏(終身禁固刑)も釈放後、法相に就任しており、名誉回復している人たちを今になって貶めようとする岡田氏の論理の方に無理があると思います。

 

 話を野田氏の件に戻すと、私は、この野田氏と岡田氏の歴史観の違いについても一昨年8月25日のエントリ「民主・野田氏と岡田氏が『東京裁判論争!?』」でも取り上げていますので、もしよければご参照ください。なかなか厳しい戦いになるのでしょうが、民主党代表選での野田氏の健闘に期待したいと思います。