さて、本日は恒例なので約1カ月ぶりの読書シリーズです。年末年始の休みや移動時間がけっこうありましたし、面白い本にも出会ったので読書もまあまあはかどりました。まずは、割と寡作(?)の佐江衆一氏の時代小説からです。 独特の味わいがあります。

 

     

 

 表題作は、帯に「五十の手習いで道場の門を叩いたが、いっこうに腕があがらぬ隠居老人幸兵衛が、苦難の果てに会得した剣の極意とは、即ち生きる極意でもあった」と紹介されています。ただ、これが、私には読後もなんだか不得要領で、久しぶりに読解力と理解力の不足を痛感しました。この本には七つの短編が収録されており、どれもまあ面白かったのですが。

 

     

 

  これは、「うたう警官(笑う警官に改題)」「警察庁から来た男」に続く北海道警シリーズ第3作です。佐々木譲氏の本は重厚で、いつも読み応えがあるのですが、今回はちょっと正義と悪の対比が類型的すぎるような気もしました。北海道が舞台(洞爺湖サミットに向けた警備)とあって、「アル中の保守政治家」というキャラが、ちらっと出てくるのですが、モデルはきっと…。

 

     

 

  何を思ったか突然、高校生のボクシングにかけた青春を描いたスポーツ小説に手を出してしまいました。ストレートな、実にストレートな作品で、素直に面白いと言えます。性格もタイプも対照的な2人の主人公もライバルの存在も、憧れの女教師も、いかにもいかにも…と感じはするのですが、やはりストレートは強い。

 

     

 

 で、これまたスポーツ小説です。箱根駅伝を舞台にした小説は、以前のエントリで三浦しおん氏の「風が強く吹いてる」を紹介しましたが、より設定をリアルにし、勝負そのものにスポットを当てたようなイメージでしょうか。作者はこれまた何度か紹介した「刑事・鳴沢了」シリーズの堂場瞬一氏です。ストーリー展開は多少先が読めてしまいますが、人物設定がうまく、一気に読了しました。敗者復活戦の要素と、チームメイトに心を開かない孤高のランナーが最後に「仲間」に目覚めるところが感動的です。

 

     

 

 さて、ここからは最近はまっている誉田哲也氏の作品です。まずは。警視庁捜査一課の29歳の警部補、姫川玲子シリーズの第1作からです。文庫版になったのを機に読んでみたのですが、おいおい、そんなに事件を大きく派手に展開していいのかと制止したくなるほど圧倒されました。

 

     

 

 姫川警部補と年上の部下(巡査部長)との不器用でなかなか進展しない恋の行方や、他のベテラン捜査官らとの確執など、興味深い人間関係が、陰惨な事件捜査を救っています。29歳の女性捜査一課殺人捜査班主任という肩書きは、ちょっと無理があるような気もしますが、その点についても、ある事情(作品をお読みください)から、大学時代から警察官向けの昇進試験勉強をしていたというエピソードなどでフォローされています。

 

     

 

 このシリーズは「シンメトリー」までの3作が出ているようです。この本は短編集となっていて、姫川警部補が反省も示さず、社会をなめきっている援助交際少女を徹底的に「あなたの社会性を将来にわたって滅茶苦茶にしてあげる」と言葉で追いつめるシーンが印象的でした。実際にこんな取り調べがあるのかどうかは知りませんが。

 

 

     

 

 これは連作短編集の形をとった1本の作品です。やはり警察小説なのですが、最初は妙に不気味な話だと感じ、だんだんとストーリーが展開していくうちに、この主人公の少女は一体何者なんだと思わされ、最後に深く考えさせられました。幸せの形はそれぞれに見えて、実はこういう場所にしかないのかもしれないと。

 

     

 

 最後は、韓国による侵食で今話題の対馬を舞台にした公安警察モノです。以前紹介した「ジウ」シリーズに出てくる東警部補が重要な役割を果たしており、誉田ファンには嬉しいほか、北朝鮮、小型核、在日社会…と設定が細かく、読み応えがあります。陸自の対馬警備隊が格好良く描かれているのはいいのですが、公安は悪者扱いされすぎていて、少しかわいそうな印象も受けました。

 

 …なんだかんだ言って、今回も紹介した9冊中、6冊が警察関連小説でした。私は新人時代に宮城県警担当を1年間、社会部時代に警視庁担当を1年間務めただけで、警察はあまり詳しくありません(よほど好きで適性がある人でもない限り、政治でも何でも、1年間やそこらでは「分かる」ものではないと思っています)し、警察取材はむしろ苦手ですらあったのですが、やはりこれだけ好んで読んでしまうというのは、それだけ気になるのかもしれません。

 

 私が警視庁一課を同僚二人とともに担当したのは10年以上前のことで、しかも成果を上げられないので7カ月でクビ(担当替えで生活安全部担当に)になったダメ記者でした。その後、政治部に異動して最初に感じたことは、「政治家や役人は、家に必ず帰ってくるからやりやすいなあ」ということでした。警察官の夜回り・朝周りは空振りが多く、私の実力・努力不足もあってそもそも取材相手に滅多に会えない(不在・居留守その他)ことが普通だったので、遅くなっても必ず自宅や宿舎に帰ってくる政治家や役人の取材の方が(話をしてくれるかどうかは別として)気持ちは楽だなと感じたのです。

 

 まあ逆に、相手が必ず帰ってくるということは、「会えませんでした」は通用せず、上司に毎日何らかの報告をしないといけないということで、それはそれで面倒ではありますが。また、あくまで一般論ですが、警察官に事件について何かを教えてもらう際には、相手にとっては見返りなど何もなく、むしろ情報漏洩を疑われる危険だけが伴うという場合が多いのに対し、政治家や役人と記者は情報交換を通じて「ギブアンドテーク」が成り立つ場合が少なくありません(簡単に比較するものではないでしょうが、「インテリジェンスの世界は基本的にすべてギブアンドテークだ」とその分野の人から聞いています)。

 

 もちろん、情報交換が成り立つためには、こちらも相手側にそれなりに有益な情報・視点を提供しなければなりません。それにはやはり日頃の取材・勉強が欠かせませんし、また相手との一定の人間関係・信頼関係も築かなければ成り立ちません。大げさな部分もありますが、「深淵をのぞき込む人間はまた、深淵にも見られている」ということを感じることもあります。

 

 ただ、表に見えている情報を分析・解説する評論家ではなく、ナマの情報そのものに接し、報じる記者であろうとすれば、ある程度対象の内部に入り込む努力をする必要があると考えます。批判的に見るにしろ、共感を覚えるにしろ、相手を知り、理解する努力をきちんとしなければ始まらないのだろうなと。また、その結果に対するスタンス、判断は最終的に自分ですればいいことだろうと。自分が警察取材ではとてもそこまでいかず、どこか「次の部署に移るまでの腰かけ」的な気分があったと認めざるを得ないので、かえって警察小説を面白く、興味深く読めるのかもしれませんが。

 

 本の話が少しずれてしまいましたが、小説を読みながら、そんなことを考え、少し反省することもあります。とりとめのない無駄話ですいません。