前回の読書エントリから約1カ月がたったので、懲りずにまたまた本の紹介を試みたいと思います。世の中、些事に喜びを見出すためには、同時に些事に苦しまなければならないもののようですが、私の場合は面白い本とビールがあればとりあえず幸せに過ごせるようです。

 

 それはともかく、私は話題作はそのときは敬遠し、ちょっと時間をおいてから読む癖があります。というわけで、まずは1年前に刊行され、かなり評判になっていた「新世界より」から取り上げますが、いやあ、久しぶりに本格的なSF(といっていいのだろうと思います)小説を堪能しました。上下巻で計3800円プラス税という、本代としてはけっこうな大金を支払うだけの価値は十分にありました。

 

 舞台は科学文明のかなりの部分を失い、代わりに「呪力」こと念動力を手にした人々が一見、幸せな生活を営む1000年後の日本です。極端に数が減った人間たちが暮らす徹底的に管理された集落(結界)の内外には、「風船犬」「不浄猫」…といった数多くの異形の生き物たちが棲んでいるのですが、その中での「バケネズミ」という存在が重要な役割を担っています。外見は上野動物園にもいる「ハダカデバネズミ」(体長7センチ)を大きくしたような姿であるにもかかわらず、人語を解し、人に奉仕するのはなぜか…。

 

   

 

 決して明るいストーリー展開ではなく、むしろ死屍累々で陰惨という印象もありますが、とにかく「面白い!!」。評判は確かだったなあと改めて思いました。作者の実力のほどがよく分かりました。仕事帰り、電車の中で読み始め、どっぷりはまってとまらなくなって、駅から家までも暗い夜道を街灯を頼りに歩きながら読みました。目に悪いだろうなあ。

 

 次はこの読書シリーズでおなじみの時代小説家、宇江佐真理氏の新作ですが、これまた「うまいなあ」とため息をつきたくなる出来映えでした。6つの短編が収められているのですが、あれこれ解説するよりも一言、「いいですよお」と述べておきます。

 

     

 

 さて、次の「のぼうの城」も、1年以上前に発売され、ずっと書店で平積みになっているものですが、なんとなく手が出ないでいました。帯の表には「石田三成二万の兵に、たった二千で立ち向かった男が、いた」とあり、まあ、そういうお話なんだろうなあと思っていたもので。でもある日、読む本につまってこの本を手に取り、帯の裏を見ると、

 

 「智も仁も勇もないが、しかし、誰も及ばぬ『人気』があった-。この城、敵に回したが、間違いか」とあり、主人公に「智も仁も勇もない」というところに思わず吹き出しそうになり、読んでみることにしました。こっちのコピーを表に出せばいいのに。

 

 で、結論は、確かに面白かったです。史実を下敷きにしているのでしょうが、いい着想、設定だなあと感心しました。ただ、私の好みでいうと、小説としてはもっと書き込んで、主人公の「将器」を読者が実感できるエピソードをあと二つぐらい加えた方が説得力があるのではないかと思いました。あくまで趣味の問題ですが。

 

     

 

 今度は私がかなり好きな作家の半村良氏の新刊でした。亡くなってしばらくたつのにどうして今頃?と首をかしげつつ、楽しみながら読み進めていたところ、最後に「未完」とありました。ああ、そういうことかと納得しつつ、この物語を永久に最後まで読めないことに一抹の寂しさを覚えました。

 

     

 

 そうこうしているうちに、今度はこれまた大御所、山本周五郎氏の新刊が出ていたので買ってしまいました。収録されていた5本の短編のうち、3、4本は過去に読んだ記憶がありましたが、それでも泣かされました。「ちいさこべ」などは、何度読んだか分からないのに、電車の中で朝から涙が…。メタボ中年が朝から目をはらした姿など、公衆道徳上も問題だとは思いましたが我慢できません。言うまでもないことですが、やっぱり名手ですねえ。

 

     

 

 少し気分を変えて、三浦しをん氏の作品もまた読んでみました。東京の外れ、まほろ市に住むくたびれた中年便利屋のところに、高校時代の同級生がころがりこんできて…。これは「再生」の物語でした。派手なシーンや大きな感動はありませんが、こういう淡々としていて、かつしみじみとした話もいいですね。

 

     

 

 私はここ十数年来、地球最期の日、最後の晩餐には何を食べようかとずっと懊悩してきたわけですが、最近では「カツ丼でいい」と心を決めました。というわけで、タイトルにひかれて原宏一氏の作品を初めて読んでみました。これには3つの短編が収録されていましたが、中でも「くじびき翁」という作品が楽しいものでした。毎日、駅前で政治演説を続けている老人の主張は…。

 

     

 

 「すべて政治はくじびきをもってなすべし」-。日本の政治がちっともよくならないのは、民主主義の基本原則である多数決のせいだというものでした。一見、公平に見える多数決も、その本質は、じつは多数派工作を制したものだけが勝ち残れる、ごり押し制度だと。…これは一面の真実を突いていますね。政治に手練手管、権謀術数、ドロドロした人間関係がつきものなのも、それを報じる政治記者(私も)の側もそうした視点にとらわれるのも、そういう人間の恣意的工作の余地が多分にあるからだとも言えます。くじびきか…うーん、意外といいかも。

 

     

 

 この本の作者、内海隆一郎氏は、2006年11月25日のエントリ「好きな本をめぐるどうでもいい話」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/78125/)でも特集した大好きな作家です。その人気シリーズ「人びとシリーズ」の中から選んだベストセレクション20ということで、書店で見つけて中身も見ずに無条件で買ったのですが、いやあ、これもかなりの部分、読んだことのある話でした。でも、やはりいいいなあ。今回、冒頭で紹介した「新世界より」のような大作もいいですが、短編集には短編集の魅力があります。

 

 特に、収録作の中で「彼の故郷」「じゃがいも畑」「雨傘」「再会」にはジーンときます。「彼の故郷」と「雨傘」、「再会」は、内海氏の原作で読む前に、谷口ジロー氏による漫画家作品「欅の木」(8作品を収録)の中で繰り返し読み、親しんだ作品でした。これは本当に泣けます。

 

 

     

 

 原作世界・ストーリーを忠実に再現し、しかも「絵」による説得力を付加して独自の作品に仕上げた谷口氏の実力はたいしたものですね。小説の中で文字で語られた芸術作品を実際の絵で、しかも違和感のないように表現するのは、かなり難しいことでしょうに、見事に成功させています。私の手元にあるものは、1993年に小学館から出た本なので、現在では書店で簡単に手に入るとは限りませんが、ご一読をお勧めします。

 

 それではまた、さいなら、さいなら、さいなら…。