先日、ある人の紹介でバルト3国のひとつ、リトアニアのヴィタウタス・マグヌス大学日本研究センター所長を務めるオウレリウス・ジーカスさん(30)からいろいろと話を聞く機会がありました。私としては、産経紙面の「人」欄で取り上げようと思っていたのですが、その後、上司とのやりとりの中で、なんと紙面から「人」欄そのものがなくなっていたことが判明しました。

 

 毎日、産経新聞を読んでいて気付かない私がまず第一に愚かであることは明らかで、否定のしようがありません。ただ、同時に末端の記者が紙面改編について何の情報も持っておらず、また何も知らされていないということがよく分かる話でもありますね。こんなんで本当にいいのだろうかと正直思います。私はつい1年前には、何か縁でもあるのかやはりリトアニアに赴任する新任大使の紹介を「人」欄で書いていたのに…。

 

   

 

 でもせっかく取材したので、上司に何とかならないかと相談したのですが、政治面で収容するような「政治的」な話でもないし…とうまくいかず、じゃあ、ブログで書くしかないかということに落ち着きました。まあ、ブログという媒体があるだけマシなのでしょうが、なんとなく得心がいかない話でした。

 

 さて、ジーカスさんは現在、国際交流基金の招きで来日中で、現在の研究テーマはヨーロッパ、またリトアニアにおける「日本のイメージ」だそうです。金沢大学に1年、早稲田大学に1年半の留学経験もあるので日本語は流暢そのもの。裏千家の茶道も修めた知日派です。当然のことながら、インタビューも日本語のみで行いました。

 

   

 

  なぜ日本のイメージを研究しているのか

 

 ジーカス氏 リトアニアでは、非常に日本の好感度は高い。日本は素晴らしい国として認められている。リトアニアも外国から日本のように尊敬される国になるにはどうしたらいいのかと理由を考え、この研究テーマとなった。日本のパブリック・ディプロマシー(広報文化外交)を学びたい。

 

  日本のどんな点について評価されているのか

 

 ジーカス氏 日本は何と言っても技術の国として知られているが、私より上の世代だったら、茶道、生け花、武道など日本の伝統文化に興味を持っている。剣道クラブは3年前に初めてできたが、今では5カ所にある(※リトアニアの人口は350万人)。若い世代は、やはり漫画とアニメだ。これが日本を好きになる最大の理由であり、これらはクール・ジャパンとして評価されている。私の授業でも、学生たちは漫画に関心を持ち、授業でも「できるだけ漫画のことを教えてくれ」と言ってくる。

 

  ちなみに、どんな漫画が人気があるのか

 

 ジーカス氏 私自身はあまり詳しい方ではないが、「ドラゴンボール」だとか。リトアニア語にも翻訳されているし、書店では漫画コーナーもある。並んでいるのは全部、日本の作品だ。

 

  本では誰の作品が好きか

 

 ジーカス氏 村上春樹は個人的にも好きだが、リトアニアでは現在、ナンバーワンの人気作家だ。安部公房もいい。昔は英語からリトアニア語に訳されていたが、最近は日本語から直にリトアニア語に翻訳されている。

 

  ところで、あなたは「杉原『命の外交官』財団」理事でもあるそうだが、杉原千畝(駐リトアニア領事代理、「日本のシンドラー」とも呼ばれる)はリトアニアでもやはり評価は高いか

 

 ジーカス氏 杉原は、日本とリトアニアの大事な接点であり、リトアニアではものすごく知名度が高い。90%ぐらいの人は、名前も、どういうことをした人物なのかも知っている。歴史教科書にも載っていて、小学生から人道的人物として教えられている。

 

   

 

  あなたは、2007年5月に天皇、皇后両陛下がリトアニアを訪問されたときには通訳も務めたそうだが

 

 ジーカス氏 両陛下は首都、ビリニュスの対ソ連独立戦争の犠牲者の墓地で花を捧げられ、遺族らと交流された。リトアニアは、ソ連から独立してまだ20年もたっていない。私は主に皇后さまの通訳をしたが、皇后さまは亡くなった市民14人の妻や息子たち遺族に当時の様子について質問され、温かいお言葉をかけられした。

 

  例えばどのようなことを

 

 ジーカス氏 1991年の対ソ抵抗運動で起きた14人の悲劇を「血の日曜日事件」というが、皇后さまは涙を流しながら、「そのとき息子さんは何歳でしたか」と尋ねられ、母親が「20歳でした」と答える場面などがあった。皇后さまは「お悔やみを申し上げます」と言われ、その場に集まった数十人と優しく握手をされた。リトアニアには他の国の王族も来たことがあるが、対応は全く違う。皇后さまのように親しく声をかけられることなどはなかった。

 

   

 

  2006年5月には、リトアニアを訪れた当時の麻生太郎外相の通訳も務めたそうだが

 

 ジーカス氏 これはリトアニアの歴史にとってはとても重要なことだった。外国の外相としては、麻生さんが初めての訪問者だった。「自由と繁栄の弧」という発想はなかなかいいと思う。…ソ連から独立してとてもよかったと思う。

 

 …30分間ほどの駆け足インタビューだったので、それほど掘り下げたような話は聞けませんでしたが、私にとってはなかなか有意義な時間がすごせました。ジーカス氏は、リトアニア語と日本語のほか、英語、ロシア語、スペイン語、韓国語ができるそうですが、私が雑談で「リトアニア語は欧州語の中でも最も難しいそうですね」と話を振ると、実にうれしそうに「そうなんです。インド・ヨーロッパ語の原型に近く…」とのってきました。けっこう誇りやこだわりのポイントだったのかなと。

 

 ともあれ、厄介な周辺国に頭を悩ませられることが多い日々ですが、こういう日本に関心を持ち、日本と交流を深めたいと願っている国々ともっともっと連携していければいいなと、ジーカス氏の話を聞きながら考えた次第でした。