きょう、仕事の空き時間に机上の書棚にあった平成19年3月に出された「新編 靖国神社問題資料集」(国立国会図書館調査及び立法考査局)を眺めていて、たまたま見つけた12年4月の参院国際問題に関する調査会会議録が興味深かったので、ここで紹介しようと思い立ちました。これは国会での答弁なので秘密でも何でもありませんが、意外と知られていないのではないかと判断したからです。

 

 発言者(参考人)は、あの、中国に関心のある人にはとても有名な中江要介・元中国大使で、靖国神社参拝問題に関する中国側の考え方がよく分かるからです。鳩山首相は靖国不参拝を明言しているので、あまりタイムリーなエントリではありませんが、関心のある方はご覧ください。

 

     

 

 《1985年8月15日に靖国神社公式参拝があって、それで日中間というのが物すごく冷え込んで何もかもストップした時期があったんです。(中略)その年の12月8日、この日も珍しい日ですが、この日に胡耀邦総書記が私に昼の食事を一緒にしたいと、こう言ってきたんです》

 

 

     

 

 《(中略)胡耀邦はそのときに、もう靖国神社の問題は両方とも言わないことにしようと、こう言い出したんですね。(中略)黙って85年でも100年でも両方で騒がずに静かにして自然消滅を待つのが一番いいじゃないか、こういうことを言い出して靖国の問題が話題になったんです》

 

     

 

 《(中略)そこで私は、もし今黙っちゃったら、日本ではああ、もうあれでよかったんだと思ってしまう人が出るかもしれないよと、こういうことを言いましたら、それは困る、それは困るんだと。もう一度靖国参拝が出たとすると我々の立場はなくなるということを言って、その後に、靖国には戦犯が2000人もいるじゃないかと、こう言ったんですね。(中略)それはA級ばかりじゃなくてB級、C級みんな入れての話でしょうと言ったら、そうだと。とにかく戦犯というのはAもBもCもみんな変わりはないんだ、こう言ったんですね》

 

 

     

 

 《(中略)A級だけなら多少わかるかもしれないけれども、B級、C級まで含めてはちょっと日本国民としては承服できない人がいるだろうと。こういう話をしましたら、胡耀邦が、なるほどそれはわかった、それなら文革の後で中国がやったように、実は本人には責任がないけれども、いろいろのいきさつ、経緯、命令系統その他でやむを得ずそういうことになった人たちの名誉を回復する措置をとったらどうだと》 

 

     

 

 

 一外務官僚であった中江氏が問題を沈静化させたい中国首脳に、「靖国問題を提起し続けた方がいい」とけしかけていたことが分かります(自分でトクトクと白状している!!)。何をやっているんだか。

 

 この中江氏の証言を読んでいて、手前味噌ながら、自分の2006年7月2日のエントリ「中国はBC級戦犯カードを温存している」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/9553/)と、同年10月12日の「周恩来による『免責』を有り難がる人たち」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/55564/)を思い出しました。時間と余裕のある方はご覧下さい。日本はずっと、同じ陥穽に好んではまり続けていたのだろうと私が思う理由が、合わせて御理解いただけるかと思います。

 

 ちなみに、この問題に関して、民主党の小沢一郎幹事長は自治相時代の昭和61年4月2日の参院地方行政委員会で、こう述べています。私は、現在の小沢氏には批判的ですし、残念ながら当時と現在では言動が大きく異なりますが、このときの答弁については基本的にその通りだと思っています。

 

 《A級であろうがB級だろうがC級であろうがそういう問題ではないだろうと思っています。(中略)私の考え方としては、対外的に言えば一戦犯の問題で済むという話ではないであろうと思います。したがいまして、これは国と国ということであれば、日本人全部が、日本国民がお互いに責任を負って、その中で、歴史のいろんな悲惨な状況が繰り返し起きておりますけれども、今後、本当にアジアの中の日本としての連帯と友好をお互い保ち合っていかなければならない》

 

 …このようにきちんと論陣を張っていた小沢氏が、後に単純なA級戦犯分祀論に傾いたのは残念だと思います。それはともかく、写真のオニダルマオコゼは、先日のエントリとはまた別の場所で出会ったものです。3日間で2度もオニダルマオコゼを鑑賞する機会に恵まれ、深い縁を感じずにはいられません(?)。本当は私も、クラゲのようにゆらゆら漂いながら、気楽に構えて身過ぎ世過ぎを楽しみたいのですが。