昨夜、KSD事件で受託収賄罪の罪に問われ、昨年10月まで約1年5月カ月間にわたって「別荘」(ご本人談)で暮らさざるをえなかった村上正邦・元自民党参院議員会長と話す機会がありました。77歳という年齢にしては肌つやもよく、お元気そうでしたが、やはり、当然のことながら不本意な別荘生活(村上氏は無実を主張)は辛かったようですね。別荘内で詠んだ俳句をまとめた小冊子「面壁」をいただいたのですが、このタイトル自体がそれを象徴するようです。

 

 かつては「参院の法王」「尊師」とまで呼ばれた村上氏は「拙い句ばかりでお恥ずかしい」とテレ顔で笑っていました。帰宅して早速読むと、「別荘」で壁と向き合う氏の胸に去来した心情と孤独、日々の生活ぶりがよく伝わり胸を打つものがありました。いくつか紹介します。

 

 照紅葉友の情けに泪落つ

 

 蟷螂ののぞいてをりぬ独居房

 

 ひまはりを刈って日当たりよきベンチ

 

 夏逝くや影のうつろふ白き壁

 

 独居房我に生きよと蝉の声

 

 釣瓶落としあすの日を待ち生きていく

 

 虫の音に世のえにし問ふ独居房

 

 身に沁むや独居房外雨激し

 

 願はくは我に眠りを秋の夜

 

 夜もすがら虫の音をきく獄の窓

 

 神の掌に長き夜委ね朝を待つ

 

 獄の朝蜻蛉取りしは遠き日ぞ

 

 開かぬ窓に都恋しや秋の風

 

 鉄格子より覗く虚空や星月夜

 

 ふるさとの秋のまつりの便りきく

 

 苦しきことあらずと念じ布団敷く

 

 秋の暮れひそと飯食う独居房

 

 月光もまた孤独なり正座せり

 

 秋の日の獄窓に差し免業日

 

 待ちに待つ仮釈の日や霧の朝

 

 山茶花や一日千秋待つ保釈

 

 霙降る鉄格子の夜の痛みかな

 

 仮釈の日燦然としてもみぢかな

 

 …情景が目に浮かぶようで、思わずたくさん引用してしまいました。村上氏は先日、自分に有罪判決を下した裁判官が最高裁判事へと出世した際に、「かかわった人が偉くなったのだから」と素直な気持ちで祝電を送ったそうです。「先方は嫌味と受け取ったかもしれないが」とこれまた笑っていました。

 

 で、本日はこの村上氏から聞いた「ちょっといい話」を二つ紹介したいと思います。そんなことがあったのかと感動を覚えたもので。それはこんな内容でした。

 

 まず、みんなの党の渡辺喜美代表に関するエピソードです。村上氏は、たまたま「別荘」が栃木県だったので、仮釈放後にはまず渡辺代表の亡父、渡辺美智雄元副総理のお墓に参りたいと考えたそうです。そこで、人を介して渡辺代表に連絡をとり、許可を求めたところ、すぐにこんな返事があったとのことでした。

 

 「ぜひお願いします。ついては、出所日に父が使っていた車を回しますので、それに乗って行ってください」

 

 そして当日、元副総理が生前使っていたセンチュリーが実際に迎えにきたそうです。運転手に聞くと、その車は元副総理の没後、ずっと車庫に眠っていたのを「きれいに掃除して迎えにいきなさい」と言われたとのことでした。きっと仕事に使用はせずとも、手入れは続けていたのでしょうね。村上氏は元副総理の墓前で、「喜美君には坂本竜馬になってもらいます」と誓ったとのことでした。

 

 みんなの党は実際、今夏の参院選での躍進が予想されていますね。自民党はもう見離したが、民主党もダメだと考えている人たちの票は、かなりの部分、みんなの党に流れるでしょうから。その後、村上氏が渡辺代表と会った際には、直接、「薩長同盟を成し遂げた坂本竜馬になれ」と励ましたそうです。すると渡辺代表は「はい。私は自民党を離党したときから、政党再編の流れをつくる役割を果たそうと考えてきました」と答え、またその際には自分がトップになろうとは考えないと明言したそうです。

 

 私が「渡辺氏には『オレがオレが』的なところがある印象があったのですが」と聞くと、村上氏は「自分もそういう印象があったが、会って話してみると違った」ということでした。いずれにしろ、みんなの党は台風の目となるのでしょうね。

 

 それともう一つ、今度は「政治家の言葉」に関する話です。村上氏は昨年暮れ、比叡山を訪れ、渡辺恵進・天台前座主に面会したそうです。渡辺氏は100歳という高齢で、目も少し不自由だとのことですが、村上氏に会うやいなや炯々たる眼光で「私は政治家が嫌いなんです」と言い放ち、以下、滔々と論じて村上氏にほとんど口をはさませなかったとのことです。それはこんな内容でした。

 

 「村上さん、政治家は自分の言葉に責任をとろうとしない。私はこのところ、字を書こうとすると手が震えるんですが、心ある人たちには一言『誠』と書いて送っているんです。『誠』という字は、言葉が成ると書きますな。『誠』の意味をもう一度、あなた方には考えていただきたい」

 

 村上氏はうつむくしかなかったそうですが、確かに気軽に「天地神明に誓って」と繰り返す現総理を見ても、言うことがどんどん変遷していく与党幹事長を見ても、言葉に「誠」の「ま」の字も感じられません。「誠」という言葉が表す実行、実現の意味について、私自身も考えなきゃなあと反省した次第でした。