昨日は、鳩山由紀夫首相と自民党の谷垣禎一総裁との党首討論が開かれました。訪問者の皆さんもご存じの通り、鳩山氏はこの中で、米軍普天間飛行場移設問題をめぐる米ワシントン・ポスト紙の酷評を受け入れ、「言われるように、私は愚か(loopy)な総理かもしれません」と認めましたね。会場の参院第一委員会室が一瞬、どよめいたのがテレビの画面を通じても伝わってきました。

 

 現職の首相が「愚か」であるかどうかが国会で議論され、あまつさえそれを首相自身が「その通りかも」と追認するのは、たぶん前代未聞の珍事だろうと思います。これについて平野博文官房長官は記者会見で「首相自身の謙虚さの表れ」と擁護していましたが、私はその後のやりとりを聞きながら、一見「無防備」に見える鳩山氏は、実は姑息な人だなあとしみじみ感じていたのでした。

 

 というのは、党首討論の議論の中で、鳩山氏が巧みに言葉をすり替えているのがありありと分かったからです。この点については、テレビを見ていた国民のかなりの人も気付いたことと思いますが、改めてこの場で指摘しておきたいと思います。鳩山氏の言葉の変遷をたどると次のようになります。まず最初に認めた言葉が

 

 「私は愚かな総理かもしれません

 

 ですね。この時点では、ワシントン・ポストの指摘通り、「愚か」という言葉しか使っていません。それが、次の段階では別の言い方と混在します。

 

 「愚かだったから、愚直だったから。あるいはそうかもしれません

 

 誰も「愚直」なんて言っていないのに、突然こう言い出したのです。「あれっ」と思って続きを注意して聞いていると、さらに

 

 「少しでもそれ(沖縄の負担)を和らげることができたら。愚直にそう思ったのは間違いでしょうか

 

 いつのまにか「愚か」が消え、きれいに「愚直」にすり替えられていました。私はああ、こういうところに人の本質が表れるのだろうなと感じましたね。それは鳩山氏が意識してやったか、無意識にこうなったのかにかかわらずです。ちなみに、手元にある小学館の「大辞泉」によると、それぞれの意味はこうあります。

 

 【愚か】①頭の働きが鈍いさま。考えが足りないさま②ばかげているさま③未熟なさま。

 

 【愚直】正直なばかりで臨機応変な行動をとれないこと。また、そのさま。ばか正直。

 

 他の辞書も当たってみましたが、だいたい似たようなことが書いてありました。つまり、「愚か」は文字通り「ばか」であって、「愚直」は、「正直」の程度が甚だしいもの、「正直」を強調したもの、不器用なまでの真っ直ぐさ、というところでしょうか。愚直は一般的に一定の好意、評価を持って使われる言葉であり、どう考えても両者の意味は全く異なりますね。もちろん、「loopy」に愚直なんてニュアンスは全くありません。

 

 鳩山氏は結局、他者の批判を受け入れる謙虚さを装いながら、自分の都合のいいようにその意味するところをねじ曲げたということでしょう。実際、昨夜の記者団とのぶらさがりインタビューの際にも、

 

 「愚直さを今こそ生かさなきゃならないときだ

 

 などと自己正当化し、「愚直」という言葉を7回も使用していました。自分はばかなのではなく愚直なだけだと言いたいわけです。それならば、最初から堂々とワシントン・ポストの書きぶりを批判し、反論すればいいものを、相手の主張に耳を傾けるふりして結局、自分の殻に閉じこもっているのですね。

 

 衆院選の投開票日を目前とした昨年の8月24日のことですが、東京都の石原慎太郎知事は自民党政権の命運について次のように語りました。

 

 「(麻生太郎)首相が国民の軽蔑を買った。軽蔑が一番、怖いんだよ」

 

 昨日のわずか50分ほどの党首討論の時間中、民主党幹部の中には居眠りをしている人もいましたし、うつむいてずっと携帯をいじっている人もいました。若手議員の一人は、討論終了後、「しんどいね」とつぶやいていました。鳩山氏の求心力はこんな言葉の遊びでごまかせないほど低下しているようで、国民の目も厳しさを増しています。

 

 君主は決して軽蔑されてはいけないとは、マキャベリも繰り返し説いていることですが、鳩山氏はもう、引き返せない一線を超えてしまったように思います。自らがまいた種によって…。まあ、私の知ったことではありませんが。