さて、菅直人首相についてです。

 

 菅氏は、口に出してそう言っているわけではありませんが、首相を5年半務めた小泉純一郎首相を強く意識しているのだろうな、とたびたび感じます。

 

 小泉氏の郵政民営化などは口を極めて批判するのですが、心の中ではああいう存在になりたいなと願っているのだろうと。

 

 菅氏は昨年末あたりから、それまでの「メディアの取材を受けると政権が行き詰まる」(6月の就任記者会見)といった消極的で逃げの姿勢を少々、反省したようで、直接、国民に訴えかけようと心がけているようです。

 

 それが、民放やインターネット番組への積極的な出演、官邸ブログの開設などに表れているようです。今のところ、特に成功しているようにも成果が上がっているようにも見えませんが、郵政解散のときに「国民に問いたい」と言った小泉氏のことが脳裏にあるような気がします。

 

 また、民主党の小沢一郎元代表とそのグループという「抵抗勢力」を設定し、それと対峙するという政治手法も、無理やり感があふれてはいますが、小泉氏のやり方を真似ているのかもしれません。

 

 TPPや税制を含む社会保障改革に対して強い決意を表明しているのも、それを必死で国民に訴えようとしているのも、どこか小泉流を意識しているように見えるのです。

 

 実際、似ている点が全くないではありません。

 

 仙谷由人官房長官時代、菅氏はほとんどの政策マターを仙谷氏に丸投げし、それでも意見を求めてくる部下や官僚に「俺に判断させるな!」と怒鳴ったと言います。

 

 一方、小泉氏も福田康夫官房長官時代、「丸投げ総理」と呼ばれ、特にあまり関心のなかった外交分野はほとんど福田氏に任せきりだったので、福田氏が「陰の外相」といわれたこともありました。

 

 やはり小泉内閣の官房長官を務めた安倍晋三元首相によると、小泉氏も菅氏と同様に「できるだけ俺に判断させるな」と言っていたそうです。そのため、小泉政権下での「三位一体の改革」や普天間飛行場にかかわる日米合意は、小泉氏を煩わさずに安倍氏のところでまとめたと聞きました。

 

 ただ、こういう表面的な類似はあるにしても、菅氏が狙っているような政権浮揚と国民の支持を得るような効果はないだろうと見ています。

 

 それは、二人が似て非なる者というより、本質的な部分では全く似ていないからです。

 

 菅氏は就任記者会見で、「高杉晋作の逃げ足の早さが好き」と自分から述べたように、指導者が見せてはならない「逃げ」の姿勢を見せ続けました。国会論戦から逃げ、取材から逃げ、テレビでの党首討論から逃げ、そして自分が外遊でいないときを狙って海保巡視船に体当たりした中国人船長を釈放させ、すべて地検に責任を押し付ける…。

 

 小泉氏は、虚勢を張ることはあっても、こうした逃げの姿勢は見せませんでした。小泉内閣時代に中国人の活動家が尖閣諸島に上陸した際、やはり日中関係に配慮して通常の刑事手続きを踏まずに国外退去としましたが、このときも地検の判断だなんて嘘は言わず、「自分が大局的に判断した」と述べました。

 

 肝心の発信力にしても、夜のぶらさがりインタビューでも通り一遍のことしか言えない菅氏と異なり、国民の耳目を引きつける言葉を発していました。もっとも、テレビなどの映像取材が入らない昼のぶらさがりでは全くやる気のない受け答えをすることも多かったのですが、昼ぶら自体をなくした菅氏よりははるかにマシです。

 

 抵抗勢力の設定にしても、政策をテーマにした対立を演出した小泉氏に比べ、菅氏のやり方は誰の目から見ても「茶番」です。小沢氏の政治とカネの問題は自民党時代にも新生党時代にも大きな問題として浮上していました。その小沢氏を平成15年に民主党に招き入れたのは、民主党代表だった菅氏でした。

 

 以来、元旦に小沢邸で新年会が開かれる際に毎年駆けつけ、昨年までは乾杯の音頭をとっていたのは菅氏ではありませんか。菅氏の薄っぺらさは、体が透けて背景がそのまま見えるほどです。

 

 また、何よりこれが重要だと思うのですが、何としても郵政民営化がやりたかった小泉氏に比べ、菅氏はあまりに思いつきで行動しているように見えることです。事を成すための準備も根回しも、手順確認も何もない。

 

 郵政解散の選挙中、小泉氏の演説を聴いていて、「ああ、やっぱりそうだっのだ」と強く印象に残ったのはこういうセリフでした。

 

 「耐え難きを耐え、外堀を埋め、内堀を埋め、やっとここまできた」

 

 小泉氏が郵政民営化に本格的に取り組んだのは、首相に就任して3年半たってからでした。それまでは、いろんなことに耐えながら、自民党内外の勢力地図を少しずつ塗り替え、自分が実現したいことを実現するために布石を打ってきたというのです。

 

 これに対し、菅氏が突然言い出したTPPや消費税の件はどうでしょうか。どちらも大事ではありますが、民主党のマニフェストにもなければ、党内に根回しした跡もない。国民だって、寝耳に水で言われても、素直に「はい、そうですね」と頷く気にはならないでしょう。この差は決定的です。

 

 菅氏は昨年末以降、やたらとリーダーシップにこだわり、「決断」を連発するようになったのですが、これも思いつきの域を出ません。

 

 「俺のリーダーシップで決めた。後は知らん!」

 

 こう言っているようにしか聞こえないのです。計画性も将来の見通しも何もなく、俺が決めたんだから文句を言うなというだけです。その点、小泉氏は周到でした。

 

 菅氏は今、国民に積極的・直接的に訴えることで、理解と支持が得られると考えているようですが、これもどうでしょうか。

 

 額に一度でも「卑怯者」という烙印が押された指導者を、多くの国民が支持するようになるとは、私はとても思えません。民主党内に刻まれた亀裂にしたところで、菅氏が楽観しているような浅いものではないと思いますし。

 

 結論を言えば、菅氏はすでに首相としての振るまいに「失敗」した人だと考えます。自分ではこれから取り返す気のようですが、ますますみじめに失墜していくだけだろうなと、そうとしか思えないのでした。