唐突ですが、ソクラテスは紀元前399年春、「青年を腐敗させ、かつ国の信ずる神を信じないで、他の新しい神事を信じている」という罪によって約70歳のときに刑死しました。

 

 そのエピソードについては、プラトンの「ソクラテスの弁明」に詳しく、私も四半世紀以上前に読んだことがあります。そのおぼろげな記憶は、ソクラテスが「悪法でも法」だとして、国法に殉じて弟子の脱獄の勧めを退け、従容として毒杯を仰ぐ――というものでした。

 

 で、割と薄い本でもあるので、ふと思いついて読み返してみると、ソクラテスはこう述べていました。なるほど潔いように思えます。

 

 《諸君!裁判官に願うことも願って放免してもらうことも、わたしには正しくあるとは思われない、むしろ教え説得することがそうであると思われる。なぜなら、裁判官が、此処に座っているのは、正しいことをえこひいきで決めるためではなくて、正しいことを判定するためである、そして、自分がえこひいきをしようと思うその人にえこひいきをしないで、法に従って裁判することを誓ったからである。だから、われわれも諸君に誓いを破る習慣をつけさせるべきでもないし、諸君もつけられるべきでもない》

 

 こうした部分は、私の記憶の中にあったソクラテスのイメージと符合しました。ただ、改めて読んでみると、そうした古い記憶、印象とは異なるけっこう激烈なことも弁明で述べていました。例えば…

 

 《わたしに有罪判決をした諸君!わたしは諸君に予言したい。というのは、わたしがすでに、人間たちが最もよく予言することのできるところ、つまり、まさに死のうとしているときにあるからである。すなわち、わたしが主張することは、わたしを死刑に判決した諸君!復讐が諸君にすぐに、わたしの死後やって来る、それはゼウスにかけて、諸君がわたしを死刑に判決したようなものよりもはるかに堪え難いものであろうと。というのは、今、諸君は生活の吟味を受けることよりのがれようと思ってこのことをしたのであろう、が、わたしの主張によれば、諸君にとって全く反対のことが結果することになるだろうから》

 

 などとソクラテスは主張しています。それは静かに、淡々と死を受け入れたという私の勝手な印象とは違いましたが、かえって人間として当たり前だなあとも感じました。まあ、何度もここで書いてきたことですが、人間は変わりませんし、その人間がつくる社会も時代が遷ろおうとそう変化するものではないと。まさしく「人間だもの」は至言であるなと。ただそれだけでした。