しかしまあ、何をいまさらの感がありますが、新聞各紙の菅直人首相批判が痛烈さを増してきました。当然のことであり、菅首相がこんな人(人に値しませんが)であることはとうの昔に分かっていたのだから、どうしてもっと早く素直に正直になれなかったのだと言いたくもありますが、それぞれの社の幹部が決めた社論なり、事情なりあるのでしょう。

 

 前回のエントリで紹介した21日の朝日の曽我豪記者に続き、昨日は日経の西田睦美編集委員が1面で「国政停滞は人災だ」という見出しでこう書いていました。

 

 《菅政権の惨状は目を覆うばかりである》《首相の居座りで国政が停滞する前代未聞の人災は、もういい加減にしてもらいたい》

 

 で、昨夜、共同通信が流したので地方紙が使用しているであろう解説記事「退陣時期明言せよ」にはこうありました。

 

 《自らの出処進退を材料にした〝けんか〟のレベルへ政策論議をおとしめた醜悪さは、歴史に記録されるだろう》

 

 そして今朝はとうとう、菅首相擁護の「最後の砦」だった毎日新聞が1面で、古賀攻政治部長の「国政を私するな」という記事を載せました。さて、そろりそろりと舵を切る気になったのかどうか。

 

 《希代のご都合主義者の本領発揮である》《国家の非常時にあって、国会を常時開いておくことに与野党とも異論があろうはずがない。本来中立的であるべき時間に、ギラギラした政治性を持ち込んだのは首相自身だ》《復旧・復興政策を「人質」に取るような首相の姿勢は、国政を私していると言うほかない》《首相はこの政体(議院内閣制)が想定する首相像からかけ離れた存在になりつつある》

 

 …ようやく、本当のこと、本音を書くことが許されたというところでしょうか。できることなら、事態がここまで悪化する前に、きちんと菅首相と政治の実態を伝えてほしかったと思います。

 

 今朝は、署名コラムではありませんが、読売も社説で《「最小不幸社会」を目指したはずなのに、「宰相」による不幸社会に陥ってしまっている》と指摘していました。ようやく各紙とも、見るべき現実をきちんと見ることにしたようですが、問題はこれを菅首相がどう受け止めるかですね。

 

 どうも、菅首相の頭脳には、反省したり、自分の非を認めたりする機能は見事に欠落しているようなので、おそらく彼は現在、強い被害妄想に囚われていることだろうと推測します。その心情を察するに…

 

 歴史に名を残すためにこんなに頑張っているオレ、うまく不信任決議案を否決に持ち込んだ素晴らしい政治手腕を発揮しているオレを、新聞メディアは何らかの理由で追い落とそうとしている。きっと何か利権がらみで動いているに違いない。そうでなければ、この賢い人気者であるオレ様に逆らおうなんてするわけがない…ブツブツ…。

 

 鳩山由紀夫前首相も、退陣直前には完全に被害妄想に陥り、自分に対する批判は防衛利権だとか、時計の針を元に戻そうとする勢力だとか、意味不明のことをぶつぶつつぶやいていましたからね。やはり官邸の主となると、裸の王様になりがちで、現実を受け入れられなくなっていくのでしょうね。

 

 というわけで、今さら新聞各紙の足並みが揃おうと、菅首相には馬耳東風であり、かえって頑ななねじ曲がった信念を深めるだけかもしれません。いやはや始末に負えない。

 

 客観的にみると、この2代の首相ほど無能で有害な存在はこれまでなかったのですが、この小学生にも分かる自明の理が、当人たちにはどうしても受け入れ難い、というか全く理解不能なのでしょう。後輩記者の一人は先日、あまりの政治の惨状に「この時代に生まれてきて悲しいと感じます」と言っていましたが、本当に国民は不幸です。