本日はふと思い立ったので、悪夢の政権交代前にアレが偉そうに語ってきた言葉を紹介しようと思います。それを通じ、クマムシも真っ青の耐久力と、プラナリアも裸足で逃げ出す再生力を誇るクリーチャーであるアレの「現在」のあり方、本当の心境がより鮮明に浮かび上がるのではないかと考えたからです。(エントリの都合と、ブーメラン投げの名手といわれたアレの実態をわかりやすく紹介するため、便宜上、アレとの対話という形をとりたいと思います。)

 

  あなたは3月11日の東日本大震災以降、ぶらさがり取材を拒否していますね。そういえば、福田康夫元首相も政権末期、ぶらさがりを拒否していました。

 

アレ まさにそれは福田総理の、普通なら「立つ鳥跡を濁さず」ということわざもあるが、責任放棄そのものの姿勢が象徴的に表れたのではないか。立つ鳥は「後は野となれ山となれ」という姿勢が、そうした行動にも表れているのではないか。(2008年9月4日、記者会見)

 

 なるほど。ところで、あなたが任命された松本龍震災復興担当相が就任たった9日間で辞任した件はどう思いますか。新設の目玉閣僚だったわけですが…。

 

アレ 中山前国交大臣、当然のことながら麻生総理は中山さんの考え方とか人柄もよくご存じであったはずであります。その任命されたわずか5日後に辞任されざるをえなくなった。これは麻生総理が自分のチームをつくる上でそうした適任者を選べなかったという意味で、私は、リーダーシップを欠いていたといわれても仕方ないと思っております。(2008年10月7日、衆院本会議代表質問)

 

  そのような失態、失政の連続の中で、あなたは一体何のために地位にしがみついているのですか

 

アレ 総理は政局より政策だと言われてきたが、どうも最近の傾向を見ていると、政策実現よりも、自分の総理の座を一日も長く、その座についていることに汲々としているとみえてなりません。つまりは、政策よりも総理の座というのが麻生総理の今の姿勢ではないか。(2008年11月20日、記者会見)

 

  あなたは国会でも「恥知らずの史上最低の総理」と指摘されました。なのに、「私の顔を見たくなければ法案通せ」と言うなんて、廉恥心はないのですか

 

アレ 総理に関してはいろんな発言が出ておりますが、私もあちこちを地元で歩いていると、最近は怒りというよりも恥ずかしいという言葉があちこちで聞こえてきています。つまり自分の国の総理大臣を恥ずかしいと国民が思わざるを得ないようなそういう状態になっていると。ここまできたらもう自らが身を処することを考えられなきゃいけないんではないかと改めて感じているところです。(2008年11月27日、記者会見)

 

  あなたは就任以降、消費税だTPPだクリーンな政治だ平成の開国だと次々に思いつきで打ち上げては言い放しになっていますが、今度は脱原発ですか。それもきょうになってあなたは「個人の考え」と言い訳しましたが、本当は就任しても、何をやっていいのか分からなかったのではありませんか。

 

アレ 運転席に座っている総理がハンドルを放して、助手席とか後ろの席に乗っている主に与党関係者ですが、そういう人たちが右だ左だといって車体を揺すぶると車が右に行ったり左に行ったり、わけのわからないところにいく。このままでいくと本当に崖っぷちから落ちてしまうようなことになりかねない。まさに私は、麻生政権の存在そのものがまさに政治の混迷を生み出している。麻生政権の存在自体が、政治の混迷の原因になっている。そういう意味では麻生政権そのものが、もはや責任を果たすことができない状況にあるわけですから、自らの身の処し方を私は考える時期に、麻生総理はきているのではないかと思っている。

特に敢えて申しあげれば、麻生総理が就任してからあるいは就任する前も含めて、本当にこの人は何をやりたいのか、今の日本の状況、世界の状況の中で何をやりたいのか、将来に向かってどうしたいのか。そのことが私には一つとして見えてきませんでした。つまりは方向性を持たない総理が総理になってしまったことの悲劇が今日表れていると思っておりますので、そういう意味でも一日も早い身の処し方を総理自身が決められるべきではないかと思っている。(2008年12月4日、記者会見)

 

  政府として「安全宣言」を行った後のストレステスト導入は、閣内不一致どころ話ではありません。これに激怒して保守系若手議員もとうとう決起しましたが、あなたの責任逃れには辟易します。首相以前に社会人失格です。

 

アレ 総理大臣という立場にある人、あるいは総理大臣でなくても、一般の社会人であても、それはいろいろ議論があって、そして一緒になって最終的に決めて、総理の場合は、当時大臣ですから、閣議決定にサインして、一緒に決めてその後それがあまりうまくいかなくなったら、「いや、俺はあのときは本当は反対だったんだけど」といって、責任逃れをするなんていう人は社会人としてもう通用しない。私もその後、何人かの普通のサラリーマンのような仕事をしている人と話をしていて、みんなが口をそろえてそういうわけです。もちろん、いろんな形で、追及といいましょうか、問題点を指摘することは私がいうまでもなく、それぞれの議員がされると思うが、私はもう野党として追及するというレベルを超えている。社会として、もう通用しない人だ。あまりここまで言っていいかどうか分かりませんが、どこかの文章には、新聞か何かには、自分の国の総理大臣として恥ずかしいという言葉さえ出ておりました。一般の国民の声として。ですからもう追及というレベルを超えた問題だ(2009年2月12日、記者会見)

 

  そんなていたらくだから、内閣支持率も時事通信で12,5%と落ちるところまで落ちました。これでは与党内も霞が関も言うことを聞くわけがない

 

アレ 総理の責任、支持率が下げ止まらないということだが、これも今日の質疑で現時点での私の質疑は申しあげた通り、国民が麻生総理を信頼していない。そうである以上は何をやっても政治空白。一刻も早く総理の座を降りるべきだ。あんな数字は関係ないというのであれば、一刻も早く解散総選挙で、今のままでは、国民の皆さんにとって日本国にとって最悪の内閣だ。(2009年2月19日、記者会見)

 

 …というわけで、実はアレは内心、あるいは深層心理では、自分とその内閣が恥ずべき最悪の首相、内閣だということを理解しているのかもしれません。でも、アレのことだから、♪分かっちゃいるけど辞められない~という気分なのかもしれませんね。いや、もっと確信犯的に「行く道いくぜ」と考えているのか。やれやれ。