もうこの人についてあれこれ書くのはやめようと思っていたのですが、昨日、福島市で開かれた福島復興再生協議会での菅直人首相のあいさつを聞いて、やはりもう一度触れておこうと思い直しました。菅首相は、次のように、ある意味率直に、鳩山由紀夫前首相風に言うと「放射能というものが何だかよく分からない」と語っています。

 

「私も放射能の問題は私なりに改めて専門家の話を何度も聞き、私なりにいろいろなものを検討しておりますけれども、本当にこの放射能というものについてのこの考え方がなかなか国民の皆さんにとって、というだけではなくて、私自身にとってもとにかくどう考えていいのかという、その考え方そのものがなかなか理解できない

 もちろん、これ以下なら絶対大丈夫と、だから大丈夫だと言いたいんですけれども、そういう考え方というよりもリスクという考え方で、ある意味ではこの程度ならこういうリスクはあると。例えば先日も宇宙飛行士の皆さんと被災地の子どもたちが話をしてくれておりましたけれども、1ミリシーベルト1日にかかると、しかしそういう宇宙飛行士という立場である限られた期間であれば、それはリスクはあるけれどそのリスクを超えて宇宙のものを研究するんだという考え方があるわけでありまして、そういったことを含めてどこまでをどのように考えればいいのか。

専門家の皆さんにも、もう少し国民の皆さんが分かるような形の説明をしてもらえないだろうか。政治家が政治的に判断する前に、専門家の皆さんが国民に分かるような説明をしてもらえないだろうかと。何度もお願いし、今その努力も合わせて依頼をいたしているところです」

 

……うーん、言いたいことは分からないでもないのですが、やっぱり「何をいまさら」ですねえ。この放射能の影響については、いわゆる専門家であるはずの学者や専門医でも見事に意見が分かれていて、高校の物理で赤点をとり、一人で追試をくらった私のような「純文系」的な者には、判断のつけようがない部分があります。

 

なので、「危険だ、危険だ」と煽ることも、「安全だ、気にするな」ということもしませんでした(できませんでした)が、それこそ原子力の専門家である内閣参与を次々に雇い、母校の東工大の恩師だか知り合いだかに電話をかけまくって理論武装し、原発事故対応にもどんどん口をはさんで混乱させてきた菅首相がこれですか。

 

応用物理学科卒が自慢で、「オレはものすごく原子力に強いんだ」とのたまい、原発には政界一詳しいという自負をにじませたという菅首相にいまさらこんなことを言い出されても困るのです。ホント、やめてくれてよかった。

 

 だとすると、政府のこれまでの対応はすべて「テキトー」だったということになりかねません。有無を言わさぬ避難区域の指定、家畜処分指示も、「東日本は下手するとつぶれる」「10年、20年住めなくなる」発言も、中部電力浜岡原発の停止要請も脱原発路線も、当否はともかくそれなりに菅首相なり政府なりに一貫したものの見方、見識があってのことならまだ理解できますが、「よく分からないし、あっている自信もないけど何となくやっておこう」程度の発想からだったと今さら明かされてもねえ。

 

 ゴールデンウィークに全村避難指定対象となった福島県飯舘村に出張し、菅野村長に話を聞いた際、菅野村長は「明確な理由説明もない菅首相の心ない対応で、村民は仕事も家も生活もすべてを失う。住民の安全最優先というと誰も逆らえないが、無理矢理避難されられるのとどっちのリスクが大きいのか」という趣旨のことを語っていました。

 

 菅首相も、そうした疑問や批判をすべて一身に背負って、それでも大局的に判断したのだというのであればまだ救われるのですが、この期に及んで「考え方そのものがなかななか理解できない」ではねえ。そんなことを今、告白することにどういう政治的意味を見いだしているのでしょうか。おそらく何も考えずに口に出してしまったというところでしょう。リーダーの重く苦しい責任というものも全く理解していないようです。

 

 こんなありさまなのに、自分についての歴史の評価は「後世に任せたい」なんて口走るのですから、頭が痛くなりますね。もう2度と顔も見たくありませんが、そういうわけにはいかないのだろうなあ。こういう勘違い、倒錯、自己陶酔ができるのも、いまだに菅首相をかばったり、評価したりする勢力が一定数いるからでしょう。

 

で、昨日はこの菅政権を各紙がどう総括するのだろうかと、新聞各紙の社説を読み比べてみました。すると、同じく菅首相の「脱原発」支持を掲げてきた東京新聞と毎日新聞の論調があまりにも違うのが興味深かったので、ちょっと比較して紹介しておきます。毎日は、ずっと菅首相擁護だったこととの整合性をとるためか、はなはだ潔くない書きぶりです。

 

【首相の資質、辞任の総括】

 

東京 《あなたの近くに、言うことは立派だが、全く実現できない人がいたらどう思うだろう。軽蔑こそすれ尊敬などしないのではないか。ましてやそんな人物が国家行政のトップに立ったのなら、国民が幸せになることなどあり得ない》

 

毎日 《政権担当能力を発揮しきれなかった菅首相の個人的な資質もあるが、衆参のねじれによる構造的な問題が背景に横たわっている》

 

東京 《首相辞任に至ったのは、東日本大震災や東京電力福島第1原発事故への対応をはじめ、すべきことをできなかったのが理由だ。それは、間違ったことをしたのと大して変わらない》

 

 毎日 《原発対応はどうだったか。安全性が懸念されていた中部電力浜岡原発を停止させたことは評価したい。原発の再稼働問題に関連し、全原発を対象とする安全評価(ストレステスト)を義務づけ、原発依存度の低減を掲げエネルギー政策の白紙からの見直しも決めた》

 

【政策全般】

 

 東京 《首相就任後に打ち上げたこれらの政策・政権運営方針のうち、菅氏自身が熱意を傾け、やり遂げたことが一つでもあっただろうか。大震災があったとはいえ、緒にすら就いていないものがほとんどだ。思い付きで発言し、実現困難と悟ると次の政策課題に乗り換える。わずか1年余りの間の出来事だというのに、その多くが人々に忘れ去られてさえいる。菅氏がかつて胸を張った「有言実行内閣」は、影も形もない》

 

 毎日 《新しい政策に飛びつくものの実現への道筋が描けないことの繰り返しには、自分探しに終始した政権との批判も生んだ》

 

【マニフェスト】

 

 東京 《これでは国民がマニフェストという疑似餌に釣られ、民主党に政権を託したことにならないか。かつて菅氏が自民党政権に投げかけた「やるやる詐欺」という批判が自らに跳ね返る》

 

 毎日 《マニフェストで約束した主要政策については、ねじれ国会における野党の攻勢で惨めなほど後退した》

 

 ……あくまで抜粋なので印象で語れば、毎日は今でも菅首相を評価してやんわりとかばい、多くの失敗があったことは認めるけれど、その主な原因は野党の非協力的態度にある、と書いているようです。これに対し、東京ははっきりと菅首相は「まるでだめお」だと明言していますね。もちろん、私は後者と同意見です。

 

 昨日の産経紙面で私も菅内閣の総括記事を書きました。その際、上司の中には菅首相に対する「惻隠の情」があってもいいのではないかという意見もありました。でも、もちろんそんな情は不必要どころか有害だと確信しているので、そういう風にはしませんでした。菅首相はまさに日本の「大患」そのものでした。