政治家の言葉、特に重みを持つはずのそれについて少し記します。今年に入り、野田佳彦首相は続けざまに、消費税増税を含む社会保障と税の一体改革の実現について、

 

 「政治生命を懸ける

 

 と発言しています。随分と気合いの入った様子ではあるのですが、いつかどこかで聞いたような気がしますね。それもそのはず、このセリフは昨年1月5日、テレビ朝日の番組に出演した菅直人首相が同じ社会保障と税の一体改革に関して言った言葉でもあるのです。

 

 なんか、年明け早々の問責閣僚の更迭に伴う改造(昨年は仙谷由人官房長官と馬淵澄夫国土交通相でしたね)といい、急にメディア露出を始めたことといい、なんだか菅内閣の轍をわざとなぞり踏んでいるかのようです。

 

 そして、思えば昨年1月の通常国会初の論戦となった26日の衆院代表質問では、菅氏と自民党の谷垣禎一総裁との間でこんなやりとりがありました。

 

 谷垣氏「首相は6月までに成案を得ることに『政治生命を懸ける』と明言した。なし得なかった場合は辞職する、もしくは信を問うため解散するのか」

 

 菅氏政治生命を懸けるというのは改革に向け最大限努力していきたいという覚悟を申し上げた」

 

 昨年、私はこの菅氏の努力目標というか、願望を強調したにすぎない答弁を聞いてあきれ、産経紙面に「随分軽い『政治生命』があったものだ」と書きました。で、いま、野田首相が繰り返す「政治生命」という言葉に不安を覚えた次第です。

 

 実は昨年は、2月にも今度は前原誠司外相(当時)が、北方領土返還要求全国大会でこう述べているのです。

 

 「できるだけ早く返還させるために政治生命を懸けて努力したい」

 

 …まあ、前原氏はその1カ月後には自身の不祥事で辞任しているわけですが。政治生命って、いったい何なのでしょうね。それと、もう一つ不安に思っているのが、野田首相が今月16日の民主党大会でこう述べたことです。

 

「政権交代の直後、鳩山元総理が、衆参の本会議の壇上において、命を守りたい、命を守りたいと絶叫されたことは今なお鮮烈に残っています。この言葉の重みを重くかみしめたいと思います。そして、人間の不幸の原因である、災害や疾病や犯罪や、こうしたものを一つ一つ取り除いて最小不幸社会を作っていこうと訴えた菅前総理の理念も、いまこそまさに輝きを増していると思います。こうしたお二人の先輩総理の抱えた理念をしっかり継承しながら、震災復興と原発事故との戦いに挑んで参りたいと思います」

 

 ……反面教師にしかならない二人を臆面もなく持ち上げています。二人とそのグループの取り込み、懐柔を狙ってのことだとは思いますが、国民の一人として「いけしゃあしゃあとよく言うわ」と憤りを感じます。

 

 菅氏よりは一見、「誠」がありそうでいて(誰だってアレと比べればそうなりますが)、実は内面、正体は同じようなものなのかしらん。同僚記者には、「実は野田氏と前原氏も中身は似ている」という分析をする者もあり、なるほどと頷く場面も多いのです。

 

 私は昨年8月31日付の産経紙面で「野田佳彦新首相も『一つ穴のムジナ』なのか」と疑問を呈しましたが、どうやら、それが実態だったようですね。まあ、こんな風にいろいろ好き勝手書いていると、こちらへの風当たりも強くなることもありますが、チャーチルの「ネバー・ネバー・ネバー・ネバー・ギブイン」の精神でできるだけやっていこうと思います。