さて、永田町では年始に吹き荒れていた解散風が、あまりの野田政権の不人気と大阪維新の会期待論の高まりで、かえって少々沈静化してきた感がありますね。もちろん、これから予算案や消費税増税をめぐって政局は大きく揺れ動くことでしょうし、水面下では政界再編を前提としたさまざまな動きも始まっていますが、とりあえず国会は盛り上がらず、なんだかなあの日々です。

 

 というわけで、本日は2カ月ぶりに読書エントリとします。私は相変わらずエンターテインメントを中心に乱読しているので、2カ月もさぼっていると、紹介する本がたまってしまいます。

 

 さて、まずは笹本稜平氏の刑事もの「所轄魂」(徳間書店、☆☆☆★)からです。所轄署に置かれた捜査本部に本庁捜査一課から派遣された理事官は、所轄署の強行犯係長の実の息子(キャリア)という設定は面白いし、事件の展開も実に興味深いのですが…。

 

     

 

  笹本氏の作品は「越境捜査」シリーズもそうなのですが、登場人物同士の会話が少し鼻につくというか、これがいいという人もいるでしょうが、私にはちょっとくどく感じます。まあ、好みの問題なのでしょうが。

 

 で、次の大沢在昌氏の「新宿鮫短編集 鮫島の顔」(光文社、☆☆☆)はシリーズ初の短編集とあって、さらっと読めて楽しめます。特に、その一つに、あの「こち亀」の両さんがゲスト出演しているのが嬉しいですね。

 

     

 

  《「俺、本気になるとけっこう強いけど、どうする」

 男たちは顔を見合わせた。両津が一歩でると、ざざっと後退る。》…原作を思い浮かべながら、こんな描写を読むと、何だか顔がにやけてしまいますね。

 

 そして、前回の読書エントリで紹介した堂場瞬一氏の「アナザーフェイス」第一作に早速はまって、第二作「敗者の嘘」(文春文庫、☆☆☆★)と第三作「第四の壁」(同、☆☆☆)を読みました。本人はそうと意識していないイケ面刑事が不思議な人間的魅力で事件を解決へと導く過程がいいですね。

 

     

 

  堂場ワールドはいったんひたるとなかなか抜け出せず、「警視庁追跡捜査係」シリーズにも手を出し、第一作「交錯」、第二作「策謀」、第三作「謀略」と一気に読んでしまいました。いずれもハルキ文庫(☆☆☆)です。

 

     

 

  足で稼ぐ行動派の刑事と頭脳能動を尊ぶ書斎派の刑事が、いがみ合いながらも認め合い、いやいやながらペアを組んで事件を解決する。堂場氏は本当にキャラ設定が上手いというか面白いというか。素直な人物がほとんど出てこず、みんな一癖ふた癖あるのも特徴ですね。

 

 で、警察つながりで初めて濱嘉之氏の作品にも手を出し、「鬼手 世田谷駐在刑事・小林健」(講談社文庫、☆☆★)も読んでみました。この人は実際に警視庁で活躍した元公安刑事だけあって、警察内部の描写は実に生々しいのですが、登場人物の描写が割と平坦で、いまひとつキャラに感情移入できないのが残念です。

 

     

 

  ここらで警察ものから離れて他の分野に移ります。山本甲士氏の「海獣ダンス」(小学館文庫、☆☆☆)には、以前紹介した氏の「再会キャッチボール」の主人公、フリーライターの白銀が登場し、重要な役割を果たします。

 

     

 

  田舎町の海岸で目撃された謎の水棲生物を町おこしにつなげようと目論む町長、町職員、そして待ち受ける落とし穴…。世の中、いいことばかりではないし、目も当てられない失敗もあるけれど、それでも何とかなるものだと。

 

 次も山本氏の「巡る女」(中公文庫、☆☆☆)です。ある平凡な女性が12年前のあの日、別の選択をしていたらその後の人生はどうなったか…というストーリー。「あのときああしていたら」というのは、誰しも思うことなのでしょうね。

 

     

 

  熊谷達也氏の「ゆうとりあ」(文春文庫、☆☆☆)は、そこそこ恵まれて会社人生をまっとうした後、妻とともに田舎の理想郷(と思われた)「ゆうとりあ」に移住した主人公が直面するさまざまな問題、出来事を通じ、自然と人間の関わり方や地方のあり方について考えさせられます。

 

     

 

  想定外だったのに、続々と出没するイノシシ、熊、猿とどう付き合うのか。このへんは熊谷氏の最も得意とする分野なのでしょうね。けっこう重いテーマでもありますが、文体は割とコミカルタッチとなっています。

 

 以前のエントリで鳩山由紀夫元首相を「あれ」と書いている部分について少し触れた白石一文氏の「幻影の星」(文藝春秋、☆☆☆☆)には、この地球が生というよりも、死に満ちた世界であることに改めて気づかされました。

 

     

 

  この作品の中に、1966年生まれの作家、梅枝母智夫という「ふざけた名前」(太宰府名物の梅ヶ枝餅をもじっている)の架空の作家が出てくるのですが、その作家はとことん「死」と向き合っています。だから暗くなるのでも絶望するのでも何でもなく、東日本大震災後の日本、いや世界を思うときに、こうした視点も必要だなと感じた次第です。

 

 同じ白石氏の「翼」(光文社、☆☆☆★)も「死」をテーマにしていて、やはりいろいろなことを考えさせられます。決して後味のいい作品とは言えませんが、人が「本当に死ぬ」とはどういうことなのか、生きるとはどういうことなのか作者のメッセージが伝わってきます。ただ、私は半端で偏った人生を歩んできたせいか、ここで描かれているような運命的な「男女」の関係がどうも実感として理解できません。

 

     

 

  ちょっと対照的(でもないか)なのが、原宏一氏の「ファイヤーボール」(PHP研究所、☆☆☆★)でした。上司の失脚をきっかけに自身もリストラの憂き目に遭い、それまでの猛烈社員人生が一変した主人公が、新たに見つけた生き甲斐とは。

 

     

 

  テーマはずばり「熱くなれるもの」。白石氏の「翼」の登場人物の一人は《僕は最近、仕事というのはいずれ行き詰まるものなんだと思っている。例外なくね。(中略)単なる思いつきで選択した仕事がそのうち行き止まりにぶつかるのは、ある種、当たり前の現象なんじゃないかな。よほどの召命感でもなければ、一つの仕事を何十年もやり通すなんてきっと無理なんだよ。》と語りますが、「ファイヤーボール」の主人公は仕事を手放さざるをえなくなって、何を見つけたのか。

 

 まあ、人生の楽しみというなら、やはり時代小説は外せません。佐藤雅美氏の「半次捕物控」シリーズの新刊「一石二鳥の敵討ち」(講談社、☆☆☆★)はさすがの安定感で楽しめました。今回、大藩、池田30万石が、江戸の世論に追い詰められていく場面はとても興味深いです。ただ、シリーズ第何作かが、どこにも書いていないのが本の装丁としていかがなものかと。

 

     

 

 上田秀人氏の「奥右筆秘帳」シリーズ第九作「召抱」(講談社文庫、☆☆☆)では、とうとう将軍、徳川治済が松平定信を見離しました。やっぱり、読ませるなあ。

 

     

 

 山本一力氏の「晋平の矢立」(徳間文庫、☆☆★)は、よくも悪くも山本節全開です。家屋を壊す商売、という舞台は興味深いものがありました。

 

     

 

 さて、今週は忙しくなりそうです。いよいよ花粉も本格化しそうだし、鼻づまりに苦しみながらもとりあえず仕事を頑張ろうと思います。まあ、ある意味、仕事に行き詰まるといえば、もうとっくに行き詰まっているわけだし、何を今更だからなあ。