今回も福島第1原発事故に対する政府の対応をどう評価するかのエントリです。民間事故調は、「藪の中」となっている314日夜に東電から全面退避の申し出があったかどうかという問題について、東電側は否定していることを押さえつつもこう指摘しています。

 

「多くの官邸関係者が一致して東電の申し出を全面撤退と受け止めていることに照らしても、東電の主張に十分な根拠があると言い難い」

 

 断言はしていないものの、全面撤退の要請があったと主張する菅直人前首相をはじめ官邸中枢の言い分に軍配を上げているようです。今回、東電は民間事故調の調査に応じなかったのですから、菅氏側の証言に重きが置かれるのはある意味、当然かもしれません。

 

 菅氏はこれに喜んで早速、28日には事務所を通じてこんなコメントを出しました。

 

 「今回の原発事故で最も深刻だったのは、315日未明からの『東電撤退』をめぐる動きだった。公平に評価していただいたことは、大変ありがたいと感じている」

 

 民間事故調の調査報告書は、菅氏の言動をほとんど評価していませんから、この部分だけでもさぞや嬉しかったのでしょう。私も確かに、当時の菅官邸が東電の申し出を全面撤退と「受け止めた」ことは事実だと思います。

 

 私が取材した当時の官邸内部を知る人物も「官邸内ではみんなそう受け止めていた」と証言しました。ただ、この点についても私は、菅氏やその周囲の疑心暗鬼と東電への不信感、それと官邸と東電のパイプの詰まりが生んだ「伝言ゲームによる誤解」ではないかと考えています。

 

 要は、東電としてはもともと必要な人員は残すつもりだったけれど、「テンパっていた」(班目春樹原子力安全委員長)菅氏や海江田万里経産相はそうは受け取らず、あのだめだめな東電が今度は全面撤退を言い出したと誤解したのではないかと。そして、東電側も官邸側から怒鳴られてばかりなのでオロオロして事情をうまく説明できなかったのではないかと。

 

 というのは、当時の事故後の東電は、官邸の顔色をうかがい、かなりの部分、何を言われても唯々諾々と従っていたのに、この全面撤退説に関しては当初から、記者会見や国会で一貫して否定していることが一つ。

 

 また、昨年12月に出た政府の事故調の中間報告でも、現地の吉田昌郎所長は「必要な人員を残して作業員を敷地外へ退避させるべきだ」と東電本店に相談したと述べており、菅氏が15日午前4時ごろに清水正孝社長を官邸に呼んだ際も、清水氏は「そんなことは考えていない」と明確に否定しています。菅氏はこれを信用せず、間をおかず東電に乗り込みます。

 

 政府の事故調の中間報告は、この間の経緯についてこう記しています。

 

 2号機の状況が厳しくなる→東電の清水社長が寺坂信昭保安院長に「事態が厳しくなる場合には退避もありうる」と電話したが、その際に「プラント制御に必要な人員を残す」ことは当然の前提として明言しなかった→寺坂氏が「プラントを放棄して全員撤退したいと申し入れがあった」と官邸に誤解して報告した。

 

 さらに、24日付の東京新聞によれば、事故当初、現地対策副本部長として指揮をとった経産省原子力安全・保安院の黒木慎一審議官も、「14日夜、官邸は東電が現場から全面撤退すると受け止め、騒ぎになったが」との質問にこう答えています。

 

 「現地では、東電からは『必要最低限の人はずっと置く』という話しか聞いていない。全面撤退という話が出ていれば当然、私や副大臣の耳に入るはずだし、東電が言ってくるはずだが、一切聞いていない。(後で)そういう話があったと聞いて非常にびっくりした」

 

 要は、第一義的には明確に方針を説明しなかった東電側が悪いにしろ、菅氏が東電に乗り込んで怒鳴り散らして全面撤退を止めたというストーリーは、どうも疑わしいと私は思います。むしろ、自然な解釈としては、伝言ゲームを通じて誤解が生じ、もともと東電の姿勢を疑っていた菅氏や官邸側が勘違いし、独り相撲をとっていた、ということではないでしょうか。

 

 もちろん、私の見方が間違っている可能性も否定しません。この点についても今後、国会の事故調が解き明かしてくれることを期待します。民間事故調の調査に応じなかった東電が悪いのですが、民間事故調のこの部分に関する解釈は、どうも釈然としないなあと感じた次第でした。