昨日の東京新聞夕刊に、「315菅氏発言 東電詳細記録」という記事が載っていました。昨年315日早朝に、当時の菅直人首相が東電本店に乗り込んだ際の発言が記録されていたことが分かったという記事で、各紙で既報の内容もありましたが、その中で、私の注意を引いたのは、菅氏の次の発言でした。

 

 「なんでこんなに大勢いるんだ。大事なことは56人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない。小部屋を用意しろ」

 

 というのは、この発言があった場面について東京新聞は、「菅氏は対策本部に大勢の東電社員がいるのを見て」と記していましたが、この書き方では状況がうまく伝わらないかもしれないなと思い、補足したくなったのでした。

 

 実は、この発言について私は今年18日付の産経コラム「日曜日に書く」や雑誌「正論」の昨年6月号にすでに書いていたからです。もっとも、私が記事の元にした証言は東電の記録とは微妙に言葉遣いが違いますが、まあ、人間の記憶なので誤差の範囲だと思います。私はこう書きました。

 

 「こんなにいっぱい人がいるところじゃ、物事は何も決まらないんだ。何をしているんだ」

 

 で、私は「日曜日に書く」では、どういうシチュエーションの下での発言かについて、こう記しています。

 

 《菅氏は大勢の東電社員が徹夜で作業を続けていたオペレーションルームを会議室と勘違いし、こんな怒声も上げた。

「こんなにいっぱい人がいるところじゃ、物事は何も決まらないんだ。何をしているんだ!

その場は同席者が何とか収め、菅氏を別部屋に案内した(後略)

 

 その場に同席した関係者によると、当時、オペレーションルームには200人以上の人が詰めて作業をしており、突然怒鳴りだした菅氏をポカンとした顔で見つめていたそうです。幹部に対応をただすのなら分かりますが、現場で実務に当たっている人の士気を下げる菅氏のやり方が、福島第1原発視察時にも表れていたのは、以前のエントリでも記しました。

 

 東電の武藤栄顧問(当時副社長)14日の国会の事故調会合で、このとき「東電の全面撤退を止める」として東電に乗り込んできた管氏の言動についてこう述べています。

 

 「一部の作業員の撤退は検討していたが、全面撤退の議論は一切なかった。(菅氏の言動には)違和感があった

 

 まあ、まだ真相は藪の中ではありますが、以前のエントリに書いたように、私は菅氏が全面撤退を止めたというのは菅氏周辺がつくった「神話」であって、実態は菅氏の勘違いと独り相撲を糊塗し、美化しているだけだと今のところ理解しています。

 

 さて、東京新聞はこの原発事故問題に関する検証記事やインタビューを多数載せているので参考になります。11日付の紙面では、下村健一内閣審議官が、福島第1原発が全電源喪失した際のエピソードをこう語っています。

 

 《当時のノートに「なぜ非常用ディーゼルエンジン(発電機)まで止まるんだ」って書いてある。これ、菅さんの発言です。「菅さんに冷却水が必要」。かなりテンションが上がってましたが、あの段階では仕方ないと思います。何も分からなかったから。》

 

 下村氏はもともと菅氏の引きで官邸に入ったからか、菅氏をかばっていますが、それでもこの証言も興味深いところです。民間事故調の調査報告書でも、菅氏が代替バッテリーについて自分の携帯電話で担当者に「大きさは」「縦横何メートル」「重さは」などと質問し、熱心にメモをとっていたことと、同席者が「首相がそんな細かいことまで聞くというのは、国としてどうなのかとぞっとした」と述べたことが記されていましたね。

 

 で、これに関連することも、私は雑誌「WiLL」の昨年6月号で次のように触れています。

 

 《福島第1原発の非常用電源であるディーゼル発電機が壊れた際のことだ。ふつうの政治家ならば、「その事態にどう対策を打つか」を考える。

ところが、菅首相は理科系出身であるためか、「なぜディーゼル発電機が壊れたのか」の原因究明に異常な関心を示し、議論がなかなか対策まで進まないのだという。》

 

 当時、菅氏の周囲にいた人は「菅さんは震災復興のグランドデザインだとかもの凄く大きな話も好きだし、その反対のとても小さなことにもこだわるが、一番大事なその中間がない。だから復旧・復興が進められない」とこぼしていましたが、次々に公表される資料や証言が、これまで書いてきたことを追認してくれているように感じています。

 

 ただ、それでもまだまだ菅氏やその周囲の実態について、十分に表に出ていないとも考えます。私の聞いた話ももっといろいろありますし、ブラックボックスをこじ開けるべく国会の事故調の今後の奮起に期待したいと思います。