昨日は休みだったため、敬虔で信心深い私は、家族とともに現代のバベルの塔へと巡礼の旅に出ました。バスや地下鉄を乗り継ぎ、塔に隣接するある建物にたどり着き、そこで目にしたものはある著名な政治家が揮毫した謎の文字の羅列でした。

 

          

 

 旧約聖書によると、天に届かんばかりのバベルの塔を建築した人間の傲慢さに神は怒り、それまで一つで共通していた言葉をばらばらにしてしまったといいます。私はこの意味不明の「書」(?)の前にしばし呆然と立ち尽くし、まさしく奇蹟の顕現であるかのように突然襲ってきた神秘の食欲に導かれるまま、約1時間そこに並んだのでした。

 

 すると、ほの暗い一室から聖職者らしい制服に身を包んだ女性が現れ、私に寄付を要求しました。提示された金額を支払うと別室に通され、そこでまたしばし瞑想の時間を与えられました。私と家族にこれからどんな試練が待ち受けているのか、恍惚と不安の中で室内を見渡すと、同じ政治家の手になるとみられる同じ文字が書かれた書がいくつか飾られていました。アーメン。

 

 そういえばこの政治家は、オープニングセレモニーの式典でこの塔に昇った後、しばらくは耳痛、耳鳴りに悩まされていました。これが神の戒めだったのか何らかの恩寵の証しだったのかは、凡愚の身には推察すら容易ではありません。

 

 そしてわれわれが時の流れを忘れたころ、「取りて喰らえ、そはわが肉なり」とばかりに出てきたものは聖なる午餐、

 

     

     親子丼1500円

 

     

     そぼろ丼1200円

 

 でありました。神への深い感謝を捧げ、おいしくいただくとともに、「一人前にしてはご飯の量が少し物足りないな」と罰当たりな感想を漏らしつつ、この秘蹟の地をあとにしました。さあ、腹ごしらえも済んだし、巡礼の再会です。

 

 そしてわたし達はいよいよ、見えざる手に導かれるように塔へと足を向け、長い長い階段を上り始めました。太陽はこの日も核融合で真っ赤に燃えさかり、地上の万物にその恵みを施していました。

 

     

 

 塔の頂はあまりに高く、神秘の光に包まれていてなかなか目にすることもかないません。あまりの熱気に目眩を覚えながらもさらに進むと目の前に……

 

     

 

 「5人の守護天使」(ベルセルク)でも舞い降りてきそうな塔が全貌を表しました。荘厳、壮麗、雄壮、どんなに言葉を尽くしても表現できません。この塔であれば、あの神の御使い、モスラであっても三つも四つも繭をつくれそうです。

 

 私はすっかり満足し、ここで引き返すことにしました。この神聖な塔に登るには私は俗塵にまみれすぎていてその資格がないこともあり、また、何より整理券を手にするためだけに1時間並び、その上次回の案内時間まで3時間以上も待つ根性がなかったからです。

 

 そしてなすすべもなく引き返した私が隣接する建物内の書店の文具コーナーで見たものは、身の毛のよだつような恐ろしい……

 

     

 

 これは、神の代理人たる朝日新聞コラムを通じて神の声を正しく聞き取り、いつか統一された人の言葉を取り戻せ、そのために書き写しノートで日々精進せよ、という啓示なのでしょうか?

 

 仕方がないのでふだんは読まない朝日新聞の天声人語(17日付)にざっと目を通すと、原爆と原発を安易に結びつけて反原発運動を称揚していました。そして、結論には「生活者の肌感覚を蔑まない政治が、今こそほしい」とありました。

 

 こんなものは、断じて「天の声」ではない、むしろ悪質なアジテーションの類だと率直に感じました。やはり、啓示でも何でもなかったようです。やはり、私のような俗人は「不合理ゆえに我信ず」という境地にはそう簡単にはなれないようです。

 

 以上、休みの日の馬鹿馬鹿しい過ごし方でした。