2006年06月

 今朝の産経国際面に「中国首相 歴訪終了 アフリカで足場固める」という記事が載っていました。「温首相はアフリカの人権問題などを支援の条件にしない姿勢を明確にした」そうです。そりゃそうですよねぇ、自国内にも深刻な人権問題を抱えているわけですから。

 

 この記事を読んで、ある外務省幹部から酒席で聞いた話を思い出しました。彼は日本外交が中国外交の後手に回らざるを得ない一つの例として、次のように語りました。(飲み会の話なので、数字などは記憶違いがあるかもしれません)

 

 「たとえばアフリカ53か国のうち、中国は44か国に大使を置いているが、日本は21か国と半分以下にすぎない。実は日本の大使の数はG8で最下位だ」

 「しかも中国のアフリカ支援のやり方がすさまじい。ある国から『道路をつくってください』と頼まれたら、『少し時間はかかりますがやりましょう』と言って何をやるか。本国から数千人単位の囚人を連れてきて強制労働させる。囚人側も、まさかアフリカまできて逃げようとはしない」

 

 確かに、日本の外務省は批判されるべき点が多く、在外公館に対しても「何をやっているのか」とたびたび憤りを感じたものですが、日本が国として外交に力を入れてこなかったのも事実のようです。また、共産党独裁の非民主主義国家は、何かことをなそうというときはとても効率的なようですね。人権も何も最初からあったものではない。

 

 この話を聞いていた別の外務省職員は、中央アジアにおける中国の資源獲得外交について語りました。

 

 「中央アジアでは、エネルギー資源の発掘権と引き換えに街一つ買ってしまうほどだ。パイプライン設置などのために道路も橋も街もつくる。貧しい国は札びら攻撃に弱い」

 

 小泉首相は外相に最初は田中真紀子、次に川口順子両氏を起用したことからも分かるように、外交・安全保障にほとんど関心を持っていませんでした。ある外交官は、官房長官時代の福田康夫氏が「陰の外相」と呼ばれるようになり、外交問題を仕切るに至った経緯について、こう解説します。

 

 「田中氏は論外だが、次の川口氏も政治家とパイプがなく、与党と交渉ができない。そこに空白が生まれ、外務省は何事も官邸に相談に行くことになった。その結果、外交に興味のない小泉首相の代わりに福田氏が仕切るようになった」

 

 ポスト小泉には、世界中で外交的に日本の足を引っ張る国があることを深く理解した人に就任してほしいものです。中国の正体についてもよく認識している人に。

 

 昨日は夢枕獏氏の原作を漫画化した「荒野に獣 慟哭す」の4巻が出ていたので早速読みました。いやあ、この作品にチャレンジした伊藤勢という漫画家さんはよく知らないのですが、たいしたものです。独覚ウイルスによって心身が変化した獣化兵の設定、デザインがとてもいい。夢枕氏の作品の漫画化としては、NHKでドラマ化され、映画も二本つくられた「陰陽師」が有名ですが、この「荒野に獣」の造形もグロくてそれでいて愛嬌があってとてもいい。

 
 

 以前、この欄で好きな小説、作家の名前をいくつか書きましたが、実は最も好きな作家の一人が夢枕氏です。ベストセラー作家なので、いまさら私ごときが宣伝することもないのでしょうが、すばらしい作家です。
 

 
 

 何がいいかといって、その情念と、一切の生を肯定しようという姿勢でしょうか。この人の小説は分野も方向も多岐にわたっていますが、私が最も好きな作品の一つは「涅槃の王」(全5巻)です。なにせ、主人公が若き日のゴータマ・シッダールタ、つまり仏陀なんですからぶっ飛んでいます。テーマも不老不死とはどういうものか、仏陀の悟りとは何か、という重いものでありながら、完璧なエンターテインメントのSF伝奇小説であります。すごいなあ。
 

 
 

 夢枕氏が若き日の仏陀の活躍と冒険(フィクション)を描いた作品はほかにもあります。最近、「ダ・ヴィンチ・コード」(原作は読みました。前作の「天使と悪魔」の方がいい)が妙に話題になっていますが、何もキリストものではなくても、仏陀ものでも面白いですよ。いや、ほんとにはまります。
 

 
 

 また、夢枕氏の格闘ものもすばらしいです。やはり漫画化されている「飢狼伝」をはじめ、強いとはどういうことか、人はなぜ強さを求めるのかがこれでもかと描写されています。毎日新聞が夢枕氏の格闘論の連載をしていましたが(すいません、継続中かどうか知りません)、うらやましい限りでした。今日の総合格闘技ブームの下地をつくったのは夢枕氏かも知れません。
 

 
 

 宮沢賢治という大詩人をつかって進化について考える「上弦の月を喰べる獅子」、日本史上に特筆されるべき天才、空海を主人公にした「沙門空海、唐の国にて鬼と宴す」もよかったなあ。宮本武蔵について新たな説得力ある描写をしている「大帝の剣」は近々映画が封切られるとか。
 

 
 

 手元からなくなり、本屋でもなかなかみつからない「怪男児」、読み返したいなあ。このほか夢枕氏の作品は不遇で切ない若い日々を描いた青春者、釣りもの、登山ものとさまざまで、読み応えがあります。登場人物とその名前もとても魅力的で、なんか本当に凄い作家だと私は思うのですが。
 

 先日、産経の国際面に「対北制裁解除 米に要求 ノーベル受賞者韓国集会」という記事が掲載されていました。テポドン2号がまさに発射されそうだという時期に何をバカなことを思って読み進めると、「日本からは土井たか子元衆院議長が参加した」とありました。議員を引退してからもこんなことをやっているんですね。この人に元衆院議長という肩書きを与えることになった「自社さ」政権とは、なんと罪深い存在だったことか。

 

 土井氏といえば、拉致実行犯のシン・グァンス元死刑囚の釈放嘆願書に村山富市元首相、青島幸男前都知事、民主党の菅直人代表代行らとともに署名した「極めて間抜けな」(安倍晋三官房長官)な人として有名ですね。拉致被害者家族の有本ご夫妻に対し、極めて冷淡だったことでも知られています。 実際、私が見聞した限りでも、いろいろと奇矯な言動を繰り返す人でありました。

 

 5年前、扶桑社の中学歴史教科書が検定に合格し、どの程度採択されるかが話題になっていたころのことです。議員会館で開かれた扶桑社本採択反対集会をのぞきに行くと、土井氏は力強く叫んでいました。

 

 「この教科書は、従軍慰安婦はいなかったという人たちが書いている」

 「憲法は言論の自由を保障しているが、教科書では言論の自由は制限されていい」

 

 はぁ?‥。土井氏が批判している人たちは、「戦中に従軍慰安婦とい言葉はなかった」と言っているだけなのに、土井氏の発言では「従軍慰安婦という存在がなかった」と主張しているようにすり替えられていました。悪質なレッテル張りです。また、土井氏は確か憲法学者を自称していたはずですが、「言論の自由は制限されていい」と言い放つなんて。

 

 この人は何者なのかと興味を覚えた私はその後、土井氏の経歴を調べてみました。この問題は、ネット上でも「学歴詐称」の可能性が話題になっていたので、とりあえず確かめようと思い立ちました。

 

 まず、本当に同志社大学に在籍していたのか。同大の広報に問い合わせると、例によって個人情報だからと渋りつつも「昭和二十○年から二十○年までいらっしゃったようです」との回答がありました。

 

 私 「いたようです、じゃなくてちゃんと調べてくださいよ。元衆院議長で衆院議員という公人なんだから」

 広報 「うーん、ちょっとお待ちください」

 

 しばらくたってから、「一応、教授会に諮る必要があるので、文書で質問状を出してください」という返事がありました。随分と大げさな話だと思いつつも、文書を出したところ、数日たって「やはり個人情報だから開示できないということに決まりました」とのつれない回答。なんなんだ、このガードの堅さは!。ちなみに、知人が同じように広報に在籍期間を問い合わせたところ、 私が聞いた年と違いました。なぜなんだろう。

  

 仕方がないので、次に土井氏の本当の出身校だとされる京都女子大(当時は京都女子専門学校)の同窓会に問い合わせると、「ええ、土井さんはうちの卒業生です。卒業後は昭和29年まで本校で講師をしていらっしゃいました」とあっさり教えてくれました。専門学校時代の専攻は中国語ではなかったか、とのことですが、これははっきりしません。

 

 同志社と京都女子大の話をあわせると、土井氏は母校で講師をしながら同志社大に通っていたことになります。不可能ではないでしょうが、どこか不自然ですね。

 

 しつこい私は、兵庫県選挙管理委員会が発行した衆院選挙公報を入手してみました。まず、昭和44年のもので学歴をみると

 

 兵庫県立第3神戸高女卒業

 京都女子大学外国語学科卒業

 同志社大学法学部卒業

 同志社大学大学院法学研究科修了

 

 とありました。ふーん。京都女子大を出たのちに同志社の法学部を出たとあるな。じゃあ、47年の公報はどうかな。略歴欄の学歴には

 

 京都女子大・同志社大学大学院卒

 

 とだけ‥。同志社大学法学部を卒業したんじゃなかったの?さて、51年の公報はどう書いてあるかな。

 

 同志社大学卒

 同志社大学大学院修了

 

 同志社大学卒は復活したけど、今度は京都女子大がなくなりました。なんだか迷走している気がするなあ、54年の公報はどうかな。

 

 兵庫県立第三神戸高等女学校卒

 同志社大学大学院法学研究科卒

 

 今度は京都女子大と同志社大学の両方が消えた。55年の公報も54年と同じ記述。58年、61年、平成2年、5年の公報からは略歴・学歴欄そのものがなくなっています。ふーむ。他候補はみんなプロフィールを記しているのに。途中から同志社大学卒と書かなくなった理由が知りたいところですねぇ。

 

 結局、その後、追わなければならない日常業務が忙しくなったことや、土井氏自身が議員を引退したこともあり、私の取材はここまでで止まっています。すいません。根性が足らないのか調べかけで放り出した取材テーマは少なくないのです。でも、確かに「疑惑」は残りました。どなたかご存知のことがあったらご教示ください。

 ちょっと古い話ですが、4月下旬に自民党本部で与党教育基本法改正検討会のメンバーと、自民党を支持してきた宗教団体代表との懇談会を「壁耳」取材していたときのことです。検討会座長の大島理森元文相が「神道」のことを盛んに「しんどう、しんどう」と濁って発音しているのが耳につきました。

 

 「これって濁らずに『しんとう』って読むんじゃなかったっけ。ふつうはみんな、『しんとう』と発音しているよなあ」

 

 そんな細かいことが妙に引っかかったのは、随分以前にやはり『しんどう』と濁って発音する人にインタビューしたことがあったからです。それは平成3年、相手は、首相らの靖国神社への公式参拝や玉串料の県費支出を違憲と判断した仙台高裁の「岩手靖国訴訟」で、原告側弁護団長を務めた勅使河原安夫弁護士でした。

 

 この判決は、被告側を形式的に勝訴させて上告を封じておきながら、原告側の望む憲法判断を示すという典型的な「ねじれ判決」でした。勅使河原氏は判決後、私のインタビューに「望んでいた憲法判断が得られた」と笑みを浮かべながら、「しんどう、しんどう」と繰り返していました。

 

 この人の宗教観に興味を覚えた私が「米大統領の就任式に聖書はつきものだが、政教分離原則に反するか」と聞くと、「アメリカのことは考えたこともないが、特定のキリスト教を支持したとは言えないのでは」と答え、自身も学生時代に洗礼を受けていると語りました。

 

 また、「靖国神社が宗教法人だからいけないのか」と聞くと、「そうではない」といいつつ、「どうして神社で寺ではないのか、ということだ。靖国神社には自衛隊員も祭られており、そこだけに行くというのは、何か意図があると思わざるを得ない」というのです。

 

 首相の参拝先が寺や教会だったらいいのか、とそんな疑問を持ちつつも、インタビュー時間は終わりました。それ以来、私の周囲で「しんどう」と発音する人はほとんどいなかったので、妙に大島座長の言葉が印象に残ったようです。

 

 ちなみに、このとき違憲判断を示した糟谷判事は判決4日後に退官して弁護士になりましたが、退任記者会見で「本当は朝日新聞の記者になりたかった」との名セリフをはきました。なるほどなるほど、と深く納得したのは言うまでもありません。

 

 さらに余談ですが、高裁判決が出た次の日の朝刊で、早版地域(印刷工場が遠い地方など)に届いた本紙のエトキ(写真説明)は、私が書いた「高裁判断に笑いがとまらない勅使河原弁護士」との文が採用され、新聞を見た弁護士事務所から「それはないだろう」と軽い抗議がきました。でも、本社の方で少しまずいと思ったのでしょう、後版(工場が近い地域に届く分)からはふつうのまじめなエトキに替わっていました。

 

 さて、そこで今朝早く目が覚めたのを幸いに、辞書で調べてみることにしました。まず、角川の「新国語辞典」には、「しんとう」としか載っていません。次に調べた岩波の「広辞苑」の場合は、同じ字で「しんとう」と「しんどう」では別の意味が書いてありました。後者のにごる方の意味は①神、神祇②中国で、墓場への道、墓道、墓門とありました。なるほど、中国が神道を嫌う理由の一つは意外とこんなところにあるのかも。

 

 ところが、続く三省堂の「新明解国語辞典」にはあっさりと「神道」の読みに「しんどう」も載っていました。また、小学館の「大辞泉」をみても「『しんどう』とも」とどっちでもいいように書いてあります。

 

 うーん、2対2か。思い余って神社本庁の関係者に電話して聞いてみたところ「われわれとしては濁らずに『しんとう』と読むのが基本ですが、『しんどう』と読む人もいるし、間違いではないでしょう」とのことでした。でもやっぱり、「しんどう」と聞くと身構えてしまうな‥。

 昨日(20日)の朝日新聞は社説で「福田さん、決断の時だ」と書き、「ぜひ総裁選に立ち、安倍氏との論争に臨む決断をしてもらいたい」とエールを送っています。他紙のことではありますが、よくもまあ臆面もなく特定候補を応援するものだな、と思わないでもありません。

 

 さて、この福田氏は朝日新聞や加藤紘一氏、山崎拓氏らが「早く決意表明してよ」とじれているように、いまだに総裁選に出るとも出ないとも言っていません。私自身は、「この人の性格からいって、安倍氏に勝てる見通しが立たない限りは出ない」と予想しています。ただ、福田氏が主要な総裁候補の一人と目されること自体に違和感を覚えるのです。

 

 この欄はもともと産経の社論、主張、スタンスとは関係のないものですが、あえて個人的意見だと重ねて断っておきます。また、決して個人攻撃が目的でもありません。そのうえで、あえて書きたいと思います。福田氏は、政治家は向いていませんし、ましてや総理・総裁の器ではないと。

 

 こう断定するからには、それなりの根拠を示さなくてはならないでしょう。実はいろいろと考えることはあるのですが、一つ、拉致問題を例に挙げたいと思います。拉致という北朝鮮による主権侵害、人権侵害に対し、いかに福田氏の感性はにぶかったことか。

 

 拉致被害者家族、蓮池透さんの著書「奪還 引き裂かれた二十四年」の中に、小泉首相が初訪朝した平成十四年九月十七日のエピソードが紹介されています。この中に、外務省・飯倉公館に呼びつけられた家族らが、福田官房長官(当時)から、拉致被害者の生死について宣告を受ける場面が出てきます。引用させていただきます。

 

 《福田氏は断定的な口調で生存者の現状を説明しました。でも、他に亡くなった方がいると聞いて、手放しで喜べるはずがありません。(中略)私の母が「家族会は一つの家族のようなものです。こんなふうに別々に発表しないで、みんな一緒の場でやってほしい」と訴えると、「黙って聞きなさい。あなた方の家族は生きているのだから」福田官房長官はそう言って、両腕でわれわれを押さえつけるような仕草をしました。まるで、なぜ自分たちに感謝しないのか、とでも言いたげな口ぶりでした》

 

 拉致被害者を救う会のメンバーの一人は、当時のことを「福田氏は生死を確認していないのに、確認したかのような伝え方だった。家族にとっては何よりも重要な情報なのに、非情さに驚く。その点、安倍副長官は翌朝、われわれのところに来て『政府として生死を確認していない』と教えてくれた」と話しています。

 

 福田氏は小泉訪朝前、首相に会わせてほしいと求めた家族らに対し、「首相の心が乱れるから」という不思議な理由で断ったこともありました。拉致事件に関して、オフレコだから書けない「暴言」もあります。本人は否定しているようですが、北朝鮮の工作船引き揚げが遅延したのも、水面下で進められていた日朝交渉えの影響を懸念した福田氏と田中均・外務省アジア大洋州局長(当時)の意向だったとされます。

 

 国家の無為無策によって、想像を絶する艱難辛苦を味わってきた拉致被害者家族に対する対応をみるだけでも、「福田氏は物事の重要性、優先順位というものがよく分からないのだな」と思ってしまいます。この一点だけをみても、自民党が総裁として戴くにふさわしい人物かどうか分かりそうなものでしょう。

 

 小泉首相の例をみるまでもなく、トップには冷徹さ、非情さも必要だとは思います。しかし、それはいざというときに発揮されればいいもので、いたずらに敵をつくったり、反感を買うのでは意味がありません。

 

 私は比較的、首相官邸担当が長かったため、福田官房長官の記者会見にはかなりの回数、出席しています。その経験からみて、政府のスポークスマンとしても、とても合格点はあげられません。

 

 気に入らない記者(私も含め)の質問には、あさっての方向を向いて貧乏ゆすりをしながら投げやりに答える姿には、呆れていました。記者の質問をはぐらかし、まともに答えようしないいいかげんな答弁を、「軽妙で洒脱」と評した記事を読んだときには、もう茫然自失です。

 

 記者会見で、当時の政府が前向き(前のめり)だった日朝国交正常化について「そもそも日本にとっての利点・利益は何なのか。国民に説明すべきではないか」と質問したところ、「それは重要だ」という答えがかえってきましたが、その後、続く説明は何もありませんでした。

 

 これは何も私だけの意見ではなくて、当時の官房長官会見を体験した多くの記者は賛同してくれるのではないでしょうか。当時、やはり福田氏の不誠実会見に業を煮やしていた他社の記者から「福田氏の記者会見はひどい。右(なぜか私のこと)と左(その記者)で共闘しよう」と話しかけられたこともあります。そういえば当時、最も福田氏を追及していたのは朝日のキャップだったと記憶しています。

 

 もちろん、記者会見に熱意がないからといって、総理・総裁に不向きだなどとは断言できません。しかし、こうした実情はおそらく国民に伝わっていないだろうと思い、あえて記しました。

 

 福田氏についてある森派幹部は「福田さんは貴族そのものだから」と評しました。また、お父さんの福田赳夫元首相と福田氏の双方をよく知る人物はこう言っています。参考までに。

 

 「お父さんは外国に行っても、真の実力者に会うのを好んだ。でも康夫さんは階級が上の人、現在の地位が高い人が好きだ。(大蔵官僚だった)お父さんより、(民間企業出身の)康夫さんの方が、ずっと官僚だよ」

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