2008年08月


 本日は、日本時間の昨日午前2時前ごろに中国・瀋陽のホテルで行われた、外務省の斎木昭隆アジア大洋州局長のぶらさがりインタビューのほぼ全文を紹介します。みなさん、新聞やテレビのニュースでご存じのことでしょうが、資料程度には役に立つかもしれません。以前のエントリで11日のぶらさがりの内容も報告していますので、今回の出張中に撮った写真と合わせてご活用ください(何に?)

     ※写真1

 斎木氏 最も大事な問題である再調査の問題について合意した点について紹介する。まず、拉致問題の解決に向けた具体的な行動をとるために北朝鮮側は①被害者に関する全面的な調査を行う②北朝鮮は権限を与えられた調査委員会が迅速に調査を行う。可能な限り、今年の秋には調査を終了する③調査の進捗の過程について、北朝鮮は日本側に随時報告し、協議を行う。④日本側が関係者との面談、関係資料の共有、関係の場所への訪問などを通じて調査の結果を直接確認できるよう協力する。

 今後、北朝鮮が調査委員会を立ち上げ、調査を開始することと並行する形で日本側は人的往来、チャーター便の規制緩和といったことを行うことを確認した。具体的タイミングは今後調整し、確定していく。

   ※写真2

 

 記者 再調査の開始時期などは合意したのか

 

 斎木氏 そもそも再調査を何のためにやるのかについては、6月の北京の実務者協議でも私の方から指摘し、それについて先方も一致した認識だが、生きている方たちを探し出して帰国につなげていくための調査だ。全面的調査のため、北朝鮮は総力をあげて調査を行う、その途中経過も含めて日本側に連絡し、協議すると確認した。

 

 記者 政府としての受け止めは

 

 斎木氏 拉致被害者の生存している方々を、できるだけ早く日本にかえすのは政府の大事な仕事だから、それに対応する形で調査が合意されたことは、一歩前進したと思う。かくなる上は、調査委員会を一日も早く立ち上げられ、すなわちこれが調査の開始となる…(聞き取れず)、しっかりと進められ、生存者の速やかな帰国につながることを切に願っている。

   ※写真3

 

 記者 人的往来やチャーター便のカードを切ることには批判もあるが

 

 斎木氏 これはかねてから日本側がとる措置、北朝鮮がとる措置、言葉対言葉の約束段階から行動対行動の段階に移るということで、向こうが一歩踏み出せば日本も一歩踏み出すと。小さな一歩に対しては小さな一歩を、大きな一歩に対しては大きな一歩ということだ。先方がそもそも、拉致問題は解決済みであるという表明を、6月の協議で変更して、まだ解決していない、もう一回調査をやると言っていることは一歩前に進んだと認識している。

 今度それを具体的行動に移していくことに応じて、日本側も約束した二つの措置について同じタイミングで実行に移すということを確認した。

 

 記者 北朝鮮籍船舶への人道支援物資の積み込みの件はどうなったのか

 

 斎木氏 船舶の件はこれはきょう、この問題はもちろん議論した。私どもの方からよど号ハイジャック犯の引き渡し問題を提起した。この問題は今後改めて協議をしていくといことになった。今回、そのことに関する結論は出ていない。

   ※写真4

 

 記者 制裁解除のタイミングは、調査開始を確認してからか

 

 斎木氏 いつ調査委員会を立ち上げるかも含め、具体的なことをこれからきちんと先方と詰める。少なくとも、調査委員会が立ち上がったことで先方は調査を開始したと位置づけるから、そういう認識で日本側としても行動をとることになる。

 

 記者 調査委員会のメンバーは

 

 斎木氏 北朝鮮が選定して責任ある当局から権限を与えられた委員会として…。どういうメンバーか今回の協議で特段注文をつけていない。

 

 記者 万景峰の再入港はいつになるか

 

 斎木氏 よど号の話も含めて、船の入港の問題は今回、議論したが改めて今後さらに議論していくということになった。

   ※写真5

 

 記者 再調査は過去成果がなかったが

 

 斎木氏 今回行うことになっている再調査については、今まで2回北朝鮮が行った調査結果について、6月の協議で日本側としては全く納得していないし、受け入れられないということも改めて伝えた。今回の新たな調査は、生存者の帰国につながるようなものでないとならない。また、随時進捗を連絡していることになっているので、私どもは協議という形で進捗をチェックするということが、今回の仕組みで確保されているし、確認している。

 

 記者 調査委の立ち上げの時期は

 

 斎木氏 早くこの調査が開始されることを強く期待している。なるべく早く立ち上げてもらいたいということを、我々も強い希望として、具体的に何月何日をもって改めて連絡をとっていく。いずれにしても、早くやることを期待している。可能な限り秋には終了するというのだから、そういう時間的枠組みを頭に入れて調整していく。

   ※写真6

 ※写真1瀋陽の伊勢丹で売っていた日本米です。中国では富裕層を中心に日本米ブームだと聞いていますが、この地ではどうなのかまでは分かりませんでした。中国への日本米輸出の道を開いたのは故・松岡利勝農水相ですね。60元というと1000円程度ですが、ここのお米の相場に比べればずいぶんと高価なのだろうと思います。

 ※写真2…瀋陽駅近くの商店や飲食店が建ち並ぶ大通りで見つけたお店です。保健って何だろうと思ったら、アダルトグッズのお店でした。なまじ漢字が読めるとかえって意思疎通が難しかったり、誤解を生んだりすることもありそうですね。

 ※写真3…以前のエントリで従業員募集のポスターを紹介した「美国加州牛肉面大王」に実際に入ってみました。写真は牛肉面の「大」で10元(160~170円)。味はというと、ちゃんぽん麺を柔らかくして味を薄くしたような麺に、出汁があまりきいていないスープで、まあまずいとはいいませんが…。でも残さず全部食べました。

 ※写真4…瀋陽で見つけたおなじみ吉野屋もしっかり試してみました。具の味は日本とまったく同じであるように感じましたが、ご飯がぽろぽろしていて粘りも味もなく、ちょっと残念でした。値段は12.5元(200円ちょっと)でしたが、お店はけっこう繁盛していました。私が写真を撮っていると、隣の席で食べていた8歳前後の女の子に「なにコイツ?」という感じでじろじろ見られました。

 ※写真5…帰国の朝、瀋陽空港で唯一(?)の食堂で食べた韓国製「辛ラーメン」です。最近は日本のスーパーでも売っていますね。そのインスタント麺にゆでたまご、キムチとスイカ少々がついて60元(約1000円)はちょっとぼっていますね。実はトランジットで立ち寄った韓国のインチョン空港のアシアナ航空ラウンジでも辛ラーメンが置いてあり、人気を博していました。辛ラーメン恐るべしと、韓国パワーの一端を見た思いがしました(大げさ)。

 ※写真6…これは帰国した後に改めて撮ったもので、ホテルから空港までタクシーを利用した際の高速道路の領収書です。実は、ホテルが手配したタクシーは最初からちょっと変な様子で、メーターも半分隠されていました。時間がないし、ホテル手配なのでまあいいやと乗ったところ、走行中、メーターはきちんと回っていたので安心していたのですが…。
 空港に着いたところ、メーターは70数元になっているのに、運転手が私が財布から出した100元札を手に取り「OK?」と笑ってお釣りを出そうとしません。どうせ数百円のことだし、理解できない中国語で言い争っても勝ち目はないので苦笑して「分かった。だけど(メーター備え付けの自動)領収書をくれ」と言ったのですが、彼は困ったような顔をしてそれはできないということを身振り手振りで示し、代わりにこの5元(80円)の高速道路領収書で勘弁してくれというのです。
 まあ、これも中国の思い出だと黙ってそれを受け取り、やれやれと再び苦笑いをした私でした。その後、空港では間違えて国内線ゲートを通過してしまう(私のパスポートをにらみつけていた係員がなぜかそのまま判子を押して通してしまい)などの混乱もありましたが、どうにかこうにか無事に日本にたどり着きました。国内外で愚かな日々を送っています。



 面倒なので日本時間でいきますが、12日午後3時にいったんホテルを離れた北朝鮮の宋・朝日国交正常化交渉担当大使が戻ってきたのは、10時間以上も過ぎた13日午前1時10分過ぎでした。この間、記者たちはいつ協議が再開されるかのメドも見通しも知らされず、本当に待ちくたびれました。



 で、協議会場の高層階に上ったと思ったら、わずか20分ほどで降りてきました。午前1時半すぎの光景です。宋大使を先導しているのは、このホテルの支配人らしいのですが、外務省よりも協議の進行状況や再開情報に詳しく、記者たちにディープスロートと目されていました。この人だけは、協議が休憩に入った当初から「再開は午前零時ごろになる」と言っていたのです。「謎の支配人情報」と呼ばれて尊重されていたほどです。

   

 記者団に取り囲まれ、何事か話していますが、朝鮮語なので例によって私にはさっぱり分かりません。周囲は理解できない中国語と朝鮮語が飛び交うばかりで、少しずつストレスがたまります。



 この人は、宋大使の話のあとで補足するように何かを述べていました。北朝鮮のスポークスマン役ですね。胸に例のバッヂがついています。写真の表情を見てもらえば分かると思いますが、ひどく偉そうな立ち居振る舞いでした。この人も何を言っているのか分かりませんでしたが、失礼ながら、チンピラに凄まれているような不快感をちらっと感じました。



 その後、斎木アジア大洋州局長のぶらさがりインタビューがあり、その後も軽い行事がありました。いったい何時だったろう。もう覚えていません。そして部屋に帰り、デスクに内容を報告してインタビューのメモおこしをして同僚にメールし、明日の夕刊用の原稿を書いたら、もうこの時間です。

 本日はもう、日朝協議へり感想や意見、説明を述べる元気がないのでこれにて失礼します。すいません、おやすみなさい。


   本日も中国・瀋陽からの報告です。いままさに、二日目の日朝実務者協議がまもなく始まる予定です。きょうは、昨日の協議で拉致問題の再調査について日本が投げかけたポールについて、北朝鮮側からの打ち返しがある予定ですが、果たしてどんな回答を届けてくるでしょうか。さきほど、夕刊当番デスクから、夕刊に原稿を出すよう指示が来ましたが、協議結果が分かるまではあまり中身のある原稿は書けそうにありません。

 

 上の写真は、昨日の協議終了後、記者団のぶらさがりインタビューに答える外務省の斎木昭隆アジア大洋州局長の様子です。昨日の協議は午前と午後の計5時間余でしたが、きょうはどうなることやら。

 そこで本日はまず、この昨夜の斎木氏のぶらさがりのほぼ全文(あまり意味がない質疑や、記者の質問部分は適当に省きました)を紹介します。

 斎木氏 きょう午前と午後、非常に密度の濃い議論をした。6月の実務者協議から2カ月がたったわけだが、その間の日朝関係をめぐる雰囲気を含めて、先方からいろいろと発言があったし、私の方からも、日朝関係の現状と今後について基本的考えを詳しく述べた。

 特に、我々からすれば最も核心的な本当に重要な問題である拉致の再調査のやり直しについて、6月の協議で先方は調査をやると約束したわけだから、そのやり方、実際に具体的にどういうやり方で「言葉と言葉の約束」を「行動と行動」にしていくかについて、私の方から日本の考え方を詳しく伝え、特に調査のやり直しについて、どういう方法で、だれが主体となって、何を対象として、またどのくらいの期間をかけてやるかについて日本側の考え方を詳しく伝えた。

 私からの発言に対して、先方は「明日、詳しく自分たちの考えを述べたい」と言っていたので、きょうはその点について先方からの突っ込んだコメントはなかった。あす、またこれを中心にやりとりすることになる。

 

 記者 再調査のやり直しの方法について、日本側はどういう要求をしたのか

 

 斎木氏 これはまだ、交渉が明日までかかることだから、具体的にどうしたと申し上げるわけにはいかないが、日本側としては、生存者を発見してその帰国につながるような形で調査をもう一度やってもらうということだから、その目的に向かっていくためにどういう形でやってもらうことを日本として求めているか考え方を詳しく伝えた。

 

 記者 さっき宋・朝日国交正常化交渉担当大使が6月より日朝関係が悪くなっているようなコメントを出したが。また、制裁一部解除についてのやりとりは

 

 斎木氏 日朝関係が悪化しているかどうかという話については、先方の発言は従来からの発言の域を超えるものではなかった受け止めている。それと制裁解除の話については、向こうが調査のやり直しについて、今後、我々との間できちんと具体的なことで合意し、それをもとに調査に着手する。これをみながら、日本も約束したことを実行に移す。行動対行動、向こうが大きな一歩を踏み出せば、こっちも大きな一歩を踏み出す。向こうが小さな一歩を踏み出せば、こっちも小さな一歩を踏み出す。そういう原則について改めて先方に伝えた。

 

 記者 制裁解除のタイミングについては

 

 斎木氏 そういうことも含めて明日さらに、詳しく向こうとやりとりする。

 

 記者 よど号犯の扱いなついては

 

 斎木氏 それも大事なことだから、私の方から取り上げ、政府の立場を改めて伝えた。先方からは、従来我々が聞いていると同じような内容の説明、立場の表明があった。

 

 記者 北朝鮮側から何か前向きな発言はあったか

 

 斎木氏 基本的に調査のやり直しについては、6月に合意しているわけだし、それをやるということについて今日も、改めて確認があったわけだから、いつから、どのくらいの期間をかけてやるかについて、さらに詳細をよく議論して、可能な限り合意に達したいと思う。

 

 記者 北朝鮮は、2カ月ぶりに協議に応じた割にはあまり前向きではないような印象だが

 

 斎木氏 いや、調査のやり直し問題に絞っていえば、基本的な向こうの考え方は、6月に合意したことを踏まえているから、その点について向こうのスタンスが後退したとは思っていない。日朝関係全般をめぐる雰囲気については、さっき述べた通り、従来からの向こうの考え方を述べたということ。その点については、私は別に先方の発言に驚いたことがあったとは受け止めていない

 

 記者 明日、再調査のやり方について具体的な合意ができる見通しは

 

 斎木氏 明日午前中、向こうがどういう考え方を表明してくるか、それをまず聞かないと、何とも分かりません。

 

 記者 確認だが、調査のやり直しについて、だれが主体となって何を対象とし、どのくらいの期間やるかについて、具体的な日本の考えは伝えたのか

 

 斎木氏 私の方から具体的な日本側の考え方を伝えた。

 

 記者 制裁措置の解除の仕方についても伝えたのか

 

 斎木氏 日本の基本的な考え方はそれぞれ6月の協議でにほんとしてこういうことをやる用意があるということを説明したわけだから、それについてきょうは少し敷衍して説明した。

 

 記者 再調査の結果が出てからではなく、納得できる調査に着手された段階で制裁は解除するということか

 

 斎木氏 いずれにしても、私が述べた日本の考え方については、向こう側から明日の朝、反応がある。それを聞いてから、前に進むことができるかどうか判断したい。》

 …まさにこれから協議が始まるところなので、余計なコメントは控えますが、行間から日朝両国のいろいろな事情や思惑がにじみ出ているような気がしますね。それと、どうでもいいですが、ホテルのインターネット回線が不安定で苦労しています。

 

 ※追記 12日午後2時(日本時間同3時)、約5時間にわたったこの日午前の部の協議を終えて、宋大使がホテルのロビーに降りてきました。休憩をはさんで、午後の部の協議に入るとのことです。宋大使は疲れているようにも見えましたが、表情にははりがありました。まずは一報まで。

   


 日朝実務者協議は現在も継続中です。それでじっと待っているのが嫌いな私は、本日も小雨が降る中、待機時間などを利用して短時間、瀋陽の街をブラついたのですが、いくつか日本ゆかりの建物を見つけました。これまでも、樺太・豊原でやはり日本の銀行跡が美術館になっているのを見たり、テニアンのビーチに今も日本のトーチカが残されていたり、日本時代の神社の鳥居が倒れたままになっていたりするのを見ましたが、海外で「日本」と出会うと感慨深いものですね。

 

 「中国工商銀行」と看板が出ていますが、正面左に銀色のプレートのようなものが張られていて、読むと「横浜正金銀行奉天支店」の跡とありました。ずいぶんと歴史を感じさせる建物です。

 

 次は、「遼寧賓館」とありますが、これもよくみると「日本大和旅館跡」という表示がありました。1927年につくられた有名な奉天ヤマトホテルの建物が、今も利用されていました。往時にはここで、数々のドラマが繰り広げられたのでしょうね。

 

 今度のは、角度的にちょっと分かりにくいでしょうが、「盛京銀行」という看板が掲げられています。実は正面から写真を撮ろうとしていたら、中から出てきた守衛だか何だかに「写真はダメだ」と追い払われ、斜めから撮影しまた。この建物にもやはり銀色のプレートが張られ、そこには「日本関東軍司令部跡」と記されていました。かの有名な、日本の城を模したような新京(現長春)の関東軍司令部ではないのは当然ですが、ここにも関東軍の出張司令部があったのでしょうか。ちょっと分かりませんでした。

 日本というと、瀋陽にはできたばかりの伊勢丹があるというので、ここも早速のぞいて来ました。客入りは…うーん、ちょっと少ない感じもありますが、従業員教育は行き届いている感じです。早速地下の食料品売り場に行き、こんなものを見つけました。

 

 寿司とうなぎの蒲焼きです。これはまごうかたなく中国産うなぎでしょう。疑いようがありません。値段はとみると、うなぎは10.8元(170~180円)、寿司は28元(440~460円)で、リーズナブルなものでした。先日行ったシンガポールの日系スーパーほどの品揃えではありませんが、おにぎりや日本風の弁当も売っていました。

 

 で、これが本日の私の昼食です。冷麺でも軽く食べようかと思っていたのに、中国東北部のカツ丼の誘惑に負けました。ネギが白髪ネギなのがちょっと変わっていますが、味はごくふつうのカツ丼で、満腹となりました。33元(520~540円)でした。私のことを食べてばかりだと誤解しないように。一日三食きちんととっているだけなのですから。

   

 ホテルへの帰路通りかがったバス停のポスターが目を引きました。子供向けに安全乗車のマナーを呼びかけているようですが、絵柄がいわゆる日本のアニメ絵のように見えました。直接関係はないのでしょうが、何らかの影響は受けているのかもしれませんね。

 さて、無理矢理、日本つながりでこじつけて写真を紹介してきましたが、最後に日本とは関係ありませんが、街のど真ん中の壁に大きく書いてあった文字を報告します。中国の簡略字はうまく読めない私ですが、これは非常にわかりやすかったからです。しかし、こんなに露骨に書かなくとも…。気持ちは分かりますが。

   


 日本と北朝鮮が拉致問題などの諸懸案について話し合う日朝実務者協議がきょう午前9時55分ごろ、中国・瀋陽のホテルで始まりました。われわれ記者たちは、協議の冒頭部分を「頭撮り」するため、会場前のエレベーターホールに待機していたのですが…。

   

 何がどうしたのかは分かりませんが、私が現場に着いたときには、ホテルの従業員が割れたガラス花瓶を片づけるのにあたふたしていました。記者同士では「不吉だ」「協議の行方を暗示している」などと不謹慎な冗談を言い合ったのですが、実際、珍しい出来事でした。

 

 そうこうしている間に、外務省の斎木アジア大洋州局長と、北朝鮮の宋・朝日国交正常化交渉担当大使が到着し、握手を交わしました。分かりにくい写真ですいませんが、奥でこっちを向いているのが斎木氏です。こういう場面では、まずテレビカメラが優先されるので、われわれ記者は後側に立たされ、なかなかいい写真がとれません(言い訳です)。

 

 こっちがなんとかいい写真はとれないものかと焦っているうちに、二人はさっさと会場に入ってしまいました。表情は見えなかったのですが、入り際に宋大使が低い声で「お久しぶり、どうも」と日本語で語りかけているのが聞こえました。あっという間の冒頭取材でした。

 

 これから中では互いの国益をかけた真剣な協議が行われるのでしょうが、デジカメを構えて待っていた記者たちは、「全然撮れなかったよ」と苦笑いするしかありませんでした。私としては、新聞はテレビに比べて速報性で劣るとずっと言われてきたこともあり、こうしてネットですぐに状況をお伝えできるのは嬉しいのですが、これではね、という感じです。最後の写真なんて、慌てて撮ったためか構図が歪んでいますね。とほほ…。

 もちろん、大阪夕刊には、このエントリとは別にふつうの記事も送ってあります。念のため。

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