2010年02月

 

今朝の産経は1面トップで、永住外国人への地方参政権付与問題に関する平成7年の最高裁判決にかかわった園部逸夫元最高裁判事のインタビュー記事と解説記事を載せています。小島優記者の取材ですが、判決の背景を知る意味で非常にいい仕事をしてくれました。小島記者は1月には、日本に最初に外国人参政権の部分的許容説を紹介した長尾一紘中央大教授のインタビューもしており、それについては私の1月29日のエントリ「外国人参政権・過去の自説は『慚愧に堪えない』と長尾教授」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1435935/)で紹介しました。

 

 そこで本日は、小島記者がテープ起こしをしてくれた園部氏とのやりとりを報告します。原文はあまりに長く、イザの字数制限に引っかかるので、園部氏の個人的見聞、思いなどを一部割愛したことをあらかじめ記しておきます。おおむね趣旨は網羅できたと思います。内容については、特に私の感想や意見ははさまず、興味深いところを「太字」にするにとどめます。

 

 平成7年2月の外国人地方参政権をめぐる最高裁判決について

 

園部氏 私は1929年に韓国で生まれたが、これは植民地時代なんです。(中略)私はその後、小学校2年のときに台湾に行ってますから、台湾にも10年いた。だから、日本の植民地時代というのを朝鮮と台湾と両方経験している。

(中略)日本語でしゃべり、日本語で考え、そういう人たちがもういっぱい、大阪あたりには住んでるわけで。そんなら帰化したらいいじゃないか、というのは日本人の勝手な理屈なんですよ。無理矢理連れてこられて、帰化したらいいじゃないかと、こっちきたら日本人にならなきゃいけないなんて、彼らのように先祖を大事にする人間というのは、そう簡単に日本人になりませんよ。嫌いな日本人に。それが日本人にはわかってない。だから、帰化したらいいじゃない、いくらでも(国籍)あげますよといっても、それは理屈の問題であって、感情の問題と違う。

(中略)この判決について言えば、これは私の「最高裁10年」(「最高裁判所十年-私の見たこと考えたこと」、平成13年10月発行)の中なんですけどね(※コピー渡される)。それで、基本的なことから、講義をしなければいけないそのために。141ページ、一番最後、わかりやすいように、(1)(2)(3)と書いてあります(※判決理由を3つの段落に分けて、番号を振ってある)。(1)が先例法理、(stare decisis)で(2)が傍論(obiter dictum)である。また、逆に(2)を重視して、傍論を重視する論調もある。(1)を重視する論調もある。

アメリカには、このstare decisisobiter dictumのこの二つの判例があることは確かです。なぜかというと、アメリカの判決は長いんです。日本みたいに簡潔じゃないんだから。長いから、どれが先例法理で、どれが付け加えの傍論であるということをはっきりさせないと、どこまでが判例かということがわからない。それで、判例変更というのは、傍論の部分じゃない、先決法理(先例法理?)の部分を判決として、それを変更したり、それに従ったりするというのがアメリカの考え方。で、この傍論なる言葉を、どこの誰、どこのバカが覚えたのかしらないけど、やたら傍論、傍論と日本で言い出すようになっちゃった

(中略)この判決は、全員一致の判決で、そして、この(1)(2)(3)というのは、理論の流れとしてどうしても必要なんです。なぜ、必要かということを今から説明すると、(1)は、憲法の基本的人権の保障というのは、「日本国民を対象と解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても本来等しく及ぶべきものである」と書いてある。これは当たり前のことなんです。

(中略)ただし、そこでですよ、その中で、公務員を選定罷免する権利の保障は何かと。これまで外国人に保障するのかというと、この規定は、「国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明した」。これは、はっきりそう書いてある。従って、「主権が『日本国民』に存するものとする憲法前文及び1条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである」。これですよ。これがこの判決の中心部分です。ということは、この部分がまず序文としてある。前提条件として。

ただし、ここが非常に大事なとこなんで、(2)のところは、国民主権の原理の問題ではなくて、憲法8章の地方自治に関する規定。これは、「民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み」、これは住民が出てくるわけです、国民じゃなくて、そして、われわれの周りにいっぱい住んでいる韓国人、その他の外国人はみんな住民なんです。住民であるということによって、地方自治の本旨に基づいてこれは扱かわなきゃなんない。だから、国民と住民とは、扱い方が多少違うというのは、憲法上認められていることなんです。そこがはっきりさせないと、後でわけのわからないことになる。

(中略)参政権の問題を基本にして、訴訟が起きてきているわけです。それに目をつぶるわけにいかないですよ、最高裁としてはね。国民のことしか言わない、住民のことは言わないと、そういうわけにはいかないですよ、争われている以上。(中略)「その居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至った」、これが大事なんですよ。特段に緊密な関係って、ちょっとやってきて、2、3日泊まっているとか、1カ月でさっさと帰っちゃうとか、そういうんだと、台湾から岩手県にたくさん雪を見にやってきますわな。せいぜいまあ1週間か2週間、これは違います、全く。そんなものに選挙権与えるなんて誰も考えもしないでしょ。だけど、日本と朝鮮、韓国、台湾、等々の非常に長い歴史の、そういう特別な事情にある関係で、朝鮮の人や台湾の人やその他、特に永住して、永住の理由はいろいろあると思います。

(中略)何も国の選挙権とか言ってない。まず、地方の選挙権。市長さんとか、知事さんとか、そういうものをみんなで一緒に選挙するのは、問題ないんじゃないかという話にその段階ではなってきたんです。

私、国粋主義の国ってのは嫌いなんです。この国際的な時代に。だから、それは私の個人的感覚ですよ。だから、私は国粋主義者じゃないんだけど、同時に外国人べったり主義とか、何でも外国人の言うこと聞くとか、そんなことしてたら、日本はつぶれちゃうからもしれない。

例えば、中国から、多数の人がやってきて、移住して、そして50年も住んで、その人達がどんどん、これから移民がものすごく増えてきますから、これは非常に用心しなきゃいけない。移民が来て、数年住んで、それで選挙権持つと、だんだん日本は中国人の国になっちゃうから、それまで賛成しません。だけど、そういうことじゃなくて、日本に来た理由がいろいろあって、永住等の状況があって、且つ、非常にその地方と関係が深い人たちについては、選挙権を与えたからといって、ただちに憲法違反の咎にはならないと、いうことを逆に裏から言ってるわけです。

(中略)例えば、大阪に30年も住んでた。ある日、突如、東京に来て3カ月住んでたと。東京都の選挙権与えるかというと、そんなことはとんでもない話だ。それじゃあ、国民と同じになっちゃいますから。やっぱり、非常に特別な関係のある大阪で、一つ選挙権を与えるのはいいんだけど、その人達が、突如、日本人と同じように移住して、そして、そちらでまた(選挙権を)もらうと、東京都の選挙権もらうとか、岩手の選挙権もらうとか、そんなことやってたら、これは無茶苦茶になっちゃいますから。それはやらない。だから、これは非常に重要な問題ですけど、地方自治の本旨に従って、ある特定の地域と非常に密接な関係のある永住者については、非常に制限的に選挙権を与えて、なぜ悪いという話にきているわけです。それは、地方自治の本旨から見て、まったく憲法違反だとは言い切れないということを言ってる。ここは、裏から言ってます。

それと、地方自治の本旨ということと、国民に対する基本的人権の保障ということは基本的に違うわけです。国民に対しては、これはどこにいてもどこに移住されても、必ず国会議員の選挙権、その他を与えると、これは当然。ただし、一定の期間住まなきゃいけませんけど。きのう、きょう選挙するってわけにはいかないけど。これは一般の国民には認めている。だから、非常にはっきり言えば、国民条項と住民条項は違うんだという考え方がこの判決には出ているわけで、そういう具合にいろいろ議論をしたあげく、最後の3番目で、「以上検討したところによれば、地方公共団体の長及びその議会の議員の選挙の権利を日本国民たる住民に限るものとした地方自治法これこれ(11条、18条、公職選挙法9条2項)」が直ちに憲法(15条1項)に違反するわけじゃないと。だから、現状に対しては、外国人に選挙権与えてないということは、何も憲法に違反するものではないということを、はっきり言ってるわけです。それが、まず、第一です。

この判決の基本的な部分というのは、この議論の流れの部分と言うよりも、3番目が大事なんです。だから、要するに国籍を持ってなければ、国民の、殊に「地方公共団体の長及びその議会の(議員の)選挙の権利を日本国民たる住民に限ることにした」ということ自体は、それは日本国民たると書いてあるから、それは問題ない。現にそうなっていることに対して、憲法違反だとはいいませんよと。ただし、将来、そういう公職選挙法の改正をして、韓国国籍を持っている人たちで、日本に永住をしている人に、仮に公務員の選定罷免に対する、地方における公務員の選定罷免に対する、仮に法律をつくったからといって、すぐ、何もそれが憲法違反だというふうには言わない。

ただし、これ非常に大事なこと、それは許容範囲だと。2番目の部分(判決の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つ永住在留外国人への参政権付与は憲法上禁止されていないとする「傍論」部分)は、許容範囲なんだけれども、例えば、今、民主党その他、外国人参政権、住民に与えると、韓国の人にも与えると、そういう法律をつくったとします。で、つくったこと自体はこの判例に引っかからないんだけど、あるいは、違憲訴訟が起きるかもしれない

今の国民の感覚から見て、韓国人嫌いと、日本人になりなさいという国粋主義が非常にはびこってきて、韓国の国籍のままでは日本の選挙権、殊に住民としての選挙権は与えられないという世論が高まってくると、違憲訴訟が起きるでしょう。その法律を適用して、韓国人で選挙をした事実について、それは本来の憲法に違反するという訴訟が起きるかもしれませんね。事実、起こそうとしようとしている人もいるわけで。その時に日本の最高裁はどう判断するだろうか。これ(平成7年2月の判決)で判断するんではなくて、最高裁の大法廷で、この判決を見直すとういうことはできる

それは時代が変わってきているから、日本人は国粋主義一辺倒になってきたから、これをやったころと大分違うと。この際、違憲にするといって、日本の最高裁が大法廷を開いて、この2番目の部分は判例の中に入っているけど、おかしいと、憲法にそれ自体が違反するというのは、なさったらよろしい、その時の判断だ。その時の大法廷の判断、判例を変更したらいいのであって、それによって韓国との関係が非常に悪化して、何しようが、日本のその時の最高裁が考えたことだから、非常に政治的な意味も含めて、あえて選挙権に基づいて韓国と戦争する、それはないけど、争うというのなら、それはそれで、少しも構わないです。

これ(平成7年2月判決)は金科玉条で、これが絶対って、これは小法廷判決ですから。金科玉条でいっさい動かせないということは、私たちは考えてないです。それは、その時、その時の国民の風潮とか、政権を担っている人たちの考え方とか、あるいは日韓の国民感情とか、そういうものを全部考えて、やっぱり外国人には選挙権与えるのはよそう、と。それで、勘弁してくださいと日本が言うなら、それはそれでもいいんですよ。私は、そう思ってます。その時その時の最高裁が、日本の国民の風潮というのを十分考えて、最高裁だけ独走しちゃだめなんで、必ず国民とともになきゃいけませんから

この時代(平成7年判決の時期)は割合と、まだまだ強制連行したりした人たちの恨み辛みが非常にきつい時代ではあったから、それを考えて、それをなだめる意味で、これ(判決)書いてます。ですけど、(中略)日本としての独自の生き方をするというのなら、それはそれで憲法に違反することでもなければ、憲法の解釈の問題ですから。憲法の解釈上、日本の最高裁がそういう判決を出すというのなら、それはそれで結構です。問題はない。ただし、そこで、韓国との関係がうまくいかなくなっても、知ったことじゃない、日本人がみんなそう思ってるということになるわけだから。

(中略)民主党政権として、それで仮に自民党と争っても、ちゃんとこの問題、決着つけるというのであれば、それはそれで一つの方法だし、いろいろ先のこともおもんぱかって、柔軟な考え方を示すというのも一つの方法だし、これは政策の問題である。国際的な問題、外交上の問題、私が直接関わる問題じゃないけども、違憲訴訟が起きてきた場合には、それなりに対応をしなければならなくなるということはあります。(中略)

 

 非常に限られた外国人に参政権を付与することができる、という主張か

 

園部氏 そう、それをはっきり朝鮮の人とかなんとか言わなかったのは、最高裁の判決はそんなこと言うわけにいかないから、非常に限られた、非常に歴史的、非常に人間の怨念のこもった部分、そこにもう少し光を当てなさいよと、こう言ってる。ただ、それは、立法政策の問題ですから。

 

 政府・民主党には、特別永住者、一般永住者を含めて、外国人参政権を付与しようという考えがあるが、この判決では、いわゆる在日韓国人、台湾人に限って、しかも、何世代にも渡って住んだ地域に限ってのみ付与するということか

 

園部氏 よくわかってくれた。その通りです。

 

 外国人参政権推進派はこの判決を根拠に、全ての永住者に参政権を付与すると言っているが

 

園部氏 そんなことあり得ないじゃないですか。困ったな。

 

 この前、自民党の小池百合子氏が国会質問(1月22日衆院予算委)で言っていたように、一般永住者まで認めれば中国人や韓国人が大挙して、小さな島に住民登録し、主導権を握るとの指摘もある

 

園部氏 それは、その通り。移住させといて、5年、10年、住まわせといて、選挙権与えるって、そんなこと、全然考えてないですよ。

 

 この判決を論拠にして、そういうことを言っている人がいる

 

園部氏 裁判官は弁解せず、弁明せずだけど、そんなことになったら、何とか、大きな声で、私でも何でもかり出していただいて結構ですよ。ごく限られた歴史的な感覚で、この人たちなら、仕方がないという人に与えるんであって、大阪に長くいて、あっという間に東京に移住したら、その人にも東京の選挙権与えるんですか、ってそんなこと全然考えられもしない。そんなことやったら、日本中、韓国人、中国人でいっぱいになっちゃう。それはダメだと私もはっきり言ってるわけです。ただ、そこは政治的に利用されて、この傍論部分をどーんと表に出すと、傍論って、いわゆる、傍論じゃないですよ。今、たまたま、傍論って言っちゃったけど、巷間、言われている傍論部分だけクローズアップしたり、巷間、言われている傍論部分を全く無視したり、それはダメだと。これはやっぱり、バランスの問題でね。こんなに広げるのもおかしいし、こんなになくしちゃうのもおかしい。これはやっぱり、政治が、韓国と日本、日本と台湾の特別の関係を十分頭に入れて、ここまでぎりぎりのところで、ここまで認めるとおっしゃるならいいんだけど、こを突破口にして、どばーっと入ってきたらそれはもう大変ですよ

 

 昔から住んでいて、何世代も同じ場所に住み続けている人に限ると

 

園部氏 それは法律で、本当に制限的にしておかなければいけません。そして、韓国人にもわかってもらう。そういう韓国と日本の歴史的状況を踏まえて、ここまでは、くれたと、それ以上はちょっと無理だと。(中略)ウイグル人がどかーんと中国人に攻められてやってきたら、大問題になるでしょ。民主党はわーっと中国に行ってね、議員が。昔の朝貢制度と同じですよ、そんなの。何もそんなに中国に頭下げることない。まして、日本の天皇が日韓併合の何周年で韓国に行くのもやめた方がいい。(中略)

 

 この判決は非常に限定的なことを書いているのか

 

園部氏 そうそう。非常に限定的に。といって、全く触れないんじゃ、日本の最高裁は韓国のことまったく考えないのかと言われても困るから、そこはその時の政治的配慮があったと見ていただいて結構です。杓子定規に国民じゃなきゃダメと一言、言えば済むことです。だけど、なんなんだ日本の最高裁はと言われても困るから。ちょっとばかり、突破口があっても、仕方がないと。ただし、この突破口にものすごい勢いで水が入ってきたら、困るんだけど

 

 付与される人は非常に限られると。

 

園部氏 そうそう。むしろそういうふうに、この傍論を将来、この政治的状況から、永住外国人に選挙権を認めなければいけないようなことになったとしても、非常に限られた、歴史的状況のもとで認めなきゃだめですよ。どかーっと開いたら終わりですと。日本はそうでなくても、国力がどんどん弱っている。

 

 推進派からすれば、この部分で大きく開いているというふうにとれる

 

園部氏 それは違いますよ。それは、はっきり誰の前でも言うし、逆に全く認めないということも、それは最高裁としては書けなかったんだと。そんな杓子定規なこと言ってたら、国の動きが取れなくなる可能性があるから、それはそこに、地方自治の本旨というものを、地方自治のレベルで考えるということを言おうとしているんだけど、そこは判決というものは怖いもので、独り歩きじゃなくて、勝手に人が動かすわけだから。

 

 韓国は在外選挙権を在日韓国人に認めている。選挙権の二重取りにならないか

 

園部氏 あちらも認めて、こちらも認めるというやつでしょ。それは、本当言うと、おかしいんだけど。帰化してないもんだから、そこは言いづらい。外国人だから。自分の国の選挙権持ってどうして悪いと開き直られるとね。だけど、そんな両方、あっち行って選挙する、こっち行って選挙するなんてことは、基本的にはやめてほしいですね。

 

 仮に外国人参政権を付与した場合には、どちらかの権利を放棄すべきか

 

園部氏 じゃあ、なんのために韓国の選挙権持たなければいけないのか、日本でずっと移住して、日本にとけ込んで、帰化はしていないけど、ほとんど日本人と同じ生活している人が、わざわざ韓国の大統領選挙に行く必要がどうしてあるんだということになる。これは非常におもしろい政治学の問題で、あっちこっち行って、土着に近くなったら、そんなに韓国の選挙権持ちたいのなら、どうぞ、韓国に帰ってくださいと、こんなこと言ったら、怒られちゃうけど。それはちょっとおかしいじゃないかと、いう気持ちはあります。ただ、韓国人が本当にどういう趣旨で、両方に認めろと言ってるのか、それは私は分かりませんから、奥深いものがあるのかもしれないけど、どうしてそういうことにするのか。韓国の大統領がどうなったってかまわんじゃないですか、大阪に住んでる、生活している人は

 

 二重取りになるのはやはりおかしいと

 

園部氏 そこは冷静沈着にやってもらわないと、今は戦争してないでしょう。そのうち、難しい状態になってきて、徴兵だとか、いろんなことになってきたときに、日本から、選挙権持ってるから、徴兵だって出来ないことはないよと、言い出されたら終わりです。韓国人はみんな徴兵やってるんだから。どうして、韓国はそういう(日本でも付与しろ)ことにこだわるのか。

 

 一般永住者にまで付与すると、小さい自治体の選挙に大きく影響し、名護市や与那国のように安全保障に関わることもあるとの指摘もある

 

園部氏 もっともなことです。私もそう思ってます。国粋主義者じゃないけど、そんなことまでして、門戸を開く必要はない。日本のために、一生懸命やってきて、親子3代ぐらい住んでいて、日本に同化している人で、韓国人は自分の祖先を非常に大事にする国だから、(帰化して)そこは切られてしまうことは嫌がる。そこは韓国の独特のところだから、有る程度認めて行かなきゃいけない。だから、帰化しないんですから。それは分かったけど、政治的な権利から、何から、両方で持とうというのは無茶苦茶な話です

 

 出ている解釈だけを見ると非常に危ないという気がする

 

園部氏 そんな危ないことを最高裁が言うわけがない

 

 参政権付与法案の政府提出は賛成できないと

 

園部氏 そう。政府の立法方針がはっきりしますから、そうしない方がいろんな意味でいいでしょう。そこは国会が全部納得できるような、出すなら議員立法で出してもらわないと。それは国策であり、外交問題であり、国際問題でもありますから、日本だけがあまり意固地なことをやっていてもしょうがない。

 

 園部氏は「自治体法務研究」(平成19年夏号)の「判例による法令の解釈と適用」で、「第二(傍論部分)を重視したりするのは、主観的な批評にすぎず、判例の評価という点では、法の世界から離れた俗論である」と書いているが

 

園部氏 法の世界は専門的で難しいものがあるけれども、俗論というのは、私は別に悪い意味で言っているわけじゃないです。世の中の人がいろいろ言うけど、法の世界から見れば、正論と言うよりは俗論なんだなと、それぞれのその時の気持ちでおっしゃっているわけですから。俗論とは世俗の論だと、法の世界の論は必ずしも正しいとか何とかいうんじゃなくて、ちょっと変わってますと、それじゃなくて、一般の人の耳になじむような俗論であるということです。

 

 傍論はないと言っているが、朝日新聞のインタビュー(平成11年6月24日付)では自ら傍論と言っているが

 

園部氏 これはちょっと言葉が悪かったね

 

 これでみんなが傍論と言ってるのでは

 

園部氏 これだね。僕が傍論と言ってるんだ。これ、傍論なんて言った覚えないんだけど。私が傍論述べたわけじゃないんでね、そこは間違えないでほしい。僕が傍論と言ったかどうか、そこもよく覚えてないんだけど。これで、私が何か傍論を書いたかのように、仮に傍論だとしても、思われていると、この文書はちょっと良くない。

 

 みんなこのインタビュー記事を見て、傍論部分は園部氏が書いたと思っている

 

園部氏 それは、私が傍論つけたというよりは、みんなで、合議で(判決理由を)つくっているわけです。一言も、傍論とも、少数意見とも書いてないんで、これ全部の意見で、共同の責任で書いている。もし、これちょっとまずいよという人がいたら、個別意見でつけますから。しかし、これ(判決理由)をみんながオーケーしているわけですから。今になって、あれは園部の傍論だと言われても困る。確かに自分の植民地経験とかそういうのは述べていますけど。

確かに本筋の意見ではないですよね。つけなくても良かったかもしれません。そういう意味で、中心的なあれ(判決理由)ではないけども、一応ついてると。それを傍論というか言わないかは別として、(1)と(3)があればいいわけだと、(2)なんかなくてもいいんだと、でも、(2)をつけようとしたのには、みんながそれなりの思いがあったんだと思いますね。みんなで。

 

 推進派は、(2)を持って、広く解釈している

 

園部氏 それは、危ないです。(了)

 

 

 民主党の小林千代美衆院議員が北海道教職員組合から違法な選挙費用を受け取っていたとされる事件の続報です。今朝の産経は社会面で「カンパを裏金化? 北教組幹部宅も捜索」という見出しで、次のように書いています。

 

 《北教組が選挙の度などに組合員から1人1千円ずつカンパを集めて裏金化しており、一部がこの選挙費用の原資になっていた疑いのあることが16日、関係者への取材で分かった》

 

 おやおや、選挙資金カンパというと、どうしても思い出してしまう県がありますね。6年前の参院選では、民主党の輿石東参院議員会長支援のため、下のような文書が各小中学校にファクスされた例の件であります。北教組より額が大きいですね。

 

  

 

 …写真にある「東明会」とは、輿石氏の後援会のことです。ここの教職員組合とその政治団体は、産経新聞が指摘するまでほとんどカンパという名の寄付金を政治資金収支報告書に記載しておらず、産経の追及を受けて、慌てていきなり6000万円以上の寄付収入を計上したのは以前のエントリで何度か書いた通りです。

 

 で、そのお金の提供を受けていた輿石氏は昨日、記者団に小林氏の事件へのコメントを求められ、「コメントする必要はない」と偉そうに言っていましたが、お気持ちは察するにあまりあります。そりゃ、何と答えたらいいのか分からないでしょうし。

 

 この問題では昨日、民主党の高嶋良充参院幹事長(自治労出身)が記者会見で、次のように語っています。ふーん、「政治活動される方は鍛えられた皆さん方」ねえ。学校の教師をはじめとする公務員が何に鍛えられているんだか。

 

記者:小林千代美衆院議員の政治とカネの問題。昨日北教組に捜査が入り、先週末には陣営の幹部が有罪判決を受けた。小林議員の進退、議員辞職とか離党についてどういう対応を考えているか

 

高嶋氏:現段階ではまだ、党としては相談、何の相談もしておりません。いずれにしても一審の有罪と、こういうことでございますから、あの種の事件の関係については最終確定も含めて公民権停止等の関係もありますから、その辺のことも含めた状況の推移を見守るというのが今の状況です。

 北教組の問題についてはまだどういう形に、どういう形というか、どういう進展状況になっていくのかというのはまったく私どもとしては今のところ関知をしてない状況でございますので、それも推移を見守りたいと思っております。

 

記者:今回の問題を受けて、民主党と支持母体の日教組の問題を自民党、野党は追及する構えを見せている。今後参議院に審議が入った場合、日教組出身の輿石参院議員会長もいて、そういった点についてクローズアップされることになると思うが、日教組と民主党との関係について改めて何かありますでしょうか。

 

高嶋氏:いや、あの、基本的に党を支持していただいている団体の一つでございますし、日教組以外にもたくさんそういう支持団体があるわけですから、そことの問題だという認識は持っておりますけども、その問題で党と支持団体とか連合とか日教組とかっていう部分で、野党側が攻撃をしてくることに対してそこの出身の議員の今のあのあれ、責任云々という問題にはまったく関係ないというふうに思っております。

 

記者:話に出た輿石会長も、以前輿石会長を支援するために集めた資金を山教組の当時の財政部長が政治資金収支報告書に記載しなかったということで略式命令を受けたことがあった。日教組と民主党議員の関係が再びクローズアップされることで参院選への影響はどう考えるか

 

高嶋氏:あのー、その事件によって、影響を、事件の風評によって影響を被るというのは私どもはそんなに思っておりません。ただ、ああいう事件を通じて日教組の皆さん方の政治活動に対し、政治活動は当然できるわけですから、政治活動に対するあれ、対応が、消極的になるという懸念は若干あるのかなというふうに思いますが、基本的に、皆さん鍛えられた選挙活動、あの、政治活動される方は鍛えられた皆さん方ですから、そういう部分で特別の影響を受けるというふうには思っておりません。》

 

 …政治活動が消極的になることに対し、高嶋氏はなんと「懸念」を示しています。教師や公務員にひるまずにどんどん政治活動してほしいと言いたいかのようです。やれやれ。この人たちの言動を追うだけで疲れてしまいます。ふぅ。

 

 きょう午前、国会前ではこんなビラが配られていました。小沢一郎幹事長、千葉景子法相に続いて3人目はやはりこの人でした。なんともはや…。

 

 

   

 

 

 「偉大な人間を失ったと嘆く者は多いが、偉大な人間を見殺しにしたと悲しむ者がおよそいないのは彼が今なお孤独であることを物語っている」

 

 以前も一度紹介した元毎日新聞記者、河内孝氏は著書『血の政治 青嵐会という物語』の最後に、精神病理学者、大原健士郎氏が三島由紀夫について評したこの言葉を引用しています。

 

 そして、こう書いています。

 

 《三島と中川の死を混同するつもりはないし、中川が「偉大であったかどうか」が問題なのでもない。あまたの謀略説や秘書とのあつれき、スキャンダルにまみれたまま放置されていること。それが形を変えた「見殺し」に思われてならなかった》

 

 ここで言及されている「中川」とは、昨年亡くなった中川昭一元財務相の父で、自死したとされる中川一郎元農水相のことです。河内氏は、中川一郎氏についてこうも書いています。

 

 《豪放に見えて、その実、繊細な中川だった》

 

 昨年来、政治家の事実上の世襲批判が高まり、二世議員の脆弱さがうんぬんされました。私はそれを見ながら、当たっている部分もあるだろうし、物事を類型化しすぎている点、決めつけすぎていることもあるだろうと思っていました。

 

 河内氏のこの一文を読んだとき、「やっぱりそうだよな」と思ったのでした。何が「そうだよな」なのか明確には言えませんが、北海道の寒村で育ち、たたき上げで政治家として独り立ちしようが、その地盤の上に二世として育とうが、美質も弱点も似るものは似るのだろうと。

 

 三週間ほど前だったか、中川昭一氏のご遺族から、「口惜しいこと、やり切れない思い、複雑な気持ちの交錯する毎日です」と書かれた葉書が届きました。生前の元気な姿が印刷されていました。

 

 私も、中川昭一氏が偉大だったかどうかはともかくとして、「見殺しにした」多くの人間のうちの一人であるのではないかと感じています。そして、現在の政治、政権のありようを考えるたびに自分に何ができるか、「やり切れない思い」に囚われるのでした。

 

 

 

 

 

 今朝の新聞各社は、民主党の小林千代美衆院議員側が昨年の衆院選で、北海道教職員組合側から約1600万円の資金提供を受け、選挙費用に充てていたとされる疑惑で、札幌地検特別刑事部が、政治資金規正法違反容疑で、北教組本部を家宅捜索したことを報じています。たった今も(午後12時18分)NHKニュースで放映しています。

 

 ここの訪問者の皆さんはよくご存じの通り、私は「政治とカネ」の問題より、子供を人質にしている分、悪質で根が深い「政治とカネと教育」の問題に強い関心を持っているので、この事件の成り行きも非常に興味深く見守っています。本日の衆院予算委員会でも「山梨県でも似たような事件があった」と取り上げられていました。輿石東参院議員会長も内心、穏やかならぬものがあることでしょうねえ。

 

 この問題について、川端達夫文科相はきょうの記者会見で「捜査中のことなので個別の案件について私の立場でコメントはありません。中身が分からないので、北海道教組という団体は北海道教委に登録しており、文科省が直接関わる団体ではないので特段言えと言われても困ると語りました。

 

 一方、自民党の大島理森幹事長は「子供を教える教職員組合が裏金を出す。日本の教育現場がおかしくなっている証でないか。民主党の政治構造を表しているといっていい」として、議員を現地に派遣して実態調査に乗り出す考えを示しました。いずれにしろ、この問題は今国会で新たな焦点として浮上しそうです。

 

 そこで私も、過去に北教組に関連してアップしたエントリを拾ってみたところ、以下の通り、けっこうありました。山梨県教職員組合の関連エントリの3分の1ぐらいかもしれませんが…。まあ、北教組がどんな団体なのか考える上で、何かの参考になれば幸いです。時間のある方はどうぞご覧になってください。

 

・2006年10月3日「民主党と日教組と教育基本法」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/49979/

・2006年11月7日「民団は総連との『和解』を反省・北教組って…」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/69600/

・2006年11月13日「例示・北海道で行われた過激な性教育」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/72336/

・2006年11月21日「北教組グッズって何?・日教組委員長のレジュメ」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/76197/

・2006年11月24日「産経記者が見た日教組教育研究集会」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/77562/

・2007年1月24日「読売GJ!許し難い北海道教組のいじめ黙殺」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/106417/

・2007年2月15日「日教組とゆとり教育をかばう毎日社説と北教組」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/117840/

・2007年4月2日「札幌市教組の民主党選挙応援の『指令書』」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/144533/

・2007年4月3日「自民党がつくった日教組批判のパンフレット」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/145141/

・2007年6月20日「おまけ・国会前で大旗を掲げる左翼過激派の写真」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/201538/

・2008年6月11日「図に乗っている輿石氏に覚えていてほしい文科省通知」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/605735/

・2009年4月1日「『4月馬鹿』のような北海道教職員組合の会報・竹島編」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/975792/

・2009年6月18日「自民党日教組問題究明議連と腰の引けた文科省」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1090949/

     2009年11月11日「鳩山首相が北教組について『考え方同じではない』発言」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1315960/

・2010年1月6日「横路衆院議長の父親は日教組副委員長だったのか…」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1400758/

 

この事件を受けて、民主党の北海道選出議員の中には、自分も北教組から資金提供を受けていないか慌てて確かめた人もいると聞きます。…しっかし、小沢不動産問題にしても日教組と政治とのただれた関係にしても、なかなか問題はスピーディーには解決しませんね。世の中、何でもそうなのでしょうが、気を長くして「執念深く」取り組むしかないようです。

 

 

 本日は、菅直人副総理兼財務相の「居眠り」にまつわる話を紹介します。すぐ切れるので「イラ菅」と仇名され、他人に厳しいことで有名な人ですが、自分にはとても甘いという一面を持つようですね。まずはきょうの衆院予算委員会での自民党の与謝野馨氏の質問からです。

 

与謝野氏 「それから政治姿勢についてですけれども、たとえば、経済界の人達は怒ってるんですよ。成長戦略をつくるから、官邸に来いといわれて、意見をいうために行った。そしたら、肝心の菅大臣が、会議中、全部居眠りしちゃって、オレら、何のためにいったんだ。こんないい加減な作り方をしちゃ、誰も信じないんですよ。やっぱり、経済人を呼ぶんだったら、しっかり意見をきくというのがないと。何のための国家戦略か。副総理かということになるんですよ。居眠りばかりして、目が覚めたら携帯電話ばかり使ってると。そういうお行儀が悪い例はいっぱいあるんですよ」

 

この件に関しては昨年12月、政府の成長戦略策定会議に呼ばれた楽天の三木谷浩史社長がツィッターで、菅氏について「やっぱ行かなきゃ良かったよ。時間の無駄でした」「メインの人が居眠りする始末」「ひさびさにムカつきました」とこぼしていました。で、原口一博総務相が菅氏の代わりにやはりツイッターで「三木谷さん ごめんなさいね!」「僕も会議のメンバーですが、何となく…でした」と謝っていました。

 

 菅氏は1月27日に政府が開いた「新しい公共」円卓会議の場でも、招かれた有識者たちを前に居眠りしていました。取材した記者によると「会議はモニター中継されていたのですが、その際に菅氏が居眠りしている姿が少なくとも2度映し出され、記者から笑いが漏れていたました」とのことです。いやはや強者です。

 

 そしてここからが本題なわけですが、きょう閣議決定された政府答弁書を見ていて、実に興味深い記述を見つけました。これは自民党の木村太郎副幹事長の質問主意書に答えたものなのですが、昨年11月12日に挙行された政府主催の「天皇陛下ご在位20年記念式典」に関するその質問が秀逸でした。そこにはこうありました。

 

 《式典が進むにつれ、開会の言葉を述べた実行委員会副委員長である菅副総理は、天皇陛下のご臨席で、首を何度も何度もこっくりこっくりとし、居眠りしていた。これは、式典に臨む副総理の姿勢としていかがなものかと考えるが、鳩山内閣の見解を問う》

 

 《同じく壇上で、陛下の後方に座っていた松野(頼久)官房副長官は、両足を大きく広げ座っており、頭・背中を後ろに仰け反り、数回、これまた居眠りをして隣の席の松井(孝治)副長官から注意を受けていた。これも、式典に臨む姿勢としていかがなものかと考えるが、鳩山内閣の見解を問う》

 

 私はこの式典には行けませんでしたが、後に複数の民主党議員から「松野は寝ていた。あれはホント、まずかったよな。よく右翼も怒って街宣活動をしないものだ。それだけ右翼も弱くなったんだろうな」という話を聞いていたので、「ああ」と思い至りました。ただ、菅氏もそうだったとは知りませんでしたが。この指摘に対し、答弁書はこう答えています。

 

 《政府の参列者は、式典挙行の趣旨を踏まえ、天皇陛下のご在位20年を慶祝する気持ちで式典に臨んだものである》

 

 《鳩山内閣としては、日本国憲法の定める象徴天皇の制度の下、天皇陛下をはじめとする皇室の方々に、尊崇の念を持って対応している》

 

 …ちょっと白々しいと感じませんか、これ。私は素直に「不遜な人たちだなあ」と受け止めました。今後は国会中継を見る際、菅氏がちゃんと起きているかどうかにも、きちんと目を配ろうと思います。

 

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