2010年08月

 

 菅直人首相は、ある外交官に言わせると、「外交・安全保障問題に関心も自信もない」とのことです。それで、その手の案件は基本的に仙谷由人官房長官に丸投げしており、仙谷氏が仕切っているというのが実情のようです。確かに、日韓間、そして周辺諸国との間の新たな波乱材料となりそうな菅首相談話にしても、首相自身のリーダーシップや思い入れで進めたというよりも、仙谷氏や鳩山由紀夫前首相の主導で進められたのが明白ですね。

 

そこで本日は、少し長くなりますが、菅首相の安保認識の一端を示すであろう事例を紹介したいと思います。新聞各紙はすでに取り上げていますが、ここでは、あるがままを判断してもらうため言葉の省略なしに、そのままお伝えします。

 

ちょっと以前のことですが、今月2日の衆院予算委員会で、菅首相と自民党の石破茂政調会長との間で、次のような質疑がありました。

 

石破氏 どうやって国益を確保するか。軍事による国益の確保。これが有効に機能するためには、一つは最高指揮官たる総理大臣が安全保障について正確な知識を持つこと。もう一つは専門家である制服の意見を虚心坦懐に聞くことです。これが無ければ有効な文民統制は機能しえない。

普天間問題を尋ねるが、何でこんなんに迷走したのか。鳩山前総理が、統合幕僚長、航空幕僚長それぞれすぐれた見識を持った自衛官から何度、直接話を聞いたのか。現在の状況について。なぜ沖縄に海兵隊が必要かについて何度、意見を聴取したか。総理の日誌を見る限り無かった。菅さんが就任以来相当な日がたっている。防衛大臣を通じてではなくて、自衛隊の最高指揮官として今まで何回制服組から意見を聞いたか

菅首相 普天間の問題については、政権のこういう総理という立場になったときに、最も今取り組まなければならない最重要課題の最上位に近い一つという認識を持ちました。そこでまずはそれまでの経緯を直接にも聞こうということで、もちろん防衛大臣、外務大臣はもとよりですが、その元のいわゆる防衛省、外務省のスタッフから何度か話を聞き、また官房の方からもいろいろな形でみなさんとの状況把握につとめました。また、沖縄の関係者についてもまだまだごく限られた中ではありますが話を聞きました。

自衛隊幹部との会話はいろいろな防衛大綱の問題とかそういう会議の席では同席はしているが、まだ個別の沖縄のことについて、話を聞くという機会はまだ設けておりません。順番にそういう話をする中で、今の石破議員の話もありますので、機会をみつけて話を聞きたいと思っています。

 

石破氏 一度も聞いていないのはよく分かりました。総理、自衛隊の最高指揮官として直接意見を聞く機会はもっと設けるべきです。きちんとそれを聞いていれば普天間問題はこんなに迷走したはずがありません。彼ら命をかけて平和と安全を守っている。日米同盟は日米だけのものではありません。極東の平和と安定、それを目的とされている。命をかけて日米同盟を遂行している米軍の能力がどうであり、あるいは他の能力がどうであり、そのことを命をかけて一番知っているのは自衛官じゃないですか。この国において(首相と制服自衛官との会話が)行われないのは極めておかしい。直接聞く機会を設けるのは是非お願いしたい。もう一度。

 

菅氏 そういう機会はできるだけ早い段階で設けたいと思います。》

 

 参院選敗北後はひたすら低姿勢となり、予算委でも怖い先生(石破氏)から指導を受けているように神妙な面持ちだった菅首相はそれから17日後、実際に統合・陸海空4幕僚長と首相官邸で初めて意見交換の場を持ちました。こんなの、わざわざメディアのカメラを入れて仰々しくやる性質のものではなく、日常的にさりげなくやればいいのにとも感じましたが、まあ、とにかくやらないよりはマシです。

 

 ただ、このときの菅首相の言葉にはだれもが絶句していました。まずは、意見交換会の冒頭あいさつ前に、菅首相と北沢俊美防衛相が交わした脳天気でピント外れな会話を聞いて、周囲に動揺が走りました。この国は大丈夫だろうかと…。

 

菅首相 大臣だけが背広組で、寂しそうですね。

 

北沢氏 夏休みとらせてもらって、今日復帰したんです。

 

菅首相 そういう意味ではなくて、制服を着ている…

 

北沢氏 お互い元帥だけど、制服作ってくれない。

 

菅首相 昨日、事前にですね。予習をしましたらね。あの、大臣は自衛官じゃないんだそうです。制服はしなくても上なんですよね。

 

北沢氏 この皆さん(各幕長等)も退任するときは(制服を)返していく。それで後の人が着るかと思えば、そうじゃない廃棄するから。人生の一番の記念品だからなあ。あげりゃあいいと思うんだけど。

 

菅首相 大臣いいんですか?(挨拶をする順)まず大臣が。

 

北沢氏 いえいえ総理からじゃないですか?》

 

 背筋が寒くなるような菅首相による「怪談」話はまだ続きました。あいさつに立った菅氏は、今度はこんなことを述べました。マキャベリは、君主が最優先で考えなければいけない問題は「軍事」だという趣旨のことを書いていますが…。

 

菅首相 本日は自衛隊、特にいわゆる制服組の幹部の皆さんにこうして、来ていただいてありがとうございます。まず日頃からアデン湾の海賊対策とかハイチの緊急援助とか、さらには宮崎県の口蹄疫などにおいてもそれぞれの陸海空それぞれが大変頑張っていただいていることを私からも感謝を申し上げます。

まあ日頃から、大臣や比較的制服ではない背広組の皆さんとの会話は多少あるんですが、制服組の皆さんとは、観艦式とか、いろいろなセレモニーではご一緒するんですが、なかなかあの、お話をお聞きする、あるは意見交換をするという機会が少ないということもありまして、私もそういう指摘も国会の中で聞かれたもんですから、是非直接のご意見を聞かせてもらいたいと言うことで今日はお集まりいただきました。

いずれにしても、我が国の国民の平和のために働いてくれる自衛隊の役目は、ますます大きな役目を果たしていかなければいけないと言うことで、私も改めて法律を調べてみましたら、総理大臣は内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有するというふうにされております。そういう自覚を持って、皆さん方のご意見もしっかりと拝聴しながら今後のそういう仕組みを果たす役目を担っていきたいと考えておりますので、今日は忌憚のない話しを聞かせていただきたいと、そのことをお願いしてあいさつとします。よろしくお願いします。》

 

ここから実際に、菅首相と4幕僚長との間でどんな意見交換がなされたかは分かりません。1時間ちょっとの意見交換会後、折木統合幕僚長分は記者団に次のように語りました。

 《記者 総理の方からはどのような。

 

折木氏 こういう機会をいただいて、我々としても、大変意義のある時間を過ごすことができました。自衛隊に対する色んな意見を交換することができましたし、またご指導をいただきました。内容については、色んな個別的なことになりますので控えさせていただきたいと思いってますけども、非常に充実した時間だったというふうに思っています。

 

記者 総理が一番関心を持って聞かれたことは。

 

折木氏 そこのところも、全般色々ございまして、コメントを差し控えさせていただきたいと思っております。

 

記者 統幕長の方から概算要求のこととかは。

 

折木氏 特定のこととかではなくてですね、時間も1時間という時間だったんですけども、色んなお話しをさせていただきましたので、そういう概算要求とか特定の話だけではなくて、色々とお話をさせていただいたということでご理解願いたいと思います。

 

記者 繰り返しになりますが、今回民主党政権になってはじめて、こういう場を持たれたことの意義については。

 

折木氏 民主党政権下というよりも、我々の最高指揮官でございますので、そういう意味で時間をいただいて、意見交換できたというのは非常に意義のあることだという風に思ってます。大変、ありがたいことだと思ってます。

 

記者 総理が冒頭、大臣は自衛官じゃないと昨日初めて知ったとか、率直な発言があったが、総理の自衛隊あるいは文民統制のご認識というものは、今日意見交換されて…。

 

折木氏 いや、あれは、本当に冗談の話だと思いますので。非常にそういう指揮官としての立場というのは十分ご自覚されているうえでのお話しだと私は認識しております。

 

記者 総理からまたこういう機会を求めたいというような話は。

 

折木氏 また、必要に応じて、こういう機会を設けていただければというふうに、私の方は思っておりますが。

 

記者 パキスタンへの派遣の話は懇談ででましたでしょうか。

 

折木氏 ええ、一部ございました。それは大臣の方からお話があると思います。大臣の方でされていると思います。》

 

 さて、折木統幕帳は「冗談だと思う」とフォローしていましたが、どうなんでしょうね。ジョークにしては、あまりに切れがないというか、誰もウケないどころか相手を青ざめさせるだけで無意味というか。これについて、意見交換会の発端となった石破氏は20日のブログで、こう書いていました。

 

《菅総理が四幕僚長と初めての会合を持ち、新聞によれば「石破の提言を受け入れ、野党に一定の配慮を見せた」ことになっています。

こんな会合は実にあたりまえのことで、野党に一定の配慮とかそういう性質の問題ではありません。定期的に開くべきですし、総理は常に制服組の意見を真摯に聞くマインドを持つべきです。

そもそも防衛局長、事務次官、大臣の了承がなければ制服トップが総理に会うこともできないこと自体がおかしい。それでは伝達が遅くなるし、生の情報が伝わりません。「軍の暴走」が不安なのであれば彼らも同席し、見解が異なるのであればそれを述べればいいだけの話です。

それにしても、総理が「昨日勉強してみて、防衛大臣は自衛官ではないこと、内閣総理大臣は自衛隊の最高指揮官であることが法で定められていることを知った」と発言したというのは、会合後折木統合幕僚長がコメントしていたように「単なる冗談」であったと信じたいものです。もしそうでないとしたら!!!・・・絶句するしかありません。

それでもきちんと会っただけ、鳩山前総理よりは遥かにマシで、誠実だと評価します。》

 

 確かに私も、菅首相就任時、「現実主義者」を自認しているぐらいだから、現実と変に遊離した「ルーピー」と呼ばれた人物よりはマシだろうと予想していたのですが、最近は同僚たちからも「どっちもどっちなのでは」という声をよく聞きます。4幕僚長と会ったのだって、参院選に勝っていたら、石破氏の言葉なんて歯牙にもかけなかっただろうし。

 

 かといって、「起訴される可能性がある方が代表、首相になることに違和感を感じている」(岡田克也外相)というのもまさしくその通りだしねえ。有権者の投じた1票の重みが、どっしりとのしかかってきています。

 

 小沢一郎氏が首相になったら日本はどうなるか。周囲にも「怖いもの見たさ」で一度やらせてみたいという人や、その方がいっそすっきりするという人はけっこういますが、私はやはり強い抵抗感を覚えます。それこそ冗談じゃない、と。それに、そうなると私は迷惑防止条例違反か何かで逮捕でもされるんじゃないかと、そんな心配も…。

 

 

 今朝、少し時間があったので自宅で古い取材ノート(取材メモの類は、万一裁判になった際の証拠となるので、私は原則捨てません)をひっくり返していたところ、平成8年にインドネシアで慰安婦問題を取材した際の資料が出てきました。

 

 これは、産経紙面やこのブログでも何度か取り上げたことがある仙谷由人官房長官の「友人」にして、戦後補償の仕掛け人とも呼ばれるいわゆる人権派弁護士、高木健一弁護士にあてられた書簡で、差出人はインドネシアの元兵補中央協議会のタスリップ・ラハルジョ会長です。

 

 兵補とは、かつて日本軍政時代に補助兵として採用されたインドネシアの人たちで、もともと日本政府に未払い賃金の支払いを求めていました。それが、平成7年ごろから直接関係のない元慰安婦の賠償要求のため、元慰安婦の登録作業を始めたのです。

 

 この問題に関しては、以前のエントリと内容が重なる部分がありますが、せっかくなので、本日は重複を避けずに記すこととします。なぜ、兵補協議会が慰安婦の登録作業を開始したのか。平成8年11月、ジャカルタ郊外の事務所で取材に応じたラハルジョ会長はこう語りました。

 

 「東京の高木弁護士から『インドネシアで慰安婦登録するために、兵補協議会に権限を委譲する』と指示を受けて始めた。『早く登録を完成してくれ』と催促も受けた。(兵補協議会が実施した登録者対象のアンケートは)高木弁護士の文案で作成された」

 

 余談ですが、この事務所の近くの林(?)内で見たおそらくアラブ系の十代と思える少女の伸びやかな様子と笑顔がとても印象に残っています。インドネシアはイスラムの戒律が割とゆるいためか、まだ本当に幼いせいか宗教が違うのかチャドル姿ではなく、どこか日本のセーラー服に似た装いでした(別にセーラー服好きではありません、念のため)。

 

 高木氏に関しては、やはり最近、紙面やブログでサハリンでの残留韓国人支援問題での暗躍を取り上げてきましたから、それも参照にしていただければ幸いです。ともあれ、平成8年にインドネシアで取材した元日本兵で先の大戦終結後はインドネシアに残り、独立戦争に加わった石井サトリア氏はこんな経緯をこう指摘しました。

 

 「慰安婦問題が浮上したのは三年前、日本から三人の弁護士が来て地元紙に広告を出し、慰安婦補償のために日本から来たので面接したい。名乗り出てくださいと告知したからだ」

 

 また、ラハルジョ会長は高木氏らの提案に乗ってはみたものの、思うように効果が出てこないので最近は高木氏に不満を漏らしているという趣旨のことも述べていました。で、下の写真が私の取材の約1カ月後の平成8年11月20日付で、ラハルジョ会長が高木氏に送った書簡です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インドネシア語で書かれているため、私には読めませんが、情報を提供してくれた関係者によると、「慰安婦問題が日イ間で不穏な状態になっても兵補協議会は責任を取らない。問題を提起したのはあなた方からだ」という意味合いのことも述べられていると聞きました。読める方は判読してみてください。

 

 ちなみに、兵補協議会は2万人以上の元慰安婦を名乗る登録者を集めましたが、当時83歳でその時代のことをよく知るインドネシアの元国会議員で老舗英字紙「インドネシア・タイムズ」のジャマル・アリ会長はこう一蹴しました。

 

 「2万人?ばかばかしい。1人の兵隊に1人の慰安婦がいたというのか。我々の独立のために犠牲になった人(元日本兵)もたくさんいたんだ。独立戦争の際に武器を求めたら、日本は武器も渡してくれた。いま金をくれという必要はない。そんなこと、(インドネシアを400年植民地支配した)オランダにだって言わない。プライドの問題がある」

 

 もちろん、このアリ氏のような見方・考え方がすべてではありませんし、ラハルジョ氏のような立場も、また全然異なった意見だってあるでしょう。でも、どこかの国や民族を、一方的に日本の被害者であり、支援しなければならない可哀想な人たちだと決めつけるのは、実は相手を貶め、バカにしているにすぎないと愚考します。

 

 また、歴史問題に限らず、個人間でも国家間でも、物事には「完全な解決」などありえないとも考えています。ある事象をどう受け止め、解釈するかはそれぞれの自由であり、また知識・見識の多寡によっても変わるものだから、完全な歩み寄りは一方の従属をしか意味しないだろうと。

 

 であれば、いちいちすべてを解決しようと焦るよりも、持病と向き合うときのように、一定の困難や障害は抱えつつも、それを覚悟し、うまく付き合っていけばいいだけではないかと思うのです。もちろん、こうした私の視点に同調しろという気もありません。

 

 私は、一つひとつのことをいちいち定義付けたり、白黒つけたりすることにあまり意味を見いだせません。いろいろな「あいまい」なものを抱え、混沌の中で見つめつつ、それがいつか頭の中で発酵なり昇華なりして一つの考えにまとまればいいとは思います。第一、その場その場で即断できるような頭の回転速度は持っていませんし。

 

 ただし、ここは私のブログなので、こうして見聞したことや入手した資料を示しつつ、感想程度のことを付け加えるのは、どうかお許しいただきたいと思います。それもダメであるならば、こんなことやっていられないという気がいま率直にしています。

 

 本日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」ということで、朝から靖国神社に行ってきました。もう十何年も毎年この日には九段の坂を上り、大鳥居をくぐっているのですが、その年々でいつも雰囲気が違うのを感じます。

 

 小泉元首相の「6度目の正直」の15日参拝による熱狂、その後の首相不参拝によるどこか寂しい空気、いわゆるA級戦犯分祀問題や国立追悼施設建設問題などときの話題に対する反応…などが、参拝客の様子や神社界隈などで配られるビラの類にそのまま反映されるからです。

 

 で、今年はというと、やはり「菅談話」を出し、閣僚が一人も参拝しない民主党政権への批判や憤りが噴出していました。神社の境内の地面には、誰が貼り付けたのか、こんなものまでありました。

 

   

 

 まあ、韓国をはじめ周辺諸国に「配慮」するばかりで、実際の事実関係には頓着せず、国民の気持ちや感情などはほとんど考慮しないように見える菅内閣ですから、こんなものも出てくるんだろうなと変に納得させられもしたのです。菅内閣への怒りや不満もたまっているだろうと…。

 

 ところが、参拝と取材を終え、職場に戻って本日公表のフジテレビ新報道2001の世論調査結果を見て驚きました。内閣支持率は45.4%と前回(先週)調査より4.4ポイント上がっており、参院選直後の35.0%からは10ポイント以上の上昇ぶりだというのです。

 

 もともと私は「ズレた」人間なので仕方がありませんが、国民がいま菅内閣の何を評価しているのか分かりません。まあ、私は国民意識をくみ取らなくてはならない政治家ではなく、ただのサラリーマン記者なので、国民の多数派がどう思おうと、自分が大事だと感じることを書いていくだけですが…。

 

 にしても、菅内閣って、何か国民のためになるようなことをやりましたっけ?1週間休暇をとって休みぼけしたせいか、何も思い当たることがないのですが。誰か教えてください。

 

   

 

 鶴岡市内のとある小学校には、懐かしいこんな像がまだありました。最近、とんと見かけなかったように思います。ここは、若き日の藤沢周平氏が教鞭をとっていたところであり、

 

   

 

 こんな記念碑もありました(藤沢周平記念館には、教え子たちと一緒に撮った写真も展示されていました)。関係はないのですが、やはり若き日の坂口安吾氏も先生をしていたことをなぜか連想しました。

 

   

 

 で、近くの旅館に泊まり、日本の正しい朝食を食べておおいに満足(みそ汁の具はだだちゃ豆でした。写真手前の黄色い物体は、溶いた生卵です)し、

 

   

 

 少し雨にたたられながら、もともと平将門が建立したという国宝も見に行き、昔の人は現代人よりはるかに人生の不条理に悩んでいたのだろうと思いを致し、

 

   

 

 某市で名物とされている鶏の「もつラーメン」を堪能(まあこんなものかな…)し、山形での休暇を満喫しました。緑深く、山々の稜線が美しく、空の青い山形はとてもよいところでした。

 

 いつになるかは分かりませんし、あてもありませんが、今度は富山か福井のあたりでも旅をしてみたいなあ。

 

 このような場所で

 

   

 

 愚かな日常を忘れ、俗塵を払おうと試み、

 

   

 

 古人をしのび、

 

   

 

 千段もの急峻な階段を上って

 

   

 

 やっとの思いでゴールの奥之院に着いた途端、携帯が鳴りました。某政治家からの電話で、例の愚かで浅はかな「菅談話」への批判と、日韓の歴史的文化財意識のすれ違いへの懸念、民間団体の動きも含む今後の展開などに関し、いくつか言葉を交わしたのですが…。

 

 緊急連絡に備えるため、携帯をオフにはできませんが、こんなところ(失礼)まで、何不自由なく電波が届くのかと、少し驚いた次第でした。さて今日はどうだろうか…。

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