2010年08月

 

 本日から夏休みをとり、家族と山形県方面へと出かけます。入社21年目にして、新婚旅行(山口・島根)と帰省を除いてほとんど初めてといえる純粋な「旅行」であります(大学時代にはそんな余裕がなく卒業旅行もしなかったことだし)。数カ月前から、この日を指折り数えて待っていました。若いころはこんなわがまま言えませんでしたが、今はキャップなのだからそれでいいのです。

 

 官邸担当としての業務は、優秀な後輩たちに「丸投げ」します。よほどのことがない限り、旅行先で仕事もするつもりはありません(帰省中などに突然、仕事が降ってくることはこれまだ多々ありましたが)。所詮、一人ひとりの記者など組織の歯車にすぎず、代わりはいくらでもいるものです。なので、政治のことなど何も考えず、ひたすら山形の自然と、藤沢周平の作品世界とを重ね合わせて楽しもうと思います。

 

 予定では、仕事は15日から再開します。それまでブログを更新することがあっても、きれいな風景やおいしい食事の自慢しかするつもりがありません。あしからず、ご了承ください。それでは、旅の準備がありますのでここらで失礼します…。

 

    

 

 …8日夜、山形ではありませんが、東北某県の某市で七夕祭りの風情を楽しみました。空の青さが東京とは違うと感じました。

 

1日付の産経紙面のコラム「日曜日に書く」で「仙谷長官の危うい思想背景」(http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100801/plc1008010319003-n1.htmという記事を書き、仙谷由人官房長官が「友人」と呼ぶ人権派弁護士、高木健一氏の慰安婦問題での「仕掛け」やロシアのサハリン残留韓国人帰還事業における「暗躍」を指摘したところ、思いがけず、長年サハリンにかかわってきた元サハリン再会支援会代表の新井佐和子氏(80)から「よくぞお書き下さったと快哉を叫んでおります」という手紙をいただきました。

 

 樺太帰還韓国人会の朴魯学会長の夫人、堀江和子氏とともにサハリン再会支援会をつくり、現実にサハリン韓国人の招請活動を行ってきた新井氏からのお言葉に恐縮しました。この手紙にはまた、新井氏がこれまで雑誌などで発表してきた手記のコピーも添えられていて、サハリン問題を考える上でとても参考になりました。特に興味深かったのは、新井氏が、私が以前のエントリでも紹介した仙谷氏が高く評価する高木弁護士と五十嵐広三元官房長官について、とても厳しい評価を下していることです。

 

 仙谷氏は、昨日の参院予算委員会でも、サハリン残留韓国人帰還事業を取り上げ、「成功例」のように話していました。そこで、16年前の雑誌「正論」(1994年12月号)に新井氏が寄せた記事「『サハリン残留補償』をデッチ上げたのは誰だ」から何点か引用し、参考に資したいと思います。

 

 《最近の帰還状況をみると、殆どが韓国に縁故のない人ばかりです。親戚の範囲の広い韓国で無縁故者というのは、戦時中、韓国からサハリンに移住していった人ではなく、たとえば、戦後北朝鮮から延べ五万人ほど労働力として派遣されてきた人のうち、何割かの帰国せずに定住した人や、戦前からソ連本土に居住していて戦後サハリンに移住してきた朝鮮系ロシア人が圧倒的に多いとしか考えようがありません。こういう人たちに、何故、日本が責任を負わなければならないのでしょう》

 

 《原文兵衛会長、五十嵐広三事務局長の下に「サハリン残留韓国、朝鮮人問題議員懇談会」(以下議員懇)が設立されたのは1987年ではないですか。もうその頃は既に朴魯学氏主導の家族再会事業が軌道に乗り、外務省からも、滞在費の補助を88年度には予算化するという予告も受けており、殆どの問題は解決していたのでした。(中略)

ふりかえってみますと、あの頃は、社会党が、どういう風の吹きまわしか、にわかにこの問題に取り組み始めたときです。

かつて(1974年5月)朴会長は各政党に対し公開質問状を出したことがありますが、社会党は、それに対し、「サハリンに居る朝鮮人はみな朝鮮民主主義人民共和国の国民と認められるから韓国に還すことに協力出来ない」旨の回答をしてきたのです。(中略)

当時私は、「議員懇」の設立に深く関わり、朴魯学氏の死後、「議員懇」傘下の再会事業組織を作った高木健一弁護士から「土井たか子に会ってくれないか」と頼まれました。私は「既に問題は解決しているのだから、その必要はない」と断ったことがありました》

 

 《(五十嵐議員が朴会長の死去の前日、病床の朴氏のもとを突如カメラマンを連れて訪問し、「感謝状」を渡した上、遺族に無許可で病床の朴氏の写真を本に掲載したことについて)五十嵐氏は、サハリン問題で何処へ行くにも、必ず地元の新聞、テレビを引き連れて行かれるようです。票にならないわけがありません。まあ、それは政治家ですから大いに利用するのもよろしいですが、「議員懇」設立の際、議員の中には、ずっと以前からこの問題に尽力して来られた民社党の田渕哲也議員や公明党の草川昭三議員を差し措いて、それまでこの運動に反対してきた党の議員が事務局長に納まって見当違いの活動を派手に宣伝し、あまつさえ朴会長とそのご遺族の人権をふみにじっています。これはどうみても、党利党略、私利私欲のため、サハリン問題を食い物にしてきたとしか、私には考えられないのですがいかがでしょうか》

 

 《この補助金が支給されるようになった88年度から、社会党を背景として、高木健一弁護士が招請事業を始めました。大量の印刷物をサハリンに配り、「当方は宿舎も高級マンション(都内一等地にある社会党系不動産会社所有のマンションで「土井たか子後援会事務所」の表札のある豪華な部屋と、その他数室を仕様していた)で、お米も沢山用意しています…」というような客引きまがいの宣伝を行い、亡夫朴魯学さんの跡を継いだ堀江和子さんの招請事業に妨害を与えたという事実を、あなたはご存じのはずです。》

 

 《このように、サハリンとのパイプのない人が、強引に数だけの実績を伸ばそうとするには、他人の招請を奪ったり、同じ人を何回でも招請するようになっていったのです。その結果、希望者は大勢いるにもかかわらず、〝実力者〟だけが何回も日本の国民の税金を使って大名旅行をし、ラジカセ、テレビ、ビデオ、中古車等を買って帰り、法外の利益を得ているというのが実情でした。(中略)

ソ連の一方的都合で置き去りにされ、ソ連社会のために働いてきた人に「苦しかったでしょう」などと日本が償い金などを差し出すことは、もの笑いのたねになるばかりだと思います》

 

 …新井さんは、「現代コリア」(1990年11月号)では、高木弁護士が同年9月6日のNHK番組「ミッドナイトジャーナル」に出演した際の発言の誤りを数点指摘し、「このサハリン帰還運動を、あなたがご自分一人でやってきたように発言しておられるのを聴き唖然としました。この運動の英雄『朴魯学』の名をお忘れになったのですか」と書いています。

 

 そして、私の元に届いた資料に書き込まれていた新井さんのメモ書きには「現政権になって、高木・仙谷コンビで益々、この種の根拠のない補償金支払いが増えるでしょう」とも記してありました。

 

 私はこのブログで何度も「社会党的」なものが嫌いだと表明してきました。今回、新井さんの手記を読みながら改めてその思いを深めた次第です。ああ、いやだいやだ。

 

 それにしても最近、一般紙・テレビでは産経しか報じない事象・問題が多いことに、改めて驚いています。この傾向はずっと以前からのものですが、最近は少しはマシになってきたと思っていたからです。しかしまあ、人も世の中もそう簡単には変わらないものなのでしょうね。

 

 

 本日の参院予算委員会をテレビで見ていて、仙谷由人官房長官のあまりの無礼さと嘘つきぶりに唖然としました。いやまあ、これまでもそういう人だとは感じていましたが、この人には内閣のスポークスマンは務まらないなと改めて実感した次第です。

 

 予算委では、自民党の西田昌司氏が、仙谷氏が7日7日の記者会見で日韓が互いに請求権を放棄した日韓基本条約について「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。当時の韓国は軍政下だった」と述べた問題を取り上げ、「基本条約が有効ではないかのような発言だ」と指摘しました。すると、仙谷氏は激高してこう言い返しました。

 

 「耳をほじくって刮目してお聞きいただきたい。有効でないような発言は(私が)いつしたんですか」

 

 国会における政府答弁で「耳をほじくる」ねえ。「いつしたんですか」も何も、実際しているじゃないですか。まあ、これだけなら「品のないいい加減な人だなあ」で済ませたかもしれませんが、続く質疑の中で、仙谷氏は堂々と嘘をついたのです。これは、いくら何でもいただけません。

 

 仙谷氏は6月16日の記者会見で、西田氏を念頭に「(参院本会議で)罵詈雑言を投げつける質問をしたアッパーハウスの方がいた。国会でなければ名誉毀損の告訴状が3本も4本も出ざるを得ないような議論はいかがなものか」と発言していました。これについて西田氏が時事通信の配信記事を引用して「これは事実か」と問うと、仙谷氏は次のように答えたのです。

 

 「私の記者会見等々の正式な発言ではなく、そういう非公式な雑談が書かれたとすれば、西田さんには誠にご迷惑をかけました」

 

 これはひどいと、率直にそう思いました。紛れもなく自身が記者会見で述べたことなのに、「正式な発言ではない」と誤魔化し、さらに報道の在り方の問題へとすり替えています。まあ、本当に非公式発言だったと勘違いしていた可能性もありますが、そうであっても無責任だし、そうでなかったら卑怯極まりない。

 

 仙谷氏は一つの典型例でしょうが、いわゆる「左」の人は本当に批判に弱いところがありますね。すぐに必要以上に警戒し、猜疑心を募らせ、あげく逆ギレする。全共闘のリーダー格だったわけだから鍛えられているかと思えば、むしろ甘やかされてちやほやされてここまで来たんじゃないかという疑問がわきます。

 

今とは時代の空気は違いますが、私が大学生だった20年ちょっと前には、中道ちょっと左寄りの発言をする人が多く、そういう人は誰からも批判されないのでずるいなあ、と感じていました。私はどちらかというと、というかはっきり「右」の方に傾いていたので、よく嘲笑されたり、バカにされたり、突っかかられたりしましたが。今でもその名残はありますが、以前は「左」の人の方が知的だというイメージが世間で流通していましたね…。

 

 というわけで、関連するような気がするので、発作的に思いつきで過去に産経紙面に書いた書評を引用します。著者の姿勢に共感を覚えます。

 

【書評】「二十世紀を精神分析する」 岸田秀著 「史的唯幻論」的に現代を読む [ 19961121  東京朝刊  読書面 ]

 

 世界の歴史は病的現象として理解する必要があると、史的唯物論に対して史的唯幻論を唱える著者は主張する。

 

 人間は行動規範である本能が壊れたため、代わりに自我を持った。その自我の起源を説明し、価値づけ正当化する物語がいるが、罪や不安、屈辱などの経験は自我の物語に好ましくない。そこで現実の経験を隠蔽(いんぺい)し、偽りの自我を築くが、偽りに基づく行動は、偽りを知る自我や周囲との関係に障害を与え、精神的に病む。このメカニズムは国家など集団の場合も同じ--というのである。

 

 著者は二十年近く、精神分析の手法で目からうろこが落ちるような文明批評を続けており、本書は平成四年から今年までの文を集めたもの。

 

 例えば、先の大戦における日本の役割をめぐる「侵略者か解放者か」の章では、皇国史観、東京裁判史観をともに一面的として、興味深い視点を提供する。

 

 「ある主観が自己欺瞞かどうかを判定するには、行動とその行動がもたらした結果を見ればよい--中略--日本の対米英蘭戦争は現実の結果としてアジア解放をもたらしており、言ってみれば、主観と現実の結果が一致している」

 

 「戦後賠償の問題」では「西欧のことは問題にしないでひたすら日本が払うべき賠償のことだけを言いたてる人」について、「日本はペリー来航以来、誇大妄想的自尊心を追求する内的自己と卑屈に西欧諸国に迎合する外的自己とに分裂し精神分裂病になった」と説明する。「アイデンティティが混乱し本来ならば対立しているはずの他者になってしまい、他者が言うようなことを言うのは精神分裂病者ではめずらしいことではない」

 

 この章では「世間に何となく、最左翼が認められやすい雰囲気がある。そのためわたしは最左翼のほうを力を入れて批判した」とも書いている。戦後の外的自己の突出は、まだ続いている。 (文芸春秋・一五〇〇円) 社会部 阿比留瑠比》

 

 おまけの写真です。本日、国会裏の衆院第2議員会館前あたりにあった立て看なのですが、輿石東氏の似顔絵が何ともおかしみがあり…。

 

   

 

   

 

 ※訂正(午後8時50分) 仙谷氏の言葉の引用で当初「かっぽじって」と書いていたのは「ほじくって」でした。ここに訂正してお詫びします。お恥ずかしい次第です。まあ、同じ意味の俗語(強調)ですが。

 

 

 さて、本来ならば6月の菅内閣発足直後に開かれているべきだった予算委員会が、昨日ようやく始まりましたね。菅直人首相のダメダメぶりがいやというほど伝わってきますが、ここのところ政権与党である民主党について書く機会が多かったので、本日は自民党に関して触れておこうと思います。

 

 結論から言うと、予想通りというか予想以下というか、谷垣禎一総裁の質問は「あーあ、これじゃあなあ」と感じる腰の引けた追及でした。まあ、ねじれ国会での論戦で、いたずらに対決色を強く打ち出すと、かえって国民の反感を招くと考えたのかもしれません。でも、一発目からこれでは、さぞ菅首相はじめ民主党側は「ほっ」としたことでしょう。この点について、読売新聞と東京新聞は見出しを立ててこう報じていました。

 

 読売 「谷垣氏 身内から『迫力不足』」…《党内からは「責任野党の立場を強調するあまりも迫力不足だ」との不満が出ている。自民党議員からは「もっと突っ込め」と谷垣氏にヤジが飛んだ》

 

 東京 「和やか初対決なぜ 『建設的野党』アピール」…《甘いともいえる谷垣氏に対し「自分ならもっとガンガンやるのに」(自民党若手)、「つっこみが足りない」(公明党幹部)の声も出たほどだった》

 

 谷垣氏としては、大人の対応を意識したのでしょうが、国会で自民党が主導権を握ってやるのだという意思、意欲はあまり感じられませんでした。最終的に話し合い路線を目指すにしても、過程の交渉では、はったりも含めて最初は高めの球を投げて牽制するぐらいすればいいのにと率直にそう思います。また、そういう政治家でないと、外交はできないだろうと、少し話がずれることも連想して考えた次第です。

 

 で、この谷垣氏の質問について、公明党幹部はオフレコで、次のように語りました。私も、もしかすると…と思っていた点をずばり突いています。

 

 「まったく与党の代表質問だ。批判しても、身内を叱っているようなトーンだ。午前中の民主党議員による質問の方がよほど言質をとろうとしていた。(谷垣氏の質問は)大連立狙いかね

 

 実は私も、質問を聞いていてあまりに菅政権に遠慮していて優しいので、谷垣氏は本当は大連立を模索していて、そうなった場合、自分を担いでもらえるとでも夢見ているんじゃないかと、そんな穿ちすぎたことも頭をよぎったのです。

 

 なので、この公明党幹部の言葉には、やはり同じように感じる人がいるのだなと納得しました。同僚記者に「どう思うか」と意見を聞いたら、「谷垣さんは自分が総理になれるなんて思っているからああなんじゃなくて、ただナチュラルにダメなだけだと思います」とのことでした。これはこれで厳しい。

 

 ついでに、読売と東京の記事にもありましたが、自民党議員はどう受け止めたかも記しておきます。谷垣氏をよく知る自民党元幹部はこう語りました。

 

 「谷垣は夏バテか?自分で質問しているうちにどんどん話が変わっていったり、せっかく相手のボロが出かかっても追加のシュートがなかったり。彼は追い込まれるといい仕事をするが、気を抜くと甘える

 

 うーん、これを話した元幹部も、そう人のことを言えた義理か、という人物なのですが、それはともかくそういう甘い谷垣氏では、やはり政権奪回は難しそうな…。同様に、なぜかサッカーにたとえてこう述べた中堅議員もいます。

 

 「谷垣さんは、本田に決定的なパスを送られても空振りする大久保のようだった」

 

 …それにしても連日暑いですねえ。夜も寝苦しくて、私も夏バテ気味です。日本の夏は、つくづく仕事をする環境ではないと思います。私は以前は、「サマータイム」制度は実は残業時間を増やすだけではないかと反対だったのですが、最近は少し考えが変わりました。サマータイムに夏場の労働時間短縮を組み合わせれば、けっこういいのではないかと。ただの思いつきですが。

 

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