2011年01月

 

 さて、菅直人首相についてです。

 

 菅氏は、口に出してそう言っているわけではありませんが、首相を5年半務めた小泉純一郎首相を強く意識しているのだろうな、とたびたび感じます。

 

 小泉氏の郵政民営化などは口を極めて批判するのですが、心の中ではああいう存在になりたいなと願っているのだろうと。

 

 菅氏は昨年末あたりから、それまでの「メディアの取材を受けると政権が行き詰まる」(6月の就任記者会見)といった消極的で逃げの姿勢を少々、反省したようで、直接、国民に訴えかけようと心がけているようです。

 

 それが、民放やインターネット番組への積極的な出演、官邸ブログの開設などに表れているようです。今のところ、特に成功しているようにも成果が上がっているようにも見えませんが、郵政解散のときに「国民に問いたい」と言った小泉氏のことが脳裏にあるような気がします。

 

 また、民主党の小沢一郎元代表とそのグループという「抵抗勢力」を設定し、それと対峙するという政治手法も、無理やり感があふれてはいますが、小泉氏のやり方を真似ているのかもしれません。

 

 TPPや税制を含む社会保障改革に対して強い決意を表明しているのも、それを必死で国民に訴えようとしているのも、どこか小泉流を意識しているように見えるのです。

 

 実際、似ている点が全くないではありません。

 

 仙谷由人官房長官時代、菅氏はほとんどの政策マターを仙谷氏に丸投げし、それでも意見を求めてくる部下や官僚に「俺に判断させるな!」と怒鳴ったと言います。

 

 一方、小泉氏も福田康夫官房長官時代、「丸投げ総理」と呼ばれ、特にあまり関心のなかった外交分野はほとんど福田氏に任せきりだったので、福田氏が「陰の外相」といわれたこともありました。

 

 やはり小泉内閣の官房長官を務めた安倍晋三元首相によると、小泉氏も菅氏と同様に「できるだけ俺に判断させるな」と言っていたそうです。そのため、小泉政権下での「三位一体の改革」や普天間飛行場にかかわる日米合意は、小泉氏を煩わさずに安倍氏のところでまとめたと聞きました。

 

 ただ、こういう表面的な類似はあるにしても、菅氏が狙っているような政権浮揚と国民の支持を得るような効果はないだろうと見ています。

 

 それは、二人が似て非なる者というより、本質的な部分では全く似ていないからです。

 

 菅氏は就任記者会見で、「高杉晋作の逃げ足の早さが好き」と自分から述べたように、指導者が見せてはならない「逃げ」の姿勢を見せ続けました。国会論戦から逃げ、取材から逃げ、テレビでの党首討論から逃げ、そして自分が外遊でいないときを狙って海保巡視船に体当たりした中国人船長を釈放させ、すべて地検に責任を押し付ける…。

 

 小泉氏は、虚勢を張ることはあっても、こうした逃げの姿勢は見せませんでした。小泉内閣時代に中国人の活動家が尖閣諸島に上陸した際、やはり日中関係に配慮して通常の刑事手続きを踏まずに国外退去としましたが、このときも地検の判断だなんて嘘は言わず、「自分が大局的に判断した」と述べました。

 

 肝心の発信力にしても、夜のぶらさがりインタビューでも通り一遍のことしか言えない菅氏と異なり、国民の耳目を引きつける言葉を発していました。もっとも、テレビなどの映像取材が入らない昼のぶらさがりでは全くやる気のない受け答えをすることも多かったのですが、昼ぶら自体をなくした菅氏よりははるかにマシです。

 

 抵抗勢力の設定にしても、政策をテーマにした対立を演出した小泉氏に比べ、菅氏のやり方は誰の目から見ても「茶番」です。小沢氏の政治とカネの問題は自民党時代にも新生党時代にも大きな問題として浮上していました。その小沢氏を平成15年に民主党に招き入れたのは、民主党代表だった菅氏でした。

 

 以来、元旦に小沢邸で新年会が開かれる際に毎年駆けつけ、昨年までは乾杯の音頭をとっていたのは菅氏ではありませんか。菅氏の薄っぺらさは、体が透けて背景がそのまま見えるほどです。

 

 また、何よりこれが重要だと思うのですが、何としても郵政民営化がやりたかった小泉氏に比べ、菅氏はあまりに思いつきで行動しているように見えることです。事を成すための準備も根回しも、手順確認も何もない。

 

 郵政解散の選挙中、小泉氏の演説を聴いていて、「ああ、やっぱりそうだっのだ」と強く印象に残ったのはこういうセリフでした。

 

 「耐え難きを耐え、外堀を埋め、内堀を埋め、やっとここまできた」

 

 小泉氏が郵政民営化に本格的に取り組んだのは、首相に就任して3年半たってからでした。それまでは、いろんなことに耐えながら、自民党内外の勢力地図を少しずつ塗り替え、自分が実現したいことを実現するために布石を打ってきたというのです。

 

 これに対し、菅氏が突然言い出したTPPや消費税の件はどうでしょうか。どちらも大事ではありますが、民主党のマニフェストにもなければ、党内に根回しした跡もない。国民だって、寝耳に水で言われても、素直に「はい、そうですね」と頷く気にはならないでしょう。この差は決定的です。

 

 菅氏は昨年末以降、やたらとリーダーシップにこだわり、「決断」を連発するようになったのですが、これも思いつきの域を出ません。

 

 「俺のリーダーシップで決めた。後は知らん!」

 

 こう言っているようにしか聞こえないのです。計画性も将来の見通しも何もなく、俺が決めたんだから文句を言うなというだけです。その点、小泉氏は周到でした。

 

 菅氏は今、国民に積極的・直接的に訴えることで、理解と支持が得られると考えているようですが、これもどうでしょうか。

 

 額に一度でも「卑怯者」という烙印が押された指導者を、多くの国民が支持するようになるとは、私はとても思えません。民主党内に刻まれた亀裂にしたところで、菅氏が楽観しているような浅いものではないと思いますし。

 

 結論を言えば、菅氏はすでに首相としての振るまいに「失敗」した人だと考えます。自分ではこれから取り返す気のようですが、ますますみじめに失墜していくだけだろうなと、そうとしか思えないのでした。

 

 

 またまたご無沙汰しています。とにかく雑用が多い日々を過ごしていて、別に紙面にたいした記事を書いているわけでもないのに、エントリの更新がはかどりません。なので、特にここでお知らせしたいような取材結果もないこともあり、本日はどうでもいい話でお茶を濁そうと思います。あまり、読者の方には関係も関心もないかもしれませんが、少し酔っているので、たまにはここを読んでいるかもしれない後輩記者に向けて書きたいと思います。あしからず、ご了承ください。

 

 私が何かの縁で新聞記者になって数年たってふと気づいたことは、何を見てもどういう場面に遭遇しても、それを記事にするときはどう表現しようかと自分が意識していたことでした。美しい夕陽を見ても、出張先で歩いた見知らぬ町並みを見ても、どう書けばいいのかと、そればかり気になりました。映画を観ても、誰かと愉快な時間を過ごしても、それを他者に伝えるにはどんな言葉を使うべきかとか、そういう余計な思いが頭をよぎりました。

 

 これは職業病というか、病気そのものかもしれないな。そう思い始めた今から15年ばかり前、社会部に所属していたころのことです。一つ年次が上の先輩と飲んでいて、「俺も同じだ」という話になり、やっぱりそうかと意気投合したこともありました。その先輩は、そういう自分が嫌になり、社の海外留学制度に応募、合格し海外で暮らしたりもしたのですが、やっぱりその癖は抜けなかったようです。

 

 その後、私は平成10年7月に政治部に異動になりました。それで当初は、ただただ一日中、首相の動静を追い続け、官邸や国会の廊下であるとか、首相の夜会合の店の前であるとか、担当議員の自宅や宿舎の前であるとか、ひたすら立ち続ける日々が続きました。対象は中年や、あるいは老年の貫禄のあるおっさんばかりだし、特別、描写したくなる相手ではありません。

 

 また、当初は政治部の仕事をよく理解していなかったので、社会部時代のように、連載企画記事で趣向を凝らし、場合によっては涙を誘うような記事を書くこととは無縁になったのかな、とも一瞬思ったのでした。でも、やはり、記者である以上、そういうものでもありませんでした。表現し、少しでも現場の空気や、自分の伝えたいことを少しでも理解してもらうためにとる手法には変わりはありません。

 

 政治家と政治家との会話、その場の雰囲気、どういうシチュエーションと歴史的背景の元にその動きがあったのかとか、やはりそこには、何とか知り得たこと、聞き得たことを臨場感をもって伝えたいと願う以上、描き、クリアしなければならない表現上の課題がたくさんありました。それは、ときに政治家の服装であったり、会話と会話の「間」であったり、かつて同じようなことが政界であったという薀蓄であったりさまざまですが、これはやはり先輩、上司の手法を盗み取り、自分なりに改良を試みるしかありません。

 

 もちろん、今こんなことを偉そうに述懐している私自身の記事も、おそらく読者のみなさんからは「なんだこの記事は」と厳しい評価や、あるいは文章上の難点への指摘はたくさんあることと思います。自分でも、納得のいく記事なんてほとんど書けないし、いつも、これでいいのだろうかと不安になるのです。

 

 ただ、かつてのように、森羅万象何を見てもどう表現しようかと気になることについて、こんなんでいいのかと反省する気持ちはなくなりました。これが自分の仕事であり、全然結果に表れていないかもしれなくても、そういう意識を持ち続けることは、むしろ職業上、当然なのだと考えるようになりました。開き直ったのか。

 

 深夜、ふと目覚めても「こう書こう」と考え、通勤途上、立ち止まって手帳に記事の筋立てや表現をメモにすることも、夜、居酒屋でビールを煽りつつ、コースターにボールペンで記事のアイデアをにじんだ文字で殴り書きし、持ち帰っても判読できないということも、記者なんだから当然だと思うようになりました。あるいは、どうやってネタをとろうか、相手に食い込もうかという手順であってもそうで、四六時中、頭のどこかにあっていいのだと。

 

 夜中の2時でも3時でも、ふと何かがひらめいたときに起きてメモをとっておかないと、寝直すとだいたい忘れてしまいます。これはいつも、後悔しているところです。同時に、食事中でも、電車の中でも、ふと頭に浮かんだことは紙がなければ手のひらにでも書いておけばいいと思います。

 

 私はもともとバランスのとれていない、偏った人間であるかもしれませんが、仕事をするということは結局、そういうことであるのではないかとまあ、年をとるにつれ(まだ中年ですが)、そういう風に思うようになったという話です。

 

 おそらく、何の役にも立たず、参考にもならないでしょうが、こんな弊紙をはじめ報道各社がいつどうなるか分からない時代に記者職を選び、また、今後選ぶかもしれない奇特な人に、酔った勢いのせいで何か言いたくなったのでしたためました。ささやかなエールのつもりで。

 

 うーん、ブログに書くような中身でも、人さまの目にさらすほどの内容でもないかもしれませんが、せっかくここまで書いたので、アップします。若い記者は、紙面に載ろうが載るまいが、とにかく書いて書いて書きまくって、かつ常に誰よりも早く書くことを心がけてください。はい。

 

 本日、菅直人首相は内閣改造にあたっての記者会見を行いました。民主党政権になって以降、産経記者は手を挙げ続けても指名されないという場面が度々ありましたが、今月は産経は幹事社なので、優先的に質問できます。なので、久しぶりに質問してみました。

 

 私 今回の改造で与謝野氏が経済財政担当相に入り、藤井氏が官房副長官になった。消費税率上げに向けた布陣が敷かれたともいえると思います。ただ、民主党は平成21年の衆院選マニフェストで、行政の無駄遣い削減や埋蔵金活用で、16・8兆円の財源が生み出せると言いました。そして、これを信じて多くの有権者が政権交代を選んだという面もあります。首相も昨年7月の参院選前に消費税率を上げる時期は、「次の総選挙で国民の了解があった段階だ」と明言しています。民主党が今回、マニフェストの見直しを表明したが、そうであるならば、ここは衆院解散でもう一度、信を問うのが筋ではないでしょうか

 

 …すると、菅首相は私の質問に正面から答えなかったばかりか、「質問の仕方が決めつけ、すり替えである」と決めつけ、すり替えて、だから答える必要はないのだと言わんばかりの挑発に出ました。質問者(私)を悪者にして、報道被害に遭っている可哀想な私、という演出を試みたのかもしれませんね。

 

菅首相 あの、ただいまの質問についてですね、私は非常に誤解を生むような質問だと申し上げざるを得ません。私たちが申し上げているのは、今の社会保障制度がこのまま維持できるのか、あるいはさらに充実することができるのか、そのことをしっかりと議論しようと。その時に、併せて当然ながら、維持していくための財源のあり方、現在のままで十分なのかどうなのかということを議論しようとしているんです。それをですね、何か消費税引き上げのための議論、そういう風に決めつけて、すり替えて質問されるのは、私はフェアではないと思っております。

先だっての記者会見の時にも申し上げたように、例えば、現在の消費税を、国税分については高齢者の医療、介護、年金に振り向けるという、そうした税制の基本的考え方が平成11年に決まっておりますけれども、平成11年においては、約7兆円が消費税の国税分でありました。国の歳入分でありました。必要な費用は約8兆5000億程度でありました。ですから、確かに高齢者の医療、介護、年金について、消費税の国税分で、ほぼまかなえてきたわけですが、平成22年においては、収入は7兆円が変わらないのに対して、17兆円の支出をすでにしているわけです。ではその差額の10兆円はどうしているかと言えば、それは実質的には赤字国債で、借金で埋めているわけであります。

こういう状態が持続可能なのかという議論を、社会保障の議論としてしっかりしよう、そういう風に申し上げている時に、社会保障の「社」の字も言わないで、何か消費税の議論をしようとしているように言われるのは、私は大きく、国民の皆さんに間違ったメッセージを与えると思いますので、あえてこの事を申し上げ、お答えとさせていただきます。

 

 …大いに不満でしたが、質問は1人1回というルールがあるのと、進行を妨げるのは本意ではないのでこの時点ではとりあえず黙っていました。すると、菅首相は同じく幹事社の道新さんの質問にもきちんと答えず、はぐらかしました。

 

北海道新聞 首相は昨日の民主党大会で、今回の内閣改造は問責を出されたからではない」とおっしゃった。昨年9月に改造したばかりの「有言実行内閣」を、たった4カ月で変えるのは非常にわかりにくいと思う。問責がなくても、仙谷由人官房長官を枝野幸男氏に交代させていくつもりだったのか。また、法的根拠の問題があったが、今回の人事が、閣僚が問責されれば辞任するという慣例を作ることにつながらないか。また、首相はこれまで412人内閣とおっしゃっていたが、今回の閣僚人事では、小沢一郎元代表に近い議員の起用はなかった。小沢氏の周りには適当な人材がいなかったということか。あるいは、排除の意図があったということか

 

菅首相 この内閣の改造と党の態勢は、民主党の危機を超えるためではなくて、日本の危機を超えるためという、そういう観点から行ったもの、あるいは行おうとしているものであります。その理由については、今申し上げたように、今、日本が抱えている危機の、大きな課題を超える上で、例えば与謝野さんの参加といったものも必要だと考えたわけであります。

同時に、党の方のいろいろな活動も、さらに大きくしていかなければなりません。例えばシンクタンク、あるいはいろいろな新しい公共と呼ばれるようなNPOグループとの連携。そうしたことは、内閣だけではなかなかできません。こういう活動に大きく幅を広げていくうえで、仙谷さんは大変、有能な力を持っておられると思っております。そういった意味で、全体のことを考えた中で、日本の危機を超えていく上で、最強の態勢を作る、そういう考えで推し進めたものであります。

 また、何か一部のグループでやったのではないかという趣旨のことを言われますが、それは全く当たりません。9月の代表選挙で私が党員、サポーター、全地方議員、全国会議員に申し上げたわけです。クリーンでオープンな政治をやりたい。そして私がその皆さんによって代表に選ばれたわけです。ですから、その公約を実現することに協力をしていただける方であれば、それは誰でも全員参加でやりましょう。

 例えばオバマ大統領が誕生すれば、オバマ大統領の公約を実現するうえで協力する人が集まっていくのは当然であります。そういった意味で、私の代表選の公約、あるいはそうした考え方を中心にして、党がまとまって、この日本の危機に取り組んでいく。そういう立場で、この改造や党人事についての評価を行う、あるいは行おうといたしております。

 その中には、一般的に言えば小沢さんのグループといわれる方も、常に、特に副大臣、政務官にはたくさん、この間もおられますし、また代表選で必ずしも私を応援していただいた方以外にも閣僚にもすでに何人もおられるわけでありまして。基本的に党の方針、あるいは私が申し上げた、クリーンでオープンな政治というものに賛同し、共に行動していただける方は、全員参加をしていただく、そういう姿勢で臨んでいるということを明確に申し上げておきます。

 

 …質問の中核部分に何も答えていません。こうした姿勢を見て、私が黙っていると、菅首相がこれでいいのだと、いよいよ得意の勘違いを深めてしまうと思い、不規則発言ではありますが、やむを得ず一言指摘しておくことにしました。

 

 質問をすり替えという割には、答えてないじゃないですか

 

菅首相 何を答えてないんですか。

 

 1問目も2問目もきちんと答えずに答弁をごまかして・・・

 

司会 すいません、進行にご協力いただけますか。では◯◯さんどうぞ)

 

 …記者会見は別に議論の場でもケンカの場でもないし、他の記者の質問を邪魔するわけにもいかないので、司会が入った時点で引くことにして、後は黙っていました。しかしまあ、なんでこう、菅首相をはじめこの政権、いや民主党の人たちは世の中を甘くみて、相手を小馬鹿にしたような対応をしてくるのか。

 

 私の1問目の質問が、著しく礼を失していて、誹謗中傷に充ち満ちていたというのならともかく、そんなにヘンなことを聞いたつもりはないのですが…。まあ、みなさんのお考えを仰ごうと、関連部分の一問一答を掲載しておいた次第でした。

 

 

 ご無沙汰しています。民主党政局やら内閣改造やらで公私ともに多忙なことと、軽い風邪を引き込んだこともあって、ここ数日、ブログ更新をさぼっていました。

 

 そうこうしているうちに、柳腰が色っぽいピンク色の官房長官が因果応報で更迭されたり、後任が同じ弁護士出身で、こちらはフロントではなく革マルとの関係が指摘されている枝野幸男幹事長代理だとなったり、まあ、いろいろあったわけですが…。

 

 一つひとつ書いていくと大変なので、最近の菅直人首相の言葉で気になることを一点、記しておこうと思います。

 

 菅氏は昨日の民主党両院議員総会で「尖閣の漁船衝突自体、私自身も含めて、十分に国民に理解してもらえるようなきちんとした発信ができてこなかった」との反省の弁を述べました。

 

 菅氏は最近、この「発信」にこだわり、テレビに出たり、インターネット番組に出たりして、発信を試み始めたわけですが、もう遅いというか、もはや露出しても嫌われるだけだろうと思うのです。ご本人は、直接訴えれば、きっと国民の心に届くと考えているようですが、そんな段階ではないと。

 

 昨日、両院議員総会とその後に民主党の議員から出ていた意見で、注意を引かれたものをいくつか拾うと、

 

 「著しく我々は国民の信頼を失っている。肌で感じている」(斉藤恭紀衆院議員)

 

 「本当に厳しかった。目の前でパンフレットを破られる。ものをぶつけられる」(徳永エリ参院議員)

 

 「実際に活動している議員がツバを吐きかけられる。いろんな暴力に近いことで政治活動に危機感を持っている。民主党への憎しみのようなものを投げつけられている」(森裕子参院議員)

 

 …こうした声に対し、菅氏は「日本がもう一度、元気な国になったきっかけが、あの2009年の衆院選での政権交代だった」などと呑気に述べていましたね。

 

 「憎しみ」までぶつけられる事態とは、これはもう、首相の発信不足だとか、マニフェスト(政権公約)不履行への不満とか、そういうものが原因ではないし、そういった程度の話でもないと思うのです。

 

 まあ、いろいろここに至った原因はあるのでしょうが、私はやはり、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で菅政権が見せた卑怯、姑息、隠蔽体質が本当に国民に嫌われたのだろうと考えています。

 

 主権者たる国民に嘘をつき、国民への不信をあらわにし、国民の知る権利を蔑ろにした菅政権に対し、国民は強い嫌悪感を抱くようになったのではないかと。

 

 菅氏が自ら「発信」しようと出演した、5日のテレビ朝日の番組「報道ステーション」の平均視聴率が6.9%にとどまり、「前4週の平均視聴率が14%以上あったのに」と番組関係者を愕然とさせたそうですが、きっと菅氏が映った瞬間にチャンネルを変えた視聴者がたくさんいたのでしょう。

 

 本日の党大会の来賓のあいさつで、国民新党の亀井静香代表は「今の民主党でいいんですか。みっともない、みっともない、こう言わざるを得ないじゃないですか」と述べていましたが、珍しくこの人の主張に素直に頷けました。

 

 明日は、皇居で歌会始の儀があるにもかかわらず、菅氏はこの日の内閣改造にこだわり、ご高齢の天皇陛下のご負担を増やしています。ああ、やだやだ。

 

 どうでもいい話であると、あらかじめお断りしてから記します。

 

 昨年の大晦日の夜、帰省中の実家でテレビ番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!SP」をぼーっと観ていたところ、いきなり自民党の石破茂元防衛相と、軍事評論家(芸術家)のジミー大西氏による防衛対談「世界の脅威から日本を守る」が始まりました。そこで私は、ほおをたたいて目を覚まし、姿勢を正して聞き入った次第ですが…。

 

 ご覧になった方もたくさんいると思いますが、ジミー氏は、戦艦長門のことを「朝日新聞号」と呼び、「カン・チョクト(菅直人?)」というわが国の総理大臣と交遊関係があることを明かし、カン氏と夫人は仮面夫婦であると断じていました。

 

 また、ジミー氏が「官僚たちが賭博ばっかりしていると総理大臣のカン・チョクトから聞いた」と言うので、石破氏が、台紙に「菅直人」と書いて、「そのカン・チョクトという人は、カン・ナオトのことか」と確認しました。でも、ジミー氏は、「カン・チョクトです」と言い張っていました。何だかとても不思議な間のある爆笑コーナーでしたね。

 

 で、さきほど、ふとそれを思い出したので、石破事務所に聞いてみたところ、番組ではカットされたシーンがあるとのことでした。削られた部分では、こんな会話があったそうです。

 

 石破氏 それでは、あなたは総理とどこで知り合ったのですか。

 

 ジミー氏 総理とは喫茶店仲間です。

 

 石破氏 さきほど総理と夫人とは仮面夫婦だと言っていましたが、どういう根拠があるのですか。

 

 ジミー氏 夫人から、「夫がゴミ出しをしない」とこぼされています。

 

 …うーん、カットされた場面も観たかったなあ。きっと爆笑ものだったでしょうが、事務所によると、石破氏はなぜかこの対談を「あまり面白くない」と気に入らなかった様子だったそうです。

 

 はい。ただそれだけのお話でした。真面目に読まれた方には申し訳ありませんが、深い意味も底意(仙谷由人官房長官がよく使う言葉)も何もありません。失礼しました。

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