2011年01月

 

 さて、菅直人首相をはじめ民主党の執行部は現在、小沢一郎元代表に対し、衆院政治倫理審査会への出席を強く求めていますね。私はこれまで、小沢氏の政治とカネの問題について、いろいろと「おかしい」と指摘してきました。ですので、小沢氏が国会の場できちんと証言するのであれば、それはそれでいいとは思います。まあ、やってもどうせたいしたことは言わず、いつものように「適正に処理している」で誤魔化すのでしょうが。

 

 ただ、今回の菅氏らのやり方はあまりにも意図が見え見えで、シラケてしまいますね。内閣支持率の低迷で打つ手のない菅執行部が、困ったときの小沢頼み、溺れる菅は小沢でもつかむとばかりに、人気取りで「小沢たたき」に走っているのが分かり切っていますから。

 

 そもそも、小沢氏の政治とカネの問題は今に始まったことではなく、政治資金での不動産購入だって組織対策費など党費の不透明な使途だって以前から指摘されていたのに、何でこのタイミングなのか。本来ならば、野党側が求めていた通り、昨年の臨時国会中に開くべきだったのに、国会を閉じ、強制起訴も近い今になって急に息巻き出したのは極めて不自然ですね。

 

 だいたい、平成15年に自由党が民主党と合流する際に、民主党代表として約3億円の党費を小沢氏の関連政治団体に「結納金」として寄付したのは菅氏その人です。それが小沢氏の蓄財疑惑にもつながっているわけですから、菅氏がとことんクリーンな民主党と言ったり、長年、政治とカネの問題と戦ってきたかのようなポーズをとったりするのはちゃんちゃらおかしいのです。

 

 菅氏は、最近になってから、新生党の政治資金が小沢氏の資金管理団体を経由して党所属の約90人の議員に配られたことに対して立腹してみせていますが、このやり方は小沢氏がずっと今までとってきた手法ではないですか。今まで口をつぐんできたくせに、今になって何を怒ったふりをしているのか。

 

 また、政治とカネの問題をきちんと追及し、それと決別するというのであれば、鳩山由紀夫前首相の問題を無視していいはずがありません。鳩山氏は一昨年7月、自身の個人(故人)献金偽装問題をめぐって、衆院政治倫理審査会に出てきて弁明するよう議決されているのです。

 

これを鳩山氏は拒否して出席しなかったわけですが、小沢氏をあそこまで批判するのであれば、鳩山氏にも改めて政倫審出席を求めないと筋が通りません。まあ、もともと道理に従う気持ちなど欠片もないのが今の政権ですから不思議はありませが、一応、言い分を聞いてみようと思い立ちました。

 

 そこで、本日の仙谷氏の記者会見で、官房長官番の村上智博記者にこの点をただしてもらいました。以下、そのやりとりです。

 

記者 民主党の小沢一郎元代表の国会招致についてお聞きします。民主党執行部は小沢氏に政倫審出席を求めているが、鳩山前首相も一昨年の7月に、故人献金偽装問題によって、政倫審で弁明するように求められて議決されたが、現在そのままになっている。民主党が「クリーンな政治を」というなら、鳩山にもそのままにせずに、政府・民主党として小沢に対するように今後、政倫審出席を促すということはもうしないのか。もししないなら、なぜか。

 

仙谷氏 党の執行部の方にお聞きいただければと思います。あのー、その今の話は、総選挙直前の民主党が野党時代ですよね、じゃないですか。その話ですよね。たぶん、だから今の執行部からすれば、ある種、総選挙というもので、何て言うんでしょうか、それまでの問題は当然のことながら、クリアされたというお考えではないかと推測しますが。

つまり、院の構成はもう変わっているわけですよね。一昨年の7月の時点と総選挙を経て。新議員が一昨年の9月からは来ているわけですね。当然、だからその前の国会のその種の議決というのは、ほとんど意味がないとお考えになっているんじゃないんでしょうか。つまり、継続になっていないと。法案で言えば廃案と

 

記者 であれば、出席を求める考えはもはやないということでいいか。

 

仙谷氏 今の執行部からは聞いておりません。

 

記者 求める必要もないと、長官は考えているか。

 

仙谷氏 個人的な見解は申し上げるのは差し控えます。

 

  …なるほど、その間、衆院選をはさんでいるので「禊ぎ」は済んだという言い分ですね。衆院選をはさもうとどうしようと政治の倫理の問題は何もクリアになるものではないし、鳩山氏をめぐってはその後も母親からの12億6000万円もの「子ども手当」提供問題や、脱税疑惑が浮上したというのに。さらに、鳩山氏は国会で約束した資料開示を、前言を翻して今は拒んでいるというのに。

 

 いつもの三百代言の手口です。これは結局、小沢氏と戦うにあたって、鳩山氏とまで全面対決になるのは党内の勢力地図上まずい、というだけの話でしょうね。仙谷氏が言っていることは、所詮その程度の戯言にすぎません。本質論とは何のかかわりもなく、言葉と屁理屈が物事の表層を撫でて通り過ぎていく。

 

 仙谷氏は、自身が参院で可決された問責決議について、繰り返し「法的拘束力はない」と強調していますが、それを言えば政倫審の出席だって任意であり、小沢氏が出てこないからって、仙谷氏が批判できた話ではないでしょう。それなのに、何でこう偉そうなのか。

 

 もう、この政権については、批判することも飽き飽きしてきましたが、それでもまだ権力の座にしがみついているので、いろいろと指摘せざるを得ません。夜寝ていても、この人たちの醜い言動をふと思い出して、怒りで目が覚めてしまうことがあり、実に健康に悪い。早く退場してほしいと心から願います。

 

 

本日は、沖縄・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の映像流出を「倒閣運動」だと勘違いして慌てた政府が設置した「第1回秘密保全のための法制のあり方に関する有識者会議」が開かれました。「自由と民主主義の敵」とでも形容したくなるような、愚民思想と隠蔽情報統制体質が受肉化して現代に降臨したかのような仙谷由人官房長官が次のようにあいさつしました。

 

「情報保全の徹底については、従来から政府をあげて取り組んでいるが、尖閣漁船衝突事件のビデオ映像の流出事案が発生するなど、政府の保有する情報がネットワーク上に流出し、極めて短期間に世界規模で広がる事案が発生した。

過去においても、外国情報機関による情報収集活動による情報の漏洩事案も発生しており、事態は極めて深刻であると認識している。こうした状況を踏まえて、政府における情報保全の検討委員会を設置し、機密保全のありかたに関する法制について議論を開始したところでございます。

この有識者会議は検討委員会の検討に資するため、秘密保全法制のあり方に関して、専門的な知見をお持ちの皆様からご意見をいただくために開催するもの。秘密保全に関する法制は、厳しすぎると知る権利や取材の自由との関係で大きな問題が生じる緩すぎると、これはこれで情報漏洩により国家国民の利益が失われるということになりかねない、非常にデリケートな問題でもございます。

しかしながら、情報漏洩に関する脅威が具体的にも高まっており、この問題から目をそむけることはもはや許されない。政府としましては、国民の理解をきちんと得ながら、真摯に法制の検討を進めてまいりたいと考えているところでございますので、わが国にふさわしい機密保全のありかたについて慎重かつ、積極的な議論をいただけますようによろしくお願いをいたします」

 

 …あいさつ通り、国民の知る権利は決して侵さず、国民の理解をきちんとえられる形で答申がまとまるのであれば、別に異議をはさむものではありません。ただ、この政権はとにかく都合の悪いことは隠して、かつ、隠しおおせると国民をバカにしきり、一方で自分たちの宣伝だけはマスメディアに強いるという悪い「癖」を持っているので、注意深く議論の推移を見守っていこうと思います。

 

 会議の議事録は今後、議事要旨が公開されることになるようです。ここでも、都合の悪い部分はカットされるおそれがありますが…。民主党政権は、一方では公務員らからの予算の無駄遣いなどの内部告発を積極的に奨励し、それ専用の受付窓口「国民の声」をつくりながら、一方では情報統制に努めるという矛盾したような姿勢をとっていますね。

 

さて、ここで話はちょっと飛ぶようでつながっているのですが、私は昨年10月13日のエントリ「小村寿太郎を僭称する柳腰官房長官」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1842325/)で、仙谷氏が自らを日露戦争後に苦労してポーツマス講和条約になぞらえていることを書きました。仙谷氏は、自分の立場を小村寿太郎のそれに例えて、愚民どもが激昂して暴動を起こそうとも私は揺らがないんだと言いたげだったという記者会見でのエピソードの紹介でした。

 

 その後も仙谷氏は、国会答弁でも同じく小村寿太郎の事例を引用して、中国様に配慮して中国人船長を釈放し、国民の知る権利をないがしろにして衝突映像を非公開としたのは正しいのだ、後世きっと評価されるのだと繰り返していました。この増上慢と自惚れ、主権者たる国民をどこまでもバカにする発想はどこからくるのかと不思議ですが、まあそういう人なのだと理解するしかありません。

 

 で、本日、会社に立ち寄り、寄贈されていた「祖国と青年」という雑誌(1月号)をパラパラとめくっていたところ、京都大の中西輝政教授が小村寿太郎の次のようなエピソードを語っているのが目にとまりました。とても興味深く、仙谷氏のありようとは対照的に思えたので「外交機密を流出させた小村寿太郎」という小見出しがついている部分を少し引用します。

 

 《(前略)当時の日本政府は、条約改正問題で日本における欧米諸国の治外法権を撤廃させなければならないという課題を抱えていました。そして欧米諸国との交渉の結果、「日本人の裁判官に委ねることはできないが、外国人の裁判官を雇うのだったら認めてもいい」ということになりました。

しかし、外国人に司法を委ねるということですから、これは一種の売国的譲歩です。このことが国民に明らかになれば、この条約改正案は確実に潰れます。だから、外務省はこれを秘密にしました。外国に妥協しようとする時は、政府はいつも情報を秘密にします

小村寿太郎は当時外務省の翻訳局長で、実質的には権限のない立場でしたが、その書類を見て「これは日本国民に知らせなければならない」と、外交機密をわざと外に流しました。

それを新聞が書き立て、時の大隈外務大臣は、爆弾を投げられて文字通り失脚しました(大隈は右足を失った)。明治の人は、「主権の危機」に敏感でした。いったん外国勢力を入れたら日本はおしまいだ、という危機意識を強く持っていたのです》

 

 …決して爆弾テロを推奨するわけではありませんし、また外交機密をすべて否定するものでもありませんが、少なくとも言えるのは、小村寿太郎は仙谷氏が僭称していいような小さな器の人間ではないということです。国民の目と耳を塞ごうなんてしていない。

 

 仙谷氏をはじめ、菅政権の枢要なポストにいる人たちは、一様に「羞恥心」というものを知らないように見え、それがときどき耐え難く不快になるのでした。

 

 

 あけましておめでとうございます。…というわけで、本日は仕事始めで、菅直人首相の年頭記者会見もあり、例によって民主党の小沢一郎元代表の政治とカネの問題がどうたらこうたら、というグタグタ話に年始からまみれていたわけですが…。まあ、こんな話は明日の紙面にたっぷり掲載されるので、このブログで今年最初に取り上げることもあるまいと考えました。

 

 で、その後、菅首相は伊勢神宮に参拝したわけですが、そこで行われた記者ぶらさがりに出た後輩の康本昭赫記者の報告を聞いて、「えっ、そんなこと言ったの?」と耳を疑い、何度も確かめることになりました。

 

 考えてみれば、首相は元旦に首相公邸で開いた新年会のあいさつで次のように述べていましたね。

 

 「今年も一層、自分らしさを出していく。多少、ハレーションが起きることを覚悟の上で、やりたいことを自分の言葉で伝えていきたい」

 

 はあ、なるほど。早速、ハレーションを覚悟の上で自分の言葉で語ったようです。それは、以下のようなやりとりでした。

 

 記者 式年遷宮を控え、伊勢神宮の参拝者が増えているが、背景には雇用や景気、政治への不安が考えられている。景気回復と中央・地方の政情不安をどう取り除いていくのか。特に今年は統一地方選の年で、東海地方では中央官僚の出馬、民主党の相乗り禁止問題が重くのしかかっているが。

 

 菅首相 春の統一地方選挙に向けて、現在審議を始めることになっている予算などでも、例えば5千億円を超える一括交付金というものを実現しました。これは各県が自主的にそれを使って、どういうものに使うか、主に公共事業の範疇ではありますが、役所を超えてそれぞれの県が自主的に決めることが できる画期的なものであって、ある意味この地方統一選挙の私は非常に大きな民主党の考え方の政策だと、こう理解しております。

 こういったものをしっかり伝えることによって、この統一地方選挙についても、大きな支持をいただきたいとこのように考えています。

 

 …質問と回答が必ずしも、というかほとんどかみ合っていませんが、これはどう読んでも、平成23年度予算案でひも付き補助金の一括交付金化を図ったのは、民主党の苦戦が予想される統一地方選対策なのだと菅首相が明言しているようにしか受けとることができません。しかも、それを自分から言い出しているのだと。

 

 政府が掲げる2年間で1兆円超の一括交付金化という目標は、実現はかなり難しいのではないかと思いますが、私はかといって一括交付金化それ自体をいたずらに批判したり、貶めたりするつもりはありませんでした。正直、お手並み拝見だなと今後にほのかな期待すら持っていたぐらいです。

 

 ですが、この質問を無視するように一括交付金化に言及し、それを民主党への支持拡大に結びつける菅首相のある種、無邪気な、あっけらかんとした党利党略的発想には唖然としました。菅首相の真骨頂はまさしくこの臆面のなさ、露骨さにあるのだろうといまさらながらに思い知ったところです。やはり、本音は地域主権改革よりも選挙目当てであったかと。

 

 菅首相はきょう午前の記者会見では、野党側に国会での建設的な議論を呼びかけて次のように述べていました。

 

 「私も野党の議員が長く、その時々の政府を厳しく批判してまいりました。今振り返ってみますと、政局中心になりすぎて、必ずしも政策的な議論が十分でなかった場面も党として、あるいは私としてあったのかなと思っています。私たちも反省をします。同時に、与野党を超えて国民の目から見て、国会がしっかりと国民のために政策を決定しているんだという姿を作り上げていきたいと。野党の皆さんにもご協力をお願いします」

 

 でもまあ、そうは言っても、そう述べた人がすぐハレーションを起こすのだからなあ。今年も「熟議の国会」とはならず、仮免許継続の「未熟な国会」状態が続くことを予想させるような、そんな新年のエピソードでした。

 

 まあ、何はともあれ、今年もよろしくお願いします。

 

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