2011年08月

 

 えー、実は昨日の毎日新聞夕刊文化面のコラムで、私は名指しで批判されてしまいました。文芸評論家の加藤典洋氏の「疑問だらけの菅降ろし 反対派の『凸』が見えない」という記事でのことです。うーん、まあこういう批判というか受け止め方をする人もいるだろうな、これも一種のステレオタイプ的な反応だなと思ったのですが、この際だから少し感想と意見を述べておきます。

 

要約すると加藤氏は、アレの人品や政治手法の陋劣さをあげつらうのは「床屋談義」に過ぎず、アレの批判派はアレの主張する脱原発に対する対抗価値()を明示せず、私の書いた産経コラム(64日付政論「居座り首相『誠意ゼロ』証明 死して屍拾う者なし」)は「ためにする議論」だという主張のようです。

 

さらに、批判派はアレに対して「表だって反対すれば、自らの価値イコール凸(原発推進)が明らかになる。すると国民の信を失う。そのため、『人心』、手続き等の問題をもちだし、復旧・電力問題()で国民を脅かし、首相の政治的主張を葬り去ろうとしているのである」と書き、アレにはしごを外され続けた海江田万里経産相のことは「電力共同体の傀儡」と決めつけています。

 

 ……まあ、確かにこんな反応もあるだろうな、ホント世の中には陰謀論が好きな人が多いからなと予想はしていたのは先に記した通りなのですが、ただ、実際に他紙にこう書かれてみると、やっぱりげんなりしますね。結局、書かれたものはすべて、読み手の解釈に任せるしかないので、これも仕方がないとは思いますが。私はいつも、コミュニケーション、意思の伝達というもののあまりの不全、難しさに目眩がするのです。

 

 ちょっと反論のまねごとを試みると、私がアレの人間性や政治手法、国民の知る権利をふみにじり、国民を裏切り、自己正当化するスタイルを批判し始めたのは、昨年6月のアレ就任の直後からなのですよね。別にアレが脱原発を言い出したからでも何でもありません。本日も某所で取材していて、昨年の中国漁船衝突事件の際のアレの国益を損なうひどい言動について聞きましたが、アレは徹頭徹尾、首相としてどうか以前に人間失格だと確信しています。

 

 加藤氏が取り上げた私のコラムにしたところで、64日付という日付を見てもらえばわかるように、アレが記者会見で脱原発宣言をするずっと前ですし、むしろ記事の趣旨は「辞める辞める詐欺」で内閣不信任決議を受けるのを免れた件に関する批判であります。

 

 で、アレ自身も脱原発を華々しくぶち上げた後、「アレは個人の考えだ」と自分でひっこめ、自分で「原発低減」という表現に統一しようとしたわけです。別に私たちが電力業界の意を受けてそうさせたわけではありませんし、そんな力は、はなからありませんし。第一、アレは国内では原発は危険だと恐怖をあおりつつ、国外には今後も輸出し続けると言っているのです。こんなアレをどう評価し、どうやって持ち上げろというのか。

 

 また、加藤氏は、私やアレを批判したメディアを「原発推進」と決めつけていますが、これもどうでしょうか。少なくとも私は徐々に時間をかけて「原発低減」を進めることには何の異論もありません。また、730日付の産経1面にはこうも書いています。

 

 「今回の『原発低減』方針に、自民党をはじめ野党側に異論があろうはずもなく、選挙の争点にはなりえない。特に福島第1原発事故後、再生エネルギーの比重を増やしていくことは国民的コンセンサスともいえ、当たり前のことを言っているにすぎない」

 

 別にアレの政治的主張を葬り去ろうなんてしていません。ただ、アレがあまりにもアレで、思いつきで法令も手続きも無視して周囲だけでなく国民に大迷惑をかけているのは疑いようがないので、そう指摘してきただけです。そして日本の産業も雇用も国防も市民生活も社会の規範意識も崩壊に導きかねないと危機感を覚えていたというのが本当です。

 

 さらに言えば、私がほとんど反面教師としてしか役に立たないアレから一つ学んだことは、「政(まつりごと)を為すは人に在り」(中庸)という時代と地域を越えた真理であり、「天下を治むるは、必ず人情に因る」(韓非子)という政治における政治家の人間性の大切さでした。

 

 アレがあまりにも人品卑しく卑怯で姑息で陰険でいやらしく自分勝手で怒りっぽくて自惚れていてみっともなく無能なため、動くべきことが動かないという現実を毎日、じりじりしながら見せられてきたのですから。現実問題として、アレが居座り続けていたら復旧も復興も進まないという事実を、加藤氏はもっと虚心坦懐に見つめたらどうだろうかと思います。

 

 確かに、政治は政治家の人柄よりも政策を中心に行うのが望ましいでしょう。でも、忘れてはならないのは、政治家も一人の人間であり、政党も国会もそうした一人ひとりの人間の集まりであるということです。人間の集団に対して、トップが人外でもアレでも別に関係ないだろ、という方に無理があると思うのです。私もアレが現在の地位に就くまでは、読者にも指摘・要請されるし、もっと政策重視の紙面を考えた方がいいと感じていましたが、アレという規格外、想定外の存在に向き合うと、そんな場合ではないと思い直しました。

 

 ついでだから蛇足を述べておくと、私は東京電力に一人も友人も知人もいません。ですから当然、金銭を含む何らかの便宜供与を受けたこともありません。弊紙に以前、他紙同様に東電の広告が出ていたのは覚えていますが、かといって多額の賠償責任を抱えて青息吐息の東電が今後、弊紙にどしどし広告を出すようなことがあるとも思えません。もちろん、記事を書く上で東電をかばえだとか、東電を悪く書くなだとか上司に言われたことも一切ありません。

 

 私は延べ8年間以上、官邸で勤務していますが、しばらく前に盛んに喧伝された官房機密費のおこぼれにあずかったことも1度もありません。自分がないだけでなく、他紙も含めて周りがそんなものをもらったなどという話、噂も聞いたことがありません。もちろん、この手の話は「疎い」私が知らないだけかもしれませんから全否定はできませんが、私は一時期の週刊誌報道などは眉につばをつけて見ていました。

 

 よく、弊紙なり私なりの記事が批判される際に、何らかの利権と結びつける論調を見るのですが、これも違う気がします。もっと素直に、こんなレベルの記事しか書けないとは能力が低いのだな、あるいは根本的にズレているのだなと理解してもらった方が、まだ合っている気がします。余り政治的意図や利権などの背景を勘ぐるより、馬鹿な奴だなあ、こんなことも知らないのかと笑ってもらった方が、実態に即しているのではないかと愚考する次第です。

 

 なんかまだまだ書き足りないところですが、時間がないのでここまでとします。愚痴っぽくなってしまいました。失礼しました。

 

 

「私はやるべきことはやってきた。残念ながら、十分国民に理解してもらえていない」

 

 アレは昨日の衆院決算行政監視委員会でこうぶつぶつ述べていました。ホント、アレの根拠不明な自己評価の高さにはいつも辟易させられます。アレは本気で、中曽根康弘氏以降の首相で自分が一番優れていると信じているようで、どうしたらそんな無理な思い込みが可能なのかと不思議で仕方ありません。

 

 ともあれ、月刊文藝春秋9月号の対談記事を読んでいて、作家の堺屋太一氏が国家の安寧を守る内閣のあり方について重要な指摘をしていると感じた点があるので、そこを紹介しようと思います。堺屋氏は1998年に小渕内閣の経済企画庁長官として入閣したのですが、そのときのエピソードです。

 

 堺屋氏 ……発足した五日後に非常事態の場合の危機管理について、閣僚全員で認識を共有するための会合がありました。

 非常事態の様々なケースについて、それぞれの閣僚がどのように動くべきなのかの擦り合わせを行ったんです。でも、菅内閣の震災後の対応を見ていると、そうした会合を持っていたとはとても思えません

 そのせいか、菅内閣が守らなかった危機管理の鉄則があります。それは、情報と決断を一元化することです。

 

 うーん、そうでしたか。このころ、私は社会部から政治部に異動したばかりの小渕総理番記者として、ずっと小渕氏を追いかけ回していたのですが、こういう会合があったことはすっかり忘れていました。でも、これはごく当たり前のことであると同時に、とても重要なポイントでもありますね。

 

 昨夜、政府高官の一人は記者団に、東日本大震災がなかったら、アレ内閣はもっと早く終わっていたのではないかと問われて「こんなに続いていなかっただろう」と認めていました。皮肉なことに、危機管理のイロハのイすら理解していないアレが、最大の危機を利用して延命してきたというわけですね。実に悲しい巡り合わせです。

 

 アレは、震災発生後、安全保障会議を開いて制服組の意見を取り入れることもせずに自衛隊の10万人派遣を決めました。このとき、ある制服幹部にどう思うかと聞いたのですが、彼は心底困惑していました。

 

 要は、「最初に数ありき」の命令では困るというのです。派遣目的があって、その目的のために必要な部隊を、最大限出そうというのなら、自衛隊は作戦計画を立てて全力でそれに応じるけれど、最初に規模だけ決められても、それに合わせて逆に何をやるか、どこまでやるか決めなくてはならないというのです。アレが手続きを踏んでいれば避けられた混乱がここでも生じていたわけです。

 

 実は、これに似たことは阪神・淡路大震災のときもあり、兵庫県知事から自衛隊に届いた出動要請には当初、やはり「規模()」が指定されていたといいます。それを、自衛隊側が「規模は目的に応じてこちらで決めますから」と押し返した前例があるというのに、アレ内閣はそういう過去の事例に学ぶこともしません。自衛隊など黙って言うことを聞いていればいいんだという態度です。

 

 話がちょっと細かくなってしまったので元に戻すと、アレは震災後、「会議」を20も立ち上げて指揮命令系統を混乱させ、国会で自分のつくった会議の名称を聞かれて答えられず、さらにセカンドオピニオンと称して母校の東京工業大など外部から参与をたくさん雇いいれて議論を混乱させてきました。

 

 まさに「やるべきことをやってきた」どころか、やってはいけないことばかりやってきたというのが実情でしょう。周囲がみんなとめるのを押し切って福島第1原発の視察を強行し、結果としてベント(排気)の開始時刻を遅らせたことも、理系のプライドから、事故対応のあらゆる場面に口をはさみ、いたずらに時を浪費させたのもそうです。危機管理に最も不向きなタイプです。

 

 アレ内閣が政府の最も重要な機能である危機管理に全く備えがなく、首相も閣僚もやるべきことをわきまえていなかったことは、昨年11月に北朝鮮が韓国・延坪島を砲撃した際の行動でも明らかです。

 

このとき、アレはなかなか官邸に出邸せず、国対関係者と国会運営の打ち合わせを続けていました。さらに当時の岡崎トミ子国家公安委員長は、砲撃当日に1度も登庁せずに自宅で過ごし、後に野党に追及されると「警察庁に出向いてきちんと対応できればよかった」などと小学生の反省のような弁を述べる始末です。よりによって岡崎氏を国家公安委員長に選ぶアレが一番どうかしていることは、言うまでもありませんが。

 

 昨日は、北が性懲りもなく再び延坪島付近に砲撃したというニュースが飛び込んできただけに、国民の生命・財産の安全のためにも一刻も早くこんなダメ内閣は消え去ってほしいと心から願う次第です。そして、再び人外のモノに政権を取らせることのないようにと……。

 

 

 本日、夕刊当番のため会社に行ったところ、匿名の人物から私あてに「資料在中」と記された封書が届いていました。中身はとみると、3部の文書「『菅総理』の無為徒食録 相手・会食場所・利用回数一覧」「グルメ『菅総理』食べ歩きリスト及びその利用回数」「グルメ『菅総理』の食べ歩き日誌」が入っていました。

 

 それぞれ、平成22619日から今年82日までにアレが外食した記録を相手の人物別、店舗別、時系列別にまとめた「労作」で、どなたが送ってくれたのかわかりませんが、どうもありがとうございます(消印は銀座でした)

 

 たとえば、人物別のものから、アレの「伸子夫人」の項を抜き出すと、こういう風に記述されていました。

 

 伸子夫人   21

   ホテルニューオータニ 中国料理 TaikanEn        2

   ホテルニューオータニ すき焼き店 岡半      1

   ホテルニューオータニ ガーデンコート 千羽鶴  1

   ホテルオークラ 日本料理店 山里        1

   ザ・キャピトルホテル東急 中国料理 星ヶ岡   4

   ザ・キャピトルホテル東急 日本料理 水簾    1

   有楽町 フランス料理店 アピシウス       1

   赤坂 寿司店 赤坂鮨金ちゃん          1

   赤坂 寿司店 石                2

   赤坂 叙々苑游玄亭赤坂(焼き肉店)         2

   赤坂 居酒屋 纏                1

   武蔵野市 日本料理店 きんとき         1

   猿楽町 寿司店 韻               1

   赤坂 日本料理店(料亭) 口悦          1

   六本木 イタリア料理店

    ザ・キッチン サルヴァトーレ クオモ六本木  1

 

 このほか、アレとの会食回数が多い人物を挙げると寺田学前首相補佐官(23)、福山哲郎官房副長官(15)、仙谷由人官房副長官(11)、阿久津幸彦内閣府政務官(9)、古川元久元官房副長官(7)、加藤公一前首相補佐官(9)、江田五月法相(6)らがいます。奥さんやら側近やらとの会食がやたらと目立つところが、アレ独特ですね。

 

 アレのこの間の飲食店利用回数は延べ139で、頻繁に使っているのが「中国料理 星ヶ岡」(7)、「日本料理 岡半」(6)、「叙々苑 游玄亭」(6)、「中国料理TaikanEn(5)、「日本料理 山里」(5)、「中国料理 花梨」(5)、「寿司 石」(5)、「日本料理 球磨川」(5)、「日本料理 なだ万」(4)、「寿司 鮨金ちゃん」(4)、「中国料理 聘珍樓」(4)、「さかなや冨ちゃん六本木店」(4)、「日本料理 さざんか」(3)、「バー ダビンチ」(3)、「日本料理 水簾」(3)、「日本料理 紙音」(3)、「日本料理 黒澤」(3)……となります。

 

 貴重な資料を送付いただいたことについて、改めてお礼を申し上げます。大変参考になりました。

 

 ところできょうは、民主、自民両党の参院国対委員長がアレが「退陣3条件」として挙げている特例公債法案と再生エネルギー特別措置法案を26日までに成立させることで合意しました。すでに、3条件のうちの第2次補正予算は成立していますから、アレは与野党協力の下、8月中の退陣に向けて完全に外堀を埋められました。

 

 だいたい、予算執行の裏付けとなる特例公債法案だって、いまごろ成立がうんぬんと言っていますが、アレが首相でさえなければ、3月末の時点できっと予算とセットで成立していたことでしょう。この1点だけをみても、アレが復興の最大の障害であることは火を見るより明らかでしょう。

 

 与野党もこのままでは国民と被災者とがあまりに浮かばれないと、手を携えてアレを追い込むことにしたようです。ときの首相を、与野党が一緒になってなんとか辞めさせようと協力し、そのために法案を通そうというのだから前代未聞でしょうね。いやはや。

 

 

 さて、本日書店で立ち読みした雑誌のみんなの党の渡辺喜美代表のインタビュー記事によると、前回のエントリで触れたアレが以前から「政治の本質は野良犬のケンカ」「路地裏のケンカ」を持論にしているという話は、政界ではそれなりに知られている話であるようです。30年以上も国会議員をやってきて、結論がこの程度というアレのオツムの軽さと品性の欠如の徹底ぶりに、いっそ大声で笑い出したくなります。絶望のあまり……。

 

 先日のエントリで、アレの不可解で不愉快な発言をいくつかまとめて紹介したので、今回はアレに対して関係者が最近、どんな言葉を投げかけているかを、手元のスクラップブック(大学ノート)にある新聞記事を元に並べてみようと思います。何かの参考になるかどうか。

 

 「憂慮すべき政治状況が続いている。菅直人首相には政治空白を積み上げることをすぐにでもどうかやめてほしい(728日付産経、連合の古賀伸明会長)……これ、古賀氏はけっこう考えて述べたセリフなんじゃないかと思います。本当はストレートに「首相はすぐにでもどうかやめてほしい」と言いたかったのだけれど、民主党の最大の支持母体の会長としてはそうもいかず、間に「政治空白を積み上げることを」と挟んでごまかしたような。

 

 「1年前に『脱化石燃料』社会を早く作ろうと言い、これに『脱原発』を重ねると、どうエネルギーを調達すればいいのか(同、仙谷由人官房副長官)……アレはいまだに「温室効果ガス25%削減を目指す方針に変わりはない」と言っていますが、最近では「そうだ!!電力供給量を半分にすればいいんだ」とひらめいた様子です。産業も雇用も国防も国民生活も何も考えていませんね。

 

 「被災地の復興を果たすには復興の最大の足かせと言われている菅首相の存在を考えていただきたい」(728日付毎日、宮城県議会の畠山和純議長)……全国都道府県議会議長会で、被災地の岩手、宮城、福島の3議長がアレの退陣を求める緊急決議の提案を行った際の発言です。4月の時点でこれと同じことを指摘すると、被災地の気持ちを考えろと叱られたものですが、私は当時から被災地の身になってアレに辞めてほしいと祈っていました。

 

 「菅氏は鏡に映った己の美しい姿に見とれて身動きがとれなくなっているのだ。必要なのは、鏡に映った己の姿が実は醜悪であるという現実を認識することだ」(729日付東京、作家の佐藤優氏)……佐藤氏は震災発生からしばらくは、アレの下で一致団結して国難に立ち向かえという論調でしたが、だんだんアレがアレたるゆえんを理解してアレじゃあなあ、だってアレだもんなと軌道修正してきたような気がします。

 

 「政治空白が積み重なり、外交問題はほとんど止まっている。8月末までにけじめをつけるのが当然だ(84日付読売、連合の古賀伸明会長)……再び古賀会長の登場ですが、ヒートアップしていますね。連合と民主党というと、前原誠司前外相は党代表時代、「脱労組依存」を掲げたのと、はるかに年上の連合会長にため口をきいたのとで連合の不興を買っていましたが、アレほどではないですね。アレは触れるすべてを敵に回します。

 

 「あまりにひどい。腹に据えかねる」「首相が決めたわけじゃない。私が決めたんだ」「卑怯だ、姑息だ(85日付日経、海江田万里経済産業相)……これは海江田氏が記者会見などの公の場で述べた言葉ではありません。おそらく、日経の親しい記者からの電話を受けてアレが経産省幹部の更迭を自分の手柄にしようとしている件について尋ねられ、漏らしたセリフだろうと推測します。でもねえ、アレの正体なんて、とっくにわかっていたことでしょうに。

 

 「トカゲのしっぽ切りと見られるようなことだけは避けるべきだ。官僚の行政責任だけでなく、『政治主導』を合言葉に官僚を指導、監督してきたはずの菅直人政権の政治責任もまた問われなければならない(85日付毎日社説)……毎日さんもアレをかばって変な方向に飛んでいっていたのが、なんとか常識的なところに降りてきましたね。まあ、そりゃそうです。そうでなきゃ嘘だ。

 

 「首相はこの国を滅ぼそうとしている。日本国民共通の敵だ(85日付東京、民主党の川内博史衆院議員)……この言葉には私も少々、しびれました。だって民主党の所属議員が、自分たちの代表のことを「国民共通の敵だ」と断言しているのですよ。こんな政治情勢が前代未聞であることは間違いありません。言う方も言う方ですが、やはりこんな不正常な政治は正さなければ。

 

 「菅首相の脱原発依存声明、そこにあるのは詐欺師の修辞ではあっても、政治家の論理ではない。(中略)彼に『恥』や『徳』を求めるのは豚にナイフとフォークの使い方を教えるのに等しい(中略)政権の暴走を座視するなら、詐欺罪の共犯として歴史に刻印され、歴史から断罪されるのは自明の理だ。菅政権に寄生する政治学者、ジャーナリストも同罪だ」(同投書欄、雑誌編集者の武中和夫氏)……私の拙いブログですら、アレの正しい姿を描写するとときに過激であるとか下品であると批判されるわけですが、これは正真正銘、新聞の投書欄に載っていた文章です。アレは完全に人間扱いされていません。私もまだまだぬるいと反省させられます。ともあれ、東京新聞の投書欄はバラエティーに富んでいて、けっこうおもしろいのです。

 

 「ここまで来たら56人いっぺんに(辞任し)、『冗談じゃない、こんな内閣は』という形でインパクトを強くした方が(いい)。お盆明けに一気にやってしまった方がいい」(86日付読売、中山義活経産政務官)……中山氏はルーピーの側近ではありますが、歴としたアレ内閣の政務官です。政府内から、テレビ番組での発言で堂々とこんな発言が出るのです。アレ政権は完全な学級崩壊状態にあります。

 

 今朝の読売ではアレ内閣の支持率は18%、朝日では14%とそれぞれの社でまた民主党政権発足以降の最低記録を更新しました。深刻な心の歪み、ねじくれゆえか、やめるという一番簡単で現実的な選択肢が選べないアレがどうしても首相を続けるというのなら、もうとことん堕ちるところので堕ちればいいのかもしれません。国民にはいい迷惑ですが。

 

 そういえば、森喜朗元首相と縁があったある政府関係者は、「アレの支持率がさらに低落し、森の記録を抜くのを楽しみにしている」と言っていました。実は私も、どこかそれを楽しみにしている気持ちがあることを告白します。

 

 

 さて、きょうは出勤後、夏休み期間中にたまった新聞スクラップ作業にとりかかったのですが、そうして改めて最近のアレの言動をたどると、そのあまりに幼稚で支離滅裂なことに怒りがこみ上げてきました。新聞記事を通してアレがこのところ執着している再生エネルギーに関しての発言をみても、こんな小学校低学年レベルの発想で論じてほしくない、物事をかき回してほしくないと背筋が寒くなります。

 

 731日付日経新聞のコラム「風見鶏」は、アレが720日の衆院予算委員会で強調したこんな言葉を取り上げていました。

 

 「46億年の歴史を地球は経ているが、原子力への依存はわずか数十年。未来永劫、依存しなければ成り立たないとは思っていない」

 

 このコラムを書いた坂本英二編集委員も指摘していますが、これはアレの前任者が昨年1月の施政方針演説で述べた「この宇宙が生成して137億年」というセリフを彷彿とさせます。46億年だとか137億年だとか無意味なスケールを持ち出していったい何が言いたいのでしょうか。

 

 こういう比較する意味もないような比較で何かをごまかせると考えるその発想の幼さと低レベルさにあきれます。こんな理屈が成り立つのなら、すべての生命の源である太陽は核融合で燃えているのだから、核こそ万物の母であると主張することだってできます。それこそ無意味ですが。

 

 また、81日付朝日新聞の「首相『薬害エイズそっくり』 原子力の官業癒着体質を批判」という記事を読んだ際、アレの正気を疑いました。長野県で開かれた「みんなのエネルギー・環境会議」でアレが行ったあいさつを紹介したもので、記事によるとアレはこう述べています。

 

 「今から200年、300年前は山にしば刈りに行ってやれていたのだから、再生可能エネルギーを新しい技術に転換すれば(将来は)全てのエネルギーを賄うことも十分可能だ」

 

 ……日本昔話でも思い出したのでしょうか。これも意味不明の比較です。本当にこんなことを言ったのか、この部分を現地取材した産経の小田博士記者のメモで確かめると、以下の通りでした。

 

 「今から200年前、300年前は山にしば刈りに行ったおじいさんが、薪や何とかで全部やれたわけですから。それは新しい技術に転換してやればいいだけですから、それは十分可能だと」

 

こんなラジカルというも愚かな恥ずかしい意見を、公の場で臆面もなく語るアレの精神年齢は何歳なのでしょうか。アレがいう「新しい技術」とやらは、打ち出の小づちでも使えば簡単に取り出せるとでも思っているのでしょうか。「薪や何とか」を大量に使用することだって自然破壊でしょうに。

 

だいたい、人口が現在の4分の1で、しかも電気そのものがなかった時代に可能だったからといって、いかなる理屈で今の文明社会が維持できるということになるのでしょうか。まさかとは思いますが、アレは自分の夢のためなら、同胞をジェノサイドして人口を調整しようとでも考えているのか。いや、何一つまともに考えてはいないのでしょうね。

 

 同じアレのこのときのあいさつについて、日経新聞は別の部分も取り上げています。これまた馬鹿丸出しです。

 

 「1億分の1でも1回で地球が崩壊するようなリスクは取れない

 

 自分自身に酔っ払ってでもいるかのようですね。1億分の1のことを恐れていては、うかつに外出もできないどころか、天が落ちてくるのを心配するようなものでしょうに。第一、「1回で地球が崩壊」って何のことでしょうか。確かに原発事故は深刻であり、2度と繰り返してはいけませんが、別に今回、地球が崩壊してしまったわけではありません。論理の飛躍が大きすぎて、ほとんどこの人大丈夫かと言いたくなります。

 

 アレはこの間、経済産業省に企業の自家発電などの「埋蔵電力」の洗い出しを指示し、経産省側が160万キロワットだと回答するとそれを信じず、「もう一回きちんと調べて文書で報告しろ」と追い返しました。自身が提唱する脱原発を推進するためには、埋蔵電力がたくさんないと都合が悪いという思惑が、きっとたくさんあるはずだとの思い込みに脳内変換されたのでしょう。ところが、首相のお膝元の政府の「エネルギー・環境会議」はこれについて128万キロワットだとさらに下方修正する始末です。

 

 この報告に際しての記者会見で、玄葉光一郎国家戦略担当相はこうアレに釘を刺しました。

 

 「自家発電はかなりたくさんあるが、売却しているとか契約しているとか自分で使っているのが現実だ。現実は直視しないといけない

 

 ありていに言えば、「アレは現実を直視していない」と述べているわけですね。でもアレは全く反省などせず、82日付東京新聞の「首相は執務室に『忍』 夫婦で海江田氏批判」の記事によると、こうこぼしています。

 

 「経産省には腹に据えかねることがたくさんあり、海江田氏にも思うところがある。俺だってこらえている」

 

 さらに、何の権限あってか、国会議員でもないのに平然と国政に口を出し続けている伸子夫人もこう語ったといいます。しばらく前、アレの前任者が首相執務室を訪れ、お茶が出されたので顔を上げると伸子夫人だったということがあったそうですが、執務室に陣取る夫人って何なのか。

 

 「泣くような人(海江田氏)に大臣は任せられない。(アレに向かって)あなたが泣いたら別れるわよ」

 

 ……不条理な我慢を強いられているのは国民の方ですから。また、82日付毎日新聞の連載「管流辞典」によると、アレはこの海江田氏が泣いた場面をテレビでみながらこうつぶやいたそうです。

 

 「政治はもともと野良犬のけんか。向こうがきかみついてきた時に『ウォー』と頑張れるか、『キャンキャン』と言って逃げるか、ということだ」

 

 いかにもアレらしい政治の理解というか、アレ独特のアレというか、もうアレですね、だからこのアレはこれほど品性が下劣なのかと納得させられます。「野良犬のけんか」という比喩に、何ら深い洞察も本質的なものもうかがえませんが、話者のレベルだけは如実に伝わってきます。

 

 で、83日付の産経新聞には「首相『わが家は伸子の方が能力高い』 尻に敷かれる?」という小さな記事が載っていました。アレは、男女共同参画に関する要望で官邸を訪れた堂本暁子前千葉知事にこう語りました。

 

 「わが家なんか、私よりも伸子の方が能力が高いんです!

 

 ……あなたの能力が常人よりはるかに低く、無能そのものであることはよくわかっていますから、安心してください。そんなにご自分で強調しなくてもよーく理解しています。それにしても、日本国民はつくづく不幸だなと、ホントそう思います。なんでこんな惨めで悲しい思いを強いられるのか。

 

 保守主義の父ともいわれるエドマンド・バークは、フランス革命とその担い手の革命家たちへの徹底批判で知られますが、その中のこの言葉は、革命家になりたかった市民運動家のなれの果てにもあてはまりそうです。

 

 《かれらは、なにかを破壊しなければならない。そうでなければ、かれらにとっては、自分たちがなんの目的もなく存在しているようにおもわれるのである》

 

 というわけで、強迫観念と義務感にかられるように、アレは日本国を破壊しようとしているのかもしれません。そういえば、民主党幹部はアレにしても前任者にしても小沢一郎元代表にしても、みんな「革命」という言葉を好んで使っていたなあ。

 

     

 おまけ・釧路の市場の名物「勝手丼」の具。別の店でご飯(100~300円)を購入し、好きな具を乗せてもらいます。ちなみに私は生北寄貝、ウニ、カニ、マグロ、ツブ貝をいただきました。

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