2012年07月

 

 いじめ、についてであります。以前のエントリかコメント欄でも書いたことがあるように思いますが、私も小学校1、2年生のころ、通学班の上級生からいじめられたことがあります。言葉でのいじめのほか、通学途中、ただでさえ3月生まれで体の小さい私を、彼らがからかいながら冬のどぶ川に突き落としたことなどを、今でもとてもはっきりと記憶しています。毎日がとても辛く、苦しかったことは忘れようがありません。

 当時の私は、とにかく3年生になればあの嫌な、怖い上級生たちが卒業すると、「3年生」という言葉に強い憧れと救いを感じていました。それから数年たって中学生となり、少しは体も大きくなってきたころには、かつて自分をいじめた上級生たちを道を見かけたりした際には、体格差が小さくなった今ならどんな抵抗・反撃ができるだろうかといつも考えました。

 ふだんは特に意識することはありませんが、今回の大津市のいじめ自殺事件のような悲惨で限りなく陰惨な事件をみると、約40年前、世界が限りなく狭かったころに、逃れることのできない相手から受けた苦痛、屈辱、絶望、復讐心……など負の感情をまざまざと思い出します。

 大津市の件では、何より問題なのは学校と現場教師であり、事実上、学校と共犯関係にあった市教委であることは間違いありません。私がこのブログでしつこいぐらいに書いてきた山梨県の事例を引くまでもなく、教育委員会の事務局は教師の出向者の集まりであり、教育長の多くは教師の退職後の天下り先であり、今回の事例では詳しく把握していませんが、そうしたもたれ合い構造の背景には教職員組合の存在があります。

 しかし、きょうはあえて、そういうシステムよりも、今現在も好んでか周囲に巻き込まれてか「いじめ」を続けている児童・生徒に言いたいことがあります。今回の大津市の事例のように、刑事告訴にまで至ることは稀で滅多にないことでしょうが、そうはならなくとも問いたいのです。

 あなたは、今いじめている相手から、一生恨まれ、機会あれば復讐される覚悟があっていじめていますか。あなた自身は軽い気持ちであり、いつか相手のことを忘れても、いじめられた側は、絶対に忘れません。この切実で悲壮な思いに時効などありません。相手は常にあなたの存在を不快かつ排除すべきものと思い続けます。将来、仕事や何かの事情であなたと相手が再びあいまみえ、関係を持たざるをえないことだってあるのです。私も、今は生活上、何の関係もないHやSとどこがでかかわりを持てば、決して平静を保てないし、許すこともないでしょう。

 まして、相手を死に追いやるようなことになれば、相手の親・親族をはじめあなたを決して許さない人たちが大量に生まれます。法律がそれを認めないだけで、できるならば、きっかけがあればあなたを殺したいと心底願い、ずっとあなたを呪い続けるのです。今回のように事件化すれば、相手の関係者だけでなく社会もあなたを敵視し、排斥します。

 いじめは、決して軽い気持ちでしたで済む問題ではありません。人の持つ最も強い負の感情を背負い、あるいは浴びせ続けられる結果を生むだけです。そんなとてつもないリスクを背負うことを覚悟してやるほど、いじめなんて爽快でも愉快でも何でもないことだと思います。もともと病的な嗜好を持つならともかく、どうしてもいじめに加わらなくてはならない理由などありません。

 教育現場には、ただいじめが悪いことだと説くだけではなく、いじめは「一生涯の怨恨」を招き、多くのリスクが伴うものであり、そんなことをするのはとんでもない軽蔑すべきバカかルーピーかアレだと諭すことを望みたいところです。

 先日の夕刊フジの記事で、八木秀次氏はいじめ事件について、「教育現場に必要なのは人権教育ではなく道徳教育だ」と喝破していました。鋭い指摘だと思います。私はそれに、いじめなんでいうのは絶対に割に合わない互いにとっての損失だと、損得勘定も加えて教えればいいと思うのです。

 たとえ本質論から外れていようと、今そこにあるいじめを少しでも減らすためには、ありとあらゆるレトリックと法体系、マスコミその他を通じた社会的制裁を行使し、とにかくいじめなんてやってられないよ、という状況を一刻も早くつくるべきだと愚考しています。私は個人的な体験もあり、何が嫌いと言って、いじめや差別ほど嫌いなものはありません。

 

 

 昨日は休みだったため、敬虔で信心深い私は、家族とともに現代のバベルの塔へと巡礼の旅に出ました。バスや地下鉄を乗り継ぎ、塔に隣接するある建物にたどり着き、そこで目にしたものはある著名な政治家が揮毫した謎の文字の羅列でした。

 

          

 

 旧約聖書によると、天に届かんばかりのバベルの塔を建築した人間の傲慢さに神は怒り、それまで一つで共通していた言葉をばらばらにしてしまったといいます。私はこの意味不明の「書」(?)の前にしばし呆然と立ち尽くし、まさしく奇蹟の顕現であるかのように突然襲ってきた神秘の食欲に導かれるまま、約1時間そこに並んだのでした。

 

 すると、ほの暗い一室から聖職者らしい制服に身を包んだ女性が現れ、私に寄付を要求しました。提示された金額を支払うと別室に通され、そこでまたしばし瞑想の時間を与えられました。私と家族にこれからどんな試練が待ち受けているのか、恍惚と不安の中で室内を見渡すと、同じ政治家の手になるとみられる同じ文字が書かれた書がいくつか飾られていました。アーメン。

 

 そういえばこの政治家は、オープニングセレモニーの式典でこの塔に昇った後、しばらくは耳痛、耳鳴りに悩まされていました。これが神の戒めだったのか何らかの恩寵の証しだったのかは、凡愚の身には推察すら容易ではありません。

 

 そしてわれわれが時の流れを忘れたころ、「取りて喰らえ、そはわが肉なり」とばかりに出てきたものは聖なる午餐、

 

     

     親子丼1500円

 

     

     そぼろ丼1200円

 

 でありました。神への深い感謝を捧げ、おいしくいただくとともに、「一人前にしてはご飯の量が少し物足りないな」と罰当たりな感想を漏らしつつ、この秘蹟の地をあとにしました。さあ、腹ごしらえも済んだし、巡礼の再会です。

 

 そしてわたし達はいよいよ、見えざる手に導かれるように塔へと足を向け、長い長い階段を上り始めました。太陽はこの日も核融合で真っ赤に燃えさかり、地上の万物にその恵みを施していました。

 

     

 

 塔の頂はあまりに高く、神秘の光に包まれていてなかなか目にすることもかないません。あまりの熱気に目眩を覚えながらもさらに進むと目の前に……

 

     

 

 「5人の守護天使」(ベルセルク)でも舞い降りてきそうな塔が全貌を表しました。荘厳、壮麗、雄壮、どんなに言葉を尽くしても表現できません。この塔であれば、あの神の御使い、モスラであっても三つも四つも繭をつくれそうです。

 

 私はすっかり満足し、ここで引き返すことにしました。この神聖な塔に登るには私は俗塵にまみれすぎていてその資格がないこともあり、また、何より整理券を手にするためだけに1時間並び、その上次回の案内時間まで3時間以上も待つ根性がなかったからです。

 

 そしてなすすべもなく引き返した私が隣接する建物内の書店の文具コーナーで見たものは、身の毛のよだつような恐ろしい……

 

     

 

 これは、神の代理人たる朝日新聞コラムを通じて神の声を正しく聞き取り、いつか統一された人の言葉を取り戻せ、そのために書き写しノートで日々精進せよ、という啓示なのでしょうか?

 

 仕方がないのでふだんは読まない朝日新聞の天声人語(17日付)にざっと目を通すと、原爆と原発を安易に結びつけて反原発運動を称揚していました。そして、結論には「生活者の肌感覚を蔑まない政治が、今こそほしい」とありました。

 

 こんなものは、断じて「天の声」ではない、むしろ悪質なアジテーションの類だと率直に感じました。やはり、啓示でも何でもなかったようです。やはり、私のような俗人は「不合理ゆえに我信ず」という境地にはそう簡単にはなれないようです。

 

 以上、休みの日の馬鹿馬鹿しい過ごし方でした。

     

 

さて、私の出身地である九州地方ではとんでもない豪雨被害が出ています。多数の人が避難生活を強いられていますが、こういう時に、平成16年に愛媛、高知両県で台風が甚大な被害をもたらし、直後に新潟県中越地震が発生して10万人以上避難者が出た際、ブログでこう言い放った政治家がいましたね。

あい続く天災をストップさせるには、昔なら元号でも変えるところだが、いま必要なのは政権交代ではないか

今そこにいる被災者の救援や必要な災害対策を微塵も考えず、人の神経を逆なでするような無責任極まる政局発言を堂々と記したこの人が、後に未曾有の大災害で最高指揮官として采配をふるうことになったわけです。われわれ国民の味わった不幸は計り知れないものがあります……。

で、再び先日の東電福島第一原発事故に関する国会事故調の最終報告書に関してであります。個別の政治家の責任を問おうとせず、システムや日本文化そのものに責を負わせようという結論には多々不満がありますが、1100人以上の関係者からヒアリングしたというだけあって、なかなか興味深い視点も多く指摘されていました。

その中で、菅直人前首相が海江田万里経済産業相ら周囲の要請、助言、懇願を聞き入れず、原子力緊急事態宣言を出すのが2時間遅れ、それが結果として避難指示の遅れにもつながったと指摘している部分が、私が当時、官邸で取していて感じた強いいら立ちに通じるので紹介します。以下、国会事故調報告書からの引用です。

《菅総理は、「本当に全部落ちたのか」、「予備のバッテリーがあるはずだ」などと、緊急事態宣言の発出と原災本部の速やかな設置の必要性よりも、なぜそのような事態になってしまったのかという技術的な観点や、法令上の建て付けに関する質問を繰り返した

そして、「なぜこんなことになったのか」、「本当に全ての可能性がないのか」と繰り返し質問し、「これは大変なことだよ」と発言して、海江田経産大臣や保安院幹部から再三にわたり、「総理、これは法律に基づいてやらなければならないんです」、「緊急事態宣言を出してください」と緊急事態宣言の発出を要請されても、これを了解しようとしなかった

(中略)菅総理は、すぐに回答を得ることの困難な、事故の発生原因を繰り返し尋ねたり、与野党党首会談の出席を優先させて、「大変なこと」への初動対応の端緒となるはずの緊急事態宣言発出の了解を後回しにした。

まあ、2月に公表された民間事故調報告書も菅氏の「マイクロ・マネジメント」の問題点は指摘していましたが、これが菅氏が危機・非常時のリーダーにとことん向かない男であり、菅氏自身の特異な性質こそが「人災」そのものであったことの本質の一つだと思うのです。

あくまで私が気づいた範囲なので見逃しもあるかもしれませんが、国会事故調報告書のように原発事故対応のあり方と重ねて菅氏の上記のような頑迷で自信過剰で何より人の話を聞かない性質の悪影響を明確にしたものは、私が自分で書いてきたもの以外ではあまり見当たりません(なのになぜ個人の責任は免責するのか不思議ではありますが)。

例えば、私は雑誌「WiLL」の昨年6月号に書いた「菅首相の存在こそ『不安材料』だ」の中で、事故調報告書の指摘と趣旨を同じくすることを以下のように書いています。震災以降、新聞各紙の関係記事はできるだけ目を通すようにしてきましたが、同様の視点の提示があったかは寡聞にして知りません。

《「菅首相には、宰相たるものがもつべき大局観がまるでない。反対に、自分が知っている些末なことにこだわって、いつも判断を下すのが二日遅れる」

震災後、菅首相と接触した複数の官僚は異口同音に話す。

たとえば、福島第一原発の非常用電源であるディーゼル発電機が壊れた際のことだ。ふつうの政治家ならば、「その事態にどう対策を打つか」と考える。

ところが、菅首相は理科系出身であるためか、「なぜディーゼル発電機が壊れたのか」の原因究明に異常な関心を示し、議論がなかなか対策まで進まないのだという。

また、原発に注水するにあたって、事務方が熱中性子を吸収するホウ酸を入れると報告すると、「それは粉末で入れるのか溶液にするのか」と、どうでもいいことにこだわる。

事務方が即答できないと怒り出し、「俺の知っている東工大(菅首相の母校)の教授と議論してから来い」と追い返し、作業を遅延させたこともある。

「菅首相は説明に訪れた相手に『これはどうなんだ』『あそこはどうなっているんだ』とねちねち議論を吹っかけ、やり込めて喜んでいる。相手が答えられなくなると勝ち誇るが、結局相手の肝心な説明は聞いていないので何も学んでいない」

官邸スタッフはこう証言するが、はたして、これが危機に直面した一国の首相の振るまいだろうか。(中略)

その後、経済産業省原子力安全・保安院幹部らが刻々と移り変わる現状について報告しようとしても、菅首相はたびたびこう言って相手の発言をさえぎった。

「お前たちは現場をみていないだろ。俺はみてきたんだ」》

……この「現場を見てきた」というセリフについては、「一体何回、言われたことか」と関係者はこぼしていました。そこで議論が打ち切られてしまうわけです。ここにも菅氏の自分が実際に見聞きしたこと、自分の過去の経験・知識の範囲でしか物事が判断できないというキャパの小ささが表れているように思います。

国会事故調の参考人聴取では、菅氏は福島第一原発を視察した意義について「責任者の顔と名前が一致した」と語り、会場を唖然とさせ、あるいは失笑を読んでいましたが、こんなのが日本の最高指揮官であり、原子力災害対策本部長であったわけです。

しかも、原子力安全委員会の班目春樹委員長は昨年3月28日の参院予算委員会で、菅氏の現場視察の目的についてこう証言しています。

「菅首相が『原子力について少し勉強したい』ということで私が同行した」

現場視察を3月11日深夜に思いついた後、ベント作業がなかなか進まなかったことで、目的は「お勉強」から「ベント督促」へと変わったようにもうかがえますが、揚げ句、帰ってきてからは「俺は現場を見たんだ」の一言で、周囲の進言も説明にも耳をふさいでいたわけです。

やはり、事故被害を拡大し、対策を遅らせた人災の元凶として、菅氏個人の責任をきちんと問うべきだと考えます。少なくとも自ら首相の地位を目指した人なのですから、指導者にとって、特に非常時に際してははっきりと「無能は罪」であることを明確に教えてあげた方が親切ではないかと。

 

 

 本日はちょっと、日ごろ思う疑問点について率直に記してみたいと思います。もとより愚にもつかない与太話であり、読んでいただいても特に新しい情報も役に立つ実用性もありませんので、あしからずご了承ください。

 さて、私のような生まれついての愚者には、世の中よく分からないこと、納得のいかないことばかりであるのはいつものことなのですが、その中でもこのところ、雑誌やネット上でよく見るある「陰謀論」について少し感想を述べます。

 それは、一つは「国民の声が第一」の小沢一郎氏について何か批判的なことや皮肉を書くと、すぐバックには小沢氏を陥れたい検察や霞が関の意向があり、その代弁をしているのだろうと言われることです。

 でも、少なくとも私は、検察の捜査が始まるずっと以前から小沢氏の脱法的な政治とカネの問題は看過できないし、その政策はデタラメでふらふらしているし、人間性にも甚だ疑問があると書いてきました。検察も霞が関も何の関係もありません。というか、私も仕事柄、さまざまな省庁の官僚と接触してきましたが、小沢氏が話題になったことなどほとんどありません。

 話題になったとしても、「小沢氏が自民党を離党する際、竹下派の金庫からごっそりカネを持ち出したという話は、野中広務さんによると事実らしい」であるとか、まあそんな類のゴシップ話程度です。

 またもう一つは、菅直人前首相が脱原発を主張し出してから、原子力ムラの資金を背景にマスコミが菅批判を始めたというものです。ですが、私が菅氏を同じ天を戴きたくないほど許せない、首相失格だと考え、そうした批判を書き始めたのは沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件での国民を欺いた拙劣かつ卑怯極まる対応を見てからの話です。

 当然、原発事故をめぐる信じられないような、というか、どれだけ実態を書いても読者の良識・常識が邪魔をしてそのまま信じてもらえないほどひどい対応についても心底憤り、アレコレ書いてきましたが、別に脱原発路線だから批判しているわけでも何でもありません。

 菅氏に関しては、多くの官僚から明瞭かつ具体的に、場面も含めて批判、悪口、罵詈雑言という形をとった「正論」を聞きましたが、それは個人的な被害にあった人、とんでもない場面を目撃した人、外国に大恥をかいた人……たちの経験談であり、これも原発利権がどうのこうのという話と結びつくとは、ちょっと考えにくいものです。

 まして現在は、反原発派の人を中心に、「菅氏は反原発だ」→「反原発は正しい」→「ゆえに菅氏も正しい」といった、何の根拠もない三段論法がまかり通っているように感じています。

 私自身はかつて科学の進歩と明るい未来の象徴であった鉄腕アトムや妹のウランが、どうしてそこまで恐怖の対象となるのかは理解できないところもありますが、反原発も一つの考え方だとして尊重するつもりです。でも、それと菅氏の原発対応を肯定することは本来、全く別次元の話だと思うのです。

 あえて仮定の話をすれば、検察の捜査が仮になかったとしても、私はずっと小沢氏の政治家としてのあり方について批判や疑問をはさみ続けていたでしょうし、原発事故がなくても菅氏のことは「アレ」と呼んで糾弾し続けたことでしょう。

 また、私がこの両者について何か書くと、私の文章の拙劣さも反省しなければならないにしても、すぐ「私怨からだ」「恐怖しているのだろう」と指摘されることも心外というか、不思議でなりません。

 もちろん、私は事実、この2人のことを好きではありませんが、個人的に恨みを持つような関係ではありません。別に私の財産(そんなもの、ローンが沢山残ったマンションぐらいしかありません)を奪われたわけでもないし、何か執拗に嫌がらせやいじめを受けたというわけでもないわけですし。

 私はただただ、この人たちは日本にとって有害無益、というよりもっと危険な何かであると確信しているだけで、政治の表舞台から退場してくれればすぐ存在すら忘れることだろうと思います。というより、そもそも思い出したくも考えたくもないし。

 きょうは二つの例を挙げましたが、まことしやかに語られる「米中枢同時テロ陰謀論」をはじめ、あらゆる政治現象をすべて利権問題に結びつける「利権万能論」、民主党のおかしな点を指摘すると自民党支持者だと決め付ける「何でも二元論」等々、世の中に満ちあふれるステレオタイプと陳腐な決め付けに、本当にうんざりしています。

 そして、それに私も片隅にいるマスコミが意識してか無意識的にか荷担している場合もあるので、なおさら空しくなります。人間社会とは何か、人の意識とは何かと、そんな若き日にいろいろ悩んだことが、今も解決できないテーマとして目の前に立ちふさがっているのでした。

 

 

 さて、菅直人前首相が自身のブログで、東電福島第一原発事故への対応について、いつもの自己美化と自己正当化と自己弁護と責任転嫁の作業を始めました。私は23日には政府事故調の最終報告も公表されることだし、この問題について触れるのはしばらくやめておこうと考えていたのですが、そのブログの中の一言にカチンときたので、やはり取り上げることにしました。

 菅氏はブログで「記憶が確かなうちに、事故当時首相であった私自身の言葉で自己について書き残すことが、二度と同様の事故を起こさないためにも必要と考えた」のだそうです。だがちょっと待ってほしい。あなたに記憶が確かだったことなどあっただろうか、と私は言いたいのです。

 実のところ、菅氏は過去の己の言動についてまともに覚えていやしません。それは、現在の発言と過去の国会などでの答弁を照らし合わせると明々白々です。私は実のところ、この人には当事者としての証言能力などないのではないかと真剣に疑っているぐらいです。

 そこで私はまず、5月29日付の産経記事「菅氏 反省なき強弁 国会事故調聴取」「緊急宣言遅れ『支障なし』」で、婉曲的にその点を指摘しようとこう書きました。

 《言っていることはブレ続けても「反省のなさ」だけは首尾一貫している。哲学者、ニーチェはそんな菅氏の人間像をずばりと言い当てている。

『それは私がしたことだ』と私の記憶は言う。『それを私がしたはずがない』と私の矜持は言い、しかも頑として譲らない。結局――記憶が譲歩する」

また、これでは少し回りくどかったかなと反省し、6月30日付のコラム政論「原発事故対応 揺れる言動」「菅前首相 武勇伝語る資格なし」では少し具体的・直接的に以下のように書きました(全文です)。

脳内で記憶が次々と自分に都合よく書き換えられていくのか。それとも病的な虚言癖なのか-。東京電力福島第1原発事故対応をめぐる菅直人前首相の言動は、もはや「引かれ者の小唄」とあざ笑うだけでは済まされない。

東電報告書に反論

東電が20日に社内事故調査委員会の最終報告書を発表したのを受け、菅氏は21日付のブログで、清水正孝社長(当時)と自らのやりとりに関する記述について「事実は違う」と真っ向から反論した。

「報告書では、3月15日未明の官邸での私と清水社長の会談で、清水社長が『撤退は考えていません』と発言したとしているが、事実は違っている。私から清水社長に『撤退はあり得ませんよ』といったのに対して清水社長は『はい、わかりました』と答えた

菅氏は5月28日の国会事故調による参考人聴取の際も同じ主張をした。要は「清水氏が明確な形で撤退を否定しなかったため、3月15日未明に自ら東電本店に怒鳴り込む必要があった」というお手盛りの「物語」を崩したくないのだ。

だが、皮肉にも菅氏自身の過去の発言がこの「物語」を論駁(ろんばく)している。現在より記憶が新しかったはずの昨年の国会で、菅氏は何と説明していたか。

社長は『いやいや、別に撤退という意味ではないんだ』ということを言われた」(4月18日の参院予算委員会)「『引き揚げてもらっては困るじゃないか』と言ったら『いやいや、そういうことではありません』と」(4月25日の同委)「『どうなんだ』と言ったら『いやいや、そういうつもりではないけれども』という話でした」(5月2日の同委)

それぞれ微妙に言い回しが異なり、徐々に清水氏の「撤退否定」のニュアンスを薄めているが、いずれにしろ菅氏の最近の主張とは明らかに食い違う。

答弁まるで虚偽?

菅氏が第1原発1号機への海水注入中止を指示した問題についても、菅氏は国会事故調で事実関係をきっぱり否定した。

淡水から海水に変えても再臨界が起こることはない。それは私もよく分かっていた

ところが、昨年5月23日の衆院東日本大震災復興特別委では何と言ったか。

私の方からいわゆる再臨界という課題も、私にはあった

5月31日の同特別委ではこう振り返っている。

「再臨界のことも『どうですか』と尋ねた」「海水を注入したときのいろいろな可能性を検討するのは当然じゃないですか。水素爆発の可能性、水蒸気爆発の可能性、再臨界の可能性、そして塩が入ることによるいろんな影響

菅氏は「過去の国会答弁は虚偽でした」とでも言うつもりなのか。付け加えると、官邸で一部始終を目撃していた関係者は「菅氏はこう怒鳴っていた」と証言している。

「海水を入れると再臨界するという話があるじゃないか! 君らは水素爆発はないと言っていたじゃないか。それが再臨界はないって言えるのか。そのへんの整理をもう一度しろ!」

言わずもがなの話だが、原発事故対応で失態を重ねた菅氏に武勇伝を語る資格はない。「敗軍の将は以(もっ)て勇を言うべからず」。司馬遷は史記でこう戒めている。それでも悪あがきしたいのならば、偽証罪に問われる国会の証人喚問に応じてみてはどうか。(阿比留瑠比)》

これは新聞記事なので、スペースの関係でいろいろ省略した部分がありますが、それでも、一読していただければ菅氏に「確かな記憶」などないことが分かっていただけると思います。今回の菅氏のブログ内容に関しても、早速、いろいろと自己正当化の文言がちりばめられています。もう勘弁してほしいという気分になります。

菅氏がこういう人物であることは、分かっている人にはもう十分すぎるほど、嫌というほど、もう勘弁してくれというほど、助けてくれと悲鳴を上げたくなるほど知っていることでしょうが、残念ながら社会にはこういう「ペテン師」(鳩山由紀夫元首相命名)の言葉を真に受けて、なるほどそうだったのかと信じる人も少なからずいますね。

  なので、今後も折りに触れて、菅氏が事実を歪め、あるいは180度転回させて「こんなに立派で素晴らしかった俺様」的な自画像を描くのに異を唱え続けなければならないようです。やれやれ、であります。

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