2012年10月

 

 「延命学の大家」と呼ばれた菅直人前首相が、辞任の条件としてあれこれやりたいことを列挙し、「それに一定のめどがついたら」と言っていたのを思い出しました。まあ、野田佳彦首相も、同じような種類の人間だったということですね。著書で「自衛官のせがれ」であることを強調し、自衛隊観艦式で旧海軍兵学校の「五省」を読み上げた野田氏は、はからずも自衛隊の最高指揮官たる資格がないことを自ら露呈してしまいました。

 野田氏には、直接「至誠に悖るなかりしか」「言行に恥ずるなかりしか」と言ってやりたい。もはや実質的に輿石政権ではあるとはいえ、プライドも何もなく、ただただ自分と民主党所属議員を少しでも長く生き延びさせることしか考えていません。これは一国のリーダーにふさわしくなく、せいぜい、働かない組合員の身分・地位の保全を最優先する官公労の長のあり方でしょう。

 昨日、三党党首会談後に記者団のぶらさがり取材に応じた野田氏の言葉は言い訳がましく、何よりその顔は「悪人」のそれでした。菅氏が国民も党所属議員もペテンにかけて延命だけに邁進していた際、その無駄に広い額には「恥」という文字が浮かび上がった見えたものですが、野田氏も似てきましたね。

 野田氏は党首会談で、延々と40分間も特例公債法案と予算案を一緒に処理するルールづくりについて説明したそうですが、それってもともと一緒に処理するのが通例でした。それに、仮に今後、改めてそういうルールをつくるにしても、別に野田内閣じゃなきゃできないわけでも何でもありません。

 これが、輿石東幹事長が三党幹事長会談で表明した「解散時期に関する新たな提案」だったわけですから、野党だけでなく、国民もこけにしています。ふざけた話であり、「近いうち」という野田氏が表明した解散時期を先延ばししたいだけであることが見え見えです。要は、野田氏も菅氏と同じような「嘘つき」であるということです。

 菅内閣は一昨年12月、閣僚が国会で虚偽答弁しようとも道義的・政治的責任は必ずしも問われない、というとんでもない閣議決定を行いました。民主党の本質は、嘘つきの恥知らずであるということです。国民はもっと怒るべきです。主権者たる国民をこれほどないがしろにする政権は、戦後これまでなかったのではないでしょうか。

 党首会談で野田氏は、自民党の安倍晋三総裁と公明党の山口那津男代表から「あなたは8月の三党党首会談で、予算編成はしない、と言ったではないか」と突きつけられると

 「言った言わないの話はしない」

 とごまかしたそうです。こういう風に逃げようと最初から考えていたのでしょうね。こういう姿勢・態度を「卑怯」と呼びます。それに対し、山口氏は「私はその場所にいた。輿石氏はいませんでしたね」と、三人だけの席であることを強調し、安倍氏も「谷垣さんから引き継ぎは受けている」と迫りましたが、野田氏はごにょごにょと言い訳し、あげく

 「概算要求を出すのは予算編成そのものではない」

 と子供の屁理屈以下のことを言い出したそうです。あらゆることに言い訳し、自分の逃げ道をつくる生き方というのは、本人は必死でも、はたからは単に卑しいな、未練だな、みっともないな、と見えるだけだということが、どうして民主党の人たちには理解できないのか。

ちなみに、厳しいやりとりが交わされている間、同席していた輿石氏は一言もなく、妙に熱心にメモをとっていたと言います。党首会談だから幹事長が口をはさまないのは当然だとして、今後、野田氏に何と釈明させるかの材料探しでもしていたのでしょうか。輿石氏がオフレコの際に記者に示す下品で幼稚でバカにしきった言動を本当は暴露したいところですが、オフの約束を私が勝手に破るわけにはいかないのでそれはできません。残念です。

まあ、とはいえ、野党側は野田氏が今回、こういう対応をしてくるだろうことは予想していました。最後は、野田氏がしどろもどろでなにやらまだ言い訳をしている場面で腰を上げて立ち上がり、席をたったということです。輿石戦略は、特例公債法案などに対する野党の非協力を強調し、国民を「騙して」非難の矛先を野党に向けようというものですが、さすがに政治にあまり関心のない有権者も、もう民主党のあからさまな意図に気づくだろうと思います。

 ここまでくると、民主党の存在自体が「税金泥棒」に見えてきます。暴力団と親しいどころか「準構成員じゃないか」(野党幹部)といわれる田中慶秋法相は、この期に及んでまだ辞めたくないとだだをこねているとも聞きますが、これも国民の厳しい視線などどうでもいいという感覚の表れですね。そういう人を、閣僚、なかんずく法の番人であるべき法相、そして拉致問題担当相に起用する野田氏の正気を疑います。

 結局、民主党の三代の首相はそれぞれ違うように見えて、根っ子は同じ卑怯でご都合主義の自己愛野郎だったということですね。よく分かりました。野田さん、あなたに「五省」を使って訓示する資格などありません。身の程を知ってください。

 

 

 さて、今朝の産経政治面のミニ・ニュース欄に、「土肥氏が民主会派入り」という小さな記事が載っていました。昨年3月、島根県・竹島の領有権をめぐり、韓国側の主張に沿った共同宣言に署名したことの責任を取るとして民主党・会派を離れていた土肥氏が、再び民主党会派に入ったという内容です。

 

 本当に、現在の輿石政権はめちゃくちゃやってくれますね。今、わが国はまさに竹島をめぐって韓国ともめているのに、その問題で韓国側に立った人を引き入れるこの無神経さに、さすがにぞっとさせられます。韓国に対しても、誤ったメッセージを送ることになりかねません。

 

 菅直人前首相の側近だった土肥氏のこの問題は昨年3月9日に発覚し、すぐに東日本大震災が起きたのでうやむやになった部分がありますが、本来ならもっと日本の国会議員としての資質を問われ、追及されるべき話でした。そういう人を、菅グループ顧問に据えていた菅氏もまた、もっと責任を指摘されてしかるべきところでした。

 

 なのできょうは、土肥氏の問題を報じた昨年3月10日付の新聞各紙を紹介し、振り返りたいと思います。民主党議員によるこういう利敵行為があったことを、決して忘れてしまわないために。

 

     【産経】1面トップ

     

 《土肥氏は産経新聞の取材に「個人的には竹島は日本の領土とは一概に言えないのではないかと思っている」と述べた。》《土肥氏はソウルでの集会で戦前の日本の行為を「歴史は変わることなく、ひたすら覆い隠すことのできない問題だ」と謝罪した。》

 

 土肥氏が署名した共同宣言の骨子は「一、日本は恥ずかしい過去に対し、歴史の真相を糾明し、日本軍慰安婦、サハリン強制徴用被害者など、歴史の被害者に対する妥当な賠償措置を履行しなければならない」「一、日本は平和憲法改正と軍国主義復活の試みを直ちに中断しなければならない」「一、日本政府は歴史教科書歪曲と独島の領有権主張により、後世に誤った歴史を教え、平和を損なおうとする試みを直ちに中断しなければならない」などとデタラメな内容です。

 

     【読売】(3段見出し)

     

 《土肥氏は党内で菅グループに所属し、菅首相に近い。》

 

     【毎日】(2段見出し)

     

 《土肥氏は取材に対し、「発表の場にいたことはうかつだった。共同宣言の内容をよくチェックすべきだった」と述べた。》

 

     【日経新聞】(ハコ)

     

 《土肥氏によると「日韓キリスト教議員連盟」の日本側会長として2月27日に日帰りで訪韓。韓国の「3・1独立運動」の一環で同議連の共同記者会見に出席し、竹島に関する韓国側主張を認める共同宣言文に署名した。》

 

     【朝日】(ベタ)

     

 《土肥氏は朝日新聞の取材に「個人的には竹島は日本の領土とは一概に言えないと思っている」と話した。》

 

 ……記事の扱いは、各紙のスタンス、発言をどの程度重要視しているかによってかなり異なりますが、土肥氏は産経と朝日に同じようなコメントをしていることから見ても、確信犯だったのだろうと思います。

 

 民主党としては、野党が提出する可能性がある内閣不信任決議案に備えるため、一人でも「仲間」を増やしておきたいのでしょうが、こういう考え方の持ち主を迎え入れることで、馬脚を現したとも言えますね。まあ、もとより分かっていたことではありますが、ひどいものです。

 

 民主党はこのほか、鳩山由紀夫元首相を外交担当の最高顧問に復帰させることも決めました。結局、国民をなめきっているというか、そもそも国民の視線、思いなど眼中にないということでしょう。これについて自民党の高村正彦副総裁はこう述べました。

 

 「日本には1億人以上もの人がいるので、鳩山さんみたいな人がいることはそれほど驚くことではないのかもしれないが、政権与党の外交担当最高顧問にまた復帰するということは大いに驚くべきことだ。これは野田さんが外交というものを国益と考えていないか、国益そのものが大事ではないと考えているのか、そのどちらかだ

 

 ああ、なんでもいいからとにかく早く解散してほしい。

 

さて、昨日は来日した米国のバーンズ国務副長官が玄葉光一郎外相、森本敏防衛相、自民党の安倍晋三総裁らと会談し、それについては産経もネットで以下のように報じています。私は昨夜、たまたま安倍氏とある会合で同席し、その機会にそのときのやりとりについて話を聞いたので、記事に少し補足してみようと思います。安倍氏は訪中予定のバーンズ氏に対し、重要なメッセージを託しています。太字は、元文に私が新たに付け加えた部分です。

 

自民・安倍総裁「1ミリも譲る気はない」 米国務副長官と会談

 

 自民党の安倍晋三総裁は15日、米国のバーンズ国務副長官と党本部で会談し、沖縄県・尖閣諸島について「日中間でうまく話し合ってほしい」と要請されたのに対し、中国は明確なルール違反を犯している。(中国と)話し合う全く余地はない。領土問題はないのだから、1ミリも譲る気はない」と述べ、日中間に領土問題が存在しないことを明確に主張した。「こちらの考え方、私の意図を見誤らないように(中国側に)正確に伝えてほしい。このまま行くと大変なことになる。我々は防衛省と海上保安庁の予算を増やすつもりだ」とも付け加えた。

 安倍氏は、米政府が対日防衛義務を定めた日米安保条約第5条の適用範囲であると明言する一方で領有権については中立としていることに対し、「(日本と米国は)同盟国なのだから、日本に寄ってほしいというのが日本の考えだ」と述べた。

これに対し、バーンズ氏は「それは理解できる」と答えた。

 ……まあ、ありていに言えば、中国に「脅し」をかけて牽制しているわけですね。力の信奉者である中国にとって、分かりやすい「言語」で日本の意思を発信したということです。民主党政権のように中国に遠慮して曖昧なメッセージに終始すると、かえって誤解や曲解を招き、物事をこじらせるばかりですから、安倍氏の発言は大きな意味があったと思います。口をもごもごさせながら「分かってくれよ」といくら言っても中国(を含む諸外国)には通用しません。

また、それについて米国も理解を示したという点も重要でしょう。今朝の朝日新聞によると、安倍氏はこの席でこうも語ったとのことです。

「政権をとったら集団的自衛権の行使の解釈を改めたい。日米同盟強化にもなるし、地域の安定にも寄与する」

これも大事なポイントですね。日本が集団的自衛権の行使を明確にすれば、その対象は当然、米国なわけですから、米国も日本に対してこれまで以上に重視することになります。在米勤務経験の長いある外交官は、「日本が軽視されていることについて何度も屈辱的な思いをした」と語り、まともな同盟国として扱われない日本の現状に歯ぎしりしていましたが、同時にこうも言っていました。

「せめて集団的自衛権の問題さえクリアできれば、日米関係をめぐる状況は随分変わるのだが……」

現状では、仮に沖縄・尖閣諸島で有事が起きても、尖閣は日米安保条約の適用範囲だと一応認めている米国は、実際には軍事的には何もしないだろうと見られています。そんな無人島のために、米国民の血を流して、重要な市場である中国と決定的に対立するような事態は避けるだろうと。

ただ、これも日本が集団的自衛権の行使を容認にして、いざというときには自衛隊が米軍(米国民)を守るという姿勢を明確にすれば話は変わってきます。日本はもっと対等な同盟国として、さまざまな場面で米国にものを申し、忠告することもできるようになることでしょう。

これまでは、集団的自衛権に関しては左派メディアや社会党、公明党などが、わけも分からず「戦争はイヤ」「対米追随だ」などと反対してきましたし、内閣法制局は「歴代長官の答弁を墨守してむメンツを守れ」と抵抗してきましたが、時代は変わりました。9月の自民党総裁選では、候補全員が集団的自衛権の行使を表明しました。これも、尖閣問題で中国が大騒ぎし、日本国民の目を覚まさせてくれたおかげだと思います。

実は中国や韓国は昔からずっとああいう国であり、最近になってどうかしたわけではありませんが、その実態に多くの国民が気づき、得心したのは民主党政権のあまりに幼稚で拙劣な外交ぶりに、彼らがしめしめとつけ込んできたおかげでもあります。そういう意味では、この3年間は、あまりに高い授業料を払わされたにしても、全く無意味だったわけではなさそうですね。

話を戻すと、昨夜の会合で安倍氏は「私は一度、政治生命をほとんど失った人間なので、もう怖いものはなくなりました」とあいさつしていました。私は政治は「一寸先は闇」であり、あまり先のことに期待するのはよくないと考えていますが、思わず「今後のことが楽しみだな」と感じた次第です。

一昨日の海上自衛隊観艦式で、野田佳彦首相は何か吹っ切れたように旧海軍兵学校の「五省」を読み上げました。

一、至誠に悖(もと)る勿(な)かりしか

一、言行に恥づる勿かりしか

一、気力に缺(か)くる勿かりしか

一、努力に憾(うら)み勿かりしか

一、不精に亘(わた)る勿かりしか

 

……これを聞いて私は、「野田さん、解散を決意したかな」と感じました。まあ、それはただの感想であって特に根拠のある話ではありませんが、「近いうち解散」の約束を破る気でいるなら、この「五省」を読み上げられないだろうと、野田氏にまだ人としての矜持の一欠片があることを信じたいと今は思っています。やっぱり楽しみだなあ。

 

 

 担当外・専門外の話ですが、今話題のiPS細胞(人工多能性幹細胞)から心筋細胞を作り、患者の心臓に移植する世界初の臨床応用を行ったとしていた日本人研究者、森口尚史氏の「虚言・食言」騒動から連想したこと、思うことについて少し記します。「情報」という、川の流れのようにつかみ所のないものを取り扱うことは本当に難しいと、改めて痛感しています。

 この件は読売新聞が森口氏の「法螺話!?」を大きく報じたほか、弊紙を含む多数のメディアが何らかの形で森口氏の証言に沿った記事を作り、後で訂正したり、おわぴしたり、経緯を説明したり、というハメに陥りました。事実でないこと、怪しいことを書いてしまったのだから当然のことではありますが、メディアの末端にいる人間としていろいろ考えさせられ、反省させられる問題でもありました。

 同時に、新聞、通信社などが今後も速報性・即時性を重視せざるを得ず、タイムリーな話題を手厚く報じようとする限り、今回の件でいくら反省し、注意しても、今後も程度の差はあるにしろ、似たような事例が生じる懸念は否定できないと正直、思います。

もちろん、確からしさの検証や事実確認、裏取り調査はいつだって必要であり重要なわけですし、今後、その点はもっと重視されるべきは言うまでもありません。ただ、世の中に天才的な「詐話師」や、自分の言っている嘘を自分でも真実だと信じ込み、自らの記憶を都合のいいように器用に改編していく人たちがいなくならない限り、取材する側もチェックする側も、それに絶対に引っかからないということは不可能に近いとも考えます。

これまでも繰り返し書いてきた通り、「事実」は複雑な多面形をしているのが普通であり、複数の角度から取材・検証というサーチライトで照らしても、必ずしも全体像はとらえられず、違った角度から見るとまた違った形に見えるということもあります。ある人にとっての疑いようのない真実は、別の人にとっては事実のある一面、しかも本質ではない枝葉に過ぎないということもよくあります。

 ……と長々と言い訳じみた駄文を書き連ねましたが、じゃあ何が言いたいかというと、今回の森口氏の事例をみて、かつて朝日新聞を中心として多くのメディアが全く検証せずに事実であることを前提に報じ、後に全くの作り話だったと判明した吉田清治氏の朝鮮人慰安婦の強制連行証言を思い出すなあ、ということです。

この件も、現代史家の秦郁彦氏が吉田氏が軍の命令で女性205人を強制連行したと証言した済州島に現地調査に行くと、すぐに全くの虚偽でそういう事実は全然ないことが分かったわけですが、朝日などは繰り返し吉田証言を引いては読者に反省と謝罪を押しつけ続けていたわけです。そしてそれが現在も、韓国が慰安婦問題で日本を非難する最大の論拠となっているわけですから、その重大性と深刻さは森口氏の問題どころではありません。(まして、朝日は吉田証言が事実でないと分かってからも知らんぷりしているわけですから)

同じような話としては、文科省が教科書検定で「侵略」を「進出」に書き換えさせたという「教科書誤報事件」もありました。これもそんな事実はなかったにもかかわらず、各社が一斉に報じた結果、それが国際的に「事実」として流通してしまい、教科書制度のあり方、ひいては教科書内容にまで悪影響を及ぼしましたね。現在のようにネットによる監視環境があれば、もっと早い時期に誤解は正されていたことでしょうが……。

その朝日が、うちは森口証言の信憑性を疑っていたと自慢し、「読売ざまあ」とばかりに読売をはじめとする他者の失敗を鬼の首を取ったように報じている姿に、ちょっと「お前が言うな」という印象も持ちました。まあ、そうは言っても、メディア同士の相互批判・検証自体は好ましいと思いますし、歓迎します。どんどんやった方がいい。

あと、個人的には今回の騒動をみて、元自称ジャーナリストの件とどこか似ているなあという感想も抱きました。いずれにしても、不完全どころか完全にはほど遠く、自分勝手で忘れっぽい人間という生き物と、それがつくる集団・組織のやることですから、なかなか難しいものがあります。メディア・リテラシーと一言でいっても、これまたそう簡単にどうこうできるものではないでしょうし、その片隅に棲息する私としても、振り返ると赤面することばかりですし……。

 

 

 本日、ふと気まぐれを起こして久しぶりに菅直人前首相のブログをのぞいたところ、10月7日付のエントリに「民主党政権の再評価」というタイトルのものがあるのが目につきました。ほほう、この期に及んで一体、民主党政権の何がどう再評価されているというのだろうと興味を覚え、中身を読んでみると

《私の生まれた戦後ベビーブーム時代には年間200万人が誕生した。今は半分の100万人。急激な少子高齢化が進んでいる。

 

 民主党が子ども手当の充実、高校無償化など、子供に手厚い政策を打ち出したのは間違ってはいない。社会保障と税の一体改革もこれ以上の先送りはできないテーマで、間違ってはいない。脱原発も間違ってはいない

 

 民主党政権の3年間を冷静に再評価してもらいたい、と思っている。》

 

  というものでした。……なにやら、ブツブツと暗い情念でつぶやく呪文のように、己に強く言い聞かせる自己暗示のように「間違ってはいない」という言葉が3度も繰り返された後に、「再評価してもらいたい」という痛切な願望、祈りがつづられていました。

 

 どうやら、菅氏のもとに国民から具体的な再評価の声が届いているのかな、と思ったのは私のカン違いで、実際は菅氏が心の叫びを表現しようとしただけだったようです。自己正当化の崖っぷちに追い詰められ、今にも自己憐憫の海へと墜落しそうになっている文章だと感じ入りました。

 

 まあ、私とて民主党の意図・試みのすべてを否定するわけではありません。ではありますが、この3年間に実際行われたことを「冷静に再評価」したらどういう結論になるかは、国民の大多数はもうとっくに気づいていることと思います。どうしても現実を認めたくない人や見えない人、私から見ると価値観が転倒しているような人はともかく、すでに現在の政治のていたらくが全てを示しているのは自明のことではないでしょうか。

 

 人の振り見て我が振り直せ、とよく言いますが、「文は人なり」だと改めて思い至った次第です。こんなことを書いている私自身もろくな者じゃないことは重々認めた上で、こんな風にはなりたくないし、なってはならないと、菅氏のブログを読んで自ら戒めたのでした。「我以外皆我師」だな、とも。もちろん反面教師という意味ですが。

 

 

 

 

 

 

 

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