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 前回から2カ月以上がたってしまいましたので、今回は読書エントリとします。この間、あれこれと雑事に追われ、読書はあまりはかどりませんでした。それでも、そのときどきに楽しんだ本を紹介したいと思います。

 

 まずは小路幸也氏の「スタンダップタ゜ブル!」(角川春樹事務所、☆☆★)から。北海道に転勤となった全国紙女性スポーツ記者が、ある弱小高校野球部のに引きつけられて知った「秘密」とは……という、どこか野球漫画のような設定はいいのですが、終わり方が、あれ、ここでこういうまとめでいいの?とちょっと拍子抜け感がありました。うーん。

 

     

 

 今度ドラマ化されるという有川浩氏の「空飛ぶ広報室」(幻冬舎、☆☆☆★)は、航空自衛隊の「広報」を舞台にした有川ワールドを満喫できる作品です。これまた、主人公はテレビ局の左遷記者という設定で、彼女が自分の自衛隊への根拠なき偏見に気づき、少しずつ成長していく姿もいいですね。

 

     

 

 有川氏はあとがきで東日本大震災について触れ、こう書いています。素晴らしい言葉だと感じました。

 

 「自衛隊をモデルに今までいろんな物語を書いてきましたが、今回ほど平時と有事の彼らの落差を思い知らされたことはありません。

 ごく普通の楽しい人たちです。私たちと何ら変わりありません。しかし、有事に対する覚悟があるという一点だけが違います。

 その覚悟に私たちの日常が支えられていることを、ずっと覚えていたいと思います。」

 

 この本の中でも、自衛隊の方々がごく自然に示す、いざという時の覚悟のありようがいくつかの場面で描かれています。このような本がベストセラーとなり、多くの人に感動とともに受け入れられている時代になったのだとしみじみ思います。

 

 萩原規子氏の「レッドデータガール」シリーズもこの第6作「星降る夜に願うこと」(角川書店、☆☆☆)で完結でした。もっと続いてほしかったなと帯を見たところ、アニメ化だとか。私がこの読書エントリで紹介された本はこれまでけっこうドラマ化や映画化されており、自分がいかにミーハー的な、ごく一般的な大衆そのものの感性、好みの持ち主であるかがよく自覚できました。

 

     

 

 山本幸久氏の「展覧会いまだ準備中」(中央公論新社、☆☆☆)は、応援団出身の地味な美術館学芸員が主人公という設定にひかれて手にとりました。派手な出来事や冒険活劇は一切、出てきませんが、登場人物の1人ひとりが魅力的というか面白く、とても楽しめました。

 

     

 

 また、作中で、山本氏の他の作品に出てくる会社が重要な役割を果たすなど、しゃれた仕掛けも施されていました。主人公がちょっぴりうらやましくなりました。

 

 佐々木譲氏の北海道警シリーズもこの「人質」(角川春樹事務所、☆☆☆★)で第6弾だそうです。これはもう素直に面白い、というほかありませんが、それにしても佐々木氏のこのシリーズに出てくる政治家ってクズばっかりだなと感じました。

 

     

 

 お気に入りの佐藤雅美氏の物書同心居眠り紋蔵シリーズはこの「へこたれない人」(講談社、☆☆☆★)でもう何作目となったのかも分かりませんが、飽きはきません。毎度のことながら、佐藤氏の「人間観」の相場はとても納得がいきます。

 

     

 

 岩井三四二氏の「むつかしきこと承り候 公事指南控帳」(集英社、☆☆☆)は、主人公は元公事宿の手代で現在は薬屋という設定の連作短編集です。これもシリーズ化するのかな。

 

     

 

 山本一力氏の「夢曳き船」(徳間文庫、☆☆★)を読むと、毎度毎度、人間の「器量」という言葉が繰り返されます。器量の小さな、狭量を絵に描いた、戯画化したような小人物である自分とつい比べ、ひがみたくなります。

 

     

 

 まあ、そんな気分となったので、江戸時代を舞台にしたサラリーマン小説の名手、上田秀人氏の奥右筆秘帳シリーズ第11弾「天下」を読み、いいじゃないか会社員だもの、とわが身を慰めました。

 

     

 

 で、ここまで時代小説を読んだところで、やはり原点に戻りたくなり、藤沢周平氏の「よろずや平四郎活人剣」(上・下)をもう7~8回目でしょうか、読み返しました。やっぱり藤沢作品は素晴らしい。圧倒的に面白いし、表現力は豊かで繊細で文章は美しい。別格ですね。

 

 そこで少し気持を落ち着けて現代小説へと戻り、三浦しをん氏の24歳のときのデビュー作だという「格闘する者に◯」(新潮出版、☆☆★)を手にとりました。女子大生の就職活動や家族、友人らとの日々を描いたものでした。

 

     

 

 仮名にはなっているものの、露骨にどこかが分かる出版社の面接でのまちまな対応なども描写されており、本当にそういう社風があるのだろうかと興味深いです。

 

 堂場瞬一氏の警視庁追跡調査係の第4弾「標的の男」(角川春樹事務所、☆☆☆)は、凸凹コンビの肉体派、沖田のけがで、本来は書斎派の西川が走り回るはめになります。

 

     

 

 同じく堂場氏の警視庁失踪課シリーズ第8弾「牽制」は、何といっても最後のシーンが……。早く続きが読みたい。にしても、堂場氏はかなり多作ですが、執筆時間はどうやって確保しているのだろうなどと、どうでもいいことが気になります。

 

     

 

 ……花粉が飛び交う季節となりました。今年は例年より多いとされ、今まで発症していなかった人も危ないといいます。お気をつけください。それにしても、年に2カ月もマスクをして暮らさなければならないというのは、実に鬱陶しいですねえ。

 

 さて、選挙期間中の新聞休刊日とくれば、私のごく個人的な気分転換にもなるし、読書エントリがぴったりですね。というわけで、アレコレ言わずに早速開始します。

 

 まずは、三浦しをん氏の「白いへび眠る島」(角川文庫、☆☆☆)からです。親元を離れて暮らす高校生の主人公が、因習が残る故郷の島に帰省するところから物語りは始まります。幼いころから不思議なものが見える主人公がそこで遭遇する事件と新たな出発は……。ともあれ、その中で、こんな描写があるのに興味をひかれました。

 

 《「あれ」は海と山を行き来していると伝えられる化け物で、その名を口にするのも忌まれていた。(中略)なにしろ、口に出しても文字で書いても禍があると言われているのだ。島の人間はみんな、いつのまにかなんとなく「あれ」の存在と名前を知る。》

 

     

 

  ……いやはや恐ろしいですねえ。でも、これは決して日本の近未来を描いた小説ではないし、「あれ」はどこかの選挙区から出ているとかいう「アレ」ではありません。まあ、アレも「立てば国難、座れば人災、歩く姿は風評被害」と言われていたのだから、将来は本名を忘れられ、似たような位置づけになるかもしれませんが。

 

 というわけで、次も三浦氏の「神去なあなあ夜話」(徳間書店、☆☆☆)です。題名が示す通り、これは以前紹介した横浜出身の若者が三重県の山間部の神去村でなぜか林業に従事することになる「神去なあなあ日常」の続編です。

 

     

 

 20歳の主人公が、前作で告白(?)した年上の憧れの女性と、それなりにうまくやる過程がなんとも……。私も若いころ、気になる女性に思い切り自分の器量の「小ささ」を見せつけてしまい、見事に嫌われたなあなどとあまり思い出したくないことを振り返ってしまいました。

 

 で、このところ新聞や雑誌の書評欄で絶賛されている横山秀夫氏の7年ぶりの新作「64ロクヨン」(文藝春秋、☆☆☆☆)です。さすが納得の横山作品というか、警察組織(D県警)や新聞記者の生態のリアルさはうならされます。

 

     

 

 ……主人公の家庭の事情、警察庁と地方警察、刑事部と総務部、過去の誘拐事件、警察と記者クラブの対立……と道具立てもバラエティーに富み、読ませます。個人的には、主人公の家庭の問題がその後どうなるのか気になります。県警回りの最下っ端だったころを思い出しました。

 

 そしてまたまた池井戸潤氏の新作「七つの会議」(日本経済新聞出版社、☆☆☆☆)が出ていたので早速、堪能しました。どこにでもありそうな中堅メーカー、東京建電内のそれぞれの事情を抱えた人間模様と、ある秘密が引き起こした事件。サラリーマンならきっと引き込まれます。

 

     

 

 池井戸作品は必ずといっていいほどどこかに「カタルシス」を用意してくれているので、読後感がいいですね。まあ、仕事にプライドを持ち、社会のために働くというのは、言うほど簡単ではないと思いますが。

 

 書店でずっと平積みになっていたので気になっていた中田永一氏の「くちびるに歌を」(小学館、☆☆☆)も、とうとう手を出してしまいました。長崎県の離島、五島で暮らす中学生たちが主人公の青春小説です。五島が舞台というと、書道漫画「ばらかもん」もそうですね。

 

     

 

 私は音痴なので今までそんなことを考えたことはなかったのですが、これを読むと合唱もいいものだなあと感じました。あと、この年代というのはちょっとしたことをきっかけに大きく成長するのだなあと。うんうん。

 

 言わずとしれた夢枕獏氏の「陰陽師」シリーズはこの「酔月巻(すいげつのまき)」(文藝春秋、☆☆☆)で第12弾です。一献傾けながらの清明と博雅の掛け合いは、いい意味でのマンネリであり、読むたびに嬉しくなります。

 

     

 

 野口卓氏の「遊び奉行」(祥伝社、☆☆☆)は、同氏の「軍鶏侍」シリーズの姉妹編という趣で、やはり南国・園瀬藩を舞台にしています。藤沢周平氏の創作した北国・海坂藩へのリスペクトがうかがえる設定です。真の武士とは……。

 

     

 

 堂場瞬一氏がイケメンでイクメンの刑事を描いた「アナザーフェイス」シリーズもこの「消失者」(文春文庫、☆☆☆)で第4弾です。確かに面白いのですが、今回はこれまでの3作に比べ、主人公の秘めた凄みがいまひとつ生かされなかったような……。

 

     

 

 プロ野球のスカウトの世界を描いたこの本城雅人氏の「スカウト・デイズ」(PHP文芸文庫、☆☆☆★)は、作者のことを何も知らずに買いました。で、読み進めるうちに、記者と新聞社の描写がやけに詳しいなあと思い、著者のプロフィール欄を見ると、なんと元サンケイスポーツ記者とあるではないですか!。

 

     

 

 なんのことはない、社の先輩に当たる人の作品でした。まあ、それを抜きにしても、 これはスカウトたちと選手の駆け引きやその背景を実に興味深く描写していて、素直に面白いです。

 

 最後に、ここのところ、いいなと感じた漫画作品を紹介しているので、今回も一つ。ヤマシタトモコ氏の「バター!!!」は、題名だけ見ると何の話か分からなかったのですが、これは高校の社交ダンス部を舞台にした作品でした。

 

     

 

 いわゆるスポ根ものではありません。だけど、それぞれの事情と思惑を抱えつつ、社交ダンスを続けていたり、新たに始めたりした若者たちの感覚がみずみずしく、応援したくなりま。5巻で急展開した部長と副部長との関係は……いいですねえ。リア充とは何か。

 

 なんというか、人間には、食欲や性欲などと同様に、実に強い「物語欲」があって、常に没入できるストーリー、新しい説話を求めているのかなあと。

 

 さて、秋の臨時国会がようやく、やっと、とうとう明日から始まるのを前に、本日は約1カ月ぶりの読書エントリといたします。時代小説を愛好する私としては珍しく、今回は時代小説がありません。好きな作家のシリーズものが出なかっただけですが、その分、新しい収穫がありました。

 

 まず、帯の「青春の傍観者だった」というコピーにひかれて初めて読んだ三羽省吾氏の「傍らの人」(幻冬舎、☆☆☆★)は、非常によかった!  この本は5つの短編で構成されていて、ストーリーを紹介するとかえってつまらなく思えるかもしれないので抽象的に言うと、さまざまな事情で、あるいは特に理由もなく、日常の中でくすぶっている人たちに訪れる転機と再生の物語です。

 

     

 

 この人は小説はいい、と思ったので書店で他の作品を探して見つけたのが、「JUNK」(双葉社、☆☆☆)でした。この本の帯にも「社会の本流から外れた人間たちの哀しくも愛らしい真剣な姿を描く」とありましたが、作者独特の視点がいいですね。この本には「指」と「飯」という2つの中編が収められていて、私は当然、後者が気に入りました。

 

     

 

 で、次に、前回の読書エントリで初めて読んだと記した三田完氏の浅草の喫茶店を舞台にした連作「モーニングサービス」(新潮社、☆☆☆)に手を出しました。これもいいなあ。前回の紹介作と同様、今回もソープ嬢が出てきたほか、性同一性障害の医大生など、登場人物もキャラが立っています。

 

     

 

 奥泉光氏の「桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活」の第2段、「黄色い水着の謎」(文藝春秋、☆☆☆)も出ていたので、早速購入しました。以前紹介したように日本最底辺大学、たらちね国際大学の最底辺教師である通称クワコーが、事件(?)に巻き込まれ、何の活躍も解決もせずにおろおろしているというお話の続きです。

 

     

 

 これも私がここで四の五の言うより、ご一読いただければ早いのですが、笑えます。電車の中で本を読んでいて、「ククッ」と吹き出しそうになったのは久しぶりでした。作者の言葉遣い、表現、徹底したクワコーの小者ぶりの描写は秀逸というしかありません。

 

 ここからは、有川浩氏ばかりとなります。私は本でも食事でも何でも、ツボにはまるとしばらくそれぱっかり、という癖があるので申し訳ありません。まずは還暦ヒーローが町内で活躍する「三匹のおっさん ふたたび」(文藝春秋、☆☆☆)からです。

 

     

 

 前回の読書エントリで紹介した「シアター」と同様、ここでも働くこと、きちんと稼ぐことの大切さがこれでもかと述べられています。と同時に、世の中いいことばかりではないけれど、ほのぼのとする瞬間だってあるよなあと感じさせてくれました。

 

 次の「植物図鑑」(角川書店、☆☆☆)は、私の苦手な「恋愛小説」にジャンル分けされるのでしょうが、もちろんそういう要素はたっぷりありつつ、野草、山菜を食べ尽くすという話でもあり、楽しく読めました。ここでも倹約の大事さが主張されています。

 

     

 

 この本を読んで、私は「ああ、あの小さな花はニワゼキショウという名前だったのか」とわかって感謝していますが、同時に、作者が「ツクシ」について、特に特徴もなく、手間がかかるばかりでたいしてうまくもないという描写を何度かしているのが気にいりません。作中では、もっぱらつくだ煮にされていますが、私にとってはツクシを油でいためて卵とじにしたものが、ほのかな苦みとともに懐かしい故郷(というか実家)の味でした。

 

 さらに、この「阪急電車」(幻冬舎文庫、☆☆☆)も恋愛ものでしたが、とても楽しく、面白く読めました。私には全く土地勘のない阪急沿線を舞台にした連作(仕掛けが面白い!)でしたが、登場人物がそれぞれ可愛いというかいじらしいというか。上記の「植物図鑑」もそうでしたが、これも作中から作者の故郷、高知への愛が深く読み取れます。

 

     

 

 こうなると止まらず買い求めた「フリーター、家を買う」(幻冬舎文庫、☆☆☆)も、やはりきちんと職を持ち、社会の中で働くことの意義をこれでもかと指摘するような内容でした。もちろん、そうした含意とは別にストーリー自体もよくできているのですが、作者自身の過去の経験、苦労が投影されているとのことでした。

 

     

 

 ただ、このタイトルだとフリーターが家を買ったのかとどうしても思うわけですが、少しだけばらすと、フリーターがあれこれ悩んで就職して、それから家を買う、というお話でした。まあ、そうじゃなきゃ不自然ですけどね。

 

 最後に取り上げる「ラブコメ今昔」(角川文庫、☆☆☆)は、題名だけみると、ちょっと食指が動かないところなのですが、帯には「国を守る日常の~」とありました。これ、つまりは自衛官の恋愛事情をテーマとした連作なのでありました。しかも、実際に自衛官にしっかりと取材して書かれた非常に興味深い内容でした。

 

     

 

 そして、東日本大震災の後に書かれた「文庫版あとがき」が、私にとっては大いに共感できるものでした。これは、名指しこそしていませんが、当時の菅直人首相への明らかな批判となっています。以下、有川氏の文章を引用します。

 

 《これを書いていた頃とはまったく社会の情勢が変わってきましたが、自衛隊に関しては声を大にして言っておきたいことがあります。

 

 自衛隊は命令に従うことしか許されない組織です。そしてその命令を出すのは内閣総理大臣です。

 逆に言えば総理大臣が出す命令ならどんな命令でも従わなくてはならないということで、近年は非常に歯がゆい命令が多すぎました。

 しかし、どんな理不尽な命令でも、彼らは命を懸けるんです。

 これは警察も消防も同じだと思います。東北が苦難に見舞われたあの日、明らかに消防の職分であるはずの現場に機動隊が投入された一件に関しては、きっと疑問を覚えた方も大勢いらっしゃることでしょう。

 機動隊は治安維持のエキスパートであって、消防のエキスパートではありません。適切な装備も持ってはいません。

 適材適所という原則が無視されたことには未だに首を傾げざるを得ません。

 あんな大変なときに一番働きづらい体制で本当に申し訳なかった。そんなことになってしまったのは国民全員の責任です。(後略)》

 

 有川氏が何を具体的に思い浮かべてこれを書いたのかは推測するしかありませんが、私はすぐに、あるエピソードを思い出しました。それは、当時の国家公安委員長が菅首相に、「警視庁の放水車では福島第一原発まで水は届かない」ときちんと進言したにもかかわらず、菅首相が「それでもいいから出せ」とめちゃくちゃな指示を出し、その結果、東京消防庁の作業を遅延させたという問題です。

 

 菅氏は最近だした著書でも、「石原慎太郎都知事に東京消防庁の出動を要請したら快諾してくれた」という趣旨のことを自慢げに書いていました(立ち読みなので、正確な文言ではありません)が、これも当時、私が官邸で取材していた事実とは異なります。私は当時、事務方からこう聞いていました。

 

 「政府の要請を石原知事はいったん断ってきた。菅首相が信用できないからだ。仕方がないので、われわれが安倍晋三元首相を通じて石原伸晃氏経由で再度、お願いし、なんとかハイパーレスキュー隊を出してもらった。この経緯がばれると、菅首相がまた激怒して何をするか分からないので、当面は記事に書かないでほしい」

 

 有川氏が指摘しているように、菅氏の自衛隊の使い方もひどいものでした。部隊運用も配置も各部隊の役割と仕事内容も何も考えず、ただ分かりやすい数字にこだわって、場当たり的に「何万人出せ、いや十万人出せ」と規模だけ決めて指示した結果、現場の混乱と苦労は大変なものがあったと聞きます。本当に、日本にとって彼は……。

 

 まあ、アレのことばかりでは何なので、口直しに最近、お気に入りの漫画についても触れます。テレビCMもときどきやっているようですが、北海道の農業高校を部隊にしたこの「銀の匙」はいいですよ。派手な展開もアクションも何もありませんが、しみじみ素敵な物語です。

 

     

 

 

 

     

 

 たいして仕事をしているわけでもないのに、日々ばたばたしているうちに、恒例の読書エントリを2カ月以上さぼってしまいました。今年の残暑はとてもしつこく猛烈でしたが、本日はようやく秋らしい涼しい日となりました。というわけで、いつものように読み散らした本の紹介とまいります。

 

 まずは、山本幸久氏の「一匹羊」(光文社、☆☆☆)から。この題名が、人とつるむことも群れることも得意ではなく、かといって一匹オオカミを気取るような強さも孤高さも何もない自分の立ち位置と重なるような気がして手に取りました。

 

     

 

 8つの短編が収められていて、それぞれ「なんだかなあ」という日々を送っている主人公が、それでも小さな希望を胸に生きていく姿が愛おしく描かれています。「一匹羊」は短編の一つ、同族企業の中年サラリーマンが主役の物語でした。

 

 三田完氏の「黄金界」(講談社、☆☆☆)も短編集で、やはり市井の人々の哀感が描かれています。一作目のソープランドのシーンの描写には少し驚かされました。特に、生真面目一方で売れない落語家が出てくる「通夜噺」はしみじみいい話でした。

 

     

 

 自身も医師である海堂尊氏の「バチスタ」シリーズも、この「ケルベロスの肖像」(宝島社、☆☆★)でひとまず完結だそうです。愚痴外来の田口医師の成長(?)著しいのはいいのですが、なんとなく物足りなさも感じました。シリーズが終わるときは、こんなものなのかなと。

 

     

 

 いつも安心のクオリティーを維持する宇江佐真理氏の髪結い伊三次シリーズ第11弾「明日のことは知らず」(文藝春秋、☆☆☆)は、毎度のことながらじっくりと読ませてくれます。伊三次夫婦は巻を重ねるごとに確実に歳をとっていきますが、その分、子供たちは成長していきます。この当たり前のことを、物語を通じて味わえる幸せよ。今回のタイトル通り、人間、先のことはどうなるか分かりませんが。

 

     

 

 で、やはり宇江佐氏はいいなあと、しばらく前に刊行されていたけれど未読だった「通りゃんせ」(角川書店、☆☆☆)も手に取りました。これは、現代の若者が江戸時代に紛れ込むいわゆるタイムスリップもので、半村良氏の「講談 碑夜十郎」を連想させる設定です。宇江佐氏の作品には珍しいパターンであり、主人公が現代に戻る過程はいまひとつ説明不足のような気もしましたが、まあ楽しめました。

 

     

 

 澤田ふじ子氏の公事宿事件書留帳シリーズはこの「鴉浄土」(幻冬舎、☆☆☆)で第20巻を数えます。私も会話がくどい、説教くさいなどとブツブツ文句を言いながら、20冊も買って読んでしまったというわけです。作家ってさすがだなあと。

 

     

 

 さて、以前の読書エントリで高野和明氏の「ジェノサイド」に大いに感動したことを記したと記憶していますが、この「グレイブディッカー」(角川文庫、☆☆★)はどうかなあ。ミステリー小説としての評価はかなり高いようですが、私はあまり趣味に合わなかったようです。

 

     

 

 いつのまにかシリーズ化していた浜田文人氏の「若頭補佐 白岩光義」も今回の「南へ」(幻冬舎文庫、☆☆★)で3巻目ですね。前作では仙台でトラブルに巻き込まれた白岩は、今回は福岡で面倒を抱え込みます。義理人情エンターテインメントは健在です。

 

     

 

 ずっと前から気になっていたのですが、なんとなく読み損ねていた有川浩氏の「シアター」(メディアワークス文庫、☆☆☆)の1、2巻をようやく読了しました。どうやら3巻もそのうち出るようなので実に楽しみです。

 

     

 

 シアターという題名について、単純でもの知らずの私は当初、映画館の物語なのだろうと思い込んでいたのですが、読んでみると劇団の話でした。しかしまあ、登場人物の一人ひとりのキャラクターが生きていて、しかもお金の問題がきっちりと書き込まれていて、とても興味深く読めました。主人公の劇団主宰者がとんでもなく甘ったれで、それでいて女性にもてるのは不愉快でしたが。

 

 というわけで、同じ出版社つながりというわけでもないのですが、やはり以前から気になっていた三上延氏の「ビブリア古書堂の事件手帳」(☆☆★)の1~3巻にも手を出しました。これは、最初は今ひとつかなと思っていたのですが、だんだん栞子さんがちょっと正体不明の魔女じみてきて、面白くなってきました。

 

     

 

 で、前回の読書エントリで2巻まで読んだことを報告した米澤穂信氏の古典部シリーズ(角川文庫、☆☆★)も、つい止まらなくなって「クドリャフカの順番」「遠まわりする雛」「ふたりの距離の概算」……と結局、現在出ている5巻すべて読破してしまいました。この年になって高校生気分にひたるのは難しいのですが、なんか読んでいて楽しい作品ですね。

 

     

 

 なので、米澤作品を他にも読んでみるかと、しばらく以前に話題になった「ボトルネック」(新潮文庫、☆☆★)も読みました。うーん、これ、いろんな意味で非常によくできている作品だと思います。考えさせられもします。ただ、結論(題名が示唆)に救いが感じられず、私が読書に求めたいカタルシスがあまり……。

 

     

 

 というわけで、時代小説のオムニバス「世話焼き長屋」(新潮文庫、☆☆☆)を買い求めました。収められていた短編5作のうち、実は2作は以前読んだことのある話でしたが、やっぱり時代小説はいいなあと。精神安定剤になります。

 

     

 

 ここからは番外編です。ここの読書エントリは原則として「小説」を対象としていて、あまり漫画は紹介していませんが、ときどき無性に取り上げたくなる作品があります。今回読んだ片山ユキヲ氏の「花もて語れ」(小学館、1~5巻)という作品は、なんと朗読をテーマにしているのですが、これが実にいい。

 

     

 

 私はこれを読んで、宮沢賢治の春と修羅の解釈や、高校生のときに完全に誤読していた太宰治の読み方などを改めて知ることができました。まあ、私のレベルが低すぎるということもあるのでしょうが、それにしてもいいなあ。最近はこのほか、うめ氏の「大東京トイボックス」(幻冬舎コミックス、1~8巻)にも打ちのめされました。

 

 いい作品は、小説でも漫画でも、自分にもっと想像力と創造力があったなら……と、昔日の憧れを思い出させてくれます。現実は、政争がどうしたこうしたとか、政治的怨念がどうだとか、そんなつまらないことばかり追いかける日々なのですが。

 

 さて、先日の東電福島第1原発事故にかかわる国会事故調の最終報告書は、責任を「特定個人」に求めることは問題解決につらがらないという趣旨の主張をしていました。確かに、一般論としてはその通りだろうと思います。同じような悲劇を繰り返さないためには、システムそのものの不断の見直し、改善が必要なことは言うまでもありません。

 

 ただ、私はそれでも「政(まつりごと)を為すは人に在り」(中庸)だという側面も非常に大きいと考えるのです。当時の菅直人首相やその周囲が、法律やマニュアルに定められたことを一通り実践して、なお事故拡大を防げなかったというのならともかく、それらを理解しないまま慌てふためいて勝手で非常識なことばかりやっていました。

 

 原災法に定められた原子力緊急事態宣言もなかなか出さず、安全保障会議設置法で規定された安保会議もとうとう開かず、原子力安全委員会や保安院の幹部を身辺に拘束して必要な事務手続きや諸検討の邪魔をし、事故現場に指揮命令系統に則らない不適切・不必要な質問や指示を重ね、官僚を排除して屋上屋を架す会議を20も立ち上げ、専門家でも何でもない参与を次々と登用して事態を混乱させた揚げ句、「システムが悪かった」と言われても「本当か」と疑いたくなります。

 

 もちろん、菅氏のような尋常ではなく特異な人物がトップに立ってしまうような政治システムのあり方については、ずっと多大な問題ありと考えています。私は昨年の今頃に出版した「総理、あなたこそ復興の障害です」(PHP)の「はじめに」でこう書きました。

 

 「私企業であれば、そのあまりの人望のなさから管理職にも就けなかったであろう人間が、何かの間違いで首相にまで昇り詰められる日本の民主主義システムは、どこか決定的な欠陥をもっている」

 

 原子力行政は今回の1000年に1度といわれる大震災や大津波を想定していませんでした。同様に、日本の憲法も法体系も、菅氏のような異形の首相の誕生を想定していなかったのだと言わざるをえません。私はそういう強い問題意識をずっと抱いています。

 

 前置きが随分と長くなってしまいましたが、本日は久々に読書エントリとします。まずは、池井戸潤氏の人気シリーズ「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」に続く第3弾「ロスジェネの逆襲」(ダイヤモンド社、☆☆☆☆)です。

 

     

 

  いやあ、今回も堪能しました。主人公の半沢が「やられたら倍返し」で親会社の策謀をひっくり返していく過程はストレス解消になります。私もバブル世代だけに感情移入もしやすく、就職氷河期世代の描写についても興味深いものがありました。すかっとします。

 

 笹本稜平氏の素行調査官シリーズも第3弾かな。この「漏洩」(光文社、☆☆☆★)も、笹本氏の警察ものらしく、面白くてくどい、くどいけど面白いという感想です。登場人物同士が繰り返し繰り返し社会正義と己の立ち位置について語るのが鼻につくのですが、これが持ち味なのかも。

 

     

 

  何だか連作ばかり取り上げていますが、垣根涼介氏の「勝ち逃げの女王」(新潮社、☆☆☆★)も、「君たちに明日はない」シリーズの第4弾です。今回はリストラ請負人の主人公の成長ぶりも描かれています。テーマが「仕事」であるだけに面白く、そして考えさせられます。

 

     

 

  夢枕獏氏の「大帝の剣」(エンターブレイン、☆☆☆)がようやく完結しました。とうとう、ゴータマ・シッダールタや大天使ガブリエルも登場する豪華さです。後書きで作者が「どうだ。こんな話書くやつ、他にいるか」と書いていますが、はい脱帽します。

 

     

 

  適菜収氏の「脳内ニーチェ」(朝日新聞出版、☆☆☆)に関しては、以前のエントリでも触れました。本書では登場人物たちがこんな会話を交わします。

 「……だから、ファシストとスターリニストの集団、ルソーやロベスピエールの子孫に政権をのっとられてしまった」

 「それが今の与党か……」

 「社会主義者というのは結局、糞詰まりなんだよ。からだに溜まったガスで、自家中毒を起こす。彼らは、健康を深く恨んでいる。太陽の光を浴びずに《人工の光》を信じる。こういう奴らが、《人権の光》などと言い出すんだ。ロベスピエール、ヒトラー、スターリン、毛沢東、ポル・ポト……。《近代理念》に憑かれた左翼の連中が何を引き起こしたか考えてみればいいよ」

 私は適菜氏の政治論についてはすべて意見を同じくする者ではありませんが、とにかく痛快でした。以前のエントリで、枝野幸男経済産業相が「ロベスピエールにはなりたくない」と述べたことを紹介しましたが、実際どうなんでしょうね。

 

     

 

  待望の野口卓氏の軍鶏侍シリーズ第3弾「飛翔」(祥伝社文庫、☆☆☆)も出ました。私が読んだ最近の時代小説の中では、頭ひとつ飛び抜けて面白いと思います。登場人物の若者の出家は、なんとなく好みには合いませんでしたが……。

 

     

 

  上田秀人氏の「奥右筆秘帳」シリーズも「墨痕」(講談社文庫、☆☆★)で第10弾です。エンターテインメントの王道を行く内容には、素直にうんうんと言うしかありません。しかし、世の中、みんなこんなにアレコレと策謀を巡らしているものなのでしょうか。

 

     

 

  後輩記者に薦められて米澤穂信氏の「古典部」シリーズを2作(角川文庫、☆☆★)、読んでみました。まあ楽しく読めましたが、やはりこれはもう少し、若いころに出会った方がよかったかなと。主人公が、自分が何者であるかに目覚め始めるところは「いいなあ」と感じました。

 

     

 

  で、最後に。前回の読書エントリのときもそうでしたが、現在も内海隆一郎氏の作品群の読み返しを続けています。いやこれが、実にしみじみとした味わいでいいのです。

 

     

 

 それで先日、八重洲ブックセンターに行く機会があったので、「まだ読んでいない内海氏の作品はないか」とついでに書籍検索で調べてもらったのですが、なんと内海氏の作品は、この大書店でも在庫はないとのことでした。

 

 そうすると、私の何度も読み返して汚れもしみついたようなこれらの本は、今や手に入りにくい希少本ということでしょうか。もっと多くの人に手にとってもらいたい作品ばかりなのに残念です。

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