先日、たまには読書シリーズを再開しろとのコメントをいただきましたので、きょうは勝手に恒例と位置づけている最近読んだ本についてまず、紹介したいと思います。といって、例によってたいした本は読んでいない上、今月は私生活でいろいろあったため、読書量がいつもより少なかったので、ついでに独断と偏見に基づき読書案内のまねごともしてみたいと思います。

 まずは、「このミステリーがすごい」大賞を受賞した「禁断のパンダ」という作品から。作者は知らなかったのですが、けっこう期待をもって読み始め、最初の3分の1ぐらいまではとても面白く、これは当たりだと思って読み進めました。ただ、その後はだんだん必然性の感じられないストーリー展開と、無意味にキャラがたっているだけで、共感の感じられない登場人物の暴走についていけず…。最後まで読んでみて、正直なところ甚だ完成度が低い作品だと感じました。「美味」の描写は斬新で非常によかったのですが。

 

 次は、私が好きな作家の一人である北森鴻氏の「香菜里屋を知っていますか」です。これは「桜宵」「蛍坂」に続く「香菜里屋」シリーズの完結編であり、またビールを飲みながらゆるゆると楽しめるシリーズ本が一つ減ってしまいました。この作家では、SF伝奇漫画の巨匠、諸星大二郎氏の「妖怪ハンター」シリーズを意識した民俗学専攻の大学教授、「蓮丈那智フィールドファイル」シリーズの新刊が出るのを楽しみにしています。このシリーズは女優、木村多江さんの主演でテレビドラマ化もされましたが、なかなか蓮丈教授役が似合っていました。

 

 で、またかと思われるかもしれませんが、前回の本紹介のエントリに引き続いて今野敏氏の作品です。とりあえず、いま片っ端から読んでいるので同じ作家ばかり紹介することになり心苦しいのですが、はまってしまったので仕方がありません。ちなみに、都市銀行社員の誘拐事件を描いたこの作品では、脇役ながら新聞記者がけっこう大事な役柄で登場するので、割と親近感を持って読めました。記者の取材のやり方など細部ではちょっと違うな、とも感じましたが、目くじら立てるほどではありませんし。

 

 ここからは最近、電車の中や取材の待ち時間その他、暇があったら読んでいる「東京湾臨海署安積班」シリーズです。外見は重厚で周囲の信頼が厚いながらも、実は常に他人の反応を気にする小心なところがある安積警部補と、それぞれ一癖あるその部下たちが次々に起きる事件に立ち向かうというストーリーで、とにかく安定感のあるおもしろさです。この今野という作者は、つくづく小説職人だなあと感心します。

 

 

 さて、これだけではちょっと寂しいので、本日は私が愛読し、尊敬している時代小説作家、藤沢周平氏の作品の中から、何度も何度も読み返した作品を紹介します。この、とてつもなく完成度の高い物語を、これ以上は望めないくらい美しい日本語でつづってきた作家が、11年前に亡くなってしまい、もう新作が読めないのがとても残念です。私は、特に藤沢氏の連作短編集が好きで、2、3年の期間をあけては繰り返し読んでいます。すると、細かいストーリー展開はある程度忘れているので、また楽しめるという具合です。以下、お薦めの作品です。

 ①「用心棒日月抄」(4巻)…これは七、八回は読んだでしょうか。一作一作が本当に味わい深く、登場人物の一人ひとりも心に残ります。藤沢氏の作品は、情景が具体的に目に浮かぶようなことが多いのですが、これもまさにそんな作品です。最終巻の色調がちょっと暗いのが残念でしたが。
 ②「監医立花登手控え」(4巻)…これは主人公の若さが物語全体を明るくしていて、変な表現ですが安心して読めます。藤沢氏は特に初期作品は、世の悲惨な部分にスポットを当てた暗い感じの作品が多いのですが、この作品は主人公が前途への希望をふくらませる形で終わります。
 ③「よろずや平四郎活人剣」(上下)…私の趣味で申し訳ありませんが、これも基本的に明るい話です。用心棒シリーズと少し似たところがありますが、主人公が若く、背負っている背景も用心棒シリーズほど深刻ではないので、気楽に読めますが、出てくる登場人物の造形はさすがだとしか言いようがありません。悪役の元締めの迫力、怖さを表した描写には、本当に瞠目させられました。
 ④「三屋清左衛門残日録」…家督を譲り、隠居の身となった老武士の寂しい心境と、しかしそれでもいろいろな出来事に遭遇し、活躍する姿を描いた作品です。これは同じ時代小説家の白石一郎の「十時半睡」シリーズと共通するところもありますが、それぞれの作家の個性からか、味わいは全く異なりますね。
 ⑤「蝉しぐれ」…これは言わずと知れた名作中の名作ですね。私はこれを初めて読んだとき、続きが読みたくてとまらない小説のおもしろさとともに、日本語の美の一つの到達点を見た気がしました。この本は藤沢ファンを増やすための布教の書として、何人もの人に勧め、そのうち半分ぐらいはその後藤沢小説にはまっていきました。
 ⑥「春秋山伏記」…これは作者の故郷、山形県の農村部を舞台にした若い山伏の活躍を描いた作品です。裏表紙の作品紹介に「エロチックな人間模様」とあったのでかえって敬遠していて、読んでみたらそんな部分は全然強調されておらず、これを書いたであろう編集者は何を考えているのか、むしろ読者をこの面白い作品から遠ざけただけではないかと感じたことがありました。やはり藤沢ファンの友人にそれを話すと、彼も同じことを考えたと言っていました。
 ⑦「彫師伊之助捕物覚え」(3巻)…このシリーズはハードボイルドタッチで、従って決して明るくはないのですが、ぐんぐん引き込まれました。特に第一作「消えた女」のラストシーンは深く心に残りました。私は警視庁担当記者時代、特ダネのろくにとれないできの悪い記者でしたが、読んでいてその当時の事件の地取り取材時のことを思い出したぐらい、伊之助の探索はリアルに感じました。
 ⑧「風の果て」(上下)…かつては同じ軽輩の子として同じ剣術道場に通った仲間が、いつしか一人は立身出世を遂げ、一人はいまだに部屋住みの厄介者のまま。そして二人は斬り合うことに…。私は観ていませんが、最近これもテレビドラマ化されたようですね。正統派の時代小説といった赴きがあります。
 ⑨「秘太刀馬の骨」…筆頭家老暗殺に使われた幻の剣「馬の骨」の秘密を探索するよう命じられた若い侍が、藩内の剣客一人ひとりと立ち会っていくうちに、藩内の熾烈な抗争の存在が浮かび上がってきます。表題の秘太刀の使い手、継承者とは果たしてだれか。意外な結末が待ち受けています。
 ⑩お薦めの短編…藤沢氏の作品は外れはありませんが、個人的に強い印象を受け、何度も好んで読み返しているのが、ギャンブルに一度はまったことがある者なら身につまされる「暁のひかり」、全編これ痛快な「臍曲がり新左」、父と娘の細そうでいて強い絆を描いた「入墨」などがあります。初めて藤沢作品に出会った20代終わりごろは、毎日毎日、傑作・名作を読めて幸せでしたが、やがて全部読み尽くしてしまい、とても寂しい思いをしたものでした。

 ついでに言えば、私は山田洋次監督が手がけている「映画の」藤沢作品は好きではありません。山田監督流の「階級史観」「虐げられた庶民・下級武士史観」が必要以上に強すぎて、原作の爽やかさがきれいに消えて、重苦しく嫌味のあるものになっているような気がして…。好きな方がいたらごめんなさい。

 おまけに、私が繰り返して読んでいる漫画の名作を一つ。いろいろもめ事があったらしく、現在は絶版扱いらしいので、あまり一般書店では見ることはないと思いますが、この「マスター・キートン」(18巻)は、やはり時間をおいて何度も読み、そのたびに「名作だ」と感心しています。主人公は日英ハーフの保険調査員で、大学で考古学を教える講師でもありますが、実は英国特殊空挺部隊(SAS)のサバイバル教官だった経歴もあり…。浦沢直樹という人は、本当に才能豊かな人なのだろうと思います。